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「ここでいいかい?」
希理子は突然自分の元を訪れて来た桜井の父、修一と共に場所を移動していた。希理子の地元であ
る仙川から少し車で離れ、今度は逆に桜井の地元である藤が丘にやって来たのだ。
仙川も藤が丘も住宅地ではあるがその性質が違う。仙川がどこか下町の懐かしい風情を残しつつ発
展した街なら藤が丘はまさに洗練された新興高級住宅街だった。
桜井の父が希理子を案内して来たのはその藤が丘の中でもかなり高地に位置し、街を一望すること
ができる一軒のレストランだった。南欧の貴族の別荘を意識したという石造りの緑に囲まれた店で、
オープンテラスがあり、そこでアフタヌーンティも楽しめるようだった。
ゆえに開放感があるのだが、別の意味での『開放感』がない。何気なく置かれた店内装飾も床に敷
かれたカーペットもかなり高級そうで庶民がおいそれと敷き居をまたげる雰囲気ではなかったのだ。
「ええ、結構です」
だがそんな店内に不釣り合いの学生服という格好で希理子はすこし周りの雰囲気に呑まれたといっ
たおどおどとした感じで頷いた。
『いいか?』と聞かれたのはテーブルのこと。2階建ての1軒屋のレストランでまさに特等席の眼
下に街を一望出来る位置に案内されてそこでいいかと問われたのだ。
ちょうど季節は夏至のころ。6時をすぎたというのに外はまだ明るかった。だが夜の闇が辺りを支
配する為の準備として街は赤く染まっていた。まさに絶景、これがただのデートであれば女なら誰も
が感激するシチュエーションだろう。
でもこれはデートではない。そんな甘いものではない。希理子にとってこれは駆け引きの場───
『あるかもしれない』とは想定していたがあまりに早すぎる決戦の場。表面上は驚きと感激と不釣り
合いな自分の後ろめたさでおどおどしてはいるが、その裏側で冷静にこれから予測されうるあらゆる
パターンについてシュミレートしていた。
「そう固く、緊張なさらないで、矢部さん」
桜井の父は大人の笑顔で希理子が店員に椅子をひかれて席に付くのを待ってからそう声を掛けた。
「別に私はあなたを捕って喰うつもりでお招きしたのではないのです、ただ少しお話を聞いて欲しか
っただけなのですから」
そう言って微笑むその姿は年令というか年輪こそ遥かに上だが、桜井に───この男の息子であ
り、希理子の『恋人』である桜井修司にそっくりだった。優しげでおおらかそうな───だけど決し
て相手に拒絶を許さない、ある意味傲慢で強制的な笑顔だった。
「お話って?」
先日演じたように猫の皮を30枚程かぶった様子で希理子はそう対応した。気を引き締めておかな
ければ引きずり込まれる、そんな奇妙な感覚がどうしても貼り付いて離れない。
余りにも桜井に、桜井修司に似すぎている───その声もその笑顔もその雰囲気も。会ったのはこ
れで2度目、実際に言葉を交わすのは初めてだというのに、まるでデジャビュのように桜井本人の姿
とこの父の姿が重なりあっては離れていく。
その奇妙な感覚がどうしても希理子の身体ではなく心を固くこわばらせる。だがその希理子に向か
い合った真正面の席で桜井の父修一はにこやかな笑顔のまま簡潔に言い放った。
「率直に言いましょう。修司と別れていただきたいのです」
「えっ?───」
内心『来た』と思いながらも希理子はいささか驚いた様子をその顔に浮かべた。だがその揺れた瞳
の前で修一は平然と微笑んだまま一言付け足した。
「いえ、正確には『恋人のふり』をやめていただきたいのです」
「何を?!───」
さすがの希理子もいきなりのその言葉には驚きを禁じ得なかった。そんな希理子に修一は手にして
来ていたカバンの中から大きな封筒を取り出した。
「悪いとは思いましたがあなたのことを調べさせていただきました」
修一はそう言いながらその封筒を希理子の方に差し出した。希理子はそれを受け取ると封のあいた
それを覗き込んだ。中には数枚どころか数十枚にも及ぶ書類と希理子の写真───そのほとんどがあ
きらかに隠し撮りだった。
「───つまりはあたしのこと、お見通しだった、ってわけかい」
