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目の前のアイスティーのストローをもてあそびながら希理子が問いかけた。
「さ、さっさとあんたが繰り返した『人1人の命が掛かってる』っていう言葉の意味を吐いておく
れ。あたしもヒマじゃないんだ」
そしてニコリと笑う。
2人は好奇の視線があっては話が出来ないという事でお台場から新橋に移し、駅から少し離れたと
ころにある雰囲気のある喫茶店に入って話を再開したのだ。
桜井と向かい合う席にどかりと座ってその長い足を組み、からかうような笑みを浮かべながらも、
相変わらずどんなちいさな出来事も見逃さない鋭さを持った瞳で希理子はそこに佇んでいる。
桜井は希理子のそのいつもと同じような、でもいつもとは違うような様子に苦笑しながら、カバン
の中からシステム手帳を取り出した。
「お前、俺ん家が病院なのは知ってるよな?」
「ああ」
希理子は頷く。
「地元で結構大きな総合病院かなんかやってるんだよね。金持ちのボンボンが何で公立きてるのかは
知んないけど、あんたと結婚したら玉の輿だとかほざいてる女どもがウワサしてるのを聞いた事があ
るよ」
「で、俺はその家の長男で一人っ子なんだ」
「それも知ってる。わがまま放題の馬鹿ボンボンの典型例だよね」
「両親や親族はもちろん俺に跡を継がせたがっている」
「そうだろね。あんたみたいな人間が医者になる世の中を想像するだけでイヤになるというか、医師
免許を持たせるだろう日本という国がめちゃくちゃ間違ってるような気がするけど、まあそれも仕方
がない、妥当な線ってトコだろ」
「だけど俺は家を継ぐ気はない」
「贅沢だね。それなりの努力は必要だろうけど、たった『それなり』で院長先生になれるっていうの
に継ぎたくないなんざほざくたぁ贅沢の極みだ。そんなに恵まれてるのに簡単に捨てるなんざバカな
んじゃないの?」
希理子はいちいち桜井の言葉にちゃちゃを入れている。だが決しておざなりに聞いているのではな
い。そのことを桜井は知っている。そうやって軽口を交える事で希理子は情報を整理したり、分析す
るタイプの人間だということをこれまでの付き合いから理解していた。
だからそのひどい言葉も気にしない。なれっこというよりも『希理子が相手』のときにこういう風
に会話がすすまなければかえって何だか調子が狂ってしまう。
「よく言われるよ、でもそれが『俺』だから」
そこで初めてストローをもてあそぶ手が止まった。まっすぐに澄んだ瞳が重ねられ、桜井の奥の奥
まで見渡し、そして笑った。
「ばぁーか、なにカッコつけてんだい」
今度は勢いよくグラスの中のストローをかき回し、行儀悪く音をたてながらその中身を啜った。
希理子特有の照れ隠し────今、目の前にいる少女をついさっき怖れたばかりだというのに、そ
の姿を見て桜井は嬉しくなった。『自分の知らない希理子』ではなく『自分が知っている希理子』が
確かにそこにいる───当たり前のようで当たり前でないそのことに何だか笑みがもれる。
「これを見てくれ」
そう言いながらテーブルの上に取り出したシステム手帳を広げる。そして中にはさんであった写真
を希理子に提示する。
「これは───?」
その写真の中では今よりほんの少しだけ幼い顔をした桜井とその桜井よりも2、3年下といった感
じの少女がにこやかな笑みを浮かべながら映っている。
「妹尾ゆかり───俺より2つ年下の幼馴染みで俺の許嫁だ」
桜井の口から出たその衝撃的な言葉に希理子は桜井のカオを見つめて一瞬目をしばたかせると、再
びまじまじと写真を見直してぽつりとつぶやいた。
「もったいない」
その言葉に今度は桜井が目をぱちくりさせる。
「こんな可愛いコがあんたの婚約者だなんて世の中間違ってるよ」
希理子のその真剣な言葉と表情に桜井は苦笑を漏らし、続いて希理子の言葉を訂正した。
