16th. accuse 
02/01/06 up

  

  

『開けろ!居るんだろ、桜井 !!』

 夜の帳が完全に幕を降ろしたのとほぼ同時にインターホンから聞こえてきたのは珍しい程焦りに満

ちた希理子の声だった。

『話があるんだよ、さっさとしろ!!』

「わかった」

 続けざまにそう叫ばれ、桜井はあわててドアロックのボタンを押した。

「あの女ね?!」

 ゆかりはそう言いながら嫌悪感を押さえるかのように持参してきていたカバンの手提げを強く握り

しめた。

「ちょうど良かったわ!絶対許さないんだから、あの女!!」

 そう言って怒りもあらわに、桜井に同意を求めるような視線をむける。

 ちょうど桜井とゆかりはそのときことの真偽を確かめようと桜井の自宅に向かおうとしていたとこ

ろだった。まさかとは思いたいが、写真という完璧な物的証拠が示し、推移させる考えを明らかにせ

ずにはいられなかったのだ。

 衝撃的な事実を告げられてからしばらくのち、とりあえずある程度精神的に平静さを取り戻した桜

井は希理子に連絡をとろおうと携帯を鳴らしたのだが、なぜだか何度電話を入れても留守番電話サー

ビスに接続されてしまったため、それならばともう一人の当事者である桜井の父の方に確認をとろう

としていたのだ。

 そこにちょうど約束よりもかなり遅れて希理子がやってきた。桜井的には怒りというよりもショッ

クな出来事なのだが、桜井を想い、自分自身が欺かれていたという事実を桜井に騙されていた分も転

化して希理子に対して怒りを感じているゆかりはそれこそ親のかたきでもあるかのように烈火のごと

く怒りをあらわにしていた。

「絶対、絶対全部白状させてやる!!」

 お嬢様育ちでわがままに、奔放に育てられてきたゆかりは基本的に感情をセーブするのがあまり上

手ではない。生まれつきの持病のせいもあって、甘やかしに甘やかされてきているせいで『自分の正

義』が必ず優先されてきたのだ。それゆえに今回も自分なりの解釈で完結してしまっているせいもあ

って多感的に捉えるということが欠落してしまっている。────理由のいかんがあろうとも嘘をつ

いたことを許さないと相手を攻めることしか考えていないのだ。

「ゆかりちゃん────」

 その様子に桜井はある意味『ゆかりらしい』と思いつつも、その思想の『一方向的側面』に恐れも

感じる。────このままでは本当の意味で人と人との付き合いやつながりというものを理解できな

い、理解しようとしないようになってしまうのではないかと思わざるを得ないのだ。

「開けろ!!」


 そんな感慨にふけりかけた時、激しく玄関のドアが叩かれた。

「!!、はーい」

 その余りの激しさに精神的には逆に冷静になって、桜井は客観的な意味で『何ごとか?』と思いな

がら、急いで慌てて扉を開けた。

 そしてガチャリと扉を開けた瞬間に目に飛び込んできたその光景に絶句し、あぜんとする。

「どうしたんだ?!希理子」

「うるさい!」

 桜井を押し退けるように扉があいた瞬間に希理子が室内に侵入してくる。そして足元に明らかに女

物の靴があるのを下目に見ると乱暴に髪をかきあげながら、たった一言確認した。

「もう遅かったみたいだね」

 その言葉がさす意味を桜井は理性で理解したが、それよりも瞳に映る希理子の姿の方があまりに衝

撃的だった。

「いったいどうしたんだよ、希理子?!」

 室内に飛び込んできた希理子は全身ぼろぼろだった。制服は薄汚れ、髪の毛もぼさぼさでグチャグ

チャなら、頬やむき出しの腕などには小さな傷がいくつも出来ている。明らかに『なにかありまし

た』と全身が語っているようなものだ。

「ガードレールに突っ込んだだけさ、別にぜんぜん何ともないよ」

 そうまるで明日の天気を語るかのように希理子は簡潔に言葉をしめてしまったが、誰が見ても何と

もないようには見えなかった。一番ひどいのは左頬の傷で、なにかに激しくぶつかったのかあお痣が

出来ている。今日の段階でこれ程はっきりとあらわれているということは、明日になればもっとひど

く腫れ上がっているということだ。

「あなた……!!────」

 早速怒鳴り付けてやろうと出てきたゆかりだったが、希理子のその見るも無惨な姿にあぜんとす

る。そして見たものの壮絶さに軽い貧血を起こした。ふらりと身体がかしぎ、崩れ落ちそうになる。

