この日桜井はうかれていた。28歳の誕生日を迎えたこの日は人生最高で最良の日になる予定だっ
た。それというのも今から約8年と数カ月前、その日から抱き続けていた宿願がやっと果たされるこ
とになる予定だったからである。
そして今まさにその瞬間が訪れようとしており、桜井はキッチンテーブルに向かい合わせで腰を掛
けている誰より愛しい人の顔を見ながら満面の笑みでその手元を急かせた。
「早く、早く!」
「うるさいねぇ、急かされると字が汚くなっちまうじゃないか!」
バシンと一発桜井の顔面に左ストレートをぶち込みながら希理子はため息をつく。右手には桜井が
両親から大学の入学祝いの時にもらったという超高級な万年筆、そしてその下には薄い一枚の紙が存
在している。
ほとんどすべてが書き込まれ、あとは希理子が名前を書き込み判子をつくだけで完成するそれこそ
が桜井が待ちに待った、望み続けた『誕生日プレゼント』だった。
「ほら書けた、次は判子、判子」
「はい!!」
しっかりたっぷり朱肉をつけて桜井はそれを希理子に向かってうやうやしく差し出す。
「ありがと」
希理子がそれを受け取って、どちらが上か確認しながらそれを所定の位置に押そうとした。だがま
さにその瞬間、ガチャリと大きな音が鳴った。
「ただいま〜」
扉の開く音と同時に響いた幼い少年の声。それに続いてぱたぱたというスリッパの音が桜井らのい
るリビングキッチンに近づいてくる。そのことに希理子の手は完璧に止まる。
「おっ、おかえり〜、高良」
希理子のその呼び声と重なるように現れたのはまだランドセルを背負った小さな少年だった。現在
7歳、来年の3月の誕生日には8歳になる小学校2年生の元気な男の子である。
実はこの子『高良(たから)』は桜井と希理子の間に生まれた長男であった。ちなみにこのリビン
グの隣の部屋には4月に生まれたばかりの生後7か月になる『碧子(あおこ)』という娘が眠ってい
る。命名はどちらも希理子で『宝物』という意味である。
「母さん、見て見て、すごいでしょ!僕作文の時間にね、クラスで一番の金賞もらったんだよ!」
そういって桜井似のどんぐり眼をキラキラさせながら高良はびらんと3枚程の原稿用紙を広げてみ
せた。そのはじっこにはいかにも子供騙し……もとい、お子さまが喜びそうな金ぴかのシールが貼ら
れている。
「ほぉ、やるじゃん!」
息子の頭をぐりんぐりんに撫で回しながら希理子が息子に微笑みかける。
「なになに、『ぼくのおかあさん』って題なのかい?読んでみておくれよ」
「いいよ!」
その言葉を待ってましたとばかりに高良は声に出して読み始めた。幼いわが子の利発なその姿に希
理子の顔がとろとろに緩む。
「『ぼくのおかあさん
ぼくのおかあさんはうちゅうでいちばんきれいな人です。やさしくてカッコよくっ
て、本当に強い人です。おかあさんにはだれもかないません。
この前だっておかあさんのお友だちだという人が家にたずねてきましたが、やせてる
おかあさんの3倍ぐらいは大きな人なのにおかあさんにぺこぺこしていました。
「さくらいがいそがしいからほとんどおまえ一人で赤ちゃんのめんどうとかも見てる
んだろ、たいへんだな」とそのうまくれのおじちゃんという人がいうと、おかあさんは
わらって「あたしは子どもたちからあいじょうと元気をいっぱいもらってるんだ、たい
へんなことなんかあるもんかね」といってぎゅっとぼくといもうとのあおこのことをだ
きしめてくれました。ちなみに「さくらい」というのは家にたまにねにかえってくるの
っぽのおいしゃさんのいそうろうの人のことです。
おかあさんはうれっこのびようしさんなのでいつもおおいそがしです。日よう日もお
しごとなのでいっしょにあそべないけど、でもしごとが休みの日にはどんなにしんどく
てもいっしょにあそんでくれます。このまえは「バスケットボール」をおしえてもらい
ました。
