花鳥風月

   

    

「磯村、そこどきな、席交代」

 持ち込み用のちいさなバックを手に離陸してシートベルト解除の指示が出てから希理子がやっ

てきた。

「えっ?」

「?」

 その突然の希理子の言葉と行動に磯村とそして隣の座席であった小林が座ったままで先輩女子

マネを見上げた。

「あたし眠たいんだよ、だけどあたしの席、うしろのバカどもがうるさくて寝れそうにないんだ

よ。だから代わって欲しいんだよ。どうせあんた、起きてるんだろ?」

「はっ、はい、まぁ」

 その言葉に磯村は希理子の座席を確認した。希理子の席は上南メンバーが陣取っている場所の

一番前の方で後ろに成瀬など1年メンバーが占めている。行き同様はしゃぎまわってうるさいこ

とこの上ない。

 そしてそれとは逆に磯村の席は一番後ろの窓際でしかも座席の関係で2人分だけ離れ小島のよ

うに通路をはさんでいたので騒がしさも少しはましというものだ。

「で、でも……」

 磯村は隣に座っている小林の顔と希理子の顔を交互に見やる。希理子と小林の不仲、というよ

りも互いが互いに対して抱いている苦手感は部員誰もが知っている。その結果衝突するたびに後

から怒り狂った希理子の八つ当たりのとばっちりを喰うのも恒例のことだ。だから2人を一緒に

しておきたくない、というか隔離しておきたいというのが正直な感想だ。

 だがそんな磯村の心中を知ってか知らずか希理子は磯村を退かせるべく言葉を重ねる。

「さっさとどきな。ホントに眠いんだよ。あんたの席なら隣が静かだから寝れると思って頼んで

ンだよ。このあたしの頼みがきけないってのかい?」

「いっ、いえ」

 そのにらみを利かした言葉に磯村はさっと立ち上がった。そして希理子に自分の座席を譲る。

その時に小林が救いを求めるようにいやそうな顔を磯村に向けてきたのだが、この際それは無視

することにする。

 磯村の目から見ても希理子は眠そうだった。先ほどまでは誰よりも元気そうだったのだがやは

り昨日の晩も騒ぎまくって、今朝も昼の出発まで時間があるということで駆け足で札幌観光をし

たのだから疲れてないはずがないのだ。そんな状態で希理子の機嫌を損ねてしまえばどんなに恐

ろしいことになるか考えるだけでぞっとする。

 それに希理子の意図も何となくわかった。何といっても隣が隣、無口でしかも飛行機2回目の

恐怖に引きつっている小林だ。まさに寝るには最適の環境だろう。

「じゃあ、おやすみなさい」

 磯村はそう言うといそいそと席を離れていった。それに取り残された小林は飛行機怖さのあま

りがちがちに震えながらも磯村の背中に恨みの視線を向けた。だがそれに気付いていないのか、

気付いていても無視しているのか希理子はドカリとその空いた座席に座り、邪魔だからととっぱ

らわれていた膝掛けを毛布代わりに寝る体勢をつくり出した。

 だが先ほどまでバタバタしていたのがたたってか寝れなくなってしまったようで、座席の中で

ごろごろと姿勢を動かしては寝る努力をしている。さすがにそうなってくると小林も無視出来な

い。気まずいながらも希理子に向かって話し掛けた。

「……昨日、眠れなかったんですか?」

「ん?」

 その言葉に希理子は目を見開いた。その様子に自分でもバカな質問をしたもんだと思った小林

はいささかバツが悪そうに頭を掻いた。

「寝たのは寝たんだけどね、ベッドに入ったのが2時ぐらいだったから4時間ぐらいかな」

 まさか答えを返してくれるとは思っていなかった小林に希理子は少し考える素振りをしながら

眠たげな声でそう言った。

「えっ、でも昨日は……」

「ああ?あれから独りで呑んでたんだよ。せっかく最高の『肴』があるんだもん、呑まなきゃ勿

体無いって思ってね」

 小林の疑問を理解して希理子はそう解説した。

 昨日はインターハイで常勝金北に負けてしまった残念会と称して結構遅くまで騒いでいた。だ

がさすがに連戦の疲れもあって結局10時半頃にはホテルに戻った。だからどうしてそれほど遅

くまで起きていたのか小林は疑問に思ったのだ。

「独りでって……」

 呆れて小林はものも言えない。