「ゆかりちゃん!!」

 それに気がついた希理子が慌てて駆け寄り、両二の腕辺りを掴んで支えあげる。

「しっかりして!!」

 完全に血の気の引いてしまった身体を支えながら希理子は大声で叫んだ。

「────中に!」

 その様子にはっと我にかえった桜井は慌ててゆかりを支える希理子ごと抱きかかえるようにソファ

ーへと導いた。

 慎重にゆかりの身体を横たえさせると素早く手首をとり脈をはかる。

 興奮とショックのため少し脈は乱れているが大丈夫のようだ。だがもうこれ以上興奮させてはいけ

ないと、ゆっくりと立ち上がった。

「大丈夫、軽い貧血だ。紅茶でも入れるよ」

 とにかく冷静にさせることが一番だと判断し、落ち着かせるためにもと数滴ブランデーを落とした

紅茶をいれることにしたのだ。

「あっ、あたしも手伝うよ」

 とりあえずゆかりが何ともないと桜井のその行動から読み取った希理子は安心したようにため息を

ついて慌てて立ち上がった。

「ああ」

 普段の希理子なららしからぬ行動といぶかしむところだが、もう何に驚いて、何をどう捉えればい

いのか、だんだん麻痺してきている桜井は自分の横に並ぼうとする希理子のその様子に大きく頷い

た。

「────?!」

 そして自分の横を通り抜けて食器棚からカップとサーバーを取り出そうとした希理子の髪がキラリ

と光ったのに目を止め、目をしばたかせた。

「────お前、さっき『ガードレールに突っ込んだ』って言ってたよな?」

「うん」

 桜井からの問いかけに素直に頷く。

「で、ほんとに大丈夫なのか?!」

 今さら大丈夫も何もないのだろうけれど、希理子の髪が光ったことと全身至る所にある小さな殺傷

から導き出した推測を元に桜井はそれが真実か否か見極める視線を向けながら希理子に問いかけた。

「大丈夫だよ」

 それに対して希理子は頷く。

「車はおしゃかになっちまったみたいだけど、こんな傷くらい嘗めときゃなおるさ」

 そう言って手の甲に出来てしまっている擦り傷の一つを希理子はぺろりとなめた。だがやはり痛か

ったらしく一瞬顔をしかめたが、次の瞬間には平然とした様子でがさごそと食器棚を荒らしている。

 そしてそのまま手を動かしながら、まるでごまかすかのようにいっさい桜井の方に視線も顔もやら

ずに一言付け足した。

「あたしもあの人も無事さ、まったくね」

 この時、『あの人』が誰をさすのか桜井にはわかってはいなかったが、桜井は自分の推理が正しか

ったことを完全に理解した。

 希理子は桜井の予測通り、事故に合い、そのままここまでやってきたのだ。全身にくまなくいった

傷はぶつかった際に割れてしまったフロントガラスが飛び散った時に出来たもので、顔に出来てしま

った打ち身もその時にぶつけてしまったものだった。

 エアバックも作動し、突っ込んでしまったガードレールも大破してしまう程の衝撃だったのだから

この程度ですんだのは不幸中の幸いというものだ。

「『自業自得』だ、しゃあないよ」

 希理子はそう言って笑ったが、確かに運転を止めさせるために自分がハンドルを無理矢理切っての

結果の事故だからそう言えないこともないだろう。

「でも……」

 しかしだからと言って見ている人間的に言ってそれですまされるものではない。

 事故に合ったなら合ったらで、病院なり何なりで治療してもらい、『顔を打っている』のだからイ

コール『頭をぶつけている』のにも繋がることなので、レントゲンやCTを撮っていて然りなのだ。

なのに傷口の治療どころか、髪にガラスの破片さえ残ったままでここまでやって来ていることから考

えてみてもどう考えてもふつうの状態ではない。それはすなわち希理子が事故現場から独りで立ち去

ってきた、もしくは逃げ去ってきたということだ。

「あたしのことはどうでもいいんだよ」

 だがそんな桜井の思考と視線を振払うように希理子はハッキリと言い切る。

「嘉弘さんから────前のあたしの『ターゲット』から何か接触されたんだろう?」

「!!」

 そのことこそが今もっとも桜井およびゆかりにとって知りたい───解決したい出来事を示すキー

ワードで、いきなり出た確信に触れる言葉に桜井は目を見開く。

「先に言っとくけど、あたしと嘉弘さんは何でもないからね」

