文化祭悲話

  

  

     

「えーっ、ホントに人気投票で一番になったトコには賞金が出るのかい!」

 その突然の嬌声に台風によってぶっ壊されたセットを修理中の部員達全員が手を止めた。

「ええ、そうらしいですよ」

 バスケ部の文化祭での催しものを取り仕切っているというか牛耳っている希理子の忠実な

助手として働いている今川が、たった今生徒会室で貰ってきた文化祭参加要項を見ながらそ

の項目の一つを読み上げた。

「『一般および来賓見学者に投票用紙を配付し、その結果1位に選ばれたクラスもしくは部

および同好会に金壱万円を配付する』って書いてあります」

 その言葉に希理子は今川からその要項を奪い取ると自分の目でもその項目を確認した。

「聞いたね、みんな!1万円だよ、1万円!絶対1位をとってこの賞金を頂くからね!」

 最近の高校生の平均的なおこずかいが月に5000円から7000円という時代に一人の

人間が手にする金額としては対した額ではないが、『部費』としてならかなりの価値がある

金額である。

 貧乏な公立高校の部費などせいぜい年額5万ももらえれば多い方だ。もちろんそれで部活

にかかる費用がすべて賄えるはずもなく、バスケ部の場合は一人一人から月に1000円徴

集して余った分は積み立ててユニホーム購入の際の資金としようとしていた。そういうワケ

だから『たかが1万円』ではなく『されど1万円』である。特に今年度嬉しいインターハイ

出場をはたし、その為積み立てていたお金もすっからかんになってしまっているバスケ部に

とってはのどから手が出る程欲しいものだった。

「でも全部の催し物の中での一番でしょ、無理ですよ」

 マネージャーとして部費の切迫している様子を理解している希理子と今川をのぞいては昨

日その事実を告げられていてものほほんと何とかなる程度に考えているものが多かった。

 その為、あきらめと言うより希理子のその熱のこもった声に呆れを含ませた磯村の言葉に

幾人かが賛同して大きく頷いた。

「何だって?!」

 その様子に希理子はキッと磯村を睨み付けると声を荒げながら力説した。

「明日の売り上げがなければ今年の冬はこせないんだよ。ウインターカップにだってテーピ

ング一つ買えずに参加する羽目になるってことわかってんのかい?」

 その言葉にこれまで磯村のその言葉に賛同していた者達も顔を見合わせる。

「だから明日の売り上げが重要なんだよ。その売り上げとこの1万円があれば来年の春、学

校が部費を出してくれるまで何とかやっていけるけど、そうじゃなければ本当にやってけな

いんだ。もしも明日の売り上げが目標金額に満たなければあんた達から集めてる部費、来月

から2000円に増額するよ!」

 希理子のそのダメ押しに部員達は全員びくりと身体をふるわせ、口々に明日の健闘を誓い

あった。

 さすがに急に倍額2000円も部費を取られたのではキツい。親に部費を出してもらって

いる者はともかく澤村のように生活費を自分で稼いでいる者はもちろんのこと、進学校ゆえ

に部活に入れこんでいることを反対されていて結果部費を自分の小遣いから捻出している者

にはそのような事態を受け入れられるはずがない。

 そのため、壊れてしまったセットを何としても復旧させ、元通りとはならなくても客に満

足してもらえるレベルに戻そうと必死に手を動かしはじめた。

 その様子に希理子は一瞬満足そうに頷いたが、すぐさま何かを考え込む仕種を見せた。

 もっと部員達を駆り立てるものが欲しい、ただ部費増額に怯えてというのではなく、もう

一つ部員達を駆り立てるものが欲しいと頭をひねりはじめた。そしてぐるりと作業にせいを

出す部員達を見やるとポンと手を叩いて再び声をあげた。

「あんたたち、部の中でも競争をやるよ!」

「えっ?」

 突然のその宣言に全員が再び手を止めて希理子の方を見やる。

「どういうことだ?」

