友達の彼女
       

  


  

 渋谷のとある一角、どうして『渋谷』にこんな店があるんだ?といった感じの、大衆食堂めいた蕎

麦屋があった。

 その蕎麦屋で月に1度ないし2度、密会ならぬ会合を開いている男達がいた。

「お前またカモナンか?」

 思わず呆れた声をあげたのはいつも通り遅刻をしてきたのに、どこか堂々としている男、桑田だっ

た。

「悪いか」

 ぼそっと、一見怒っているかのように返答しているのは、怒っているように見えるが実際は指摘さ

れたことを恥ずかしがっているだけの男、小林だった。

 あまり知られてはいないが小林は食べることに関してかなり優柔不断だった。

 甘いもの以外、という例外事項はあるが、それ以外なら何でも食べる小林は特別好きなものもなけ

ればこれといって嫌いなものもない、食にこだわりがない男だった。

 だからメニューを見て選びはじめると『決め手』がなくて時間がかかってしまう為、いつも同じ店

では同じメニューしか選ばないというか選べない男なのだ。

「って、突っ込んでるあんたも2回に1回は『力そば』じゃん」

 そういってゲラゲラ笑ったのは最近この会合に参加するようになった小林の恋人希理子である。そ

う言った希理子は蕎麦の有名所であるというのに何故だか親子どんぶりを木さじでつついている。

 希理子の力説するところによると、『親子丼が上手い店にハズレはない』そうで、それをチェック

する為に初めて行く店では必ず親子丼を頼むことにしているらしい。ここの親子丼は関東では珍しく

関西のように卵を半熟で仕上げており、これが嬉しくて希理子が『メニューを決められなかった時の

メニュー』として親子丼はすっかり定着していた。

「だけど、やっぱり何か変っすね」

 そう繁々とつぶやいたのは小林と希理子が並んで座っているその構図についてである。

 桜井の信望者である桑田は直接本人に確認をとっていたわけではなかったが、桜井が希理子を思っ

ていたことを知っており、そして希理子も桜井を気にしていたそぶりなのに結局くっついたのが目の

前の小林であるということが不思議で仕方がなかったのだ。

「そう?」

 その桑田の疑問を正確に理解した希理子は少し肩をすくめながらこんな風に返答した。

「あたし的にはぜんぜん変じゃないんだけどね。ねっ、小林?」

「はっ、はいっ!!」

 急に話を振られ───それも間近で満面の笑みで話を振られ、小林は真っ赤になってしまった。こ

んな様子を見ていると確かに『恋人同士』なのだが、なんだかそれでも釈然としないものがある。

 今日集まった目的は、春休み中に桑田率いる四谷鵜ノ原と小林率いる上南の合同による主催で都営

の体育館を貸し切って、都内のバスケ有力校8校参加のリーグ形式による練習試合の大会を開こうと

いうことに関する打ち合わせだった。

 もう概要は両校のマネージャー同士で決められており、今日はその最終確認を両校のキャプテン同

士がやっているというわけだった。

「じゃあ俺、外で今川に連絡してきます」

 その確認作業もすべて終え、小林はそういうと電話を掛ける為に席を立ち上がった。

「はい、いっといで」

 ぴらぴらと片手で手を振りつつも、希理子の意識は小林には向いていない。手元にあるミスコピー

をちぎってつくったお手製折り紙で、どこまでちいさな折り鶴を折れるかに集中している。すでにか

なりの数出来上がっているその希理子の作品群にテーブルの上はうめ尽くされ、一種異様な光景が広

がっている。

「やっぱり何か変だなあ」

 小林の姿が扉の外に消え去ってから桑田は再びそうつぶやいた。

「何だい、まだそんなこと言ってるのかい?」

 その言葉にこれまで2人のやり取りには一切関知せずといった様子で黙々とつるを折り続け、時折

小林をこちょばしては満足しているだけだった希理子が初めて顔をあげた。

「あたしはこれで満足してる、ってそう言ってるだろう?」

 そう言っている希理子の瞳はやけに挑発的だった。切れ長気味の瞳が『あんたの内心なんかおみと