ぼくがいっしょうけんめいなげても5回に1回くらいしか入らないのに、おかあさん
は10回ぐらいなげても1回しっぱいするかどうかです。ぼくもおかあさんみたいに上
手になりたくて、どうしたらうまくなれるのかときいてみると、おかあさんは「ゴール
をいちばんだいすきな人だとおもいなさい。そしてボールがじぶんの中のその人をだい
すきだっていうおもいだとおもいなさい。そしたら上手く入るようになるよ」とおしえ
てくれました。
おかあさんのいうとおりにうちゅうでいちばんだいすきなおかあさんのことをかんが
えながらなげてみると、それからはほとんどが入るようになりました。
ぼくはうれしくて「おかあさんはすごいや、まるでまほうつかいみたいだ」という
と、おかあさんはわらいながら「ちがうよ、あたしはまじょなんだよ」っていってきせ
きをみせてくれました。
おかあさんはぽーんとかるくボールをほおりなげただけなのに、そのボールは空にき
えちゃうくらいにたかくあがって、しばらくするとすとんとまるでゴールにすいこまれ
たみたいにシュートがきまりました。そしてぼくがいちばんだいすきなお日さまみたい
なえがおで「いまのはね、高良にとどけ、っておもってなげたんだよ」といってくれま
した。そしたらぼくはますますうれしくなって、ぎゅんぎゅんシュートがきまるように
なりました。
ぼくはいつだって、ぼくやいもうとのことをいっぱいあいしてくれるおかあさんのこ
とがうちゅうでいちばんだいすきです。
2年1くみ 矢部 高良』」
「おお、良く書けてるじゃん!」
自分に対する美辞麗句が多用されているその文章に希理子は満足してまたぐちゃぐちゃに愛息の頭
を撫で回した。そのいささか乱暴なご褒美に高良は嬉しそうな、誇らしげな様子で目を細めている。
しかし、その作文に大変不満な男がいた。
「高良、いくらなんでも『いそうろう』っていうのはあんまりじゃないか?」
まさに苦虫を100匹くらい噛み潰したような表情でそう反論したのは桜井である。
「いくら正式に結婚してもらってなくても、俺はお前の『父親』なんだし」
実はこの言葉と高良の作文が示すとおり、子供が2人もいるというのに桜井と希理子は結婚しては
いないのである。
そのわけはというと、今から9年前、将来『国境なき医師団』で働くことを見越して行っていた諸
国放浪の旅から桜井が帰ってきた直後までさかのぼらねばならない。
高校卒業後、1年間の放浪の末帰ってきた桜井はほったらかしにしておいた恋人の美しさに驚い
た。もともと素材が人並みはずれているうえに、それが理容美容の専門学校といういわば『見た目』
を磨くことのプロフェッショナルの卵達の中で生活をするようになっていた希理子はますますその美
しさに磨きをかけ、街を歩けばふりかえらないものなどいないほどにまで美しく進化していたのであ
る。
そんな希理子を見て『誰かに取られる!!』と焦ってしまった桜井はそこでどうしても希理子を自
分一人のものにすべく一計を案じたのである。すなわち『子供作って結婚しちゃえばこっちのも
の!』という、いわば女が使う最終手段を男の桜井が仕掛けたのだ。
もともと悪知恵が働く桜井はひそやかに希理子の基礎体温等をチェックし、医学の知識を用いてい
わゆる『危険日』を算出し、避妊具に針で穴を開けるという小細工まで弄して見事計画どおりに希理
子を妊娠させてしまったのである。
だがまさか桜井がそのようなことを企んでいたとは知らない希理子は学生同士の結婚ということに
不安を感じながらも、出来てしまったものは仕方がないということで生まれてくる子供の為にもと桜
井からのプロポーズを受け入れたのだ。このとき桜井はまさにこの世の春を満喫しまくり、天空に輝
く星々一つ一つに感謝を捧げまくったほどである。
がしかし、そうは問屋がおろさなかった。『いつものとおり』何処か抜けている桜井は希理子を
『計画妊娠』させたことを嬉しさのあまり漏らしてしまったのである。