 長身をいかして高い所の飾り付けを直していた桜井が皆を代表して問いかける。

「だからね、今から部の中で誰がもっとも明日の売り上げに貢献するか競争するんだよ。優

勝者にはそうさね……」

 一瞬考え込む素振りを見せるとすぐさまいたずらめいた表情できっぱりと宣言した。

「御褒美にあたしがキスでもしてやるよ」

「えーっ!」

 その言葉に部員全員から悲喜こもごもの反応が起こる。真っ赤になるもの、手にしていた

ものを衝撃のあまり落とすもの、自分の耳を疑いほっぺたをつねるもの、イヤそうにおびえ

るもの様々だ。

「何だい?あたしにキスされるの嬉しくないのかい?」

 その様子に希理子は顔をしかめると一言付け足した。

「逆に一番役に立たなかったヤツにはお仕置きをするからね」

 その言葉に騒ぎがぴたりとおさまる。

「……その『お仕置き』とは?」

 怯えながら問いかけた神田の言葉に希理子はニヤリといつもの意地の悪い、そこの見えな

い笑みを浮かべた。そしてもったいぶった言い方で宣言する。

「秘密。だけど『すごいこと』を用意してるから」

 その言葉に全員が震え上がった。いつもでも『すごい』のに、希理子のいう『すごいこ

と』があのレベルで済むはずがない。どんなに強烈なお仕置きが待っているかと思えば想像

しただけでも身が凍るような想いがする。

「でもそれ、どうやって決めるんですか?」

 成瀬の口にした当然の疑問に希理子は簡潔に説明した。

「まあ総合的に判断するけど、具体的には明日の指名件数とお客に書いてもらうアンケート

結果の集計、んでもって今日の準備とあしたの終了後の後片付けでどれだけ役に立ってくれ

たか、だね」

 その言葉に皆が納得して頷く。そしてその様子に希理子は一言付け足した。

「その『おしおき』はあたしが判断するけど、優勝者は公平を期す為に成瀬に決めてもらう

から」

「えっ、俺が!」

 反発の声が上がる前に成瀬が絶叫にも似た声をあげた。

「あたしも一応恋人がいる人間にキスするのは何だからね、この中で唯一『彼女』がいる成

瀬にキスするのだけはゴメンなんだ。あの広島娘を悲しませるようなマネはしたくないから

ね」

 その言葉に成瀬は真っ赤になり、周囲の人間は成瀬に非難の視線を向けた。

「ということはだ、あんた本気で優勝した人間にはキスするつもりなんだな?」

 澤村が希理子に向かって探るような視線で問いかける。その言葉に希理子はきっぱりと頷

いた。

「もちろん、この希理子さんの言葉に二言はないよ」

「まさかその歳で『ほっぺにチュッ』程度ですまそうなんざ考えてないだろうな?」

 やけに熱を帯びた視線で澤村は希理子の次の言葉を伺う。

「『キス』っていうのは口と口でするもんだけを言うんだと思ってたんだけど、あんたにと

っては違うのかい?」

 やけに挑戦的、挑発的な視線で希理子は澤村の方を見つめ返した。そこに真っ赤になった

小林が割り込んできた。

「おっ、俺頑張ります!……部費のためにも」

 誰がきいてもわざとらしい付け足しの言葉を含めながら小林は希理子に向かって言い切る

と、配りに行くように命じられていたチラシを手に持って教室から凄まじい勢いで駆け出し

ていった。

「俺も頑張らなきゃな」

 桜井はそうつぶやくと見た目には慌てても焦ってもいないのに、凄まじい勢いで次々と仕

事を片付けはじめた。

「こらっ、買い出し係!こんなんじゃ明日のケーキの分の小麦粉足んねぇぞ!」

 今日の内に焼いておく予定のスポンジ作りに着手しながら澤村が苛立ち混じりにそう叫ん

だ。

「……どうしたっていうんだろ?」

 突然ハリキリはじめた幾人かの行動に希理子の突然の宣言を受けてから呆然としたままだ

った成瀬は目を見開いた。その言葉に希理子は小さく笑って肩を竦めると、誰もいない天幕

の隅の方に成瀬を呼びつけた。

「なっ、何ですか?」