おし!』みたいな感じで、まっすぐに桑田に向けられている。

「あなたは、ね」

 だから思わず桑田はその挑発にのってしまった。

「だけど『周り』はそうは思ってないんですよ」

 周囲の誰もが希理子を『桜井の女』とみなしていた。何故か上南の中ではそうではなかったようだ

が、都の高校男バス界では希理子は『桜井の女』だった。だから誰もが遠慮して───敬遠して希理

子に近付こうとはしなかった。

 なのに希理子が選んだのは別の男で───誰もが一瞬その目、その耳を疑う相手で、だからこそ

今、裏の方では『桜井を裏切って、よりにもよって後輩に手を出した女』として希理子は悪女として

そこここで噂のまとになっていた。

 ここでポイントなのが悪く言われているのが希理子の方一方で、事実はそうではなかったのだが、

寝とったことになっている小林のほうはまるで被害者のように言われていることである。

 『矢部希理子』という人間を深く知らない人間からすれば、普段、上南で横暴の限りを尽くしてい

た希理子は見た目のよさを利用して男心を手玉にとっているように見られていたのである。もしくは

桜井の女であるということを嵩にきて、傍若無人にふるまう女だと。

 桑田も最初はそう思っていた。自分のガッコウの部の主将から小学校時代のいきさつを耳にたこが

できるほど聞かされていたので周囲の噂を鵜呑みにして、そのままに信じていた。

 だけど実際はそうではなかった。実際に傍若無人で、女とは思えない言動で周囲に混乱と困惑をも

たらしてはいたが、実にさっぱりとしたつき合いやすい性格の少女だった。だけど熱く、激しい──

─炎のような強さで人を思いやる少女だった。

 だから周囲ほどには桑田は希理子が桜井を裏切ったなどとは思っていない。実際に桜井の口から実

際は希理子と桜井にそういう関係はなかったのだと聞いていたからなおさらそんなことを思ってはい

ない。

 だけどそれゆえに『何故』という思いがある。───『何故よりにもよって小林なんだ?!』とい

う想いがある。

 小林は無口で無愛想だがいいヤツだ。それはよく知っている。だけれどもこう言っては───くら

べては何なのだが、桜井に勝っているとは思えない。何より希理子のような性格の女に小林のような

真面目で一本気な男が合うとは到底思えないし、何より桜井のような大らかな男の方が気性の激しい

希理子と合うと思わざるを得ないのだ。

「ふーん」

 だがそんな桑田の言葉に対して希理子はつまらなそうにうなずいた。

「あんたもそんなつまらない男だとは思わなかった」

「なっ」

 さすがに面と向かって、ハッキリとそう言いきられて桑田は目を白黒させた。だが希理子はもう興

味無さそうにつるを折ることに意識を戻してしまっている。

「いったいどういう意味ですか?」

 問いかけるが希理子は顔を上げもしない。

「希理子さん!」

 強い口調でそう声を重ねると、希理子は面倒くさげに顔をあげた。

「だからさ、あんたが自分の言葉、他人のふりして言うようなつまらない男だとは思わなかった、っ

て言ってるのさ」

 その言葉に唖然とする桑田に対して希理子は言葉を続けた。

「『自分』の言葉、『他人のフリ』して言ってくるような、卑怯な男だとは思わなかったってね」

 見つめてくる瞳はまっすぐで少しの揺らぎもなかった。

「ハッキリいえば?『どうして小林なんですか?』って───『何で俺じゃないんですか?』って」

「なっ……」

 希理子の口から発せられたその言葉に桑田は言葉を失う。思わず目を見開き、まじまじと希理子を

見つめ返した。

「あれ?違うの」

 希理子は平然と桑田に問いかける。

「てっきりそうだから、こんなに絡んでくるんだと思ったんだけど」

 お天気の話をするような気軽さでそう言われ、桑田は頭を抱え込んだ。

「あなたは────」

 驚き過ぎて呆れ返り、言葉を失いながらも桑田は自分の顔が赤くなっていくのをハッキリと自覚し

ていた。

 無意識に───そう、本当に無意識に桑田は自分が希理子を意識していたことに今さらながらに気

がついたのだ。

