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「あたしはあんたに会いに来たんだ」
希理子はもう一度そう繰り返してニコリと笑った。
「にい…さま?」
突然現れた傍若無人な女、希理子の登場に桜井の幼馴染みにして許嫁ゆかりはきょとんとした顔
で、下手すれば頭2つ分は大きい自分の幼馴染みに問いかけた。
だが桜井が何かを言う前に希理子の方が先にゆかりに対して話し掛けていた。
「いやー、ウワサには聞いてたし写真も見せてもらってたんだけど実物の方が全然可愛いねぇ!えー
っと、ゆかりちゃん、だったっけ?お姉さんと一緒にお茶しない?この近くに美味しい紅茶とタルト
出すお店知ってんだ!こいつから巻き上げたカネで奢るから、一緒に行こうよ?」
「こらこら、希理子!」
馴れ馴れしくゆかりの肩に手をまわし、促すような仕種をした希理子に対して桜井は困ったよう
な、しょうがないといったような半笑いの表情を浮かべる。 ちなみに希理子が会話中『カネを巻き上
げた』と言った『こいつ』とはもちろん桜井のことである。
「これから食事だって言っておいたのに無理矢理ついてきていきなりそれかよ!ゆかりちゃんはお前
みたいに図々しく出来てないんだ、いつもの調子でナンパするな!」
「何だってぇ!」
桜井のその苦笑まじりの言葉に希理子はプクリと顔を膨らませた。
「だれが『図々しい』んだよ!美少女は世界の宝だよ!一人占めしようっていうほうが間違いなの
さ」
希理子はとてもうら若き乙女とは思えぬ主張を腰に手を当てながら宣言する。
「あの、修司さん、───そちらのお嬢さんは?」
一流ホテルのロビーでそんなバカ話を繰り広げていたところに桜井と、そしてゆかりの両親が合流
してくる。
それぞれが品の良さそうなスーツやワンピースを身に着けて上品そうな笑顔で笑ってはいるが、あ
きらかに突然現れた異分子の登場に警戒の色を隠し切れてはいない。
「母さん、こちらは───」
「わたくし、修司さんとは同じ上南高校で、そのバスケットボール部のマネージャーをしております
矢部希理子と申します。修司さんには普段からお世話になって親しくさせていただいております」
桜井の言葉をさえぎりながら希理子は微笑を浮かべ、完璧な礼をとった。
「えっ、えっ、えっ?」
その完璧な変わり身にそれを見ていたゆかりは面喰らう。これまで完璧に初対面の自分に対して馴
れ馴れしげな態度で話し掛けていたのに、上流階級のお嬢様学校に通うゆかりから見ても完璧な挨拶
をしてみせたのだ。
砕けた、こんな格式高い場所には不釣り合いな態度が一変、一瞬で完璧な『お嬢さん』に変身した
のである。驚いたって無理もないというものである。
「まあ、それはどうも御丁寧に、で、こちらにはどうして?」
「はい、修司さんから幼馴染みでらっしゃるというゆかりさんのお写真を見せていただいて興味が涌
きましたもので、ぶしつけとは思いましたがお会いしてみたくなりまして、無理矢理ついてこさせて
いただいたのです」
うかがうようなその桜井の母親の言葉に希理子はぽっと頬を赤らめながら恥ずかしげに言葉を紡ぎ
だす。
「想像以上にかわいらしい方でなんだか私、嬉しくなっちゃいました」
そう言って微笑むその姿からは先程の乱暴さも図々しさも微塵も感じられない。
ゆかりはますます目を白黒させながら幼馴染みの顔を見上げると、桜井はその視線に苦笑して肩を
すくめてみせると母親と希理子の会話の間に割って入った。
「希理子、もういいだろ?お前の望み通りゆかりちゃんに会わせてやったんだし」
「まあ、修司さん!せっかくなんだからこちらのお嬢さんも御一緒していただいては?」
「いいんですよ」
大人の態度として予定外の訪問者ならぬ乱入者に余裕ある態度をしめした母親に桜井はハッキリと
