8th. surprise 
01/09/13up

  

  

 インターハイ都予選第5回戦開始30分前、会場となった近隣の高校にはすでに上南そして対戦校

である松下商業両校バスケ部とも集合し、ウォーミングアップを開始していた。

 だがそんな中、ユニフォームの上にジャージを着た格好で駆け込んでくる少年がいた。

「今戻りました!」

「遅いっ!!」

「すっ、すみません!」

 開口一番返ってきた怒声に駆け込んできた少年、上南高校バスケ部背番号15番、実はエアウォー

クが出来るというくせにかなり気弱な少年成瀬は、自分を怒鳴り付けてきた少女、2つ年上の誰もが

認める美少女希理子に頭を下げた。

「この辺来たの初めてだったんで、コンビニの場所わからなくて…………」

 そう言いながら差し出した大きな手提げ袋には何本ものペットボトルが入っている。

「言い訳するんじゃないよ!このあたしを待たせるたぁどういう了見だい!」

 奪い取るように成瀬から差し出された手提げ袋を受け取ると、希理子は中をごそごそと覗き込んで

またまた成瀬を怒鳴り付けた。

「今日はちゃんとストロー貰って来いって言っておいただろ!あんたあたしの話聞いてたのかい!」

「すっ、すみません!!」

 成瀬はそのあまりの剣幕に身を縮こまらせ、びくびくと震え上がった。

「わかったらさっさと貰いに行ってくる!」

「えっ、でも……」

 たった今走って帰ってきたばかりですっかり息切れしてしまっている成瀬はちらりと体育館にかけ

られている大きな時計に目を走らせた。だが希理子はそんな成瀬の視界をどんと胸を張ってさえぎっ

た。

「早く行く!」

「はいっ!!」

 結局成瀬は希理子の迫力に押し切られて再び外へと飛び出していった。

 その様子を見ていた男、桜井はいつものように半分困ったような、でも残りは仕方ないなといった

苦笑を浮かべながら希理子の頭をぽんと叩いた。

「もうすぐ試合だっていうのにあんまり成瀬を疲れさせてくれるなよ?ウチの大事な得点源なんだか

ら」

「いいんだよ!」

 桜井のその言葉とその仕種に希理子はうっとおしそうな顔をしながらその手を払いのけた。

「人間には種類ってもんがあるだろ?アイツは変に相手のデータ叩き込んだり、打ち合わせしたり、

イメージトレーニングするよりもぶっつけ本番でやった方が力が出るタイプなんだよ。だからこんだ

け走らせとけば身体もしっかり温まっていつでも試合でこき使えるってなもんだ」

「うん、まあ確かに」

 半分は納得、といった表情で桜井は頷く。

「でもさ」

「うん?」

 桜井の残り半分の納得を得られなかったことを察知した希理子はそのワケを知ろうと上目遣いに桜

井の顔をのぞき込んだ。すると桜井はすでに半分逃げ腰になりながら恐る恐る希理子の疑問に返答を

返した。

「半分以上私情はさんでないか?」

 ドカッ────案の定、桜井の予想通り希理子の鉄拳が桜井のボディーに炸裂した。

「イタイ……」

「あたしの言うことに口答えしようなんざ百万年早いんだよ!」

 お腹を抱えてうずくまった桜井を無視して希理子はくるりと振り返った。

「というわけでもうちょっと待ってておくれよね?ゆかりちゃん。もう少しでストローちゃんと届く

からさ」

 そう言って微笑んだ希理子の視線の先には目の前で繰り広げられた光景に唖然とし、それこそ真ん

丸に目を見開いたゆかりがそこで立ちつくしていた。

「あ、あなた……」

 女が大の男をあごで使い、自分より大柄な男を殴りとばして平然と笑っている、しかもその理由が

かなり理不尽で、そしてその上その殴りとばされた相手が自分にとって何より大切な幼馴染みだった

ということが理解出来ないのだ。

 そんなところにやたらに賑やかな集団が登場し体育館に声を響かせた。

「こんにちは〜!!」