「違うよ、『婚約者』じゃない『許嫁』だ」
「ふーん」
再び希理子は顔をあげ、今度は桜井自身をまじまじとみつめた。
『婚約者』と『許嫁』───同じような意味を持つ、おそらく誰が聞いても同じとしかとらないで
あろうその言葉をあえて否定したその意味を桜井の中から探り出そうとしているかのようだった。
「じゃあ『掛かってる』のはこの『許嫁』の命なのかい?」
希理子は言葉を選ばなかった。あえて遠回しに問いかけることなどせず、核心をつく言葉を桜井に
対してなげかけた。
「そうだ」
桜井も即答する。
「掛かってるのはこの子の命と俺の未来だ」
そらすことなく重ねられた瞳の向こうで希理子が先をうながす。それに頷いて桜井は言葉を紡ぎ始
めた。
「俺の父とこの子───ゆかりの父親は高校の時からの親友なんだ。現在製薬会社の社長をしてて、
その製薬会社とうちの病院が提携を結んでることもあって、俺とゆかりはそれこそ生まれた時から兄
妹同然に育ったんだ。どちらもが一人っ子同士だったから、ホントに幼馴染みというよりも『兄妹』
っていう感覚の方が俺の中では強かった。それこそ、周りは年令も近いんだから将来は結婚させよう
だとか勝手なこと言ってたけど、少なくとも俺にとってはゆかりは妹以外の何者でもなかった」
そこで桜井は言葉を切った。
目は口程にものを言う───まさにそんな感じではあったが、希理子は敢えて言葉に直し、桜井に
対して投げかけた。
「───でも、その『ゆかり』にとってはあんたは『兄』じゃなかった」
「……ああ」
桜井はその言葉を否定しなかった。
「今度、ゆかりは手術を受けることになったんだ。ゆかりは生まれつき心臓に欠陥があって、生まれ
た時から『大人にはなれない』って宣告を受けてたんだ。だけど医学も進歩して、その手術を受けて
成功すればそのリミットを───命の期限を普通の人間と同じにまで延ばせるらしいんだ。だけども
ちろんリスクもあって、その手術の成功率は4割弱───半分にも満たない確率でしか成功しないっ
て言われてる。もちろん本人もそのことを宣告されて、よく理解している」
渇いたのどを潤すというよりも、言葉を整理する為に桜井は自分のグラスに口をつけた。傾けたグ
ラスの中で氷がかちりとぶつかりあってやけに切ない音をもらした。
「だからゆかりは手術の前に俺と結婚したいって言い出したんだ。どうせ死ぬんだったら兄様の──
─俺の嫁さんになってから死にたいって、そう言い出したんだ」
「だけど────」
「ああ、わかってる」
桜井は希理子の疑問の言葉をさえぎる。
「もちろん俺はまだ17で、18になるのは当分先だから結婚なんか出来ない。だからせめて婚約だ
けでもしてほしいってことになったんだ。俺の嫁さんになれるってそう考えたらそれだけで手術も頑
張れる───未来を夢見られるって、ゆかりはそう言い出したんだ」
桜井には珍しい苦痛の表情で桜井はそう言った。
「───それが『理由』?」
「ああ」
希理子の質問に桜井は頷く。
「周りは婚約してやれって言うんだ。どうしても結婚する気がないっていうのなら手術が成功して、
ゆかりの容態が完全に落ち着いた後に婚約を解消すればいいって。だけど俺にはそんなこと出来ない
───そんなことしたくない」
桜井はまっすぐに希理子の瞳を見つめながら言葉をつむぐ。
「この婚約はゆかりのためだけじゃないんだ。両親は俺が家を継ぐ気がないってことを───将来、
病院を継がずに違う形で医療に携わっていきたいって思ってることを知ってるんだ。だからゆかりと
婚約させることで俺を家から───病院から逃げられないようにしようとしてるんだ。男女としての
恋愛感情はなくても、俺がゆかりを大切に思ってることを───ゆかりを傷つけるようなことが出来
ないっていうことを知ってるから、そのままなしくずしに俺達を結婚させ、病院を継がせようとして
るんだ」