言い切った。
「希理子に洋食なんて食わしても無駄です。米と味噌汁以上に旨いものなんてこの世に存在しないっ
ていうのがこいつの持論ですし、高ければ高い程不味いって、───イテェッ!!」
突如桜井がその場で足をバタバタさせた。
「おーほほほほっ、ヤだ、桜井くんたらどうしたの、突然?」
自分で寄ってきた桜井の足を思いっきり踏みしめておいて希理子は平然とそう問いかけた。そして
そのにこやかな表情のままで桜井の母親に向き直る。
「お母様、そのお言葉嬉しいですがやっぱり御迷惑だと思いますし、それにウチの方でも母がすでに
私の分の夕食も用意してくれてると思いますので御辞退させていただきますわ」
そして今度はくるりとゆかりの方を振り返ってニコリと笑う。
「じゃあ、また、ゆかりちゃん。今度お茶でも御一緒しましょうね」
そう言ってふたたび優雅に笑うと希理子はその様子をうかがっていた桜井の父やゆかりの両親など
にも会釈し、入ってきたホテル玄関に向かって歩き出した。その背中に向かって桜井は声をかける。
「じゃあ気を付けて帰れよ!」
「うん」
希理子は振り返って頷く。
「また明日」
「また明日」
何気ない挨拶───だけどその中には互いをよく知っているもの同士だけが持ちうる親密さがあっ
た。
そんな2人の様子にゆかりは少し不安そうに上目遣いに問いかける。
「お兄様、彼女は?───」
2人の関係をいぶかしんだゆかりのその言葉に桜井はいつもの笑顔でにこりと笑う。
「希理子は俺の戦友だよ」
言っている自分でも受けているのか、面白そうな、笑いをかみ殺したかのようなその言葉にゆかり
はますます顔に疑問符を浮かべる。
だが桜井はそんなゆかりの無言の問いかけを再びにこりと笑って封じた。
「さっ、俺もうお腹ペコペコだよ。今日はどんな料理が食べられるのかな?」
そう言って先を促されればそれ以上問いかけることは出来ない。仕方なくゆかりはほんの少しだけ
納得しなさそうにしながらも桜井のその言葉にあきれたように小さくくすりと笑みを漏らした。
「最近のお兄様はそればっかり!一人暮らしなんかなさってるからまともに食事を取ってらっしゃら
ないんでしょ?」
「いいや、ちゃんと食べてるよ」
ゆかりの言葉に少しバツが悪そうにしながら桜井はきっぱり言い返す。
「でも食べても食べてもお腹が減るんだよ。成長期かな?」
「まあ!」
その言葉にゆかりはクスクス笑う。
「それ以上大きく成長なさってどうするの?このままじゃ天井突き抜けちゃうわ!」
「う〜ん、それは困った」
桜井はその言葉に小さく肩をすくめる。
「今でも結構いろんなところで頭打つのに、住むところまで雨漏りしたら大変だ。バスケするには大
きい方が有利なんだけど、そうなると考えものだな。今日は食事を取るのやめて帰ろうかな?」
「それはダメ!!」
ゆかりは桜井の腕を掴みながら首を振る。
「いまさら1食ぐらい抜いたってきっと関係ないわ!ううん、それにもしかしたらお兄様がそんなに
大きくなったのはやっぱりお食事が足らなかったからかもしれないわ」
「どうして?」
そのゆかりの言葉に桜井は目を白黒させる。
「だって植物ってあんまりお日さまが当たらないところじゃお日さまがいっぱい当たるトコのより背
丈が大きくなるでしょう?だからお兄様もきっと栄養が足らないから上に大きく伸びちゃったんだ
わ!」
「おいおい、それじゃ俺は出来損ないかい?」
ゆかりのその言葉に桜井は情けない顔をする。それを見てゆかりは面白そうに笑う。
「ふふっ、本当にそうなりたくないんだったらちゃんとお食事するべきだわ!それともお兄様はそれ
以上ひょろひょろ大きくなりたいのかしら?」
「まさか!寝るトコが無くなるのは困るからね。御相伴にあずかりますよ」
桜井は即座にそう言うと紳士の態度でゆかりに向かって手を差し出した。