「おっ、また来たね!」

 唖然としたゆかりをまったく無視しながら希理子はそう声のした方向を振り返った。

「今日も応援よろしく頼むね!」

「はい!」

 そう元気に返事を返したのはみずきだった。みずきを先頭にいつものスリーメンズフープの面々が

応援に駆け付けたのだ。

「あれ、なるちょは?」

 ぐるりと周りを見回しその顔に疑問符を浮かべる。

「ああ、今パシリに行ってるよ。もうすぐ帰ってくると思うけど、なんか飲むかい?」

「いいんですか?」

「うん、いっぱい買ってあるから」

 希理子はさきほど成瀬から受け取った手提げ袋を指し示しながら大きく頷く。そして再びゆかりの

方を振り向くとその手に持った2種類の飲み物を指し示した。

「お茶がいい?それとも紅茶?あっ、他にはタダの水とかスポーツ飲料もあるけど、あんたにはタダ

のお茶とかの方がいいだろ?」

「あなた……────」

 その希理子の口振りにゆかりは一瞬表情をこわばらせる。だがその前に別の声が響いてきた。

「ただいま戻りました〜!!」

「あっ、なるちょ、お帰り!」

 再び入り口の所には成瀬の姿が現れていた。その手にはいっぱいのペットボトル用の普通よりかな

り長いストローが握られている。

「貰ってきました、希理子先輩」

「ごくろう」

 うやうやしく成瀬の差し出したそれをがばりと受け取ると希理子はその内の1本を持っていたお茶

のペットボトルと合わせてゆかりの方に差し出した。

「はいこれ、ゆかりちゃん。これから体育館の中もっと暑くなるから、ちゃんとこれ飲みながら応援

してやっておくれ」

「あっ、ありがとう……」

 言いかけた言葉をすっかり遮られて、今度はきょとんとしながら手の中のそれをまじまじと見つめ

た。

「で、どうしてそんな格好してるんです?桜井先輩」

 まだうずくまったままだった桜井を見て成瀬が問いかける。

「それはな、成瀬、希理子に────ッウ!!」

 希理子に殴られたから────そう言おうとした桜井の後頭部に今度は希理子の強烈な張り手が炸

裂していた。

「バカなこと言ってる間があったらあんたもさっさと身体動かしときな!準備不足でケガしたってあ

たしは面倒みてやらないからね!」

 再びうずくまってしまった桜井を冷ややかに見下ろしながら、希理子は手に余っていたレモンティ

ーのペットボトルの蓋を開けた。

 その光景を上南バスケ部およびスリーメンズフープがらみの面々は桜井に同情しながらもまたかと

微かに苦笑を浮かべて、そしてそれを初めて見たゆかりは再び目を真ん丸に見開いて呆然と立ちつく

した。

 だが次の瞬間にはさすがに慣れてきたのはハッと我に返り、自分の幼馴染みにいわれのない暴力を

ふるうその行為に抗議しようと口を開きかけた。

「あ、あなた───」

「ちょうどよかった、あんたらこのコと一緒に居てやってくれないかい?」

 だがゆかりが言い切るその前に希理子はみずきたちの方を振り返っていた。

「えっ、それはいいですけど、そのコは?」

 先程から気になっていたのか、スリーメンズフープの面々は興味津々といった様子で希理子の紹介

を待った。

「桜井の幼馴染み。ゆかりちゃんっていうんだ」

「へえ、ゆかりちゃんか〜!俺ウルトラマン、よろしく!」

「俺、出っ歯」

「俺はメガネって呼ばれてるんだ!」

 希理子の言葉に次々とゆかりを取り囲みその手を掴んで握手しようとする。その真打ちはやはり浩

介で、他の面々を押し退けながらまっ先にゆかりに飛びつこうとした。

「俺、俺、浩介!シュウ……じゃなかった、桜井とはマブダチの17歳!ゆかりちゃんホント可愛い

ねぇ!俺と───!!」

 デートしない?───そう言いかけた浩介は自分の目の真ん前につめが少し伸びた指が2本、突き