 桜井の様子を是と取った希理子は、取り出したカップをテーブルの上に置いてきっぱりと言い切っ

た。

「あの人のことは同志として────同じ目的の仲間として親近感を持ってたけど、別に好いたはれ

たとかいった感情を持ってたことなんか全然ない。あの人は勘違いしてるんだ」

「────そう」

 希理子の言葉は否定だというのに、桜井はその言葉に逆に追い詰められた。

「あの人はあたしの『好き』を勘違いしてるんだ」

「嘘!!」

 くり返し否定された言葉に別の声が重なる。

「あなたみたいな大嘘つきの言葉なんか信じられないわ!!」

 そう叫んでゆかりは立ち上がろうとする。

「あなたみたいな恥知らずで最低な女────っ」

 だが貧血を起こした直後に急激に立ち上がろうとしたのがたたって、またもや世界が暗転しそうな

ほどの目眩に襲われる。

「ゆかりちゃん!!」

「触らないで!!」

 慌てて希理子が走りより支えようとしたその手をゆかりは激しく払い除けた。

「あなた…なんかに、触られたくない────」

 貧血による目眩の最中に大声をあげたことで、ゆかりは半分うつろな状態で再びソファーに沈み込

むと、それでもこれだけは言わねばならないとばかりに、下から睨み付ける格好で希理子に対して挑

みかかった。

「平気でお兄様を裏切って、平然としてるあなたなんかの言葉、信じられるわけがないわ」

「?、何を────」

 裏切った、と言われても何のことだかさっぱり思い当たらない希理子は、ただゆかりが本気でそう

思い、何故だか心の底から嫌悪されてしまっていることだけをその態度から読み取っていぶかしん

だ。

「これよ」

 そう言ってゆかりはソファーのそばに置いてあった自分のカバンに手をかけた。そしてそれをわず

らわしげに希理子の方に向かって投げ出すと、中からバサリと大量の写真が飛び出してきた。

「これは────」

 それらを数点拾いあげて希理子は絶句した。先程嘉弘の車の中で見せられたのと同じ、希理子自身

と桜井の父がホテルのロビーなどで会話している写真が大量に出てきたのだ。

「ねえ、これでもあなたしらを切るつもりなの?!」

 ゆかりが詰め寄る。

「おじさまとホテルで会って、その上お金までもらうようなことしておいて、それでもしらを切るつ

もりなの?!」

「────えっ?」

 そのゆかりのあまりの剣幕に押されつつも、希理子はゆかりの言葉の中に自分を絶句させ、そして

無茶をしてまで駆け付けさせた『原因』とは違う『理由』を読み取って思わずゆかりの瞳を覗き込

む。

「とぼけないでよ」

 希理子のその表情をごまかしと感じ取ったゆかりは奮然と希理子に向かって言い放つ。

「あなた、おじさまとデキてるんでしょ?!お金貰うような関係なんでしょ?!」

「────────────────プッ」

 ゆかりの口から出た言葉の意味が一瞬理解できなかった希理子は数秒の空白の後思わず吹き出し

た。

「なに言ってんのさ、そんなことあるわけないだろう?」

 希理子にとって意外も意外、思ってもみなかった展開に希理子は現在の張り付いた空気の流れも忘

れて笑わずにはいられなかのだ。

「何がおかしいのよ!」

 だがそれはゆかりにとっては自分を小馬鹿にした態度としかとれなかった。

「自分がやってること、恥ずかしくないの!!」

 それゆえにますます激高し、語調も荒く、激しくなる。

「恥ずかしくなんかないさ。悪いことなんざ何一つしちゃいないんだからね」

 だがそれに対して、嘉弘の仕掛けた罠が思わぬ方向に展開していることにどう対処し、どう説明し

たものかと思案を巡らせていた希理子は心臓にも負担が掛かることだしとりあえずゆかりをおちつか

せようと肩をすくめて苦笑の表情で両手を広げた。

「どういう誤解をしてくれてるかは知らないけどさ、たぶん、かなりぜんぜん実際とあんた──とい

うか、あんた達の想像は違うみたいだね。言い訳でも説明でも何でもしてやるからさ、も少し、ちこ

っとテンションさげて話さない?」

「何よ!!」

 しかし、希理子のその言葉が裏目に出、ますますゆかりは自分の中のテンションもボルテージもあ

げた。

「何が違うっていうのよ!こんなに立派な証拠があるのにまだそうやって嘘つく気なの!?」