「さあどうぞ、お姫さま。お食事に参りましょう」
「はい」
ゆかりはすました顔で頷いて差し出された手に自分の手を重ねあわせるが堪えきれずそこで吹き出
してしまった。そのゆかりの姿に桜井も笑う。
そんな2人の様子に2人の両親は安心したように頷きあうと予約していたレストランに足を向け
た。
そこは南プロバンス料理ということで全体的に開放感のある作りだが、やはり超一流ホテルのメイ
ンダイニングなので随所に贅をつくしたゴージャスな作りになっている。壁にかけられている絵など
も印象派の画家たちの比較的明るい色彩をモチーフにした作品ばかりで、その統一感のある内装はや
はり一般庶民を圧倒させる重厚感に満ちていた。
「────で、修司くん、先程の彼女は?」
ある程度会話も食事も進み、メインディッシュにたどり着いていたところでゆかりの父親がそう桜
井に問いかけた。その何気なさを装いながらもかなり興味津々なその言葉に一瞬ぴしりと空気が歪
む。
「ああ、希理子ですか?」
それに対して桜井は平然と言葉を返した。
「彼女は俺の所属しているバスケ部のマネージャーなんですよ。クラスは違うんですけど同級生で、
結構仲良くやってます」
あっさりとした口調の、だけど取りようによってはとても意味深な言葉に一同微かに目をしばたか
せる。
「その、修司さん、あのお嬢さん、───たしか矢部さんとか仰ってたけどどういうお家のお嬢さん
なのかしら?御挨拶もしっかりなさってたし、礼儀も正しくて、どこかいいお家のお嬢さんなのかし
ら?」
桜井の母親───とは言っても義理の母だが、とにかく桜井の母親は遠慮がちにそう問いかける。
「まさか!」
その言葉に桜井は目を見開いて大きく笑う。
「騙されちゃダメですよ、母さん!希理子のヤツ、ホントネコかぶるの上手いんだから」
「ぇえ?!」
突然高らかに笑い出した桜井の様子に母親はもちろんのこと、そのテーブルにいた全員が桜井のそ
の様子をうかがう。
「普段のアイツはあんなんじゃありませんよ!平気で男殴るし、言葉遣いは悪いし、男が着替えてる
トコに平気で乱入してくるし、もうメチャクチャ!アイツのかぶってるネコの皮全部回収して三味線
作ったら三味線何本出来るかわかりませんよ!」
「えっ、そうなの?」
「はい」
きょとんとしたままの母親に向かって桜井は自信ありげに大きくきっぱり頷く。
「なんてったってアイツは悪魔ですから」
希理子という人間が聞けば意味不明な言葉を口にして桜井は笑った。
「まあ、でもいいところもあるんですよ。男には厳しいけど女には───特に自分よりちっちゃくて
可愛い女の子には無条件で優しいから同性には好かれてます」
そう言って今度は隣に座っていたゆかりを指し示した。
「だからゆかりちゃんの写真見せたら自分にも紹介しろってうるさくって、今日も無理矢理ついて来
ちゃったんです。ホント、困ったやつなんだから───」
桜井のその苦笑まじりの言葉で取り合えずその話題についての話は終わった。そして自然に会話は
この2家族ぐるみの昔からの付き合いに移項していく。
だがそんな中、ゆかりだけが少し翳りを帯びた表情で会話を傍観していた。
「どうしたの、ゆかりちゃん?気分悪い?」
「ううん、別に!」
心配そうに顔を覗き込んだ桜井に対してゆかりは即座に首を振った。
「すこし食べ過ぎちゃったみたいなだけ」
そう言って心配するなとばかりに小さく微笑む。
「そう?」
まだ少し心配そうだがその言葉に納得したのか桜井は頷くと、ちょうどそのタイミングで食後のデ
ザートが運ばれてきた。
「美味しそう!」
クリームチーズのムースに色とりどりの果物、そして美しいエメラルド色のキウイとオレンジ色の
マンゴーのソースが添えられたその一品にゆかりは目を輝かせる。
「食べ過ぎなんじゃなかったの?」