立てられているのを否応無しに確認させられた。あともう少し、ほんの数センチ動けばその指が両方

の目に突き刺さる、そんな距離で止められているのである。

「このコに変なちょっかいだしてごらん、東京湾で魚の餌になってもらうから。それでもいいってい

う覚悟があるんだったらどうぞそのままナンパしな」

 ピシリと弾けた空気の中、希理子は婉然と微笑んでいた。もちろん浩介の目の前に突き出された指

も希理子のもので、今なおまっすぐに少しも引くことなしにそこに佇んでいる。

「……結構です」

 さすがの浩介も希理子の相手にはならないというか相手にすらしてもらえない。

「そう、よかった。可愛い女の子の前で流血沙汰の惨事は避けたかったからねぇ、あんたがそこまで

バカじゃなくてよかったよ」

 希理子はにこりと余裕綽々の態度と言葉でその浩介の撤退を認めるとみずきの方に向き直った。

「じゃあ楠田ちゃん頼んだよ!バカ男の毒牙からしっかり守ってやっておくれ」

「わかりました!」

 その言葉にみずきはきっぱりと頷く。

「いただき!」

「!」

 みずきの返事に頷きかえそうとしていた希理子には一瞬何が起こったのか理解出来なかった。だが

次の瞬間、体育館中に響き渡るような大音量で叫んでいた。

「あたしのレモンティー!!」

 希理子が指さしたその先では桜井が希理子が口を付けかけていたそのペットボトルを口にしてい

た。

「ああ、生き返った。───あ、はい、これ残り返す」

 周囲の注目の中、ごくごくとそれを何口か飲み下すと桜井は余ったそれを希理子の手に押し付け

た。

「なっ、何が『返す』だい!半分近く飲みやがって!!」

 ハッと我に返った希理子は怒りに桜井を殴りとばそうとした。しかしさすがの桜井も3度目の攻撃

は喰らわんとばかりにさっと身を翻した。

「そうは何度も───…グフッ」

 高らかに勝利を宣言しようとした矢先に希理子の強烈なローキックが桜井の脇腹に直撃していた。

「遺言として聞いておく。言いたいことがあるんだったらハッキリ言いな」

 冷ややかな視線のまま、希理子は膝をついた桜井をそう見下ろした。その背後にはまさに暗雲が立

ち込めている。逆らおうものならそのまま天国へ行かされるのが確実な程剣呑な雰囲気だ。

 さすがの桜井もそれにはたじろぎ、慌てて平頭する。

「めっそうもございません!申し訳ありませんでした、希理子さま」

「うむ」

 その言葉で少しは怒りがおさまったのか、希理子は気持ち良さそうに大きく頷いた。そして手に押

し返されたペットボトルの蓋を緩めながら返事を返した。

「わかりゃあいいんだよ」

 そしてそのまま直接それに口付けてこくこくと何口か飲み下した。それをたまたま横目で見ていた

澤村がからかうように声を掛けた。

「おっ、間接キス」

「!!」

 その言葉に希理子は真っ赤になる。

「なっ、なっ、何コドモみたいなこと言ってンだい!こっ、こっ、こんなのキスしたことになるもん

か!」

 それこそ頭のてっぺんから指の先まで真っ赤になりながらのそのセリフだから、迫力も何もあった

ものではない。

「でもそういうわりには真っ赤だぜ?『き・り・こ・さ・ん』」

「!」

 完璧に希理子をおちょくる澤村のその言い方に希理子の血管はプチリと切れた。

「この!」

 希理子は感情そのままに持っていたペットボトルを澤村に向かって投げ付ける。しかしそれを桜井

とは違って澤村は完璧に避け切った。だが次の瞬間、派手な音と共に何かに直撃する音が響いた。

「あっ、なるちょ!」

 たまたま澤村が避けたその後ろには成瀬が立っていたのだ。その為見事に成瀬の後頭部にペットボ

トルは直撃し、成瀬はそのままの勢いで前にひっくり返った。

「あっ、死んだ」

 ひくついて床の上に転がっている親友の変わり果てた姿に澤村は平然とそうつぶやく。

