27th. prejudice 
02/05/06 up

  

  

 希理子が姿を消してから5日後、上南バスケ部は無事2位でではあるがインタ−ハイ出場を決め

た。そしてそれからさらに5日後、ゆかりは心臓の手術を受け無事成功した。途中かなり危険な状態

にもなったのだが、それも乗り越え今はICUで体力の回復を待っている。あと2、3日で一般の病

室に移れるとのことだった。

 桜井は勉強と部の合間に必死になって希理子を探した。しかし一向に行方も知れず連絡のとりよう

がなかった。

『あの子はね、人間が好きなんですよ』

 そう語ったのは希理子をPAとして派遣してきた、表では芸能事務所をやっている会社の社長だっ

た。

 最後の手段として無理矢理押し掛け、希理子の行方を問いただそうとしたのだ。しかしやはり行方

はわからず、ならどうして希理子はこんな普通なら知り得ない世界に足を踏み入れたのか知りたくて

そのわけを問いただしてみたのだ。

『最初はね、あんまり綺麗な子だったから普通にモデルとして働いてみないかってスカウトしてたん

だ。するとまぁ、こっちのミスからなんだけどPAの派遣業をやってるって知られてしまってね、そ

したらモデルなんかには興味がないからこっちをやらせろって言ってきたんだよ。そしたら凄い才能

の持ち主だった───まるでPAをする為に生まれてきたような逸材だった』

 くわしく内容は話せないが、と前置きをおいて語ってくれたことによると希理子は桜井が依頼した

もののように微妙な人間関係の、難しい内容のものもこれまで手掛けていたらしい。そしてその系の

仕事ではPAの中でトップクラスなのだそうだ。

『ねえ君、この仕事をするにあたって一番重要なことって何だと思いますか?』

 話の途中、そう振られた質問に桜井は目を白黒させた。演技力、想像力、冷静さ───幾つか頭に

浮かんだがどれもいまいちピンと来ない。

『それはね「観察力」ですよ』

 考え込み、お手上げ状態の桜井に向かって、まるでとっておきの話をするように嬉しそうに笑っ

た。

『PAの仕事に必要なのは「観察力」です。どれだけ早く周囲の状況を読み取れるか、どれだけその

役柄に合った事例───まあこの場合は「人間」ということになりますが、それを見て来てるかなん

です 。それがあってこそ初めて完璧な「人間」を演じられる』

  その言葉に桜井は納得した。いくら想像力があっても『知らなければ』無理なものだってある。ど

うしても現実味がなくなってしまうからだ。

『あの子は、希理子ちゃんはその点では貪欲なまでに「人を見る」子だった。実際のところ、普通の

人間なら自分がどうみられるかは気にしてもそれほど周囲のことは気にしないものなんですよ───

まあ、自分が「普通」であるかの基準にするために観察することはしてもね。でもあの子の場合はそ

うじゃない、自分がどう思われるか、どういうふうに見られるかはまったく気にしてない、それどこ

ろか言葉では自分が一番大切だとか言っておきながら本当は自暴自棄で他人の為になら自分なんかど

うなってもいいようなところさえある。ハッキリ言ってこんなのは「普通」じゃない』

 そのとおりだと桜井は思う。希理子はいつだってまっ先に自分を犠牲にしてしまう。今回のことだ

って本当は希理子に悪いところなど一つもないのに、自分が一番悪いように思い込んで、悪役を演じ

てまでゆかりを救って去っていってしまった。

『私はね、思うんですよ。あの子があれほど人を見てしまうのは人間が好きだからなのだと───人

間なんて碌な生き物じゃない、滅んでしまった方が地球の為だ、なんて言いながらも、それでも人間

を見てしまうのは人間が好きだからなのだと。人間が好きで好きで仕方がないからこそ、あんなに人

を見てしまうんだと。だけどそれはあの子にとってとても悲しいことなのかもしれませんね』

『どうしてですか?』

『あの子はあまりに優しすぎる───そして自分に厳しすぎる。誰だって人間には欠点やかけている