どこか笑いを含んだ桜井からの問いかけにゆかりは即座にその言葉を否定する。
「甘いものは別腹っていう言葉、知らないのかしらお兄様は!」
「ハハハ」
その言葉に2人のやり取りを見守っていた両親達も小さく笑う。
その時、ボーンと優しくおおらかな響きの音が鳴った。
「あっ、もしかしてもう8時?」
桜井は慌てて自分のしていた腕時計を見る。先程の音はこのレストランに入ってすぐのところに飾
られていたアンティークの柱時計の音だったのだ。
「すみません、ちょっと失礼します」
そう言って桜井はすこし慌てた様子で立ち上がる。
「どうしたの、お兄様?」
まだ食事の途中だというのに立ち上がったその不作法にゆかりが問いかける。
「毎週大河ドラマ楽しみに見てるんだけど今日ビデオ、セットしてくるの忘れてたんだ。ちょっと電
話掛けて撮ってもらうように頼んでくるから」
「お兄様、それ─────」
再放送が土曜日にあるのに───そうゆかりが言い切る前に桜井はテーブルをあとにしていた。
そして桜井はレストランを出てエレベーターホール脇にある公衆電話スペースに向かう。そこでポ
ケットから財布と一枚のメモを取り出すとその番号にダイアルを押した。
『ハァーイ、ダーリン』
即座に───3回目のコールも鳴り終えない内にその桜井がプッシュした先の携帯電話が応答す
る。
「からかうなよ、希理子」
桜井が電話した相手は希理子だった。
『どう、上手くいってる?』
「たぶん」
受話器の向こうで希理子が呆れた声で言う。
『何だい、煮え切らない男だねぇ!なんかドジでも踏んだのかい?』
「いや、今のところ上手くいってると思うよ」
桜井は即座に希理子の言葉を否定した。
「ただ───」
『ただ?』
「ホントにこんなんで上手くいくのかわからなくてさ」
桜井はそう不安ありげに声を漏らした。それに対して希理子は即座に言い返してくる。
『バカなこと言ってるんじゃないよ!この希理子さんが考えた作戦にくるいがあるはずないだろ
う?』
実はその希理子の言葉の通り、今日の食事前の希理子とゆかりとの対面も、そして桜井やゆかりと
の両親との対面も、そしてその後2人が別れてからの桜井の食事中の希理子に関する解答も、そして
この電話を掛けるタイミングですらも希理子の指示だった。
昨日の晩打ち合わせの際に今度の桜井からの依頼で自分達に関わってくるだろう周囲の人間の性格
や行動パターンを聞いた希理子は前もって桜井にすべて指示しておいたのだ。
『あたしが教えておいたとおり行動してくれれば上手くいく。あんたやゆかりちゃんの両親には警戒
させず、だけど『恋する女』であるゆかりちゃんだけはあたしのこと警戒するようになる。あんたは
何も考えず、あたしの言ったとおりに行動してくれればいいんだ』
希理子は自信ありげというよりも、今さら何を?といった感じの確信に満ちた言葉で断言した。
そもそも今回の依頼はかなり微妙で難しいものだった。
ゆかりに桜井のことを諦めさせなければならないが、心臓病を煩っている彼女に急激なショックを
与えるわけにもいかず、そして桜井とゆかりを結婚させてしまおうとしている両親達はゆかりが心臓
病を煩っていることや桜井が家を出たいと考えていることを察しているので桜井に近づく女を異常に
警戒していた。そしてもしもそのような存在がいることを知れば手段を選ばず妨害してくる可能性が
あった。
ゆかりの心臓にタイムリミットがなければそれを考慮にいれる必要はなかったのだが、今回は少し
でも早くゆかりの方から桜井を諦めさせる為、どうしても両親の妨害はふせがねばならなかった。そ
の為、希理子は桜井自身の口から『希理子は大切な友達、もしくは仲間だけど女としては問題外』と
両親に印象づけさせる必要があったのだ。