「希理子さん!」

 その光景を一つ残らず見ていたもう一人のマネージャー今川は非難の声をあげる。

「べっーだ!!」

 だが希理子は少しも反省するどころかますます苛立った様子で大きく舌を出すと、くるりと身を翻

しどこ吹く風といった様子でベンチとして設えられていたパイプ椅子にどかりと座った。そしてその

後は高らかに足を組んだままの不敵な態度で平然としている。

「・・・・・・・・・」

 その一部始終をまさに特等席、一番近くで見ていたゆかりはすっかり唖然としてしまい、促される

ままにコートサイドから観客に解放された体育館を取り囲んだ中2階とでもいおうか、とにかくフロ

アーから5メートルほど高い位置にある手すりで仕切られた通路に移動してもただただ呆然としてい

た。

 ゲームが始まり、会場内が興奮に包まれてもそれはまだ抜けきれず、コートを駆け抜けている自分

の幼馴染みとベンチで平然とゲームの進行を見守っている幼馴染みいわく『戦友』の少女を交互に見

比べた。

 初めて出会った時もショックであったが、今日、たった今見させられた光景はそれ以上に強烈だっ

た。あの時───桜井の母親や自分の両親達の前で完璧な礼をとった希理子の姿はここには微塵も存

在していなかった。

 幼馴染みである桜井があの時希理子は猫をかぶっていた、と言い切っていたがまさにそのとおり

で、これでは果たして何枚の猫の皮をかぶっていたのかわからない。

 同じ女として───人間として、こんな人間がいるということが信じられない。何よりその人物を

誰より大切な、誰からも好かれる優しくて思いやりのある幼馴染みである『修司お兄様』がプラスの

評価していることが信じられない。

 思わず口を開いていた。

「あの人───いつもあんな風なんですか?」

「えっ?ああ、『希理子さん』のこと?」

 ゆかりの独白を真横で聞いていたみずきが確認するように首をかしげた。

「ええ、あんな、ホント乱暴な……」

 自分には理解出来なさ過ぎる世界の為、どういう言葉を用いていいのかわからず、ゆかりは取り合

えずそれだけを口にした。

 みずきはその言葉に困ったような笑みを浮かべた。

「まぁねぇ、だいたいあんな感じかな?」

 そして慌てて付け足す。

「でも乱暴だけど優しいトコだってあるのよ!さっきだってなるちょがストロー取りに行かされた

の、あなたの為でしょう?」

 みずきのその言葉にゆかりはしげしげと手にしているペットボトルを見た。その中には先っぽを折

り曲げて蓋を出来るようにした長いストローが入っている。

 それは確かに周囲が直接口をつけてペットボトルの飲料を飲んでいる姿を見て敬遠してしまった自

分を気遣って、新たにジュースを買いに行かせる時にちゃん貰ってくるようにと何度も念を押してい

たのを耳にしている。まあ、結果それでも貰い忘れてきた成瀬をもう一度パシらせた希理子がひどい

のか当然なのか悩むところだが、でも確かにそれはゆかりの為だけの行動だった。

「でも……」

「それにね、あなたのコトわざわざあたし達に頼んだことだってその優しさだと思うよ?」

「えっ、どうして?」

 ゆかりはその言葉に目をパチクリさせる。

「だってあなた、あたし達と一緒にいなきゃ絶対からまれてるもの」

 そう言ってみずきはぐるりと周囲を指し示した。

「シュウ───ううん、桜井さんね、ものすごく人気があるの!他校にもファンのコたちが多くて

ね、ちょっとでも特別に親しい女の子がいたら団体でからんでくるの。もしも一人で見るなんてこと

してたら確実にからまれてたと思うよ」

「そうそう」

 その言葉にもう片方となりに居たウルトラマンが相づちを打つ。

「これまで誰も───姐さん以外親しげな女いなかったから、彼女かって疑われて大変なことになっ