部分があるんです、だからこそ「人間」なんです。だけどあの子はそのことを自分以外の人間には許

すのに、自分のことだと許そうとしない───認めようとしない。だからいつも傷付いて愛されるこ

とに臆病になっている。たとえどれほど周りの人間があの子に愛情を注いでも、自分には愛される資

格がないと思い込んでるから、それをかたくなに拒んで、そしてまた愛されてることに気付こうとし

ない───認めようとしない。それは人として不幸なことでしょう?』

 そこまでいうとゆっくりと、染み渡らせるように桜井に向かって真正面から向かってこう言った。

『だから諦めないでいてあげてください───好きなままでいてあげてください。あの子はきっと賢

い子だからそのうちそれが間違いだったと気付くでしょうから』

 その言葉はとても優しく桜井には響いた。

 確かに希理子は不幸だと思う。自分がどれほど周囲から必要とされ、愛されているかわかっていな

いのだ。

 希理子が学校や部活に顔を出さなくなってからというもの、周囲はみな心配している。それは決し

て打算とかそういうものじゃなくて、ただ純粋に希理子が好きだから、心配だからまったく消息がわ

からなくなった希理子を心配しているのだ。

 インターハイ都大会決勝リーグの時だってベンチに希理子という存在がいないだけで精神的に追い

詰められたものがあった。桜井だけでなく、全員の胸にぽっかり穴が空いたような感覚があって、い

いプレーをして活躍しても誰よりも一番喜んでくれる存在がいないその空しさに、無茶をすれば本気

でしかってくれる人のいないその淋しさに何だか落ち着かなかったのだ。

 だけど希理子は知らない。そんなことを知ろうとはしない。自分の存在の価値をあまりに安く見積

もっている希理子はそれがわからないのだ。

 桜井にはそれが辛い。もっともっと自分を大切にして欲しい───自分を大切だと知って欲しい。

だけどあうどころか連絡さえとれない希理子にそれを伝える術もなくてその辛さが増していく。

「どうせいつものことだ、そのうちひょっこり顔だしてくるだそうさ」

 そう落ち込んだ桜井を気遣ってみせたのは馬呉だった。部のメンバーの中では小学校から一緒の馬

呉は一番希理子と付き合いが長い。それゆえに希理子のことを一番知っているといっても過言ではな

い。

「ああ、そうだな」

 桜井はその馬呉からの励ましの言葉に笑って頷いてみせた。それは馬呉の言葉を信じたからではな

くて、自分を気遣ってくれるその心が嬉しかったからだ。

「それにしてもなにをしとるんだか。もうすぐインターハイで忙しくなるっていうのにマネージャー

が一人では仕事にならんではないか」

 まあ、あいつはいてもおらんでも一緒のようなものだがな───そう付け足して馬呉は笑った。も

ちろん言葉は不平と不満のそれだが、でも桜井同様に希理子を心配する気持ちが満ちている。早く戻

って来て欲しいとそういう思いに満ちている。

 早く伝えてあげたい───桜井は切実にそう思う。ここ数日の間に桜井は希理子を思う優しい気持

ちにいっぱい触れた。こんなに愛されている人間はそういないだろうと思える程たくさんの優しい気

持ちに触れた。そのどれもこれもがとても貴重で貴い、希理子という人間だからこそ得られたもの

だ。

 それなのにこれほど優しい気持ちに触れて後でももしまだ自分が必要無い人間だというのなら、周

囲のその気持ちを信じてくれるようになるまで何時までだって待つつもりだ。

 かたくなで、何も見えなくなっていた自分の心を優しく満たし癒してくれた希理子───その感謝

と親愛を、そして一人の男として悲しいまでに強くて優しい希理子を愛してしまったその想いを一生

かけて希理子に伝え続けていくつもりだ。たとえ希理子が自分を許さず、一生拒み続け、他の誰かと

結ばれたとしても───。

 だけど同時に桜井には気にかかることがあった。

 希理子は自分に対して『自分はもうすぐ消える』とくり返していた。あまりにも不安をあおる言葉