それを聞いた希理子は怒った。それこそ烈火のごとく怒った。人の命を預かる医者になろうという
人間が自分の欲望の為に生まれてくる命を利用しようなど人間がすることではない、と烈火のごとく
怒った。それゆえにまさに後は提出するだけにまでなっていた婚姻届をビリビリに破いてしまったの
である。
そうして希理子は独身のまま高良を出産したわけだが、桜井のその行為を心底怒っていた希理子は
『子供のためにも結婚したら』という周囲の説得にも、『せめて認知ぐらいさせてくれ』という桜井
側の親族からの懇願にも耳を貸さなかった。
だがそのかわり許す為の条件として一つのことを桜井に提示したのである。それは『桜井が父親と
しての自覚を持つこと』だった。もしも周囲も自分も、何より生まれてきた子供が桜井を父親として
認めたら入籍すると約束したのである。
そしてそれからの約9年間、桜井は必死に希理子を説得し続け、家族の為に自分なりの精一杯の努
力をしてきた。その甲斐あってやっと今日、婚姻届にサインを貰えることになったのである。先程か
ら桜井が急かし、希理子が書いていたのはその婚姻届だ。
だがすべての問題が解決しているわけではなかった。たった一つだけ────だけど最も重大な問
題点が残されているままなのである。
「ふん、だって実際『いそうろう』でしょう?『お・じ・さ・ん』」
高良はそうふてぶてしく言うとそっぽを向いてしまった。これがその問題点、『高良が桜井になつ
かなかった』、というか父子の間に深い溝が出来てしまっているのである。
それというのも桜井が大学を卒業してから一年後、ちょうど高良がこれから小学校に入学するとい
う時にスキルアップしたいということで希理子と高良を残してドイツに留学してしまったのが始まり
だった。
ちょうど小学校に上がる年頃というのは第一次思春期といわれる程多感な頃である。いくら自分が
両親から愛されているとはいえど自分の姓が母親の姓で、一緒に暮らしてはいても正式な『夫婦』で
はないということがかなり普通ではないとは理解出来る年頃だ。周囲が自分達親子を奇異な目で見て
いることからそれを自然と感じ取ってしまうものである。
なのにそんな微妙な時期に桜井は独り留学してしまった。残された高良にはその行為が自分達に対
する裏切りのように思えたのである。
それにさらに追い討ちをかけたのが希理子の妊娠である。夏休みを利用してドイツに旅行にいった
時に妊娠したのだが、桜井は希理子が妊娠したのを知っても帰ってこなかったのである。
それどころかやはり正式な夫婦ではないとはいえ夫の不在ということが希理子の負担になっていた
らしく碧子の出産の際に切迫流産しかけ、その為に一時は母子共に生死の境さえさまよったというの
にそれでも桜井は帰ってこなかったのである。
そうなると幾ら子供の頃には可愛がってくれていたといっても桜井はすでに『父親』ではなく
『敵』である。大好きな母親が生死の境を彷徨っているというのに、母親が死んでしまうという不安
で壊れそうだった自分を抱きしめにもきてくれなかった『父親』など『父親』ではない。
そのため、8月の末に帰国してきた桜井に高良は一切なつこうとしないのである。
「そうだ、母さん、イイものもらったんだよ!」
桜井の存在をまったく無視して高良は持っていた手提げの中から一輪の薔薇を取り出した。
「これあげる!母さんバラの花大好きでしょ?」
「どうしたんだい、それ?」
差し出された真っ赤な薔薇を受け取りながら希理子は目をしばたかせる。
生花とおもわれたそれはクレイクラフトといわれる粘土細工で、一見しただけではそれが本物では
ないとは気付かれないほど精巧な代物だった。花弁などは本物の花以上に瑞々しく、手に取ったその
感触以外本物と寸分変わらなかった。
「これね、家庭科部のお姉さんがくれたんだ。廊下に飾ってたのがあんまりきれいだから母さんにあ