 苛められつづけた結果、希理子に一対一で向かい合うとどうしても怯えてしまう成瀬に希

理子は声をひそめて言い付けた。

「明日、あんた優勝者きめる時、もしもアイツらの内の誰かだったら適当に他の人間が1位

だったってでっちあげな」

「えっ!」

「声が大きい!」

 成瀬の口を強引に押さえ付けながら話を続ける。

「アイツらがもしもホントに優勝しちまったらホントにキスしてやんなきゃならないだろ?

ファーストキス見せ物にするなんざいくらあたしでもゴメンなんだ。だからあたしにキスさ

れるの嫌がって辞退しそうな人間を適当にでっちあげな」

「でも……」

 その言葉に成瀬は怪訝な様子を示す。

「もしもあたしの言う通りにしてくれたなら、明日あんたがどんなに役立たずでも最下位に

して『お仕置き』するのはやめてやるからさ」

 希理子の口から発せられた甘い買収の言葉に成瀬は息をのむ。そのもう一押しでおちそう

な様子に満足そうに微笑みながら希理子は言葉を続ける。

「心配しなくていいよ、多分でっちあげなんざしなくても他の人間が一番になるさ。あいつ

らが一番になることはない」

「何故です?」

 キッパリと言い切られた自信ありげなその表情に成瀬はその根拠を伺う。

「『あたし』以上に役に立ってる人間が他に何処にいるんだい?」

「…………」

 その言葉に成瀬は言葉を失った。

「わかったね?頼んだからね」

 希理子はそう言うと成瀬の肩をポンとたたいて次の指示をするべく作業に戻っていった。

 確信犯────、その言葉しか成瀬の頭にはもう思い浮かばない。そもそも今、あの3人

がやたらはりきって働いているのも、他の部員達を動かしているのも元はといえばすべて希

理子の一言から始まっているのだ。その希理子以上に部の役に立っている人間などいようは

ずがない。

「女ってこわい……」

 思わずそう漏らしながら成瀬も仕事に戻った。自分への恋心さえ利益の為なら利用するそ

の希理子の強かさに誰もかなうはずがない。

 そのため、はりきって働いている3人に申し訳ないと思いつつも成瀬は希理子恐ろしさの

あまり口を噤んでいた。

    

    

  ■後日談■

 文化祭の人気投票は希理子のその裏工作の結果見事ダントツの1位に輝いた。そして希理

子の思惑どおり、部内での一番も希理子に決まった。

 しかしそれは成瀬が決定したことではない。一部の人間、具体的に言えば桜井、小林、澤

村をのぞいた部員全員が希理子が一番と納得したからだった。 

 なぜかと言えばあまりにもはりきって働く3人の姿を見て気の毒になって、ついうっかり

口の軽い成瀬が希理子とのウラ取り引きの内容を漏らしてしまったからである。

 そしてその結果、希理子が選んだ一番の役立たずはもちろん成瀬に決定した。

     

 そしてその希理子が科した『すごい』お仕置きは……あまりにもすごすぎてここには記せ

ないものだった、とだけ明記しておく。

 

                              FIN

  


   

     

 『困った時には成瀬くん』という私の定番的なおまけ作品になりました。日向の定番3人組よりも成瀬の方がデバっているというラブラブには程遠い話になってしまいました。ラブラブを期待なされていたのならゴメンなさい。でも私は書いてて楽しかった!2時間あまりで仕上がりました。

                         日向 葵。(2001/1/15 up)

 まだ作品を書いてからあんまり日にちが経ってないのでレアすぎて感想が……。一つの話で3人衆全員だそうとするとどうしてもこんな感じのオチになってしまいますね。まあ、それも一つ仕方がないということで。                 (2001/2/16) 

 

  

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