 今度は目眩も起こすことなく床の上に散らばった写真をあさり、その中から希理子が明らかに現金

を受け取っている写真を探し出す。

「これのどこが違うのよ?!そうじゃなきゃただのお兄様の友人か、そのお兄様が雇った『プライベ

ート・アクトレス』とかいう詐欺まがいのことやってる人間にお金なんか渡すわけないでしょう!」

 そしてそのままの勢いで、ゆかりはその写真と共に脳裏に過った思考そのままを言葉に変えて希理

子に対して突き付けた。

「それともあなた、おじさまを脅迫でもしてお金を巻き上げてでもいるの?!そうでしょう、そうに

決まってるわ!!」

「ゆかり!!」

 ゆかりのその言葉にこれまで黙って成りゆきを見守っていた桜井が口を挟んだ。

「言い過ぎだ、希理子がそんなことするはずないだろう?」

「お兄様っ」

 自分の誰より尊敬し、恋心さえ抱いている幼馴染みが自分にとって誰よりも許しがたい存在をかば

おうとしていることに腹をたて、ゆかりは激しい反発を見せた。

「どうしてこんな大嘘つきの薄汚い女をかばうのよ?!お兄様だってこの女がおじさまをたぶらかし

てるって思ってるんでしょう?」

「それは────」

 桜井は口どもる。違うと言いたいのだけれど言い切れない自分が確かに居て、それゆえにハッキリ

と否定の言葉を紡ぎ出せない。かといってハッキリと肯定できないことも、したくないことも確かで

どちらつかずの態度しか今の桜井には選べない。

「────わかった」

 そんな桜井の様子を見て希理子は頷いた。

「確かにあたしはこんな商売やってる金の為なら平気で嘘でも何でもつく女だからね。信用なくて当

然さ」

 そう言うと、今度は呆れでも驚きでもない嘲笑を────それも自分自身に対しての嘲笑を浮かべ

ると、突き付けられた写真をびりびりに破りながら自分自身の言葉を紡いだ。

「だからあんた達の好きに想像するといいさ。たとえここであたしが『ホント』を言ったとしてもあ

んた達の耳は『ウソ』にしか聞こえないんだろう?だったら説明するだけムダ、時間と動力の無駄で

しかないよ」

 そこまで言って希理子はくるりとその場で反転した。

「じゃあ帰るよ、邪魔したね────2度とあんた達の前には顔ださないから安心しな」

 それだけ言うと振り返りもせずに歩き出そうとした。

「待ちなさいよ!」

 その背中をゆかりが追う。

「そんな言い訳して逃げる気?!────────────ッ………………」

 叫ぶような言葉の余韻に合わせてゆかりが胸の辺り────心臓の辺りを押さえてうずくまる。

「ゆかり?!」

 その異変を見た桜井が慌てて近寄るとゆかりは先ほど以上に血の気の引いた指先を桜井の方に向か

って差し伸べた。

「……おに…いさ…ま……────────────」

 それだけ何とか音声にかえると、ゆかりはその場に崩れ落ちた。

「ゆかりちゃん!」

「ゆかり!!」

 ドーンという床を叩く崩れ落ちた音に希理子と桜井はそれぞれの呼び掛けで倒れてしまったゆかり

の身体を揺さぶった。

 しかしまったく反応がなく、慌てて桜井がブラウスの胸の辺りを掴んだままの右手を引き離すと心

臓の真上当たりに耳をおしあてた。

「────────────」

 そして数秒そのままの体勢で心音を聞くが、命を刻むリズムがまったく聞こえてこない。

「どうなのさ、桜井!!」

 まったく反応せず固まってしまった桜井に希理子が詰め寄る。

 それにやっと反応して桜井は呆然としたまま顔をあげ、ぼそりと一言言葉を漏らした。

「………とまってる……」

「えっ?!」

 あまりに淡白で単調なその言葉を希理子は聞き取れなかった。────否、その言葉が間違いであ

ることを信じたかった。

 だがしかし、今度はハッキリとくり返されたその言葉が希理子の望みを完全に破壊した。

「────心臓が止まってる」


  
 
 その時、もうすっかり夏だというのにその部屋に満ちる空気は真冬のそれよりも冷たく凍り付いて

いた。





                                 

                               TO BE CONTINUED・・・

    

    

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