彼氏彼女の事情
       

  

【彼女の事情】 
 

 彼女は理由を探してる。

 乱暴で粗忽で凶暴で、だけどそれ以上に照れ屋で可愛らしいところがある彼女。彼女はいつだって

キスする理由を探してる。

「ご褒美ほしい?」

 それが最近の彼女の口癖。

 試合の後やテストの後、条件を出したり結果をみたり、とにかく彼女はキスするタイミングを探し

ている。

 キスしてほしいとかキスしたいとか、素直にいえばいつだって何処でだって彼女の願いをかなえて

あげるのに、恥ずかしがり屋の彼女はそんなことが言えないらしい。だから彼女は必至で『理由』を

探してる。

 だから自分はその理由を与えてあげる。『したいから』じゃ納得出来ない彼女だから、彼女がキス

『できる』理由を与えてあげる。たとえばゲームで10点とったり、重い荷物を持ってあげたり。

 すると彼女はめんどくさそうに、だけど本当は嬉しいんだってお見通しなそんな表情でゆっくりと

顔を近付けてくる。


「しゃあないねぇ」

 その言葉と共に重ねられる唇はいつだって柔らかくて優しくて甘くて愛しくて、信じられない程の

幸福感を運んでくれる。だけど何より、その感触よりもっと素敵な『ご褒美』がその後には待ってい

る。

「ど、これで満足した?」

 そう言って微笑む彼女の笑顔────自分だけが知っている世界一綺麗で可愛くて、愛さずにはい

られないとびっきりのそんな笑顔。

 だけど彼女はそんなふうに自分を虜にしておいて、いつだってそしらぬ顔をしてしまう。あんまり

綺麗な笑顔だからもう一度って口付けしようとすると次の瞬間にはすかさずパンチが飛んでくる。

 らしいといえばらしすぎるけど、何だかなって思ったりもするけど、だけどそれでも恥ずかしがっ

て暴れまわるそんな彼女を腕の中に閉じ込めると、それがいつしか何より優しい抱擁にかわる。

「ホント、あんたって男は────」

 こつんと頭をあずけられたそんな格好でつぶやかれる彼女の言葉はいつだってその言葉とは裏腹に

最高の愛情に満ちている。

 さあ今日も彼女は理由を探してる。だけど試合もなければテストもなかった今日だからキスする理

由が見つからない。綺麗な瞳をいったり来たり、あっちうろうろこっちうろうろ、理由の欠片を探し

てる。

 どうしよう?────彼女がキスしたいのと同じくらいに自分だって彼女とキスしたいからその理

由を探してしまう。だけど理由が見つからない。

「あっ────」

「?」

 彼女がピンと立ち止まった。慌てて素知らぬ振りをしてるけど『何か』があったのはこっちにはお

見通し。

 さてどんな理由を彼女は見つけたのだろう?気になるけど聞いちゃいけない────聞いたら『理

由』がそこで台無し。

「ね、キスしよう?」

「えっ?!」

 珍しく率直なお誘いに思わず目が真ん丸になる。だけど彼女は彼女なり、重大な『理由』があるら

しい。

「あたしね、今日たばこ持ってくるの忘れちゃったんだ。買いに行くのもめんどくさいし、だから口

寂しいからキスしよう?」

「ププッ」

 思わず笑ってしまった『彼女の理由』────彼女にしてはバレバレの、可愛すぎる嘘の口実。だ

って最近彼女は禁煙中、ここ1か月1本だって吸ってない。

「なっ、何がおかしいのさ?!」

 真っ赤になった彼女は拳を振り上げて笑う自分に殴り掛かってくる。そんな彼女があまりに可愛く

て────愛しくて今度ばかりは待ってられない。

「!!」

 ふり降ろされた手を掴まえて押さえ込んでキスキスキス────いくらしたってしたりない程、愛

しさに任せて暴走させる。

「〜〜〜〜〜〜〜〜バカッ」

 やがて離れた口付けの後、真っ赤になった彼女は恥ずかしそうにそっとつぶやく。そんな彼女が愛

しくていつものようにぎゅっとぎゅっと抱き締める、そんな毎日の繰り返し。

 さて今日も彼女は彼女は理由を探してる。キスする理由を探してる。さて今日はいったいどんな理

由でキスしよう?────どんな素敵なキスしよう?