だったので誰にも打ち明けてはいないが、あれほど命を尊ぶ希理子のことだからそんなことないと思

いたいが、悪い方へ───すなわち死を意味する言葉ともとれるその言葉は桜井を不安にさせてい

る。

 それを否定する為にも父に希理子が医師である父に頼んでいたことを問いただしているのだが、

『約束だから』という言葉で何も話してくれようとはしない。こうなった父を動かすことはまったく

不可能だということを、希理子に言わせると『そっくりな性格』の桜井はよく知っている。

 それゆえに希理子が何を父に依頼し、何を得ようとしていたのか気に掛かる。ただうっすらとわか

ることはそれこそが希理子がお金に執着しつづけていた理由であり、希理子を動かし続けていたすべ

てだということだ。

 何をそれほど希理子が求め、待ち望んでいたか桜井にはわからない。わからないからこそわかりた

いし不安になる。

「いったい何処にいったんだ───」

 もう今日から夏休みだ。終業式も終わり当分部以外の目的で学校にくることはなくなる。ガッコウ

も辞めるといいはっていた希理子だからもう来る気はないかもしれないが、高校生である桜井にとっ

て一番希理子とふれあいやすいこの場所にその存在がいないことは限り無く寂しい。

 それを思うと何故だかこんな言葉が口をついて出てきた。

「薄情者───」

 言葉にするまではそんな思いもつもりもなかったのだが、その言葉を口にした途端、なんだかふつ

ふつと怒りが込み上げて来た。

「もう少し話してくれたって、相談してくれたっていいじゃないか!」

 はっきり言って異様な光景だが、校舎の屋上で桜井はひとりぶつぶつと希理子に対する不満をぶち

まけている。

「もう2年の付き合いになるんだ、すこしぐらい相談してくれたっていいじゃないか!」

 いつだってぶつぶつ文句いいながらも部員達の相談にのっているクセに思い返せば希理子が誰かに

頼っているところなど見たことない。自分はもちろんのこと、一番親しい馬呉にさえ本当の意味で頼

ってきたことなどないのだ。

「薄情すぎる、薄情すぎるぞ」

 言っているうちにこの数日間のストレスからか大声で叫びたい気分になってきた。

 今日はいやみなほどに雲ひとつない綺麗な青空だ。どんより曇った自分の心とは違い過ぎるその光

景がやけにまぶしくて仕方がない。だからそれをぶちこわすように大声で叫んだ。

「希理子の薄情者〜!!!!!!」

 校舎の隙間に共鳴し、何を言っているかまではつたわらなかったようだが、何らかの音として響き

渡ったその言葉は遥か下を行く下校途中の生徒達を振り返らせていた。その音源を求めてしきりに周

囲を見回すその姿に桜井は肩をすくめ、部の練習に向かうべく大きく伸びをして気持ちの切り替えを

しようとすると、そこに冷たい声が響いた。

「誰が薄情ものだって?!」

「!!」

 突如突き刺さって来たその言葉に桜井は一瞬びくりと身体を強ばらせた。

「あたしが薄情者だっていうんなら、あんたは『恩知らず』の最低男だよ」

 つづいて飛んで来た言葉も容赦はなかった。

 不機嫌を隠そうともしない、だけどどこか楽しそうな響きの声。

「!」

 桜井は慌てて後ろを振り返った。

 そしてそこには桜井の予想通りの人物が立っていた。

「希理子───」

 その声は自分でもなんだと思う程間抜けな声だった。そしてそれ同様に間抜けな表情をしているこ

とに桜井は自覚があった。

 そんな桜井に向かって両手を腰にあてた不機嫌そうな表情で軽く睨み付けていた希理子はニヤリと

笑ってこう言い放った。

「じゃあ今から『続き』をしようか?桜井」

 
 

 そう言って微笑んでみせた希理子の笑顔は夏の青空のように気高く透き通っていた。


                                 

                               TO BE CONTINUED・・・

    

    

  Cross oneself's topへ → 文字工房実験室
  index へ     メール