希理子はざっとそれに目を通すとさらりと髪を掻きあげ少し椅子をひいた。そして修一の前で自慢
の一つである長くて細い足を高らかに組んだ。その瞬間に希理子から女性らしい甘さというかなんと
いうか、とにかく普段の希理子が表には見せない、演技である部分の『矢部希理子』の要素ががらり
と抜け切っていた。
そして上南のメンバーなら誰もが納得がいく『希理子』らしい横柄な仕種でばさりと封筒の中身を
辺りにぶちまけた。
「こんな前からチェック済みだったなんてさ」
そう言って希理子は写真の束の中から一枚の写真をピッとテーブルの上を滑らせた。そこには桜が
舞い散る中、桜井を含めて他の上南のメンバー達ともふざけあって騒いでいる花見の際の姿が映し出
されていた。
つまりは希理子がゆかりや桜井の両親に姿を現わす前、今回のこの話が持ち上がる以前から希理子
のことはすでに調べられていたということだ。
「ですから悪いとは思いましたが───」
「ちょっと待ちな」
軽く謝罪の意味で頭を下げて言葉を紡ぎ出そうとした修一の言葉を希理子は遮った。
「『悪い』って思ってもないくせにその言葉使うの止めてくんないかい?嘘寒々しくて反吐が出る
よ」
「怒ってはいない、ということですか?」
「喜んでいるようにでも見えるのかい?」
依然微笑をたたえたままの桜井の父親に対して希理子は挑むような視線で不敵に笑った。
「まさか」
その希理子の言葉に修一は慌てた様子で首を横に振った。
「だけどあまり怒ってるようには見えないものでね」
「表に見えるものだけが真実ってコトないだろう?」
呆れたように肩をすくめながらそう言うとあっさりと付け足した。
「あんた達親子がそっくりな『笑顔』で笑ってるみたいに、ね」
修一はその言葉を否定しなかった。
「じゃ、とにかく『お話』とやらの続き聞かせなよ?あたしだってヒマじゃないんだからさ」
希理子はまったく演じることなく挑む瞳と表情のままでテーブルの上に両ひじをつき、身を乗り出
すような形で話の続きを促した。
「わかりました」
修一は頷くと再びカバンの中から今度は先程よりは小さな封筒を取り出した。
「中にはそれなりの金額を入れてあります。これで今回の件から手をひいて貰えませんか?」
バサリと置かれたその封筒には普通の高校生なら手にすることなどまずないであろう程の大金が入
っていた。
「断る」
だが希理子はそれが視界に入っていないはずなどないのに瞬時のためらいもなく修一の言葉を拒絶
した。
「確かにあたしはカネが欲しい。でもだからといって依頼人をこんなハシた札束で裏切る程プライド
を捨ててるわけでもない。たとえこの倍───いや、一億つまれたってあたしはこの件から手をひか
ない」
まったく迷いのない言葉と表情だった。と同時にかっと目には見えない、だけど確かな透明な怒り
が希理子の全身を包んだ。
「では言い方をかえましょう」
修一はその希理子の変化に気付いたはずだというのにまったく動じぬ様子で言葉を続けた。
「『プライベート・アクトレス』というのだそうですね、あなたがやっているそのバイトは───私
は初めて知りましたが、何でも半分非合法的なこともするのだとか」
「その脅しなら効かないよ」
衝撃的な言葉のはずなのに希理子も一切動じなかった。
「あたしは自分が悪いことやってるとは思っちゃいない、それにガッコウにバレたってかまわない。
心残りはほんのちびっとだけあるけど、別にそれだって大したことじゃない。いつでもガッコウ辞め
る用意も覚悟もあるよ」
自分について調べられてしまっているのならそう切り出されてしまうことは予想の範疇だった。そ
れゆえに希理子は動じないし、すぐに反撃の体勢もとれたりする。
「それにそれをネタにするならあんたにもリスクがあるっていうこと、わかってて言ってんだろう
ね?」
「と言うと?」
「あんたの御自慢の息子の経歴にもキズがつくってことさ」
この言葉にも何故だか微笑をうかべたままの桜井の父に対して希理子は言う。
「あたしにはいまさら守りに入らなきゃなんないような過去も未来もない。だけどあんたの坊ちゃ
ん、修司くんはあそこに見えるあんたの『城』のてっぺんにいずれは納まってもらわないと困る珠玉
