6th. picture 
01/08/20up

  

  

「じゃあ今日はここで解散、おつかれさん」

 インターハイ東京都予選第4回戦、等々力工業との試合は前半こそチームの要である桜井封じと強

力なディフェンスの為苦戦したが、結果的には20点以上もの大差をつける結果で勝利をおさめた。

 その試合の余韻もつかのま、自校である上南までは遠い為、試合会場となっていた高校のすぐ近く

の公園で簡単な反省ミーティングを30分程行った後、その場で解散ということになったのだ。

 時刻は午後5時を少しまわったというところ。最近では連休が当たり前になってきているので日曜

日は早い目に帰路について家でゆっくりして月曜からの活動に備えるというのが主流になっている。

その為、工業地帯というよりも住宅地域にあったその公園は買い物帰りで家路についている親子連れ

や、梅雨の合間の初夏の夕涼みとして散歩を楽しんでいる人々がちらほら見られた。

「あれ、駅はあっちだぞ?桜井」

 そう声を掛けてきたのは馬呉だった。今回試合会場になった高校は徒歩10分圏内に2種類の路線

が存在していた。その為、自分にとって都合のいい路線を選んでふた手に別れての帰宅となっていた

のだ。

 そのうちの片側、今馬呉と桜井などが混ざっているルートは桜井の最寄り駅に向かうにはかなり大

きく迂回し乗り換えなければならないルートのはずだ。それゆえにそのことを知っていた馬呉が間違

えたのかと思って問いかけてきたのだ。

 それに対して桜井はいつもの笑みを浮かべながらゆっくりと首を横に振った。

「いやな、今日はちょっと用事があってな、赤坂の方で食事を取る約束があるんだ」

「ふぅーん、どうせお前のことだフランス料理かなんかか?」

 からかい半分、憧れ半分の馬呉のその言葉と表情に桜井は小さく笑った。

「ハハッ、残念、おしいおしい。南プロバンス料理だそうだ」

「そうか、そうか。おしかったな」

 その桜井の返答に馬呉は納得したようなフリをみせたが、馬呉という人間をよく知っている人間か

らすればその馬呉の返答は本当はわかっていないということがすぐわかるものだった。顔では納得し

たり顔をしているが、まったく目は泳いでしまっている。おそらく何故フランス料理という意見が正

解の南プロバンス料理に『おしい』のか馬呉はまったく理解していないのだろう。

 桜井はそんな親友の様子を悪いとは思いながらもこっそり笑みをもらすと、すっと一瞬自分から少

し離れたところを歩いている男子ばかりの中で唯一の女、ある意味バスケ部内でもっとも権力を持っ

ている希理子に目をやった。希理子は行儀悪く小ペットのお茶をあおりながら同じマネージャー仲間

の今川と何やら面白そうに話している。

 だがそんな桜井の視線に気がついたのか、ほんの一瞬だけ桜井の方に視線を送ると片目をつぶって

べーっと大きく舌を出して桜井に向かってあっかんべーをし、その次の瞬間には何ごともなかったか

のように今川との会話に意識を戻したようだった。その希理子の様子に驚いたのは会話の最中に突然

自分を無視してあっかんべーをされてしまった今川で、その時の希理子の先に桜井がいたことを確認

すると困ったようにはにかんだ笑みを浮かべて小さく桜井に会釈をすると希理子と、そしてその周り

を取り囲んでいた1、2年との会話に戻っていった。

 桜井はその1、2年を含めた希理子を取り囲む希理子自身を含めた『すべて』を思わず観察してし

まう。

 希理子は自慢にもならないが3年に上がってからすぐに停学になって5月の半ばまで全然学校に登

校してきてはいなかった。そして試合をのぞいて部に顔を出したのはこの約一月余りでたったの3回

である。そんなわけだから1年と希理子はほとんど面識がないといっても間違いではない。来ていた

3回だって1時間もしないうちにさっさと帰ってしまったのだから。

 なのに希理子の周囲には笑顔が溢れている。1年の方からも積極的に希理子に話し掛けている。希

理子が部に顔を出していない時には側によるとロクなことがないだの、怖いだのさんざん言っておい

て、なのに進んで希理子と接触をとろうとしているのだ。

 だがそれはけっしてこびを売ろうというのでも、ましてや男として女である希理子にちょっかいを

だそうとしているのではない。ただ純粋に人間としての希理子との接触を楽しんでいるのだ。これは

まさに希理子が持つ、希理子独特の魅力とでもいうものだった。

 希理子はけっして面倒見がいい方ではない。実際は結構お人好しだがその優しさがかなり歪曲的で