 どうしてこんなに『変』だと思うのか、どうして桜井ではなく小林を選んだ希理子をおかしいと思

うのか───その無意識かつハッキリ言えば無意味なクエスチョンにどうしてこんなに意識を裂いて

いたのかやっとわかってきたのだ。

 だけどだからといって、すでに誰かの女である───しかも友達の彼女である女性に、今さらなが

らにそんなことを言うことも、その想いを認めてみせることも出来なくて、とりあえずこんな風に返

してみた。

「自信家ですね、モテてる自覚はあるんだ」

 だがその返答に希理子は首を横に振った。

「うんにゃ、あたしゃぜんぜんモテないよ。こんなアクの強い女、そう簡単に惚れる男がいるか

ね?」

 真剣に───心からそう思っているといった様子で、希理子はあっさりとそう言った。

「でもね、一部の例外事項があるんだ」

「『例外事項』?」

「うん」

 希理子は頷いて、またあっさりと言葉を付け足した。

「『本当のいい男』には『本当のいい女』がわかるのか、いい男はみんなあたしに惚れてくるんだ」

「・・・・・・・・・・・」

 希理子のその言葉に桑田はたっぷり数秒思考を停止させた。

 自信過剰もはなはだしいが、実際に希理子は『いい女』だ。見た目は誰もが認める極上品だし、性

格だってなれてくればそれなりに楽しいし、それに情が深くて、きっぷもいい。多少の欠点に目をつ

ぶれば、その欠点を補ってあまりある程、魅力的な存在だ。

「───じゃあ俺のこと、『いい男』って認めてくれるんですね?」

 いささかならず疲れをかんじてしまった桑田のその言葉に、希理子は逆に疑問符を浮かべた。

「じゃああんたは『いい男』じゃないのかい?」

 目をくりんとさせて悪戯めいた表情で自分を見つめるその姿に、桑田はしばし時を忘れた。そして

その瞳の中に10割の本当を見い出した時、吹き出さずにはいられなかった。

「……ぷっ、ハハハッ、まったくあなたにはかなわないな」

 よくこんな瞳に見つめられ続けて小林はもちろんのこと上南メンバーは平気だったものだと桑田は

心底思った。

 希理子はよく小林のことをウソ1つつけない不器用な男だと笑うが、それは希理子も同じだと桑田

は今さらながらに感心した。

 確かに希理子は口から先に産まれてきたようにべらべらと喋って、ときには結構いい加減なことを

言っていたりする。平気でウソだってつくし、それを悪いとも思ってはいない。

 まあそれは実際に希理子の仕掛ける悪戯やウソが笑い話程度のことだからではあるが、それを表面

上はずっとキープし続けているのだから、希理子をよく知らない他校生からはいい加減な女だと思わ

れている。

 だけど本当の重要事項───とくにケガなど身体に関わることに対しては誰よりも真摯で、真剣な

対応をするのだが、そんな場面めったにないのでそのことを知っているのは少数なのだ。

 だが今日───たった今、希理子と話していて希理子がどうしてあんなに傍若無人にふるまってい

ても上南のメンバーから慕われているのかよくわかった。

 希理子はウソがつけないのだ───もしかしたら小林以上に。そらさずに瞳を重ねればその一番深

い部分にまぎれもない真実の想いが常に浮かび上がっている。相手のことを常に理解したいとどん欲

なまでに求めている。

 こんな瞳に見つめられ続け、時には激励され、時には叱咤され続けたのなら男なら誰だって高みを

目指さずにはいられない。───少なくともこの瞳に映る前で不様な格好は見せられないと本気で思

ってしまう。

「小林はけっこう凄い男ですね」

 希理子のそばにいるということは───希理子に選ばれたということは、常に男として高みを目指

し続けねばならないということを意味しているのだ。それなのに小林はまだいささか恋人同士の関係

にテレはあるらしいが、しっかりと希理子なりの不器用な愛情表現を受け入れ、そして小林なりの愛

情を希理子に示し続けている。

 これは結構重労働なことだろうに、それを苦に思うどころか小林は幸福の絶頂そのもので暮らして

いる。

「だろ?」

 希理子はその言葉で初めて満面の笑みをみせた。