 彼女は理由を探してる。そして自分もキスする理由を探してる。



 
 

【彼氏の事情】


 あいつは理由を探してる。

 性格はともかく見た目は極上でいろんな女にモテてきたけど、本当は女と付き合うってことに対し

てひどく不器用なあいつはいつでも理由を探してる。『触れる』理由を探してる。

「そこ────」

 ほこりがついてるだとか乱れてるだとか、時にはもつれてるなんかいいながらあいつは髪に触れて

くる。自分で自覚はないみたいだけどかなり触り魔のあいつは最近特にあたしの髪がお気に入りらし

い。

 そりゃあたしの自慢だもん、シャンプーだってトリートメントだってばっちりしてる自慢のロン

毛。さらさらでつやつやで、染めたこともないしパーマだってあてたことないから同じ年頃の女の子

より全然綺麗で痛んでないもん。

 だけど男にとってかあいつにとってか知らないけどさ、髪の毛に触るっていうのはかなり抵抗があ

るらしい。

 素直に触らせてくれ、って言ってきたらちゃんと触らせて……はやらないか?────ってまあと

にかく、素直にそう言えば1発殴り飛ばしてからなら触らせてやらないわけでもないのに、あいつは

何かと理由を探してあたしの髪に触れたがる。

 でもどうやらかなり敏感というか、『あたしの髪の毛フェチ』になってきてるようで、ちょっとシ

ャンプーやリンスを変えただけで反応するようになってきてる。

「あれ?」

 この前だって母が試してみてほしいということで業者さんが置いていった試供品のシャンプーとリ

ンスを使ってみたら、いつもと薫りが違うって気が付いたのか不思議そうな顔で眺めてた。

 あいつのお気に入りは甘いだけじゃなくて爽やかなオレンジフローラルのシャンプーみたい。ヒロ

ミちゃんの店で使ってるのを譲ってもらって使ってるんだけど、このシャンプーとリンスに換えてか

らあいつはますますあたしの髪に触れたがるようになってきた。

 1本2000円もするシャンプーとリンスだもん、気に入ってもらえなきゃナンだけど、なんだか

やっぱりくすぐったい。

 いったい気が付いているのかね?あたしがあいつのためにシャンプーとリンスを換えたこと。あい

つが好きな薫りにしてやりたくて、おこずかい無理してクソ高っかいシャンプーとリンスに換えたこ

と。

 でも最近はどうやら触る為のネタが尽きてきたらしくてホントに困ったカオしてる。だから仕方が

ないからあたしからあいつに理由作ってやってるんだ。わざと授業中に寝癖を付けてみたり、体育の

後の乱れた髪をブラッシングしないでいてみたり。

 いったい何やってるんだろうね?あたしも。知られるわけにはいかないけど、ホントはあたしだっ

て髪に────あたしに触って欲しいんだよ。

 だってあたしに触ってるときのあいつ、ホントに幸せそうだもん。

 自分でいうのもナンだけど、素直じゃないあたしはあいつに『好きだ』とか『愛してる』だなんて

しおらしいコト言ってやれないし、お弁当作ったりだとかそんな女らしいことだって何一つしてやれ

ないから、せめてあたしの出来る『精一杯』であいつを幸せにしてやりたいんだもん。

 だからあいつの為にわざわざ理由を作ってやってるんだよ。

 さて今日もそんなわけだからあいつは理由を探してる。でも今日はあんまりうっとおしくてついつ

いブラッシングしちゃったから触る理由が見つからない。だからちょっと小首をかしげて、見ように

よっては不機嫌なようにも困ったようにも見えるそんなカオで触る理由を探してる。

「そうだ────」

「?」

 どうやら何か思い付いたらしい。瞳の奥が小さく確かに煌めいた。何だかやけに嬉しそう。さては

てどんな理由だろう?────聞いてみたいけど聞いちゃいけない、それが鉄則。だってどんな『答

え』が返ってくるか楽しみが減るだろ?