げたいなって思ってずっと見てたら、作ったっていうお姉さんが1輪だけわけてくれたの」
「そうかい、ありがとう高良」
その時の様子を再現するように身ぶり手ぶりを交えながら誇らしげに本当に嬉しそうに笑う高良の
その顔はまさに天使で、希理子は愛息子のその優しさと笑顔に満面の笑みを浮かべる。
「お前は本当にいい子だよ、あたしの所にやってきてくれた宝物だ」
そう言って薄く緋色に彩られた口唇をちゅっと高良の頬に落とした。
「てへへっ」
そのとっておきのご褒美に高良はますますその顔を輝かせた。
だがその様子を剣呑な様子で見つめる男が居た。
「あれっ、どうしたんだい、桜井?」
「いや、ちょっと……」
急にむすっとして立ち上がった桜井に希理子が声を掛けるが、言葉を濁すだけですぐに戻ると言っ
て桜井は家を出て行ってしまった。ちょうどその時別室で寝かせていた碧子が泣き出してしまったの
であまり気に止めず、希理子が娘をあやしながら息子に手を洗わせてオヤツのクッキーとオレンジジ
ュースを与えていると10分程で桜井が帰ってきた。
しかし出て行った時は確かに手ぶらであったというのに帰ってきた桜井は両手に大きな『荷物』を
抱えていた。
「どしたの、それ?!」
思わず目をまんまるくして問いかけた希理子に桜井はにこりといつもの笑みを浮かべながら手にし
ていたそれを希理子に向かって差し出した。
「もちろんプレゼントだよ」
そう言って半分無理矢理希理子の手に桜井が受け取らせたそれは100本近くはあるであろうほ
ど、とても普通では考えられない程大きな薔薇の花束だった。白、ピンク、赤の薔薇の花がグラデー
ションになるように束ねられ、大きなリボンをかけられたその花束は見た目にも豪華でそれは美しい
ものだった。
「高良にバラの花もらって喜んでたからもっと喜んでもらおうと思ってさ、店にあったバラ全部買い
占めたんだ」
そう言いながら希理子の腕の中で薫るバラの芳香をくんと嗅ぐ。
「いい薫りだな、気に入って貰えた?」
「まあ」
確かに桜井のいうとおり綺麗だし薫りもいい。しかし、しかしだ、争うべき論点はそこではない。
「だけどさあんた、まさかそのためだけにこんなに高い買い物したのかい?!」
疑るように桜井の瞳の奥を希理子が覗き込む。しかしそんな希理子の疑問を無視して桜井は不平を
口にした。
「ひどいな、差別だ」
「えっ?」
言葉の意味がわからず首をかしげた希理子に桜井は自分の正当性を主張した。
「どうして俺にはキスしてくれないんだ?お前に花を贈ったのは同じだろう?」
「あんた────」
思わず絶句する。『どうして』だかがわかりはじめてきた今、希理子の中にはふつふつと怒りが溢
れだし始めている。だが愚かにもその今にも堰を切りそうな怒りのるつぼに桜井自身が大きな石を投
げ込んだ。
「高良はたった1本でキスして貰えたのにどうして俺にはしてくれないんだ?そんなの差別だ、あん
まりだ」
御歳28歳、現在勤務している大学病院では将来有望な若手ドクターとして看護婦の絶大な人気を
集めている男のこれが本性である。
真正面に希理子を捉え力説するその姿は本人にとってはかなり真剣なことなのだろうが周囲から見
ればまさに『……………………』な状態である。しかも嫉妬心、ライバル心むき出しの相手が自分の
息子なのだ。ここまでくればもうすでに『可笑しい』というレベルではなく『(あたまが)おかし
い』というレベルと言っても過言ではないだろう。
「何バカな────」
言ってンじゃないよ!!─────希理子が桜井のあまりに馬鹿げた言動にそう続けようとした瞬
間、この問題のもう一人の当事者が桜井に対して抗議の声をあげた。
「ひどいよ!!」
そう叫んだのは高良である。仮にも自分の父親からの『たった一本』という言葉まで用いられての
その仕打ちに幼心を踏みにじられ、涙を父親譲りのどんぐり眼に浮かべながらそれでも桜井を睨み付
