HONEY
       

  


  

 世間一般の『クリスマス』こと『クリスマスイヴ』まであと残り4日、小林は付き合い始めてもう

1年近くになる年上の恋人の家にお邪魔していた。

「最近これに凝ってるんだ」

 そう言ってその年上の恋人、希理子が見せるように掲げたのは手のひらにおさまるサイズの小さな

ビンだった。

「ハチミツですか?」

「うん」

 そう言ってこくんと頷いた希理子はすでにセッティングしてあった自室のテーブルの上のティーカ

ップも合わせて指し示した。

「砂糖代わりに紅茶に入れるんだけどね、砂糖使うよりも何だかあったまるんだ。それにイイ薫りも

するし」

 希理子が言うにはそのハチミツは外国製の輸入物で、紅茶用の代物らしい。ロシアンティーとかミ

ルクティーに入れると普通のハチミツとは比べ物にならないほど甘く優しい薫りがたつのだとか。

「さ、お茶にしよう?せっかく入れた紅茶がさめちまうよ」

 そう言って希理子は小林にはストレートの、自分にはミルクを足しながら紅茶をカップに注ぐと、

テーブルの上に主役として鎮座ましましている丸いケーキにさしてあるロウソクに火をつけた。そし

て揺れる焔を確認し、小林が自分を見つめているのを目に映すと、ふぅと一息に吹き消す。しばし残

照のように焔は消えることを拒んだがそれも全て消え、その代わりにあたたかな感傷が残った。

「お誕生日おめでとうございます、希理子さん」

「ありがとう。んでメリークリスマス」

「メリークリスマス」

 そう互いに言い合ってクスクスと笑う。

 今日は2人きりでの希理子の誕生日兼クリスマスパーティーだった。クリスマスといえば恋人同士

では最大級であるイベントであるが、小林は実家の手伝いがありイヴの夜にはとても休みがとれない

ので、日にちも近いこともあって一緒にやってしまおうということになったのだ。

 すでに希理子の指には小林からの誕生日兼クリスマスプレゼントの指輪がはまっている。シルバー

の台にピンクトルマリンの石がついたシンプルなデザインの物だ。その淡い繊細な色合いな石は白く

て美しい希理子の指によく栄えとても似合っている。

 そのおかえしにと小林は希理子から手編み風のセーターをもらっている。もちろんあくまで『手編

み《風》』で手編みではない。

 一応チャレンジしようと努力をしてみたらしいのだが、不器用な希理子にそれはいささか高等すぎ

しばらくの健闘の後、結局編まれることなく終わってしまった。その時希理子が買った毛糸の玉は姉

の真希子のもとへと旅立っていった。おそらく新年を迎えるまでには義兄のヒロミのマフラーと甥の

大海のセーターにと生まれ変わっているだろう。

「う〜ん、開かない」

 その姉からの誕生日プレゼントである手作りの、小林でも食べられるようにと注文しておいた甘さ

控えめのバースデイケーキを前にしながら、希理子はさきほど持ってきたハチミツのビンと格闘して

いる。どうやら前回蓋をしたときに噛み合わせをちゃんとせずに強引に締めていたらしく、いくら力

を込めて回しても開きそうにない。

「かして下さい、希理子さん」

 それを見兼ねた小林が立てひざになりながら希理子の方に手を差し伸べる。

「えっ」

 だが蓋をあけることに真剣で、急に声を掛けられたことに驚いた希理子はびくりと身体を震わせ

た。

「あっ」

「!」

 その瞬間に蓋が開き、ついでに力づくで開けていたことで希理子は思わず手を振りかぶってしまっ

た。そこにビンを受け取ろうと身を乗り出しかけていた小林の顔があり、パシリと希理子の手が小林

の顔を擦った。

「あっ、ゴメン!!」

 その時の確かな感触に希理子は目を見開く。だけど小林には自分が勢いで殴られてしまったことよ

りも希理子の手にしているハチミツのビンの方が気になるらしく、小林にしては珍しく焦った様子で

希理子の手元を指さした。

「希理子さん、ハチミツ!」

「ああっ!!」