の玉なんだろう?こんな女と関わってたってことが世間に知れちゃあ、困るのはあんたの方なんじゃ
ない?」
そう言うと希理子は眼下に見える景色の中に存在する一際大きな建物を指さした。公園も隣接す
る、広大な敷地を所有する総合病院───現在は桜井の父が院長をし、そして将来は桜井が継ぐこと
になっているその病院がそこに存在していた。
「あんたさ、いい歳こいて恥ずかしいマネしなさんなよ?自分が優位に立ちたい時に自分の持ってる
力見せつける意味で自分の『城』見せつけるのは確かに有効だよ。でもちゃんと相手見てから考えな
よ」
希理子は笑った───不敵な、誰も寄せつけない『女王』の笑みで笑った。
「あたしは『矢部希理子』、あたしに命令出来るのは『あたし』以外の誰もいないよ」
それは差し込んでくる夕陽にも負けない程鮮烈で清冽すぎる笑みだった。
だがその言葉に修一は思わぬ反応を見せた。
「───よかった」
「?」
「どうやらあなたは私の想像以上の人のようだ」
何故だか修一は笑っていた。一回り以上も年下の、自分の息子の同級生の小娘に自分を否定され、
バカにされたというのに何故だか修一は満面の笑みで笑っていた。
「その人間がどういう人間であるか真に知るには怒らせるか、おだててみせるかどちらかすれば手っ
取り早い。あなたはどうやら私の信頼にも足る人のようだ」
「あんた───」
その言葉に希理子は思わず息を呑む。
「本当にすみませんでしたね、矢部さん。あなたは脅しにもお金にも屈しなかった、迷いも戸惑いも
しなかった。こういうタイプの人間は決して『情』を裏切らない───つまりは『自分』を裏切らな
いということだ。そういう人間はたとえ何があろうと一旦引き受けたことは最後まで果たす、信頼の
おける人間だということだ」
すまなさそうに頭を下げながらも本当に嬉しそうに語るその姿に希理子は絶句する。やってられな
いとはこのことだ。
質が悪い───本当に質が悪い。あまりにもヤリクチが似すぎている。
「どうやらあんたの遺伝子みたいだね、あのバカが世界一の自己中男になっちまったのは」
その9割がイヤミ以外の何ものでもない言葉に修一は苦笑した。
「そんなにあれは似てますか?」
「似てないっていう人間が居たなら会ってみたいよ」
希理子はすっかり脱力し、疲れ果てた様子でため息をついた。一目見た瞬間から『あのバカ』こと
桜井の未来予想図みたいだと思った修一はまさに桜井の行く末そのものだった。年輪と経験を重ねれ
ばまさにたどり着くその姿が希理子の目の前に座っていた。
「───で、本当の狙いは何なんだい?」
「というと?」
「あんたが『桜井の親父』だっていうんなら、ただあたしがどういう人間か知る為だけにわざわざこ
んなまどろっこしいことするわけないだろう?」
確認ではなく確信として希理子はその言葉を口にしていた。もうこうなればただの『喰えないオヤ
ジ』ではない、『煮ても焼いても絶対喰えないオヤジ』として対応しなければ、桜井を相手にしてい
る時と同様に自分のペースを乱されるだけだ。
すると修一は希理子の瞳に自分の視線を重ねるようにしながらあっさりと言葉を口にした。
「あなたに私からも仕事を依頼したいのです」
「依頼?!」
「ええ」
もう何ごとにも驚くもんかと固く己に誓った希理子は数秒もしないうちにその自分自身への約束を
覆させられた。
「『プライベート・アクトレス』としてのあなたに『桜井修司の父』として仕事を依頼したいので
す」
大きく頷きながら修一の口から発せられたその言葉は先程の希理子の笑顔同様に夕陽の鮮烈さの前
でも少しの色も失わなかった。
一方その頃、桜井は今日の試合会場であった高校から少し離れた場所でゆかりから問いただされて
いた。
「お兄様、あの人のこと好きなの?」
真実を欲しがるというよりも否定の言葉だけを欲したすがるような瞳でゆかりは頭1つ分は確実に
大きな幼馴染みにしがみついていた。
「答えてよ、お兄様!」
その言葉に桜井はかっと小さく頬を染め、少し視線そして自分のカッターを掴んでいるゆかりの手
を離しながら答えた。
「希理子を好きにならない人間なんてこの世にいないよ」
「うそ!」
「うそじゃない」
