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ボールがネットを揺らした。それが最後の一投であることをその場にいた全員がわかっていたので、
審判役をかってでていた桑田はあえて笛を鳴らさなかった。ただゴールに吸い込まれていく音が自然に
消えていくのを全員が見守っていた。
「終わった、な」
桜井の口から発せられたその言葉に全員が頷く。そしてそれを合図として3年を取り囲むようにして
あたたかな拍手が起こった。
「これまで本当にありがとうございました」
送別のボールや花束を3年それぞれが手にしたあと、バスケ部全員を代表して小林がそう頭を下げ
た。その言葉に3年全員が顔を見合わせて笑いあう。
「俺たちこそ楽しかったよ」
「そうそう」
「最高の想い出になったぜ」
それぞれがそれぞれの言葉でその謝意に対して言葉を返す。だがその様子を客観的なふりを装いなが
ら希理子がちゃかす。
「はあ、やれやれまだやるのかい?そんなんじゃいつまでたっても終わらないじゃないか」
盛大にため息をついてはいるが、その目にはうっすら涙が浮かんでいる。
「ホントかわいくねぇ女だな」
「素直じゃねぇんだから」
ガンと齋藤が口々に言う。
「何ぃ?!」
希理子がキッとにらみ付ける。
「いや……」
「別にな……」
2人はヘビに睨まれたカエルのように冷や汗をかきながらそっぽを向いた。
「ハハハッ」
いつもとなんら変わらぬその様子に部員たち全員の笑いが漏れる。それを見て希理子はぷいっと顔を
横に向けた。
「ふんっ、何であんたたちにとってのかわいい女である必要があるんだい!あたしはあたし、あたしを
いちばん必要としてくれて、あたしが必要としてる人間の前だけ、かわいい女でいれば充分なんだよ」
その減らず口とも言える言葉に犬猿の仲とも言える澤村が突っ込みを入れる。
「へえ、言ってくれますねぇ希理子さん。だけどあんたのこと『かわいい』なんざ思ってくれる人間な
んかホントにいると思ってンかい?!」
「ああ、いるよ」
あっさりと希理子は頷いた。そしてトコトコと歩くと一人の男の前で止まり、そのしなやかな身体を
ぱすっともたせかけた。
「『ここ』にね、ねっ、小林?」
その言葉にぞの場に居た者全員があぜんとし、そして希理子がもたれ掛かった相手、小林の表情をう
かがう。だがその表情をうかがうまでもなく、小林の全身は真っ赤に変わってしまっていた。
「えっ〜〜!!!!!!!!!!」
体育館に絶叫が巻き起こる。小林の全身が示しているまぎれもない『肯定』がどうしても信じられな
い。しかししてやったりといった表情で笑っている希理子と、人前で抱き着かれたことでかちんこちん
になってしまった小林の、それでもどこか嬉しそうな幸せそうな様子に疑問の余地もない。
「おっ、お前らいつの間に……?」
驚愕から立ち上がれぬまま、全員の疑問を代表して馬呉が問いかける。
「付き合い始めたのはバレンタインからだけど、その前から小林のことは好きだったよ」
にこりと笑いながら希理子はあっさりと答える。
「だってかわいいんだもん、ねっ、小林?」
「!!!!!!」
その満面の笑みに小林はもちろん周囲の人間も真っ赤になる。まさに『ごちそうさま、ちくしょう、
やってられるか!』状態だ。
「……へえ、もの好きもいたモンだ」
何とか平静を装いながら澤村が悪態をつく。
「だけどよおカサハリ、ホントにこんなおっそろしい女がかわいいのかい?俺なら絶対ゴメンだぜ」
「何だってぇ!」
その言葉に小林ではなく希理子の方が先に反応した。だがこれまで凍り付いたようにかちんこちんだ
った小林が希理子の身体を自分の方に包み込むように抱き寄せながら鋭い視線で言い返した。
「お前に希理子さんの何がわかる?お前は希理子さんの何を知ってる?」
淡々とした、明らかに疑問ではなく怒りの口調に周囲の空気が一気に凍り付く。水と油のように常に
対立してしまい、小林の怒りに慣れているはずの澤村でも思わず後ずさってしまいそうなほどの殺気が
小林の瞳に満ちた。
だがそれをもろともせずに平然としている者がいた。
「あんたはあたしの『全部』知ってるもんね」
そう言いながら希理子はすっと背伸びをすると小林の頬にチュッと口付けた。
「……〜〜〜〜〜!!!!!!!!!」
「きっ、希理子さん?」
あまりのことにキスされた小林はもちろんのこと、それを目撃させられた全員が言葉を失う。小林と
澤村の仲介の位置に立とうとしていた成瀬などは目ん玉がこぼれ落ちそうなほど目をまんまるに変え
る。
「あんたの負け」
だが人前でキスをしておきながらも希理子は何ごともなかったかのように平然と澤村に向かって言い
放った。
「これ以上、小林怒らせたら殺されるよ?こいつ、あたしにベタ惚れなんだから」
小林の首に両手をからめつけ、その首筋に顔を埋めながらくすくす笑う。
「きっ、希理子さん〜〜!!」
その言葉と抱き着かれる感触に小林はしどろもどろになりながら慌てふためく。その泣きそうな様子
に部員たち全員がどっと笑った。
「俺の負けだな」
認めざるを得ない。澤村は降参とばかりに両手を軽くあげた。
人前でのキス、そしてそれに続く臆面のない言葉や態度の数々が一瞬で部内の空気を変えた。これが
希理子の持つ力、希理子だからできる特別な魔法。何気ないことで空気を優しく変えてしまう希理子だ
けが持っている特別な能力。
そんな奇跡を平然とやってのけた希理子を真っ赤になりながらも小林は尊敬するように───何より
愛おしそうに見つめている。そしてそんな小林の視線を受けて楽しそうに、幸せそうに微笑む希理子。
その様子を見て澤村をはじめとして部員たち全員が先程の希理子の言葉の意味がわかるような気がし
てきた。一番希理子を理解し、そして認めているのが小林だと。そして同時に小林を一番理解している
のが希理子だと。
「確かに結構かわいいよな」
思わずもらしてしまったつぶやきを澤村は懸命にのみ込んだ。慌てふためき、言葉を掻き消すように
両手をばたばたさせる。
その普段クールを装っている澤村のらしからぬ様子にたまたま目があった希理子はくすりと笑いなが
らウインクしてみせた。その仕種に澤村は思わず真っ赤になる。
小林の腕の中、小林にじゃれついている希理子の姿は確かに希理子の言葉を納得させて余りある程、
満ち足りたかわいらしいものだった。
THE END.
【閑話休題】
卒業式シーズンなので卒業ネタをやってみよう、ということで卒業がらみでやってみたんですけどただの阿呆全開らぶらぶになってしまいました。『天国』に送るにはちょっとレベルが低いので(……何のレベルかは聞かないでください……)こちらに設置することにしました。とりあえずポイントは『桜井無視』!
2001/3/6 日向葵
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