「?!────えっ、きゃっ、何?!」

 だけどいつもはある前置きというか『言い訳』もなしにあいつは突然あたしの頭をぐしゃぐしゃに

した。せっかく綺麗にしてたブラッシングも全部台無し。ホントグチャグチャ、信じられない。

「何すンだい!」

 この行為にはさすがに温厚な(?)あたしもキレちまうよ。けっこう力任せに撫でまわされたから

頭だってくらくらしたよ。

「────だって何処かに行かれると困るから」

「はあ?」

 思わず返ってきた意味不明な言葉にあたしは思わず目を丸くする。

 すると今度はさっきとは正反対にあたしの頭を元に戻そうと、その大きくてだけど優しいその手で

ゆっくりとあたしの髪を梳いてきた。そして優しく撫で付け、ある程度元通りまで整え直すと鏡の前

まであたしを引っ張っていき、そしてあたしに指し示した。

「ほら『天使の輪っか』」

 そこには確かに鏡で反射してわかりにくかったけど、綺麗に波打って出来た天使の輪っかが出来て

いた。

「プッ」

 思わず笑ってしまった。寄りにもよってそう来るとは、ね。悪魔と名高いこのあたしに出来たエン

ジェルリングを飛んでいかれるのを阻止する為にグチャグチャにして壊してしまおうなんざ、きっと

誰にも────あいつ以外の誰にも想像出来ない究極の『理由』だよさね?

 あんまり可笑しくて────愛しくて全然笑いがとまらない。

「ちゃんと責任とってよ?グチャグチャにしたバツ」

 カバンの中からブラシを取り出して手渡すとあいつは一瞬唖然とし、次の瞬間には驚いたように目

を見開いた。

「ほれほれちゃんと、さっさとする!」

 すぐそばにあった椅子に座って、自分の前に鏡を置いてぐるりと背中を向けてやるとあいつはおそ

るおそる、だけどこれ以上なく優しくブラッシングしはじめた。大きな手でふわりと髪を持ち上げ、

丁寧に、あたしが痛くないようにもどかしいぐらいゆっくりとブラシを動かし始めた。

 あたしはそんなあいつの姿を鏡を使って隠し見る。あいつは本当に嬉しそうだった。他の何も見え

なくなるくらいあたしの髪を、あたし自身を幸せそうに────愛おしそうに見つめている。

 ホントなんてカオしてるんだろうね?ホントにトロットロ!あたしのことが好きで好きで仕方なく

って、髪に触れて嬉しいって顔一面に書いてある。他の誰にも見せられないよ、こいつのこんな恥ず

かしい顔!

 だからあたしは鏡に映るあいつのそんな姿を鏡に映して一人占めして、だけどついつい嬉しくてそ

んな姿に微笑んじまう、そんな毎日の繰り返し。

 さてさて今日もあいつは理由を探してる。あたしに触れる理由を探してる。さて今日はいったいど

んな理由で触らせてやろう?────どんな理由で触ってもらおう?

 あいつは理由を探してる、あたしも理由を探してる。だから触って、もっと触って?『愛してる』

ってそして伝えて?


 
 
 

                             Fin.
 

    

     

 今回は短編2本というか。対になる作品を1セットにしてお届けしてみました。ちょっと読みにくいかも、なのですがそのぶん煩悩満載なのでそれで御容赦くださいませ。
 ではさてさてクイズです。『彼氏』はだれ?(笑)

                        2001/9/21  日向 葵。

 8000番用廃棄作品です。ちょっと希理子ちゃんがしおらしすぎるかな、とは思ったのですが、こんな希理子ちゃんを『自分が』見てみたいということで作品にしてみました。みなさんはこんな彼女どう?(……ってこのサイト見てる人ほとんど女の方なんだけど……)
                           《2001/10/19》

 

  
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