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「……ありがとな」
ぼそりとつぶやかれたその言葉に希理子は目を見開いた。
「えっ」
とても目の前にいる少年の口から自分に対して紡ぎ出された言葉だとは思えなかったのだ。
だがそれは聞き違いではなかったらしく、いつもはクールな少年の顔が運動直後だからだけではなく
微かに赤く染まっている。
「何だい、何だい、気持ち悪い。あんたがそんな神妙なこと言うなんて外が嵐になっちまうよ」
「てめぇなあ」
希理子の口から紡ぎだされたその皮肉な言葉に少年、澤村は気恥ずかしさからそらしていた視線を自
分の腕をマッサージしてくれていた年上の少女の顔を見上げた。だがその澤村の瞳に映った希理子の姿
はその言葉とは裏腹に微かに頬を赤く染めた柔らかな優しいものだった。
希理子のそんな女らしい様子を見たのは初めてではない。だけど自分と向かい合った状態でそんな姿
を見せてくれたことなどなかったので驚きと喜びが隠せない。だから普段なら言えない素直な言葉が口
に出来る。
「───今日、あんたがいてくれてよかったよ。あんたがあいつの背中を押してくれなかったら、今日
俺はこの場にいれなかった」
その言葉に希理子はテレながらもやわやわと続けていたマッサージの手も止めた。その言葉に今日、
今からほんの数時間前のことを思い出す。そしてそのことに一瞬立ち尽くすと小さく笑って澤村の頭を
ぽんと小突いた。
「バーカ、何勘違いしてんだい。あたしはあんたの為に何にもしちゃいないよ。礼をいうなら成瀬たち
に言ってやりな。あたしはあんたたちを見て楽しませてもらっただけ、それだけさ」
ここ数日、澤村はバスケ部から遠ざかっていた。それというのも昔の連れであった甲斐のさそいや今
の自分を取り囲む仲間達を傷付けたくなくてわざと嫌われるようなマネをしてみせていたのだ。
だけどそれでも成瀬たちスリ−メンズフープのメンバーは自分を信じて助けにきてくれた。敵として
向かい合った自分と真正面からぶつかって、そして許してくれた。
それには自分の正体に気がついた希理子が同じく自分の正体に気付いてショックを受けていた成瀬を
立ち直らせ、励まし、同時に澤村自身の考えも認めてくれたからこそ思う存分本音でぶつかりあうこと
が出来たからに他ならないと澤村は思っていた。
「でも……」
「いいかい」
希理子は白く繊細な手で澤村の汗に濡れた髪を梳くように撫でながら言葉を続ける。
「人間のすることなんざ結局全部自分のためなんだよ。ホントに人のために動ける人間なんざこの世の
中にいやしないよ。誰かのために手を貸したり、手を差し伸べたりするのはさ、自分がどれだけいい人
間かどうか再確認して満足するためなのさ。人に感謝されることがうれしいから、誰かに必要とされて
ると信じたいから結局動いてるんだよ」
冷めた、人をつきはなすような冷たい言葉なのに希理子の声は限り無く優しい。そのアンバランスさ
に澤村はその真意を伺おうと希理子の瞳を見つめる。
「だけどね、人間て生き物はそんな感じでしか動けない傲慢な生き物だからさ、その『誰か』を選ぶん
だよ。自分が幸せにしたいのは、自分を必要として欲しいのが『誰』なのかを自分自身で選ぶんだよ。
そしてあんたはそれに選ばれたんだ、成瀬や楠田ちゃん、それに桜井やこの上南のメンバーたちに選ば
れたんだよ。あんたが『必要』だって、『あんた』に必要として欲しいって選ばれたんだよ。だからあ
んたが負い目を感じることはないんだよ、あたしたちが勝手にあんたを『必要』としてるんだ」
まっすぐな瞳で希理子は言葉を重ねる。
「あたしが勝手に『あんた』を必要としてるんだ」
そういうと希理子は微かに微笑むと言った言葉が照れくさかったのか、いささか強めに澤村の頭を再
び小突いた。
「さっ、余計な話はこれまでにしてさっさとマッサージやっちまうよ。身体に疲れが溜ったままじゃ動
きが鈍るかんね。そうでなくても点差が開いちまってヤバいってのに大事な得点源が役立たずのままじ
