1st. late  
01/06/05up

  

  

 約束の時間は6:45PMだった。ただいまの時刻は6:46PM。

 もう少しで夏至というこの季節にこの時間ではまさに夜と夕方の狭間というか、どちらとも言い切

れない紫紺の闇が辺りを支配している。

 ここはお台場ベイエリア。ここから見える夜景をウリとした店が軒をつらねるいわゆるデートスポ

ットだ。土曜日ということもあってカップルがうようよ溢れている。

 その人々が行き交うデッキテラスの一角で待ち合わせによく利用されている植え込みの縁に腰をか

け周りを見回してみる。

 手にしているケイタイの文字盤に映し出されている時間はやはり6:46PM。絶対に時間厳守であ

ることを確実に伝えさせたはずだった。それなのに遅刻してくるというのは許せない。これは立派な

契約違反だ。

 ケイタイの反対側に持っているスターバックスで買ったカフェラテのカップをみるとまだ半分近く

残っている。MのカップではなくSのカップの方にしておけばよかったな、と思いながらも自他とも

認める貧乏性である自分にはこの残りを捨てることなどできない。仕方がないのでこれを飲み終わる

まで、そしてそちらの契約違反だというメモを書き終えるまでは待つことにしようと心に決めた。

 ずずずずとどちらかといえば紅茶党であるがゆえにそんなに美味しいとは思えないコーヒーをすす

りながら辺りを見回すがやはりそれらしい相手はあらわれない。

 カップも空になったのでカバンの中からシステム手帳とボールペンを取り出した。そのシステム手

帳最後の方、メモ用紙になっている蒼いページに決まり文句を書き込むことにする。

『時はカネなり』

 もう一度ケイタイの文字盤に目をやると時刻は6:50PMになっていた。もう充分だ。これ以上待

つ必要など感じない。

 立ち上がって周囲を見回す。誰の目にもついてすぐに解るこのメモを張り付けられる場所を探した

のだが、今どき連絡板などあるはずもなく一瞬途方に暮れる。その為、どうしたらいいかきょろきょ

ろ首を振る。

 だがふと目に入ったものがとても都合よく見えた。あれなら誰の目にもつくし、一発で解るだろ

う。

 カバンの内ポケットの中を探って、中から細めのテーピングを取り出す。普通の人間なら持ち歩く

ようなものではないが、持ち歩くのがくせになっているその代物は意外と役に立ったりする。

 デッキから海を望むカタチで立っている水兵をイメージした銅像───ほぼ等身大のその銅像はこ

のお台場が昔海軍の基地であったことを伝える為に設置されたものなのだそうだが、現在のセーラー

服のモデルとなったその水兵服の格好をした像はさきほどまで腰を掛けていた植え込み同様にこの場

所での待ち合わせ場所の目印になっている。

 メモ用紙に取り出したテーピングを適当に切り取って張り、そのメモ用紙を手にその像の後ろ頭、

あの水兵独特な平たい帽子に向かって手を伸ばす。

 これにこのメモを張り付ければこれで『仕事』終了、帰って撮り溜めていたビデオを見ようとそう

考えていた。

 
 