てたと思うよ。前だって半分引っ付かみ合いの大げんかやらかしてたグループも居たそうだから」

 ゆかりはその言葉にさらに目を大きく見開き周囲をぐるりと見回した。すると自分達の様子をうか

がっていたのか、上南高校の制服を着た女の子達の集団の幾人かがきつい表情で睨み返してきた。こ

れでは確かに、コートサイドからこちらに上がってくる際に何度も何度も桜井から身体を気遣って声

を掛けられていた自分はからまれてしまっていただろう。

「それにその制服、あなた聖林女学院の生徒なんでしょう?だったら余計にからまれるわ。上南のお

姉さんたちは特に他校の女の子敬遠するから」

 みずきにそう示されて、ゆかりは自分が着ている制服を見下ろした。全体的に白っぽい、襟の所は

薄い水色に紺色のラインが入ったセーラー服。学年ごとに色が違うゆかりのスカーフは偶然にもゆか

りの名が意味するものと同じ色彩の淡いラベンダーブルーだった。それにラインと同じ色のベレー帽

をかぶっている。

 聖林女学院はみずきが通う聖ヨゼフ学園と共に近隣で知らないものはいない有名なお嬢様学校であ

る。通う学生の階層の高さからいえば聖林女学院は遥かに上をいく超お嬢様学校だ。カトリック系の

厳しい規律に乗っ取った、娘を持つ親なら誰もが入学させたいと考える名門女子高である。

「だからね、今度から応援にくるんだったら制服は着替えてきた方がいいと思うよ?変に周りを刺激

しないようにね」

 そう言ってみずきは忠告した。そしておまけとばかりに一言付け足す。

「それにね、ここにいるの純粋にゲームを応援する為じゃなくて、浩介みたいにオンナ目的のバカ男

も結構集まってきてるから」

「あっ、ヒデェみずき!その言い方はねぇんじゃねえか!」

 2人の後ろに立っていた浩介は即座に反論した。

「??」

 だがその言葉の意味があまりわからず、ゆかりは目でみずきに問いかける。

「ナンパされなかった?ここに来るまでに。勘違いしてるバカ多いのよ、わざわざ遠い学校まで応援

にくるような女の子はナンパされたがってるんだって勘違いして声かけてくるそんなバカ男どもが

ね」

 肩をすくめたみずきの心底うっとおしそうなその言葉にゆかりはああと納得した。

 授業が終わって学校で昼食をとってから会場となったこの学校にたどり着いた時、上南高校の面々

はまだ到着していなかった。そのためうろうろと立ちつくしていた自分に声を掛けてきた男の子たち

が結構居たのだ。

 中でも最後に声を掛けてきた2人組はたちが悪くて、どれほど嫌がっても自分の方にすりよってき

た。そこにやっと到着した上南バスケ部の面々───特に希理子が自分との間に割って入って追い払

ってくれなければそのまま付きまとわれていたに違いなかった。

「あたし達にあなたのこと頼んだのも多分それを警戒してのこともあるんじゃないのかな?」

 みずきはそう言って笑った。その言葉にゆかりはベンチにいる自分には理解出来ない年上の少女の

姿を見下ろした。

 希理子はあいかわらず堂々とふんぞり返った態度でゲームの進行を見ている。時には体育館中に響

き渡るような大声で声援し、そして時にはチームメイトを罵倒しケラケラと笑っている。その様子は

やはりゆかりの目から見ればけったいなものとしか映らなかった。

 しかしそれ以上に不思議だったのが希理子にこき使われていた少年───つまり成瀬が、あれほど

ひどい目に合わされていても希理子のすぐそばで控えて話し掛けたり笑いかけたりしており、そして

希理子をからかった少年───つまり澤村もその成瀬とは反対側の希理子のすぐ隣でゲームを見てい

たことだった。

 その両名ともが希理子の絡みに成瀬は迷惑そうに、澤村はうっとおしそうにしながらもどこか楽し

そうな様子で笑っているのである。そしてそんな希理子の周囲には残りの部員達も集結し、ゲームに