第三者からはわかりにくい。しかも基本的に男に対してはかなり厳しい。豪快で大雑把で面倒くさが

りできまぐれで、その上短気で怒りっぽい。普通誰もが直接的な積極は避けたがる種類の人間だ。な

のに希理子の周囲にはいつのまにかに人が集まっている。笑顔が集まっている。

 言葉では言い表しにくいがそれは希理子が誰でも受け入れるからだと桜井は感じていた。

 希理子は平気で人の悪口をいったり、その人間の悪いところを指摘する。だがそれは常に本人がそ

の場にいる時だけで、その本人がいない場所ではその様なことは一切口にしない。そして悪口や、時

には本人に向かって嫌いだとさえ言っておきながら話し掛けたり笑いかけたりする。そしてその相手

から話し掛けられても機嫌のいい時には笑って、悪い時には怒りながら相手をしている。好きな人間

と嫌いな人間をきっぱり分けていても接する時にはまったく平等に接している。

 普通ならそんなこととても出来ない。出来ようはずがない。なのに希理子は平然とその矛盾を越え

てしまっている。

 だから希理子の目の前にいる限り誰もがすべて平等、希理子にとって自分達は全員平等なのだと部

員達は無意識に感じ取っているから、いつの間にかにランク付けされることになれてしまっている現

代を生きる自分を含めた部員達全員は希理子の前に行きたがってしまう。その心地よさ、競い合わな

くてもよいのだという安心感に包まれたくて、希理子の側に集まってしまう。

 そして希理子は時には面倒くさそうにしながらも自分の周囲に集まってくる人間をその奔放さで受

け入れている。普通の人間には理解しがたい理屈を振り回して豪快に笑って、怒って、そして騒いで

いる。そしてそんな希理子を見て、巻き起こす騒動に触れて希理子の周囲に集まっている人間はみな

楽しそうに笑っているのだ。

 かなわない────気がつくと希理子のことを観察し、分析してしまっていた桜井が常に希理子に

対して抱き続けてきた感想だ。

 希理子のようになれないという意味で『適わない』し、そしてそんな希理子に対してまったく歯が

たたないという意味で『敵わない』、そして何より自分自身の中に芽生えた希理子に対する《特別な

感情》が『叶わない』のだ。そのことはこれまでも何度か桜井は思い知らされてきていた。

 希理子には何処か誰もを受け入れながらも自分自身にはまったく近寄らせないようなところがあっ

た。その理由はわからなかったし、今もわからないが昨日希理子自身から言い渡された言葉で桜井は

まるで自分の想いに対してとどめをさされたような気がしていた。

 だが同時に冗談めかしてはいたがあそこまでかたくなに誰かから愛されること───率いては自分

からも誰かを愛するということを否定している理由がわからなかった。

 仕事がらみで『自分ではない自分』を愛されて迷惑がるその気持ちはわかる。それも何よりも束縛

を嫌う気質である希理子にとってはなおさらだろう。だが希理子の口ぶりでは『自分自身』でさえ愛

されること、誰かに想いを寄せられることを拒んでいるふしがあった。それはどういうことなのだろ

うか?────

 そんなことを考えているうちにいつの間にかに駅についていた。

「じゃあな、試合で疲れてるだろうから出来れば早く帰って休めよ」

「ああ」

 そんな簡単な別れの挨拶をして馬呉や同じ線でも桜井が向かおうとしている赤坂とは反対側の電車

に乗るメンバーとは別れてそれぞれがホームに向かおうとした。

 だが先程同様、今度は希理子に対して馬呉が声を掛けた。

「どうしたんだ、希理子?こっちだぞ」

 小学校、中学校が同じなくらいだから馬呉と希理子は同じ方面だった。最寄り駅こそ1つ違うがそ

れはちょうどどちらの駅が近いか微妙な境に住んでいたからで、当然途中までは馬呉と希理子は同じ

電車に乗ることになる。

 だから反対側に行こうとした希理子を馬呉が気に止めたのだ。

「ああ、あたしも赤坂に用があるんだ」

 それに対して希理子は簡潔に答えた。そして一言付け足してニヤリと笑う。

「こいつの超絶美少女な幼馴染みの顔を拝ませてもらおうと思ってさ」

「なにぃ!」

 その言葉に周囲は一気に活気づく。

「デートか、デート?!」

「なんていう人なんですか?その幼馴染みって!?」

 これまでモテにモテまくっておきながら浮いた話一つ出てこなかった桜井の女の子がらみの話にそ

こにいた面々全員がまるで自分のことのように興奮する。

「デートなんかじゃないよ」

 仲間のやけに興奮しきった様子に苦笑しながら桜井は簡潔に説明する。

「家族同士が仲良くってさ、たまに全員で食事会をするんだ。それだけだよ」