信じられないといった驚愕の表情で即座に否定したゆかりに対して桜井はゆっくりと首を横に振っ
た。
「希理子程優しい人は滅多にいないからね」
「うそうそ!!」
ゆかりは激しくその言葉を否定する。
「だってあんなに乱暴じゃない!兄様のこと、ぼこぼこにしてたじゃない!」
思い返すだけで信じられないような、ゆかりからすれば女どころか人間とも思えない破天荒な行動
をする希理子を自分が最も尊敬し、そして恋心すら寄せている人物が好意的に評価するなど信じられ
ないのだ。
「それはね、希理子が俺のこと怒ってたからなんだ」
「何でよ!」
自分の方が悪いという桜井の言葉が信じられなくて、ゆかりは目を見開きながら桜井の返答を待
つ。
「お前を会場に来させてしまったから、かな」
「えっ」
言いにくそうにしながら言われた桜井からのその返答にゆかりは別の意味で目を見開いた。
「あいつにはお前の心臓のこと話してあったんだ。だからあんなに暑い場所に───心臓とか身体に
負担になる場所に来させてしまったことを怒ってたんだ」
「……だからあのとき……」
ゆかりはその言葉で先程希理子が言った奇妙な、だけど自分にとっては重要なことを思い出してい
た。希理子は成瀬ら後輩を走らせて買いに行かせた飲み物を自分に配る時にわざとスポーツ飲料を除
外する言葉を口にしたのだ。
健康な人間にとってはジュースとなんらかわらないスポーツ飲料も、心臓が悪い人間にとってその
塩分は負担になる。
「もっと大きな空調の整った体育館だとか、夕方遅いゲームならともかく日中のあんな暑い時間に出
歩かせるなんて何考えてるんだってしこたま怒られた」
桜井は希理子の言葉がもっともだった、自分の方が間違いだったと反省した様子でそう告白した。
そしてこれは実際のことだった。
希理子はゆかりという人間について桜井から聞いた時、自分が接触すればゲームを見に来たがるこ
とに予測を立てていた。そしてゆかりが桜井にそう懇願してきたら止めさせ、そのかわりに練習を見
に来ればいい、というふうにしろと希理子から言われていたのだ。
平日の夕方とかならちょうど隣接する校舎に遮られて体育館はまだ比較的過ごしやすくなるし、何
より練習を見に来るのなら試合中と違っていざとの時には希理子が付きっきりでカバーできるから
だ。
なのにゆかりを拒み切れず試合にこさせてしまうことになったと言った時、希理子はそれこそ本気
で拳を振り上げて桜井を批難した。希理子が本気で怒った時だけに見せる鋭い、すべてを引き裂くよ
うな眼光で桜井を睨み付けて来たのだ。大切にするということを間違えるな───と。
病人を親族や間近にしている人間はつい過保護になりすぎる傾向がある。と同時に甘やかしすぎる
傾向もある。
だがそんなことが決して本人の為になるはずがない。いくらその人物が望んでもその人の身体や症
状で出来るか出来ないか、負担になるかならないか医師の診断の元に正確に判断し、適確に指示して
あげたり、時にはその無謀を止めさせることこそが必要なのだ。
「だから希理子のこと乱暴だなんて思わないでやってくれよ、俺が悪いんだ。普段からちょっと暴力
的なところはあるけど、いつもずっとあんなわけじゃないし、誰よりも優しいからこそ厳しいんだ
よ」
桜井はゆっくりと、ゆかりに言い聞かせるように言った。
「希理子ほど優しい────強い人間は他にいないよ、誰もあいつを愛さずにはいられないんだ」
これは桜井の本心だった。そもそも今回のことだって桜井が希理子に依頼した内容からは逸脱した
ことだ。ゆかりに自分をあきらめさせ、そして手術を受けるようにしむけることだけが希理子に──
─PAとしての希理子に依頼した内容だった。もちろん前提としてゆかりをあまり激昂させずに、発
作を起こさせないようにということは充分話しあってはいた。
だが一昨日、今日のことに関する打ち合わせをするまでに希理子は心臓病患者であるゆかりとどう
接すればいいのか、ゆかりにとってどんなことが負担となりさけなければならないのか事細かに調べ
て来ていた。そして実際にこれまでゆかりと接してきていた桜井にそのことを確認し、事細かにチェ
ックをいれていたのだ。その姿は仕事だから、というより一人の人間として純粋にゆかりを気遣って