「あっ、そうそう忘れるトコだった」

 だが希理子はそんな小林の感情に気付かずに何かを思い出したのか、手にしていたバックの中

から包装紙に包まれた四角い箱を取り出した。

「はい、これ」

 希理子はそれを小林の手に押し付ける。

「えっ」

 意外にずっしりとした重みのある感触に驚きながら包装紙を見やると『地酒』という文字が書

かれている。

「希理子さん?」

 わけがわからずに隣に座る希理子の顔を見やると希理子はいささか照れたように微笑みながら

わけを説明した。

「合宿の時さ、あんたの酒全部呑んじまっただろ?だからそのわびにって思ってね」

 小林はその言葉に2週間ほど前のことを思い出した。八ヶ岳の合宿の際に持ち込んで馬呉に没

収された一升瓶を希理子が一人で空けてしまったのだ。

「あの酒が好きなあんたになら口にあうと思うんだ。昨日呑んだんだけど結構イケた」

「でも……」

 理由がわかってもなんだか納得がいかない。いつもの希理子なら弁償してくるなんてことある

はずがないのだ。なのにどうしてこれをくれるのか疑問に思ってしまう。

「あんたが持ってきてた酒さ、めちゃくちゃ美味しかった。あとから考えると高かったんじゃな

いかってのと、貴重な酒だったんじゃないかって思ってさ、気が引けてたんだ。だから受け取っ

ておくれよ、弁償になりゃしない程度の値段の酒なんだけどさ」

 希理子の言う通り、あの時の酒は珍しいものだった。今どき珍しく手作りの造り酒屋で作られ

ている品で流通量が限られている。だからこそ今流行りのリカーショップでは手に入らない、昔

ながらの『酒屋』だからこそ手に入る逸品だった。

 でもだからといって受け取るわけにはいかない。もともとはあのような場に酒など持ち込んだ

自分が悪いのだ。没収された酒を呑まれてしまったからといって弁償してもらう筋合いはない。

そういうわけだから小林は慌てて首を振った。

「そんなもの、受け取れません」 

「何ぃ?!」

 『そんなもの』という言葉に反応して希理子は顔をしかめた。しかし覗き込んだ小林の顔が希

理子の選んだ酒にけちをつけるものではないということを即座にわからせたので、希理子は苦笑

するようにため息をつくと酒の入った箱を持つ小林の手に自分の手を重ねた。

「あたしはあんたの酒で美味しいおもいが出来た。だからあんたにも美味しいおもいを味わって

欲しいんだ」

 だからこれは弁償じゃない、お礼だよ────希理子のその言葉に小林は何だかあたたかな気

分がした。

「じゃあ遠慮なく。ありがとうございます」

「うん、そうしておくれ」

 希理子は満足げにうなずくと今度こそ寝てしまおうとふたたびシートに深く身体をうずめた。

 小林はその様子を見守ると、手の中に残された『希理子の気持ち』に手をかけた。いったいど

んな酒を選んでくれたのか興味が出たのだ。なるべく音を発てないようにやっていたのだがどう

しても紙の擦れる音ががさごそとしてしまったらしく、希理子は目をつぶった寝言のようなはっ

きりしない言葉で小林に話し掛けてきた。

「……それね、辛口なんだけどあとくちが何だか不思議なくらい甘いんだ。でもぜんぜんヤな甘

さじゃない。昨日1本、夜景を肴に呑んだんだけど美味しかった……」

 自分に対する時にいつも見せてくる挑むような言葉でなく、柔らかい、幸せそうな声の響きに

小林は不思議な感覚にとらわれる。

「夜景を肴に……?」

「うん」

 睡眠を邪魔してはと思いつつも漏らしてしまった小林の言葉に希理子は眠りへの誘いを受けた

まま、言葉を続ける。

「……あのホテルからの眺め、結構よかったんだよ。本当に美味しいお酒はね、それだけで呑む

のが最高なんだ。綺麗な、風情があるものなんか見ながらだったらなお美味しいんだ。花を見

て、鳥を見て、風を見て、月を見て……『花鳥風月』、これより美味しい酒の肴はないよ。今度

一回ためしてごらん、絶対数段美味しくなるはずだから……」

 希理子は目をつぶったまま小林の方に顔を向ける。

「……今度一緒に美味しい酒を呑もうよ……」

 そう言うと希理子は幸せそうな満ち足りた表情を浮かべたまま、ストンと眠りに落ちてしまっ