「だからあんたは婚約出来ない───だけどその『ゆかり』って子を傷付けたくない、だから『あた
し』を必要としてる───そういうこと?」
希理子は一瞬瞳をふせるような仕種で手にしていた写真をテーブルの上に置き、再び顔をあげた。
「ゆかりにはどうしても手術を受けてほしいんだ。低い確率だけど今ならまだ『4割弱』の成功率が
ある。だけど手術を先延ばしにするとその成功率は低くなっていく一方で、あと2、3回大きな発作
が起こったらもう助からないだろうって言われてる。今がリミットなんだ───いま手術を受けなけ
ればゆかりはあと2年か3年のうちにこの世からいなくなる」
桜井はそこまで言うと希理子に先をゆだねた。
「つまり、あんたはあたしにあんたの恋人なり何なりを演じてその子に自分からあんたのことを諦め
るように、そしてなおかつ傷つけないようにあきらめさせろっていうんだね。あんたにフラれたこと
で自暴自棄になって手術をやめるなんざ言い出さないようにってことを大前提として」
「そういうことだ」
希理子の導き出した結論に桜井はゆっくりと頷いた。だがそれに対して希理子は意外な言葉を返し
てきた。
「断る」
「えっ?」
思わず目を見開く。
「だからあんたの依頼を断るって言ってンだよ」
桜井の目の前で希理子はもう一度その言葉を繰り返した。
「どうして……?!」
まさかそういう返答をされるとは思っていなかった桜井は唖然としながらもテーブルの上に身を乗
り出し、テーブルの上に置かれていた希理子の腕を握りしめた。
「どうしても何もあるかい」
桜井の手を不快げに払いのけながら、まっすぐに桜井から視線をそらさぬまま言葉を紡ぎ出す。
「まず第一に気に入らない、あんたの態度とその腐った性根がね。そして第二にあたし自身が納得い
かない、そんな『理由』じゃ動けない」
「なっ───」
その言葉に桜井は思わず息を呑んだ。
「どうして?!」
平然と言い切った希理子に桜井はせまる。希理子の口調は侮蔑に満ち、その視線は確かな怒りに満
ちていた。
それはまだ希理子の深意が読み取れていない桜井には『こんなくだらない用件の依頼をするな』と
でもいいたげに取れたのだ。人の───自分にとって大切な人間の命が掛かっているというのに、何
の躊躇もためらいもなく返された即座の拒絶が信じられない。
「あんたさぁ、自分が何言ってるか解ってンの?!」
今度は表情にも桜井に対しての負の感情を満面に押し出しながら希理子は口を開く。
「『未来』っていうのはさ、命があってはじめて先に続くんだよ?!確かに人間はいつ死ぬか分から
ない。今こうやって話してたって、帰り道の間に事故にでもあって、あんたの大切な幼馴染みより早
くあの世に行っちまうかもしれない。でもそんな不確定な未来より、命の期限とか寿命とか分かりや
すい形の未来しか人間は自分の基準にしない。だから『命』=『未来』みたいに考えてるバカ多いけ
ど、『未来』は命がなければやってこないんだよ」
そう言いながら手にしていた桜井とその幼馴染みの映った写真を桜井に対して突き付ける。
「医者になって病院を継がされるとか、結婚させられるとかいう『未来』は今考えるべきことじゃな
いんじゃないの?!今すべきことは───あんたがしなくちゃならないことは、あんたがさっきから
大切だって口にしてる幼馴染みに『命』を与えてやることだろ?『未来』へ続く可能性である『命』
を与えてやることだろ?!」
「だから───」
「違う、あんたが言ってることは違うよ」
希理子は即座に桜井の言葉をさえぎり言葉を続ける。
「『嘘も方便』って言葉もある、正直にだけ生きられたらいいけど、時には付かなきゃならない嘘だ
って世の中には幾つも存在してる。だけどあんたがあたしやあんた自身に付かせようとしてる嘘は必
要な嘘じゃない。この子の命が大切だっていうんなら、親戚や親がいうように婚約でもしたフリをし