 約束の時間は6:45PM、ただいまの時刻は6:46PM。

 新橋の駅からゆりかもめに乗ったのだが、駅から目的地までがこんなに『遠い』とは思わなかっ

た。

 ちなみに『遠い』とは実際の距離ではない、あまりの人込みで急いでいるのに抱えているバックの

大きさもあって駆出せない、人込みをかき分けて走ることもできない、この現状が『遠い』のだ。

 予定では約束の時間の少なくとも15分前には着けるはずだった。新橋駅のロッカーに今抱えてい

るバックをぶち込んで、着替えてから来てもその時間には着ける予定だったのだ。

 しかしつい持ちかけられた相談に答えているうちに新橋駅についたのは当初の予定から40分以上

遅かった。その為、バックをロッカーに入れることもあきらめてゆりかもめに乗り込んだのだが、ま

さにほぼこれから自分と同じところに向かおうとしている恋人同士にかなりのひんしゅくを買いまく

り、かなり肩身の狭い思いをした。

 着いた駅にロッカーがあればすぐさま入れようと思ったのだが、ロッカーは自分が向かう方向とは

逆の方向の出口にあったようで、そこまで入れに行っている時間もなくて大きな荷物を抱えたままで

いるしかなかった。

 ちょうど1週間前、自分が会いに行った男はこう言っていた。

『絶対に時間厳守でね。あのコは依頼人が本当に自分を必要としているかどうかをそういったことで

判断する。この仕事をしていると結構面白半分で接触してくる人間が多いから、そういった人間を振

り分ける意味でも時間に正確かどうかを基準の一つにしてるんだ。だから本気で我々みたいな人間の

手助けが必要だと思うのなら必ず時間に遅れないようにその約束の場所に行ってくれ。あのコはその

30分前にはその場所に行ってキミが本気であのコを必要としているかどうか、その目で確認して依

頼をうけるかどうか判断するみたいだから』

 それなのに遅刻してしまった。ヤラセでもからかいでもない、本気で自分はいま手が借りたいの

だ。自分自身のうかつさにハラが立つ。

 もしも手が借りられなければ困るどころの騒ぎではない。自分の一生も、それどころか人の命もか

かっているのだ。それなのにあれほど時間厳守だと念を押されたのに遅刻してしまった自分自身が信

じられない。

 辺りを懸命に見回す。このときばかりは自分の身長が周囲の人間よりも頭一つ抜きに出ていること

を神様に感謝した。

 これから『会う』人間に自分は一度も会ったこともなければ、その人物の写真も見たこと無い。そ

れは自分が頼む仕事がかなり合法とはいえず、法律にひっかかる場合もありえるからそれを行う人間

を保護する為に事前に依頼人に顔を教えないのだと先日会った男は言っていた。

 だがどれだけ本気で自分がその人を必要としているかを示す為にその『人間』を探し出すことも依

頼を受ける為の条件だと説明された。

 ただその人物を探し出す為のヒントだけは貰っていた。

『どれだけ多くの人間が居ても、その場にいる人間の中でもっとも綺麗で、輝いている人間がキミが

必要としてる相手だ』

 相手は先にその場に行って自分の行動を見ている、もしも3人に声をかける内に見つけられなけれ

ば依頼はなかったことにするとも宣言されていた。だが、その場に行けば必ずすぐに解るはずだ、間

違えるはずがないとも言ってその男は笑っていた。

 自分はその相手を探し出さなければならないというのに、あれほど念を押されたのに遅刻までして

しまった。絶望的だが諦める訳にはいかない。

 出来うるかぎりの早足で歩きながら腕時計の時間を見やると現在の時刻は6:48PM。でもやっと

待ち合わせ場所のテラスデッキが見える距離までやってきた。

 懸命に目をこらすその意識の下で、時計の針がまた1分ぶん、カチッと動いたのが聞こえた。

 すでに2人で歩いている恋人同士という組み合わせを省いて目をこらしても、お台場の名所で有名

な待ち合わせ場所でもあるその場所には一人でいる女性もそれこそ山のように居た。皆、これからの

デートに備えて目一杯のオシャレをしてその顔を恋人の登場が待ちどおしげに輝かせている。顔の美

醜にあまり興味がない自分からしてみれば、あんなに嬉しそうや楽しそうな女性の姿は誰もが輝いて

見えた。その中からたったあれだけのヒントでその相手を見つけだせというはかなり無茶な話だ。

 だがふと目が引き寄せられた。ぐるりとかわしている視線がどうしてもその一点、たった一人の人

物に引き寄せられた。目立つ恰好ではない。それどころかこんな場所では地味としか思えない黒っぽ

いブラウスにサブリナというあり触れた普段着のような組み合わせの恰好だ。なのにどうしてもその

姿、その後ろ姿に目が引き寄せられる。

 それが自分だけなのかと思ってその人物が人込みをかき分けて歩いていくその周囲に目をやると、

男達は自分の恋人に気付かれないように視線をその人物に走らせ、そしてまたその恋人である女達も

その人物を横目に見ながらうらやましげというか憧れの視線をおくっている。

 間違いない────そう確信した。

 その背中だけを追って足を速める。距離を詰めていくとその人物が手にメモ用紙のようなものを手

にしているのがわかった。

 その人物はデッキの縁から海を望むように立っている水兵の像の後ろに来るとすっと手を伸ばし

た。手にしていたメモを非常識にも公共物であるその像に張り付けようとしているらしい。

 その手に自分の手をかさね、顔も見ぬままに伝えられていた合い言葉を口にする。

「『ロシア料理を食べませんか?美味しいお店があるでしょ、ここ。ロシアンティーが絶品なんだっ

て』」

 その言葉に自分の手の下にある白くて繊細な手が止まった。メモは像には張り付けられず、その手

の中に止まったままだ。

「───『ロシアンティー?あんまり好きじゃないんだけど。ジャムもマーマレードも嫌いだか

ら』」

 微かな逡巡の末、女性にしては少し低め、だけどけっしてイヤじゃない声が返ってきた。そしてそ

の言葉はまさしく相手が自分の探している人間だというサインだった。

 間に合ったことに安堵しながら詰めの言葉を口にする。

「『大丈夫、ここのロシアンティーはハチミツも選べるそうだから』」

 その言葉に自分よりほぼ頭一つ低いその相手は微かに笑ったようだった。人込みの中で足元まで見

えなかったせいで実際の身長まではわからなかったのだが、今どき珍しく少しのヒールもないミュー

ルを履いていても周囲の女性と変わらぬ長身をしていた。背中に流された髪はとてもつややかで甘い

シャンプーの匂いがする。

 何処かで嗅いだことがある───ふとそう思った。そしてその背中にも、そして何より今になって

思い返せば返ってきた返事の声にも何処か聞き覚えがある。

「『ふーん、変わってるね。それなら付き合ってみてもいいかも』」

 そう言いながら自分の依頼相手は自分の方を振り返るべく、くるりと身体の向きを変えた。それに

合わせて美しい黒髪がさらりと揺れる。

「・・・・・・・・・」 

 一瞬、我が目を疑った。そしてそれは相手も同様だったようで、いつもは綺麗なアーモンド型の瞳

がほぼ真ん丸になるまで見開かれた。だが何度目をしばたかせて見ても目に映る像は変わらず、相手

はそこに、息のかかるほど近くに存在している。

 
 

「希理子ぉ〜?!!!」
「さっ、桜井ぃ〜?!!!!!!!!!」

 
 

 こうして物語は始まった。
 

                                 

                               TO BE CONTINUED・・・

    

    

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