た。微かな寝息がそんな希理子を見守っている小林の耳に聞こえてくる。その穏やかな希理子の

様子に小林は思わず見とれる。

 そうやってしばらくそんな希理子の顔を眺めていると希理子は突然眠ったまま顔をしかめた。

どうやら落ちてきた髪が顔にかかったのがうっとおしいらしく、払い除けようと毛布の中から手

をだそうとしている。

 その様子に小林は恐る恐るそっと指先でその髪を払いのけてやった。すると希理子は先程同

様、いやそれ以上に満ち足りた表情を浮かべてコツンと小林の方にもたれ掛かってきた。

「!!!!!!」

 身体の大きなバスケ部員である小林と同じく女性にしてはかなり長身の希理子にエコノミーの

席はかなり狭い。だからよけようにも避けることが出来ず、小林は左側側面で希理子の身体を受

け止めることになってしまった。そうしていると触れあっている部分は僅かだというのに確かな

熱が小林の全身をゆっくりと満たしていった。その心地よさに思わず小林は気持ち良さそうに眠

る希理子に向かって手を差し伸べようとした。

「あれ、ホントに眠っちゃったんだ」

「!」

 突然ふってわいてきた言葉に小林はさっと手を引いた。バッと顔をあげると通路に今川が立っ

ていた。

「大会中の経費の集計について相談しようと思ってたんだけど、あれ?」

 帳簿を片手に今川が小林の方をいぶかしんでくる。

「どうしたんだ小林?顔真っ赤だぞ?」

「いっ!、いや……」

 さらに赤くなりながら小林は追求を逃れようと言葉を探すべく視線をうろつかせた。

「それにどうしたんだ、それ?そんなのお前買ってたっけ?」

 小林の膝の上にある先程希理子からうけとった地酒に今川が目を付けてきいてくる。その言葉

に小林は反射的にさっと隠そうと両手でその箱を覆い隠した。

「……ぅうんっ……」

 その反動で希理子の身体が大きく傾ぎ、小林はますます身動きがとれなくなってしまった。そ

れを見て今川は苦笑するかのように肩をすくめると希理子を起こさないように小さく手をあげる

会釈をして自分の席に帰っていった。

 取り残された小林は再び希理子の表情を覗き込む。

 先程以上に倒れ込むようにもたれてしまったためかえって寝苦しいのか体勢がしんどそうなの

で、小林は起こさないようにそっと先ほどと同じような体勢までゆっくりと身体を支えながら抱

き起こしてやった。すると希理子はまた気持ち良さそうにぐっすりと深い眠りに落ちていった。

 その様子に小林は先程受け取った酒をみやる。『花鳥風月』───希理子が言葉通り、確かに

これに勝る肴はない。そしてそれを同時に味わえたのならそれこそが最高の贅沢だろう。

「今呑むと最高に旨いだろうな……」

 花のように美しく、鳥のようにしなやかで、風のように軽やかで、月のように気高い───そ

んな奇跡のような存在を間近に感じながら、小林は希理子が口にした約束を思って微かに頬をく

ずした。
  

 


   
   
                              − Fin −



 基本的に短編はすべて1話完結のつもりで書いてるんですが、この話だけは『たとえばこんな愛のかたち。』のシリーズに繋がってる、というか繋がっていると思ってもらって結構です。ですからサブタイトルをつけるなら『たとえばこんな愛のかたち。エピソード0ファントムメナス』ということですな(笑)。
 ちなみに上記を踏まえて考えてもらえばわかる通り、この話では小林はまだ自分の恋に無自覚です。身体だけ(笑)がしっかりと反応してます。
                             2001/2/17  日向 葵

 5000Hits記念の作品です。書きたかったのは『困る小林&恋のはじまり』(笑)。無意識、天然な希理子姫に狂わされていく純朴男。結構意味不明に仕上がってしまっている作品なので面白くはないですね、ホントに。                  (2001/4/2)

    

   


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