集中しつつも楽しそうな様子で笑っているのである。

 それはまったくゆかりには理解出来ない光景だった。

「希理子さんの優しさってわかりにくいからね、ホントはとってもイイ人なのよ。だからみんな希理

子さんにひどいことされても憎めないし、希理子さんのこと好きなのよ」

 ゆかりの疑問に対してみずきはそう締めくくった。

 そうこうしている内にゲームは終了し、上南高校は6回戦進出を決めた。

「送るよ、今日は疲れただろう?会場内クーラーないから暑かっただろうし。着替えてくるからもう

少し待ってて」

 ゲームが終了して観客席からフロアーに降りてきたゆかりに桜井は汗だくになりながらそう声を掛

けた。

 それと入れ代わるように希理子が近づいてくる。

「どうだい、ウチのチームは?なかなかのモンだろ?楽しんでもらえたかい?」

 闊達というより豪快な笑みを浮かべながら希理子はそうゆかりに話し掛けた。

「ええ」

 ほとんど希理子のことに気を取られてゲームなど目に入ってはいなかったのだが、確かにバスケな

どほとんど自分にはわからないが、スピーディーで迫力のあるそのゲーム展開はビデオとは比較にな

らないほどの興奮に包まれていた。

「また応援に来てやってよ。ウチのバカ共、可愛い女の子に飢えてるから、ゆかりちゃんみたいな可

愛い女の子に来てもらえたならはりきっていい芸みせると思うからさ」

「希理子さん、『芸』ってなんですか、『芸』って」

 希理子の言い回しにくすくす笑いながらみずきが問いかける。それに対して希理子は澄まし顔でき

っぱりと言い切った。

「あいつらのバスケなんざまだまだ『芸』の域を出ちゃいないよ!ホントのバスケってもんはもっと

何かこう血沸き肉踊るっていうのか、とにかくすごいもんなんさ。まだまだ修行が足りないよ、

『芸』から『技』に進化するためにはね」

「何だい、そりゃ、ひどい言い種だな、希理子。俺達は猿回しのサルかなんかか?」

 着替えを終えて帰ってきた桜井は希理子のその言い様にまたまた苦笑まじりの笑みを漏らした。

「お、親分ザルごくろうさん!今度もこの調子でお客さんを笑かしておくれ」

 その言葉に周囲はどっと笑みを漏らした。

「じゃあね。今日は用事があるからダメなんだけど、次こそは一緒に美味しいお茶しようね!とって

おきのケーキ屋何軒か紹介してやるからさ」

 そう言って希理子はなごり惜しそうにゆかりの手を握りしめると、自分と同方向に向かうバスケ部

の面々と共にその場を離れていった。

「じゃあ行くか」

 後に取り残されたゆかりと桜井はゆったりとしたペースで最寄りの駅の方向に向かって歩き出して

いく。

「元気ないな?やっぱり心臓に負担になったんじゃないか?大丈夫か」

 かなりゆったりしたペースで歩いているのに遅れがちになっているゆかりを心配して桜井はその顔

を覗き込んだ。

「ううん、別に───」

 ゆかりは慌てて首を振って桜井の言葉を否定する。だけどやはり落ち込んだ様子は消えず、うつむ

き加減のままだった。

「じゃ、どうして?イヤなことでもあった?」

「──────」

 桜井の優しい、穏やかな問いかけにゆかりは口籠ったままだった。

「ゆかりちゃん?」

 繰り返された呼びかけにゆかりは足を止め、まっすぐに桜井を見つめた。かなり身長差のある2人

では見つめるというよりも完全に見上げる形になる。

「───兄様、どうして笑ってたの?」

「えっ?」

 ゆかりからのその問いかけに桜井は目を見開く。

「あの人、───たしか矢部さんって言ってたわよね、あの綺麗な女の人───あの人にあんなに乱

暴にされてたのにお兄様笑ってた、楽しそうに笑ってた、乱暴にされてたのに笑ってた。ねえどうし

て?!」

 ゆかりはそっと手を伸ばし桜井のカッターの胸元を掴んだ。