「だってあたしの選んだ男だもん」

 そう言って笑ってみせた笑みはまさに花そのもので、その自信に満ちた幸福そうな笑顔に桑田はま

ぶしい程の憧憬を覚えた。

「何を話してるんです?希理子さん」

 そこに外での電話を終え小林が帰ってきた。

「うにゃね、今桑田にあんみつ奢ってもらおうとタカってたトコ」

 瞬時のためらいもなく希理子はウソをついてみせた。

 これは他の男にならともかく、真面目一本槍の男に今までしていた話をすれば、桑田と小林の友情

に水を注すことになりかねないという希理子の判断で、そっと目配せされたその合図で桑田はそれを

理解して、希理子のウソにつき合うことにした。

「そうなんだ。今、せっかくのデートの時間を邪魔したおわびにあんみつ奢る約束させられてたん

だ」

「デ、デート!!」

 今さらなクセに真っ赤になって小林が慌てふためく。その様子をクスクス笑うと希理子はウソから

口にしたように実際にあんみつを追加注文した。

 やがてそれも食べ終え、まさにこれから会計を済ませて店を出ようとしたそのとき、希理子が桑田

に声を掛けた。

「桑田」

「なんです?」

 振り向いた拍子につめたい感触が口元にあたった。

「これ、奢ってもらった『お礼』」

 そう言って口の中に放り込まれたのはあんみつに入っていた缶詰めのさくらんぼだった。

「でね、これは小林に」

 茎の部分だけとったそれを希理子は桑田にあたえると、今度は手元に残った真っ赤に染まっている

その茎を自分の口の中に放り込んだ。

「??」

 『これは小林に』───と言っておきながら自分でそれを口にし、いきなりもぐもぐし始めたその

様子に桑田も小林も目を丸くする。 

「!、出来た!!」

 だけどほんの数秒の後に希理子はそうどことなく自慢げに嬉しそうにつぶやくと、べーっと大きく

舌を出した。

「これが出来るってのはね、キスが上手いっていう証拠なんだってさ」

 そう言ってニッコリ笑った希理子が手のひらの上に吐き出したさくらんぼの茎はしっかりと輪ッか

に括られていた。

「───!!!!!」

 一瞬、何を言われたのか全く理解出来ず、ただ呆然と希理子と希理子の笑顔に見とれていた小林

は、その言葉の意味をやっと理解して真っ赤になってしどろもどろになった。

「キッ、キッ、キスって、〜〜〜〜〜〜」

 それ以上のことだってとっくに済ませているというのに、小林は爆発寸前なまでに追い込まれてた

だおろおろとするばかりだ。

「ハハッ、あんた、まっかっか」

 そんな様子を見て希理子は本当に楽しそうに、幸福そうに笑う。その情景はまさに『幸せな恋人同

士』そのもので、『変』なところなど一切見当たらない。

 桑田はそんな2人の様子に先ほどまで感じていた疑問とそしてかすかな不満を消去させると、希理

子が口に放り込んださくらんぼにそっと歯を立てた。だが口の中にひろがったその味に桑田はかすか

に目を細める。

 
 
 シロップ付けなのだから甘いだけのはずのその実の味は、何故だかすこし甘酸っぱかった。

 

                             Fin.
 

    

     

 リクエストいただいたのはかなり前のことなんですが、やっと作品にできました。
 『希理子←他校生』ということでしたので、それに小林もからめて『小林×希理子←桑田』テイストにしあげてみたのですが、ただのコバキリらぶらぶ当てつけられ小説になってしまいました。
 桑田ってどうもわたしにとってはキャラが掴みにくいです。イメージ的にはただの『桜井らぶらぶ男』だから(笑)なおさらなのかもしれません。

                        2002/03/31  日向 葵。

 今読みかえしてみるとかなりシュールな作品になってますね、これ。カッコイイ希理子を意識して書こうとして玉砕している過程がよくわかります。 《2002/5/23》

 

  

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