 慌てて見るが時すでに遅し。つい斜めに持ったままになってしまっていたハチミツがたらたらと希

理子の指の隙間からテーブルの上にこぼれ落ちていた。

「ああん、もうっ!」

 希理子は自分自身に怒ったように顔をしかめると、ちゅるちゅると自分の指にこぼれ付いたハチミ

ツを嘗め取った。小林はその隙にテーブルの上においてあった濡れ布巾でテーブルの上にこぼれたハ

チミツを拭いている。

「ほんとゴメンね」

「いえ」

 一瞬顔をあげ、希理子を見て顔を赤らめる。何でもない、ハッキリいえば行儀の悪い仕種なのかも

しれないが、希理子の指を嘗めるその仕種は小林にとって刺激的すぎた。

 いつもはノーメイクなのにせっかくのクリスマス、しかも2人きりということでいつもとは違い、

赤く彩られた口唇がたとえそれが希理子自身の指であってもくわえ、嘗め取るその姿は艶やかで扇情

的だった。もちろんそれは希理子のすべてにすっかり魅了されてしまっている小林だからこそ感じる

感情なのかもしれないが、そんな姿にさえ欲情してしまう自分が恥ずかしくて小林は顔があげられな

い。

「顔、ひっかいちゃったね」

 希理子がはたいてしまった小林の右頬にはサイズが少し大きかった為右手の中指に納まることにな

った指輪で出来たひっかきキズが出来てしまっていた。ほんの2センチ程度だが、ところどころうっ

すらと血が浮かび上がってきている。

「だ、大丈夫ですよ」

 小林はいたわるように希理子の指先が伸びてきたことに身を縮こまらせながら慌てて返答する。

「こんなの嘗めときゃ治りますから」

「そう?」

 だが次の瞬間、その言葉が思わぬ希理子の行動をまねいた。

「え、え、あっ、希理子さん?!」

 頬の上に感じた感触に小林が真っ赤になって全身を硬直させる。

「ふふっ」

 小林のその様子に希理子は面白そうに笑って同じ動作を繰り返した。

「だって『嘗めときゃ治る』んだろ?」

 そう言って小林の頬をつつんとつつく。すぐそこでの────それこそ息がかかる距離での悪戯め

いた満面の笑みに小林は真っ赤になってしまう。

 だけど希理子の悪戯は────『悪戯』という名の『悩殺』は終わらなくて、小林に次なる煩悩を

投げかける。

「あんたも嘗める?」

「えっ?」

 目を見開いた小林にもたれ掛かるようにしながら希理子は自分の左手を差し出した。

「嘗めてみたいんだろ?さっきからずっと物欲しそうなカオしてる」

「!!」

 その言葉に小林は思わず目をまんまるに見開いた。やはり気付かれてしまっていたかと穴があった

ら入りたい程に恥ずかしさで一杯の小林のその姿を希理子は全部おみとおしといった感じで笑ってい

る。

「ほら」

 そう言って希理子は先程まで自分が嘗めていた白い指先を小林の口唇に押しあてた。

「!」

 その感触に小林は身を震わせるが、口唇で感じるその感触と微かに指先に残っているハチミツの甘

い薫りが小林の理性を揺り動かした。そのダメ押しを希理子が口にする。

「あんたが嘗めなきゃあたしが嘗めるよ」

 そう言って笑った希理子の笑みに突き動かされ小林は小さく口を開いた。そして軽く手のひらを掴

み、差し出された指先を希理子がしていたの以上に丹念にねぶる。微かに残るハチミツと希理子のだ

液が混じりあった味が小林のすべてに伝わって信じられない程の恍惚によわされる。

「んんっ………」

 そしてその感触は希理子の興奮も呼び覚ましたようで、甘い吐息を漏らしながら希理子は微かに身

体をくねらせた。

「小林ぃ────」

 もう耐えきれないといった様子で希理子は自分の指を嬲っている小林の口元に顔を近付けた。

「ん」

 小林はそれに小さく会釈をすると指よりも濃厚に蜜をはらんだ甘い口唇に己のそれを重ね合わせ

た。溶け合うような、奪い合うようなその濃厚な口付けに希理子の身体が力なく崩れ落ちる。

「あんっ」

 もつれあうように引力に身を任せて床の上に希理子の身体を押し倒すと、小林は口唇を重ね合わせ