て全部が終わってから戦うべきだ。たぶんそれがこの子にとってベストだとあたしは思う。なのにあ
んたはそこにあんた自身の問題を、自分1人でケリ付けなきゃいけない問題を引っぱりだしてきて
る。───自分自身の問題をこの子の命の所為にしてる」
まっすぐな、純粋な怒りに満ちた瞳が桜井に対して注がれている。
「もしもあんたがこの子のことを何とも思っちゃいない、顔知ってる程度の政略結婚とかいう関係だ
っていうんならこの『仕事』受けてもいい。『自分の未来の為だけ』、『だけ』ってハッキリ依頼し
てくれるんならこの仕事引き受けてやるよ。だけど『この子の為』なんざ自分自身や周りへの言い訳
を用意して、自分自身の保身しか考えてない男の為に働いてやるつもりはない」
キッパリ言い切る。
「あたしはカネの為だったら何だってしてきたし、何だってするつもりだけど、よりにもよって自分
にとって大切だっていう人間の命を───その心をこんな大切な時に利用するだけ利用して、痛みの
一つもかぶろうとしない男なんざに手をかしてやるつもりも義務も毛頭ない!」
希理子の怒りはおさまらない。視線は鋭さを増し、その怒りのあまり溢れ出た涙で潤みが増す。
「自分にとって大切な人間だって言い切ったそんな相手の死ぬかもしれないそんな時に、死んじまう
かもしれないその子に優しい夢ならともかく嘘っぱちの、汚らしい自分の未来しか考えてないような
男にフラれた現実しょい込ませてその手術に向かわせる───いいや、死なせちまうなんざマトモな
人間のやるこっちゃない!みそこなったよあんた!」
「違う、違うんだ!」
吐き出すようにして言われたその言葉に桜井は反論する。
「言い訳なんざするんじゃないよ、何が違うって言うんだい?!あんたは最低の嘘の中でその子を殺
そうとしてる、そうだろ?!」
「違う!!」
桜井は思わず叫んでいた。
「──────あっ……」
一番奥の人目をさける席についており、店の中はほとんどガラ空きだったのだが、思わずトーンの
高くなっていた会話に周囲の視線を集めていたようだった。そのことに気が付いて桜井が周囲に目を
やると蜘蛛の子をちらすようにそれらの視線は霧散したが、どこかまだ居心地の悪い緊張感に満ちて
いた。
それらの違和感も薄れるまで待って桜井は荒げた息を整えながら言葉を紡いだ。
「俺の───俺がしようとしてることが汚い、人間として許されないことだっていうのは重々承知し
てる。だけど汚くていいんだ───汚い方がいいんだ」
桜井の言葉が水のように空気の中に浸透していく。
「───それ、どういう意味?」
その言葉の中に言い訳でも言い逃れでもない『本気』を感じて希理子は視線の鋭さは失わさせぬま
ま続きの言葉を促した。
「───死ぬかもしれないんだ、ゆかりは。何も考えずに断るだけなら『お前とは婚約出来ない、将
来結婚するつもりはない』って直接ゆかりに言えばすむ。だけどそれは出来ないんだ───絶対に出
来ないんだ」
希理子の手から自分とその幼馴染みが映る写真を取り返しながら桜井は言葉を続ける。
「ゆかりは何でも欲しいものは与えられてきたけど、本当に欲しいものは何一つ与えられてこなかっ
た子だから、いつも自分の存在を否定してるんだ。『自分はお荷物なんだ』とか『さっさと死んじゃ
った方が楽だったのに』とかそう言った思いを抱えながらずっと生き続けてきた子なんだ。過保護
に、大切に、与えられた狭いエリアの中だけで生きてきたから、『俺に好きな相手がいる』とかいう
あいつにとって『分かる理由』でなければ事実を受け入れられないんだ。それをもし『ただ結婚出来
ない』だとかいうあいつにとっては意味不明な理由をもし無理矢理受け入れさせようとすればあいつ
の心が壊れる───『やっぱり自分はいらない人間なんだ』って手術を受けさせるどころか、その前
にあいつ自身が自分自身の『生』を否定してしまう」
写真の端をぎゅっと握り、まっすぐに希理子を見返しながら桜井は言う。