けた。
「お前なんか最低だ!!絶対父親だなんて認めてやるもんか!!!!!!!」
「高良!!」
希理子が慌てて追い縋るが、高良は泣きじゃくりながら家の外に飛び出して行ってしまった。
「ほらあんた!追い掛けて謝っておいで!!」
プライドも、微かにはあったであろう父親への憧憬も踏みにじられて傷付いた幼いわが子を思い遣
って希理子が自分の夫ともいうべき男を叱咤する。
「大丈夫、すぐに帰ってくるよ」
だがその元凶とも言える桜井はまったく平然と様子でにへらにへらと笑っている。まさにその笑み
は希理子に群がるライバル達を蹴落としてきたときに見せていた会心の笑みで、少しの反省もしてい
ない。
それどころかこんなことまで言い出した始末だ。
「だいたいさ、恋人に花を贈ってのはその恋人だけの特権じゃないか。それを高良がお前の夫である
俺への断わりもなしに贈るんだから悪いんだぜ?」
とりあえず言葉はそこで終わってはいたが、その強気に満ちた表情には『だから当然の制裁をくだ
してやったまでだ』とハッキリキッパリ書き込まれていた。
そしてその言葉と態度、表情は完璧に希理子の堪忍袋の緒を断ち切った。
「誰があたしの『夫』だって言うんだい!!」
「ぐふっ!!!!」
その言葉の語尾と重なるように希理子のムエタイ選手真っ青の上段回し蹴りが桜井の左脇腹にクリ
ティカルヒットしていた。
「きっ、希理子?!」
おもわず膝をつき、痛む脇腹を押さえながら何ごとかと桜井が見上げると般若でも逃げ出すこと確
実な程怒りに表情を変えて希理子が仁王立ちしていた。
「もうあんたには愛想が尽きた!ホントあんたって男は人間として最低のクズだ!!」
そう希理子は叫ぶとテーブルの上に置きっぱなしにしてあった一枚の紙をわし掴んだ。
「それはっ!!」
慌てて桜井が希理子の手から奪い取ろうとするが、すかさず起き上がろうとした桜井に希理子がカ
ウンターキックをくらわし、身長190センチ体重86キロの巨体が2メートル後ろに吹き飛んだ。
その拍子に後ろに在った飾り棚にしたたかに全身を打ちつけ、さすがの桜井も即座には起きあがれな
い。
「ふんっ!!」
だが希理子はそんな桜井をざまあみろとばかりに鼻で笑うと桜井に見せつけるようにわし掴んだ紙
を大きく広げた。
「あんたにはあたしの夫にも、ましてや高良の父親になる資格なんざないよ!一生あんたとは結婚な
んかしてやんない、とっととこの家から出ていきな!!べーだっ!!」
そう言うと希理子は左目だけを閉じて舌を大きく出す相手をバカにしきった表情で勢いよくビリビ
リと手にしていた紙────すでにほとんど記入済みの婚姻届を引き裂き始めた。
「ああっ!!」
桜井がすがるように手を伸ばすがその目の前で婚姻届は1センチ四方程度の紙屑に変身してしまっ
た。
「俺の誕生日プレゼントが〜〜〜〜〜〜」
苦節9年、欲しくて欲しくて仕方がなかった明確な『証し』がまさに藻くずとなった瞬間であっ
た。
あまりのショックで灰になり、その場に崩れ落ちてしまった桜井を希理子は軽蔑しきった目で見下
ろすともうそんな桜井には目もくれずに希理子は飛び出していった高良を探しに家を出て行ってしま
った。
「どうしてこうなるんだよ〜〜〜〜〜〜〜(涙)」
その後しばらくしてそんな桜井の絶叫が半径300メートル中に響き渡ったという。
それから数時間後、真っ赤に目を泣き腫らした高良を連れて帰ってきた希理子に桜井は地面に穴が
あく程頭を下げ続けたが許してもらえず、口を聞いて貰えるようになるまでにそれから3か月かかっ
たことや、今回の件でますます桜井に対して反感をもった高良が『いそうろう』もしくは『おじさ
ん』から『(母親の)ストーカー』に格下げしたということはいうまでもない事実である。
Fin
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