たまま希理子の衣服に手を伸ばした。希理子もそれに応えるように小林が自分の衣服をぬがしやすい

ように、その動作に合わせて少し身体を浮かせたりしている。

 だがその拍子にカタンと小さくテーブルにあたった。

「あっ」

 ふたたび蓋を開けたままにしておいたハチミツのビンがひっくり返ってしまったらしい。だが先程

ほとんどこぼしてしまっていたので、机の上に少し広がる程度で留まった。

「もう」

 せっかくの行為の、気分が最高潮に盛り上がってきたところでのその些細な事故に希理子は顔をふ

くらませる。

 だが同じように恨めしげにハチミツのビンを睨んでいる小林と目が合って、ふたり顔を見合わせて

くすりと笑った。

「『続き』する?」

「はい」

 くすくすと笑いあいながら、今度はじゃれあうように小林と希理子は何度も何度も口唇を重ね合わ

せる。甘い甘い幸福が身体も心も満たしていく。

「希理子さん」

「ん?」

 口付けと優しい愛撫の合間、その心地よさに酔いしれていた希理子に小林が声を掛けた。

「俺、どうしてそう言うかわかりましたよ」

「はあ?」

 珍しくウキウキとした様子の小林の様子に希理子はいささか面喰らいながら続きの言葉を問いかけ

る。それに対して小林はそのままの様子で自分の発見を解説した。

「英語で恋人のこと『ハニー』っていうじゃないですか?それってこんな風に────ハチミツみた

いに甘いから言うんですね」

「・・・・・・・バ〜カ」

 数瞬の絶句の後、希理子は小林の頭を軽く小突いた。

「恋人と肌を重ねあわせあってるときに恋人以外のこと考えるんじゃないよ、それってあたしに失礼

だろ」

「すっ、すみません!!」

 その言葉に慌てて小林は頭を下げた。

「バ〜カ」

 もう一度そう言って小さく小突くとちゅっと小林の口唇に自分のそれを一瞬だけ重ねあわせた。

「き、希理子さん!」

 その希理子の行動に、それ以上の行為の最中だというのに小林は真っ赤になる。希理子からの──

─それも不意打ちのキスには弱いらしい。来年の春の小林の卒業と同時に結婚の約束さえしていると

いうのに、いつまでたってもそれは変わらない。

 その様子を小さく笑うと希理子は神妙な様子で重大な秘密をレクチャーした。

「ハチミツなんかよりね、あたしの方が何倍も、何十倍もずっと甘くて美味しいんだよ」

 そう言って誰もを魅了してしまう───許させてしまう悪戯めいたとっておきの笑顔を浮かべた。

「────はい!」

 その笑顔の綺麗さに宇宙で一番の希理子信者である小林は思惑以上に悩殺される。そんな小林をま

たまた面白そうに希理子は笑うとふんわりと小林の首筋に自分の両腕を差し伸べた。

「さあ来て────『あたし』を美味しく頂いて?」

「はい──────」

 その言葉に促され、小林と希理子はより深く重なりあっていく。


 
 
 ハチミツと紅茶とケーキの甘い薫りの漂う中、2人の『ごちそう』は互いの腕の中で最高の幸福に

満たされていた。

 


 

                             Fin.
 

    

     

 『バカ一直線。』……な話でございます。書き手としては遊び心、出来心で書いてますので読み終わられました後、大量に砂ならぬ砂糖をお吐きになられたいと思っていただけていれば成功です。
 人生と生活に疲れてくるとこんな話が書きたくなります。

                        2001/12/20  日向 葵。

 ハッキリいって表に置いておいて良いんでしょうか、この話。今読みかえしてみるとかなり危ない気がします。……まあ、このサイトのお客さまに16歳以下は滅多にいらっしゃらないと思いますので大丈夫でしょうが。        《2002/5/23》

 

  

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