「だけどだからといって嘘の婚約なんかして、それこそお前のいう『優しい嘘』の中であいつを死な
せてしまったらあいつのその『思い』を否定してやれない───『自分が必要無い人間なんだ』って
いう、そんな悲しすぎる思いを否定してやれない。最後の最後まで同情や下手な慰めの中なんかでゆ
かりを死なせたくなんかない。─────それにもし『優しい嘘』をついてその嘘がバレたらあいつ
はどうなるんだ?周りの人間全部が自分のことを哀れんでそんなことを仕組んだなんて知ったらどう
なるんだ?たとえそれで手術が成功したってその後ゆかりはどうなるんだ?!」
俺だったらそれこそみじめで、自分の命も存在もいらないって否定してしまう────桜井はそこ
まで言って深いため息をついた。
どうしようもない、どうにもならない感情が自分の中を苛んでいく。大切だから望むものすべてを
あたえてあげたいのに、大切だから、大切だからこそ与えてやれない───自分の本当の望みがそこ
にないとわかっているから相手にそれを与えることが出来ない────そんなもどかしさが、やりき
れなさが蓄積し、何かを壊していく。
「そうなるくらいだったら───そうするくらいだったら俺は最低な人間でいい。最低な人間がい
い。この嘘がバレたとしても、あいつが俺に惚れてたのなんか恥ずかしくなるくらい、もっと良い、
人間的に出来た男を好きになりたいってそう新しい未来を夢見られるくらいに最低な人間がいい──
─その為なら俺は何だってする」
強い、瞳だった。悲しい、瞳だった。
「───わかってるね、あんた?徹底的に嫌われるよ」
希理子は小さくため息をつき、肩をすくめた。
「手術前にバレても、その後にバレてもあんたはホント最低の史上サイアクの自己中男だ。妹だって
大切にしてたその子から見向きもされないようになるんだよ?」
「わかってる」
桜井は大きく頷く。
「それでもいい───ゆかりが手術を受けて元気になって、あいつ自身が望む未来を自分の手で作れ
るようになるんだったら俺は嫌われたってかまわない」
強がりでも何でもない、まぎれもない本心の言葉だった。
「わかった、お手上げだ、降参だ。あんたはホント最低な史上最強の自己中男だよ」
希理子はそう言うとニヤリと笑った。
「『矢部希理子17歳。都立上南高校3年E組男子バスケット部女子マネージャー。成績は下の中、
口も悪けりゃ性格も悪い、暴力的ですぐカッとする。知り合ったのは2年前、夕暮れ時の体育館。腐
れ縁からいつの間にかに恋愛感情に発展。どこが好きとは言い切れないけど、そばにいていつも不快
じゃなくて、何だか楽しいから手放せなくなった、そんな感じ』」
「えっ?」
突然の希理子のその言葉に桜井は目を白黒させる。
「たった今からあんたはあたしの『雇い主』───あたしはあんたに雇われた『プライベート・アク
トレス』。これからあたしはあんたの為だけに泣き、あんたの為だけに怒り、 あんたの為だけに笑
う」
「じゃあ───」
希理子のその言葉に桜井は目を輝かせる。
「引き受けるよ。あんたがそこまでの覚悟を決めてるっていうんだったら、こっちも覚悟を決める。
あんたがあんたの望みを果たすその瞬間まであたしはとことん付き合うよ」
組んでいた足を降ろし、今度は希理子が身体を前に乗り出す。
「だけどね、一つだけ約束して」
一区切り置き、依頼を引き受けてもらったことに浮かれた桜井の瞳と意識が確実に自分の方を向い
たのを確認してから希理子はその硬質な口唇で、一瞬のためらいもなくその言葉を紡ぎ出す。
「あたしに本気で惚れないで」
その言葉が桜井の脳裏ではじけ、意味を持つまで数瞬を要した。────そして桜井がその本当の
意味を知るにはまだ少しの時間が必要だった。
TO
BE CONTINUED・・・
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