ゃ負けちまうよ」
テレを隠すようにしながら先ほどより強めに腕のマッサージをし始める。希理子の言う通り、さすが
に3on3の試合といえどつい数時間前まで幾つも熱戦を繰り広げた身体には疲労が蓄積していた。も
ともと体力のない澤村は気分がハイになっているといえどさすがに動きがいつもよりは鈍ってしまって
いる。
「ほんじゃまあ、マッサージしっかり頼みますわ、『マネージャー』さん」
同じく照れ隠しでからかうような口調で澤村が恩着せがましく言った。その言葉に希理子は心底いや
そうな顔を作ると揉んでいた腕をきつく摘んだ。
「イテッ」
「いい気味!この希理子さんにそんな口きくなんざ百万年早いよ」
痛がる澤村を見て希理子は嬉しそうに笑った。
「くそぉ、このバカ女!」
「なにぃ?」
互いににらみ合うがすぐに苦笑が洩れた。そして顔を見合わせて満足そうに笑いあう。
「行っといで、あたしの分まで楽しんできておくれ」
「ああ」
希理子の言葉に頷くと、いつものくせで励ますようにぽんと触れてくる希理子の手をすっと掴んだ。
「あんたを『天国』に連れていってやるよ」
そしてその言葉と共に澤村は希理子の身体を勢い良く自分の方に引き寄せた。
「キャー」
その次の瞬間に会場に少女たちの悲鳴が轟いた。上南サイドの観客席で澤村の一挙一同を見守ってい
たファンの女の子達が泣きそうな悲鳴をあげたのだ。
「!!!!!!!!!」
それと同時にいつになく親密な様子で話し込んでいる2人の様子をそれとなく見守っていた他の上南
メンバーは思いっきり目を見開いた。
「〜〜〜、さっ、さっ、澤村?」
真っ赤になりながら希理子は唇を隠すように押さえた。突然我が身にふりかかった出来事に唖然とし
てそれ以上の言葉が出ない。
だがその様子を澤村は楽しそうに笑いながらニヤリと笑って宣言する。
「俺は負ける勝負はしないんだ。だから必ずあんたをいただく。たとえあんたが今、俺のことを何とも
思ってなくっても俺にはあんたが『必要』なんだ」
今度は当然といった様子で真っ赤になった希理子の額にチュッと口付ける。
「続きは試合が終わってからな」
そして平然としながらピラピラと手を振ってその様子を見て真っ赤になってしまっている仲間の方に
歩き出す。希理子はその背中をしばし呆然と見つめ、そして次の瞬間手に届く範囲にあったスコアブッ
クをわし掴んで澤村に目掛けて放りなげた。しかしその気配を察知してか、澤村はひょいっと身体を翻
すと希理子が投げたそのスコアブックはバシンと派手な音を立てながら成瀬の顔に直撃した。
「あたしのファーストキス返せ〜!!!!!」
希理子のその絶叫が上南、対戦校両陣営の応援団が見守る体育館に響き渡る。だがその声がイヤだっ
たからではなくて恥ずかしさ故のものだと、誰よりも希理子を必要としている澤村にだけはわかったか
ら嬉しそうに笑った。
その顔はいつものニヒルでもクールでもなくて、いたずらの成功した少年そのものの笑顔だった。
−FIN−
読んでいただければおわかりの通り、原作のst.212とst.220を補完する形で書いた話です。タイトルはラルクの曲から。
八ヶ岳合宿での2人を見てこんなのもありかと思っていたのが海編でさらに燃え上がり、そして私の中に完璧に『サワキリ』というカップリングを成立させたのがst.212でした。このときの二人の会話を見た瞬間、一瞬本気で桜井のことなんかどうでもよくなりました(笑)。ちなみにこのとき登場した『賭け屋』は日向のお気に入りキャラ。
ストリート編はまさに希理子受け書きの人間の邪心をくすぐる宝庫です。読み返せば読み返す程インスピレーションをもらいます。サクキリ、コバキリ、サワキリ、全部の要素が入ってますからね。
2001/2/18 日向 葵
5000Hits記念の作品です。『目指せ少女漫画!』が私の中でのキーワードでした。立続けに続くクサイセリフ、突発的なキス、そして絶叫。うーん定番! (2001/4/2)
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