「あんなに乱暴されて笑うなんて信じられない、確かに優しいトコがあるっていうのはわかったけ

ど、だけどそれとこれとは話が別だわ。あんなにお兄様殴られたり蹴られたりしてるのにどうして笑

ってあの人のそばにいれるの?どうしてあの人のそばに行けるの?ねえ、どうして?」

「それは───」

 その問いかけに桜井は困ったようにして口籠る。

「もしか…して、お兄様、あの人のこと、好きなの?」

 桜井のカッターを掴んだままのゆかりの手が震える。その言葉に桜井の目が大きく見開かれた。そ

れに促されゆかりはもう一度同じ言葉を繰り返す。

「お兄様、あの人のこと好きなの?」

 梅雨の終わり独特の空気と同じようにその言葉も重く濡れていた。

 

 一方、その頃バスケ部の面々と別れた希理子は自宅への帰路についていた。

「さてさて上手くいってるかね?」

 桜井とゆかりのことを考えて希理子はそうつぶやいた。

 ゆかりの目の前での部員達とのかかわりは別に計画でもなく何でもなく地のものであったが、あえ

て桜井とゆかり2人きりで帰らせるということは希理子の立てた計画だった。

 ゆかりの目の前では用事があると言ってはいたが別にこれといった用など何もない。

 だから希理子は自宅までの道のりでコンビニに立ち寄ると適当なタウン誌とお菓子とジュースを買

った。制服を着ていなければビールを買うところだが最近は規制が厳しいらしくタバコもビールも店

頭では売ってくれない。だから仕方なしに試しのつもりで初めて見た新商品のジュースを一本買い込

んでみたのだ。それとお菓子と雑誌とでヒマを潰して桜井から掛かってくる報告の電話を横になって

待つつもりだった。

 しかしその予定は完全に未定に終わった。あと一つ大きな路地を曲がれば自分の家というところで

一台の乗用車が停まっているのが目に映ったのだ。

 希理子の住んでいるところは下町ではないけれど昔から住んでいる人が多いごく一般的な住宅地だ

った。それもこじんまりした作りの住宅地だから走っている車も小型の軽乗用車が多い。だがそこに

不釣り合いな高級車がでーんと停まっていたのだ。

 珍しいものがあるもんだ、と思いながら希理子はその横を通り過ぎようとした。だがその前にその

車のドアが希理子のゆく手を遮るようにゆっくりと開いたのだ。

 基本的にというか、かなり短気なところがある希理子は自分を通行を妨害するその車を、開いたド

アを睨み付けた。

「?!──────!!」

 だが中から出てきたその人物を見て言おうとした苦情を飲み込んだ。

 ゆっくりと開かれたドアからは高級そうな車とつり合った同じく高そうなスーツに身を包んだ壮年

の男性が姿を現わしたのだ。

「矢部、希理子さんだね?」

 ゆったりとした口調の、だけど否定も拒絶も許さないそんな『大人』の態度───『大人』の仕

種。普段何ごとにも動じない希理子がこの時ばかりは息を呑んだ。

「初めまして───の方がいいのかな?先日すこしだけお会いしましたけど。私のこと、覚えてくれ

てますか?」

 『誰か』とよく似た、『誰か』が齢を重ねればこうなるであろう『未来予想図』───その人物に

対して希理子はらしくもなく立ちつくした。

 だがそんな希理子の警戒を解くようにその男性はにこりと笑うと簡単な自己紹介をした。平然と、

堂々と、だけど威圧的に───。

「私は修司の───桜井修司の父親です」




 夏の風に舞ったその声は驚く程桜井に似ていた。
 

                                 

                               TO BE CONTINUED・・・

    

    

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