のことだと桜井には感じられた。
本当に敵わない───心からそう思う。人間として、将来医師を目指す一人の人間として、希理子
のその姿勢を見習わなければと桜井はそのときそう思ったのだ。
「嘘よ───そんなこと嘘よ」
だがそんな桜井の想いはゆかりには理解出来なかった。
たしかに今日一日で少しは希理子の人間性───暴力的だが優しいところもあり、部員から信頼さ
れ慕われている、ということは理解していたが、でもそれ以上に自分には理解出来ない部分が大きす
ぎたのだ。
何より自分が誰よりも慕う桜井が自分には理解出来ない存在である希理子を、ゆかりには理解出来
ないながらも桜井が認め、そしてどうやら心を寄せているという事実がゆかりの心をかたくなにさせ
ていた。
「お兄様おかしいわ、どうしてあんなひどい人のことそんなふうに言うの?!どうしてそんなに優し
い顔であの人のこと言うの?!」
高まった感情のあまり、涙がひと粒、つっと頬を伝った。
「信じないわ、認めないわ、私、あんな人!絶対絶対認めない!」
ゆかりは再び桜井のカッターの胸元を掴むとゆかりの突然のその行動に目を見開いてしまっている
桜井に向かって宣言した。
「お兄様があんな人好きだなんて絶対認めないから!」
夏の始まりを告げる何処か懐かしさに満ちた黄昏の中にその言葉は確かに響いた。
その同じ空の下、場所こそ違えまったく同じ夕焼けの中、別の形で向かい合っていた2人はほぼ時
を同じくして一つの結論を導き出そうとしていた。
「──────ということです。引き受けてくれますか?」
眼下に藤が丘の街を一望しながら修一は一通りの話を終え、その結論を希理子にゆだねた。
「ホント、あんた達親子は──────」
希理子は真正面から自分を捉えて話さない修一の視線の前で大きくため息を付いた。
「どうしてそうあたしに難問持ち込んでくるんだろ……」
あきらめと呆れの入り交じったその言葉に修一は微笑する。
「引き受けて、くれますか?」
「わかったよ」
繰り返された問いかけに希理子は大きく頷いた。
「引き受けるよ。これはあたしじゃないと───あたしにしか出来ないだろうからね」
「よかった」
その言葉に修一は頷き、先程希理子に差し出そうとした現金の入った封筒を手にとった。
「でしたらとりあえず───」
「待って」
修一が差し出そうとしたそれを希理子は遮り言葉をつむぐ。
「カネももちろん貰うけど、引き受けるにあたってどうしても欲しいものがある。それが今回の絶対
条件だよ」
まっすぐに、真正面から視線を重ね合わせながら希理子は言う。
「伺いましょう」
そのやけに真剣な希理子の表情にいささかのいぶかしみの表情を浮かべながら修一は希理子に言葉
を促す。
「まず一つ──────」
そう言って言葉を切り出し希理子は2つの条件を口にした。修一はその希理子が出した2つの条件
それぞれに別の意味での驚きの表情を浮かべた。
「───というワケ。特にこっちは絶対外させないからね」
2つ目の条件を提示し終えた希理子は強い拒絶を許さぬ視線のまま修一の反応を伺った。
「まったくあなたという人は───」
今度は修一が大きくため息をついた。
「本当に私の想像以上に素敵な人ですね」
そして笑う。
「わかりました。どちらの条件も呑みましょう。たったそれぐらいのことであなたの協力を得られる
のなら安いものです」
修一のその返答に希理子も笑った。
「了解、商談成立」
そして数日前、桜井に対してやってみせたように誓いの言葉を口にした。
「たった今からあんたはあたしの『雇い主』───あたしはあんたに雇われた『プライベート・アク
トレス』。これからあたしはあんたの為だけに泣き、あんたの為だけに怒り、 あんたの為だけに笑
う」
そして付け足す。
「正確には『あんたの望み』の為に、ね」
希理子の不敵で楽しんだような───だけどそれ以上の真剣さに彩られたその言葉は微かに開けら
れた窓から桜井の生まれ育った街に降り注いでいった。
TO
BE CONTINUED・・・
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