「ちぇっ」

 その言葉に部員一同面白く無さそうに肩を竦める。だが中にこの短い会話の中で残された疑問を振

り返る者がいた。

「あれっ、でも希理子先輩、何でそんなこと知ってるんですか?」

 今度はその疑問に希理子の方に視線が集中する。それに対して希理子はふんぞり返った様子でハッ

キリきっぱり返答した。

「この希理子さんに入ってこない情報なんかないんだよ」

「はあ」

 意味不明な解答だがみながみなその言葉に納得する。深く聞かない方がこの場合正解だ。下手に触

れてはいけないことが世の中には数多く存在している。これもその一つだ。

 だが、そんなことはつゆ知らないのか、知ってても無視してるのか、希理子はそんな部員達に対し

てニヤリと笑ってみせた。

「心配すんな、この希理子さんが可愛いそのコの写真をしっかりゲットしてきてやるからさ」

 そして最近愛用しているコンパクトカメラのフラッシュをパチリと光らせた。その姿に部員達は再

び興奮する。

「絶対ですよ!」

「頼みましたからね!」

 そんな言葉を各々言い残して反対側のホームの者は進行方向のホームに向かい、桜井らと同じ方面

の者はやはり先程同様希理子を中心にしながらやってきた電車に乗り込んだ。そして何駅かを乗り、

乗り換えを経てそこまで一緒だった後輩に扉越しに別れを告げた。

 駅のホームから改札口に向かうその間に、乗っていた電車が完全にホームから見えなくなるとそこ

で初めて希理子は桜井に対して直接口を開いた。

「わかってるね?あたしが昨日言ったことちゃんと守って、そんでもってちゃんと打ち合わせしたこ

と実行してよ」

 そう言って桜井を見上げた希理子の顔は先程までの希理子の『顔』ではない。まったく別人のプロ

の顔───『PA』の希理子の顔だった。

「わかってるよ」

 桜井は大きく頷いた。その言葉に希理子は満足げに頷くとそっと目を閉じた。開くまでほんの1、

2秒。だが目を開いた瞬間に雰囲気ががらりと変わっていた。

 PAとしての顔は消え去り、ただの桜井と同じ学校に通い、そしてその部のマネージャーをしてい

る我が儘できまぐれな女、『矢部希理子』になっていた。

 しかしだがそれもついさっきまで実際に部の仲間達といた時とは微かに違っている。纏っている雰

囲気も、そして何より桜井を映し出す瞳が少しだけ柔らかい。

「こっちだよね、桜井?」

 エスカレーターを上がり終えると希理子はつつつと桜井を先導するように5歩分程前に行った。そ

して好奇心いっぱいの、どこか興奮した声と表情で桜井の方を振り返る。

「ああ」

 その言葉に頷きながら桜井も先程の希理子同様、一瞬目を瞑り、そして小さく頭を振った。

 もう演技が───『自分と恋をしている少女、矢部希理子』という演技が始まったのだとわかって

いても思わず現実とオーバーラップしてしまう。頭を切り替えなければこの『希理子』に感情が引き

ずられてしまう。

「ホテルのロビーで待ち合わせだから」

 幾つかある出入り口のうちの最寄りのものを指し示すと改札を出てまずロッカーに向かう。

 服装は制服という日本国内なら何処でも通用する免罪符を身につけているからなんなのだが、これ

から向かうホテルにバスケットボールやユニフォームにタオル、そしてバッシュまで入ったドラムバ

ックを持って入るわけにはいかない。

 希理子のようにショルダーのついた小さな手提げカバン程度なら大丈夫だろうが、いくら何でも一

流、それも超一流といわれているホテルにそれを持っていくのはさすがの桜井もためらわれたのだ。

その為、ふつうなら300円なのに倍の場所を使用出来る大きめの600円のコインロッカーにあら

かじめ用意してあった小さな貴重品だけ入ったデイバックを取り出すと丸ごとバックを押し込んだ。

「行こう」

 地上に出てから数分、目的地のホテルはすぐに見えてきた。湿度と歩いたことによって汗ばんでき

た顔をハンカチで拭いながらホテルに入ると一瞬周囲の視線が2人に集まったかのような気がした。

 余り人目を気にする方ではないが、それはそうだろうと桜井は内心苦笑する。いくら何でも高校生

2人連れのカップルがあきらかに繁華街からは離れた、外国からの国賓なども使用するような超高級

ホテルに現れたのだ。誰だってどうしてとか、何が目的かと疑うだろう。

 だがそんなことを考えていた桜井の横で希理子は目を輝かせながらホテルの内装に魅入り、そして

きょろきょろとロビーを見回している。あきらかに場違いな、滅多に足を踏み入れることが出来ない

エリアに迷い込んだ人間が見せる仕種だ。好奇心いっぱいの、だけど居心地の悪さに戸惑ってしまう

