EVE
       

  


  

 空が綺麗に見えた。

 どんよりと何時雪が降り出しても仕方がないようなくすんだ灰色を帯びた空だったのにボールが空

をきり、ゴールにおさまるその瞬間までのほんの瞬き程の間、ボールを追っていた瞳に共に映り込ん

できた空はまるで光の海のそこにいるかのように透明な輝きに満ちていた。

 桜井は景品としてもらったばかりのボールをダムダムと地面に叩きつけていた。運動音痴で体育の

授業以外でボールになど触ったこともなかったのでボールを衝く仕種もぎこちなければ、あまりの下

手さにボールから目を離すことも出来ない。ドリブルというにはあまりにも不格好で情けない有り様

だった。

 先程シュートを決めたゴールに向かい合って桜井は立っている。同じ場所に立ってみればあの空が

再び見えるのかと思って観客が一人もいなくなるのを待って再びコートの上におりてきたのだが、や

はり空は灰色を帯びたままだった。

 だけどそれでも何か違って見えた。ボールを手にしリングを見上げているだけで、灰色の雲の向こ

うにはあの透き通った空が広がっているのを何の疑いもなく信じられた。

「えいっ」

 先程やってみたように空に向かってボールを放り投げてみる。ボールは高い軌道を描いたが、だが

まぐれだった先ほどとは違ってボールはボードに当たりはしたが検討違いの方向に飛んでいってしま

った。

 あわててボールを拾いに行き、また同じようにボールを放り投げてみる。だがやはりシュートはき

まらない。それでも諦めずに何度も何度もその動作を繰り返す。

「あっ!」

 思いっきり投げたそのボールはリングに当たって跳ね返った。その為ボールは桜井の左手後方、コ

ートの出入り口の近くに転がっていってしまった。あわてて取りに行こうとボールを追っていったの

だが、そのボールをふわりと持ち上げる者がいた。

「すみません」

 桜井はそう声を掛ける。ボールを手にしているのは少女のようだった。ちょうど桜井から見たその

方向が西側の陽が沈む方角だった為、反射して顔は良く見えなかった。すらりとした肢体に何の変哲

もないごくシンプルなデザインの漆黒のコートを身に纏っている。おかしな点といえばそのコートが

どうも紳士物のようで、長身らしい少女の身の丈には合っているのだが、肩のラインがずれ落ち、袖

の長さが合っていないのも相まって指先が微かに見える程度になってしまっていた。

「こっち投げてもらえませんか?」

 桜井は申し訳なさそうにそう声を掛ける。だがその瞬間にも何故かその少女に対して懐かしいよう

な、それでいて何かが生み出されていくような、自分自身でハッキリと形や言葉に出来ない感覚にと

らわれていた。戻っていく、何故かその言葉がそのとき感じていた感覚を表す最も適切な表現だっ

た。

 少女はもちろんそんな桜井の感慨には気付かない。ただその言葉を受けてボールをすっと構えた。

だがそれはただ投げ返すというふうにではなく、シュートのポジションにだった。

「あっ」

 驚いて目を見開いているうちにその少女はボールを空に還していた。完璧なフォームから投じられ

たそのボールは綺麗な弧を描き、先ほどまで桜井が幾度となくシュートを決めようとしていたバック

ボードの方に向かって飛んで行った。そしてシュバッというネットがボールを受け止める音だけを立

ててゴールの中に吸い込まれて行った。

「!」

 桜井は目を見張った。その少女が投じた一投はまさに桜井がもう一度みたいと願った光に満ちた透

き通った空を描きだしていた。呆然としながらその余韻に浸った。その光景が信じられなかった。

 そしてその奇跡を描いてみせた少女に対して話し掛けようと桜井はその少女がいた方角を振り返っ

た。だがついほんの数秒前までいたはずの人陰はどこにも見当たらなかった。帰ってしまったのか、

とあわてて出口を出て目をこらすが見通しもよく人通りもまばらだというのにそれらしい後ろ姿は何

処にもみつからない。

「ホントに『奇跡』かな……」 

 街を飾る赤と緑、そして金を基調にした彩りが数日後に迎えようとしている記念日を思い出してそ

う納得する。

 天使は本当にいるのかもしれない。桜井は一人頷くと、先ほどと同じように下手なドリブルをつき

ながらお祭り気分に浮かれかえる街の中を家路へと急いだ。

 


 ──────これから数カ月後、桜井は進学した高校で『天使』と再会することになるのだが、こ

れはまた別のお話。

 


 

                             Fin.
 

    

     

 『この作品見たことある!!』という方、すみません。以前同人の方で出した本のおまけ本の中からのカットです。自分の作品の中(というかエピソードの中)ではかなり気に入ってて、1人でも多くの人に見ていただきたいな、と公開に踏み切りました。
 ちなみに1本の小説の中からの『カット』なのでわかりにくいとは思いますが、この作品中の日時は『XX年12月19日』です。タイトルには『誕生日イブ』と『アダムとイブ』の両方の意味を掛けてます。

                        2001/12/20  日向 葵。

 今さら語るべきことはないのですね。短いんですけどそれぞれらしさが出せてる話だと自画自賛しております。                《2002/5/23》

 

  

  文字工房実験室
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