だけどそれと同時にゆかりには桜井が希理子を意識している、そして希理子も桜井を意識している
と知ってもらわねばならず、その為希理子はあえて自分の二面性を強調するような格好で初めての対
面を演出したのだ。
『じゃあそろそろ戻りな?あんまり離れてると不信がられるだろ。成果は明日にでも聞かせてもらう
よ』
「ああ」
そう言って桜井は受話器を切った。そしてレストランの自分達のテーブルに向かう。
「急に席を立ってすみませんでした」
軽い会釈をして席につく。そんな桜井をゆかりは戻ってくる前から不安そうな顔で見ていた。
「あの人に電話してたの?」
「あの人って?」
「さっきの……」
桜井の問いかけにゆかりは言葉を濁す。
「うん、アイツもね、大河ドラマのファンなんだ。───というか、出てる俳優の……なんて言った
かな?とにかく、その出てる俳優のファンなんだそうだ。聞いてみたら今日の放送分もビデオ撮って
るって。今から始まるちょうどいい時に掛けてくるなって怒られたよ」
桜井は何ごともなかったかのようにくすりと笑った。その様子にゆかりはますます瞳を翳らせる。
「お兄様───私、お兄様の試合、応援に行きたいわ」
「だめだよ、ゆかりちゃん!」
桜井は即座に否定する。
「体育館って結構暑いんだ、心臓に負担がかかるよ」
「大丈夫、無茶はしないから」
そう言って首を横にふると自分の両親に懇願する。
「ねえいいでしょう?試合してるお兄様の姿、ビデオなんかじゃなくて直に見たいの!無茶はしない
って約束するわ。だから、ね?いいでしょう?」
その言葉に両親とも一瞬顔を曇らせ考える素振りをみせる。
「ね、お父様!お母様!」
「……まあ、ちょっとだけだったら、ね。絶対無理をしないって約束だぞ?」
娘には弱いというか甘い両親は小さく肩をすくめながら娘のその懇願に許可をする。
「ありがとう!」
ゆかりは嬉しそうに笑った。
「ぜったい、ぜったい応援に行くわ!楽しみにしてて、お兄様」
ゆかりはそう桜井に向き直って満面の笑みを浮かべた。
「わかったよ、でも無理しないで?」
桜井は困ったな、といった表情で小さく笑う。だけどその内心は複雑な驚きにうごめいていた。
このゆかりの申し出も、そしてその前にゆかりが見せた不安げな表情もすべて希理子が予測してみ
せたものだったからだ。
希理子はゆかりを知らない───自分が語ったこと以上のことはゆかりのことは何一つ知らない。
なのにここまですべてゆかりは希理子の予測通りの反応を見せている。言葉を代えればゆかりは希理
子の手の中で踊らされている。
そのことが上手くいっているということで嬉しい反面、桜井は恐怖にも似た感情を希理子に対して
抱き始めていた。
よく知らない人間ですら思いのとおり操れるのなら、だとすればよく知っている人間を相手にすれ
ば希理子はその人間のことをまさに思いのまま操れてしまうのではないか───そんな疑問が浮かび
上がってきて離れないのだ。
「どうしたの、お兄様?考え事?」
突如黙り込んでしまった桜井の顔をゆかりが覗き込んだ。
「ううん、ちょっとぼーっとしてた。今日試合がハードだったから疲れてるのかな」
そう慌てて首を振ってにこりと笑う。だけどその笑顔の内側でも桜井の脳裏には一つの疑問がこび
り着いて離れはしなかった。
だとすれば普段の自分も希理子の手の中で踊らされているのではないか?───いくら考えてもそ
の答えは浮かんではこなかった。
いつしか外では雨が降り出していた。春のなごりから完全に夏へと移行していくこの季節、この雨
が自分を支配しようとしているこの疑問を春のなごりと共に洗い流してくれればいいのに───桜井
はそう考えずにはいられなかった。
TO
BE CONTINUED・・・
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