そんな好奇心的欲求と必要のない罪悪感に苛まれている、そんな表情だ。そのあまりの自然な様子、

普段の希理子でも見せるだろう自然な仕種にこれも演技なのかと桜井は一瞬疑ってしまった。

「兄様!」

 そのとき奥の、ちょうど喫茶店を兼ねたロビーの奥のエリアから一人の少女が小走りに、だがロビ

ーに敷かれた分厚いカーペットのおかげもあってまったく足音をたてない軽やかさで2人の方に──

─正確には桜井の方に近寄ってきた。

 桜井には聞きなれた、そして希理子は始めて聞いたその声の持ち主、ピンクと紫のちょうど中間の

ような優しい色合いのサマードレスに短いレースのカーディガンを着たその少女は本当に嬉しそう

な、輝くばかりの笑顔を振りまきながら一目散に桜井に向かってやってくる。

「ゆかりちゃん、走っちゃ駄目だ」

 押しとどめるように自分の方が小走りになりながら桜井がその少女の方に近寄っていく。

「だって5分も遅刻よ?兄様はいつもは絶対に時間を守る人なのに遅れてくるんですもの、心配しち

ゃったわ」

 怒られたことも何のその、透き通るような白い肌を微かにバラ色に染めながらその少女はプクリと

頬をふくらませた。

「ゴメン、ゴメン、試合の後のミーティングが少し長引いてね、急いだんだけど遅刻しちゃったみた

いだ」

 軽く手をそろえてあやまる仕種をしながら桜井は小さくペコリと頭を下げた。現在の時刻は6時5

分、待ち合わせの時間は6時ちょうどだったのだ。

「おじさまもおばさまももうお越しよ、兄様が一番最後」

 くるりと後ろを振り帰って見せると、そのたった今少女がやってきた方向から4人の身なりの良い

中年男女がやってくる。

 その瞬間、カシャリと小さくシャッターが鳴った。

「!」

 突然背後から浴びせかけられたフラッシュに驚いてその少女が振り返ると、それまで少女の目には

一切入っていなかったがカメラを持った自分より少し年上の少女、希理子がニヤニヤした顔で立って

いた。

「こら、希理子!」

「べーだ!」

 桜井の小さな窘めの言葉も何のその、希理子はあっけらかんとした表情でもう一度カメラのシャッ

ターを切った。

「!!」

 少女は再びいきなり写真に撮られたことと、何より突然現れたこの自分より年上の少女に2重の意

味で驚いて目を大きく見開いた。

「……お兄様?」

 半分すがるような問いかける瞳で自分よりかなり大きな幼馴染みの顔を見上げる。

「ゴメンゴメン」

 その視線を受けて桜井はまたまた小さく頭を下げると希理子の頭を軽く小突いた。

「こいつは俺と同じ高校のバスケ部仲間で、どうしても今日お前と会うっていったら付いてきたい、

写真撮らせろって騒ぐもんだから仕方なしに連れてきたんだ」

「イテッ、くそっ!」

 希理子は桜井に小突かれたところを撫でさすりながらすかさず桜井の足を 思いっきり踏みしめ

た。

「イテッ、何するんだ、希理子!」

「お返しだよ!」

 思わず踏まれた方の足を宙にあげてバタバタさせながら涙目になった桜井のことを希理子は面白そ

うに笑った。そしてすかさずその少女───ゆかりに対して向き直る。

「こいつにあたしの紹介させたらナニ言われるかわかんないから自分で名乗っとくね!」

 片足でふらついている桜井を横から押して更にふらふらにさせながら希理子はニコリと笑った。

「あたしは矢部希理子、上南バスケ部の唯一の女マネージャーで、勝利の女神。そんでもってこいつ

とは腐れ縁だよ」

「えっ?」

「いただき!」

 パシャ───ゆかりが驚いた表情を見せた瞬間に希理子はすかさずシャッターを切った。そのファ

インダー越しに両極端な、驚いた顔の少女としてやったりとほくそ笑む少女が真正面から向かい合っ

ている。

「あたしはあんたに会いにきたんだ」

 希理子の女にしては少し低めの声が静かに流れているクラッシックと空調の音の中で確かに響い

た。そしてもう一度響くシャッター音─────。

 その音が完全に消えた時、希理子の表情は変わっていた。希理子はカメラを降ろしてもう一度同じ

言葉を繰り返した。

「あたしはあんたに会いにきたんだ」

 
 

 そう言って微笑んだ希理子の表情は『女』の顔をしていた。
  
 

                                 

                               TO BE CONTINUED・・・

    

    

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