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「なあ、なんで主将は茶髪なんだ?」
体育館での練習を終え、明日の練習試合に対するミーティングも終わって部の練習を終えた部
室でまじまじと青少年向けファッション雑誌を見ていた部員の一人がそうつぶやいた。ちなみに
この会話がさす『主将』とは馬呉のことではなく小林のことである。
「えっ?」
その言葉に着替えを終えて荷物をまとめていた他のメンバーも手を止めて考えだした。
「そういえば何でなんだ?堅物でおしゃれとか流行りモンにぜんぜん興味なさそうなのに」
「うんうん、それに何であんな髪型してるんだろ?」
他は何処をとってもいつのまにかに定着してしまったあだ名『カサハリ』を地でいっているほ
ど真面目な男なのに公立高校では校則違反とされている茶髪を堂々と続けている。まあ今どき校
則を真面目にまもる生徒は少ないが、他の面では完璧に校則を厳守している小林がどうして茶髪
なのかみんな興味深々だった。
「何言ってンだい?あいつのは染めてんじゃないよ、あれは自毛だよ、自毛」
「わっ!」
突然どこからともなく聞こえてきた答えに自分の考えに集中していた部員達は全員大きくのけ
ぞった。
「何だい何だい?化けモンでも見たような顔をして」
気が付くと部室の一番奥の席に希理子が座っていた。そこでのほほんとした様子で缶入りのお
茶を口にしている。
「わっ、希理子さんいつの間に」
成瀬が皆の想いを代表して問いかけるが希理子はそれを無視してテーブルの上に山積みになっ
ている本の山の中から1冊のファイルを取り出した。
「えっとこの中に……あった、これだ、見てみな」
希理子が手にしたのはアルバムだった。その中の中程のページをめくって希理子は机の上を滑
らせた。
「えっ、これ……」
近くに居た者全員がそのアルバムを覗き込むとその中の写真の一枚に今よりも少しだけ幼い顔
をした小林が写っていた。
「体験入部が終わって関東大会が始まってすぐの写真さ。今と同じ髪の色してるだろ?それに染
めたらわかるよ、あたしんち美容室だもん」
希理子は自慢げにお茶をすすりながらそう解説した。関東大会は5月の連休明けから始まる。
つまりこの写真に写る小林はまだ入学して直後なのだ。
「へえ、じゃあハーフとかクォーターなのかな?すっごい髪の色薄いじゃん」
目つきが悪いだけで下手すれば自分達よりも幼い顔つきの主将の顔に笑いながらその写真の中
の髪の辺りを神田が面白そうに指先でつついた。
「ただ色素が薄い家系なだけだ」
「わっ!」
こんどは自分の真後ろから聞こえてきた返答に慌てて飛び退った。
「こっ、小林主将!」
いつの間に帰ってきたのか職員室にいっていた小林が部室に戻ってきていた。その表情は余計
な詮索をされたことに腹を立てているのかいつもより3割増しでブスッとしている。
「……えっ、じゃあ、何でそんな髪型してるんですか……?……」
何とか話をそらそうとしたのか慌てて成瀬が言葉を紡いだ。その言葉に小林は一瞬口を開きか
けたが部室の奥に座っている希理子に目をやると再び口をとざしてしまった。その結果さらに重
い沈黙が部室の中を流れる。
「もう遅いよ、早く帰んな。ガキはとっとと帰って寝る時間だよ」
希理子はその沈黙をものともせずにいつもの様子でそう言った。それが1年達の救いになる。
「はっ、はい、俺達もう帰ります!お疲れ様でした!」
成瀬がそう言ってカバンを持って部室を飛び出していったのを筆頭にして次々と1年部員達は
部室を後にしていった。
「…………」
ずずず、希理子のお茶をすする音だけがその場に響く。瞬く間の間に部室は希理子と小林だけ
になっていた。
「飲む?」
希理子が自分が口にしていたお茶の缶を差し出した。
「!」
小林の顔が赤くなった。
「遠慮しなくていいよ」
「!!…いえ!!…」
重ねられた言葉に小林の顔がますます赤くなった。その様子を見て希理子が笑った。
「まだダメなのかい?たったこれぐらいのこと」
「はぁ」
茶缶を片手に持ちながら希理子が小林の方に近寄ってくる。そしてその細い腕がするりと真っ
赤になりながら硬直している小林の首に絡み付けられた。
「いつになったらあんたからあたしにキスしてくれるんだろうね?」
その言葉と共に希理子は甘え、もたれ掛かるようにしながら少しだけ背伸びをして小林の唇に
自分の唇をチュッと重ねあわせた。
「……希理子さん!!!」
硬直したままの小林がますますかちんこちんになった。その様子に希理子はますます笑う。
実はこの二人は誰も知らないというか信じたくないが恋人同士であった(笑)。インターハイ
の直後に付き合いはじめたので交際歴5か月になる。
「教えてやればよかったのにさ、あの子たちに」
くすくす笑いながら固まったままの小林を溶かすかのように優しく抱きつき、ネコのようにジ
ャレつきながら希理子はそう言葉を発した。
「…えっ?」
何とか勇気を奮い立たせ両腕を希理子の身体にまわしながら希理子のその言葉に疑問符を浮か
べる。
「こ・れ」
小林のちょんまげにくくった髪に触れながら希理子は抱きとめられた感触を楽しんでいる。
「それとも教えてやるにはもったいなさすぎる?」
その言葉と共に一つの思い出がよみがえってきた。1年前のちょうど今日、二人は同じように
体育館で二人きりだった。
「まだやってんのかい?」
自分の背後から掛けられた声で小林は振り返った。
「希理子先輩」
小林のその呼びかけに希理子はゆっくりとした歩調で小林のそばまでやってきた。そしてその
足元に転がっていたボールの一つを持ち上げた。
「まだ気にしてるのかい?あんたのせいで負けたこと」
「…………」
希理子の身もふたもない言葉に小林は押し黙った。
「あんたがリバンもっと取れてたら勝ってたモンね、まあ、ポジション変わってからまだ間もな
いから慣れてないのはわかるけど前回の試合はひどすぎた」
希理子はそう言うと手にしていたボールをセットアップの体勢からシュートの軌道上にのせ
た。その放たれたボールは寸分のくるいもなく小林が一人向かい合っていたゴールネットに吸い
込まれていく。
小林は3年が引退してからポジションをスモールフォワードからパワーフォワードに転向して
いた。ウインターカップまでは以前に引き続きSFをしていたのだが、その時の試合運びを見て
先輩であり部のブレインである桜井からポジションチェンジを頼まれたのだ。そしてこの1月か
らPFとして練習試合等に参加するようになっていた。
「あんた今日、誕生日なんだろ?それなのに一人寂しく練習なんかしてどうすんのさ」
「えっ、なんで……?」
希理子のその言葉に小林は目を見開いた。誰にも吹聴していないのにどうして希理子が自分の
誕生日を知っているのか驚いたのだ。
「ああ、今川が言ってた、今日があんたの誕生日だって。あいつ心配してたよ?あんたが落ち込
んでいつまでも浮上してこないって」
その言葉に小林はますます顔を曇らせた。親友にまで気を使わせている自分が情けなくなって
しまったのだ。
「ああこれだ!そんなんだからダメなんだよあんたは!あんたPFっていうよりもその性格フォ
ワード全体に向いてないよ」
小林の顔を見ながら希理子は大きく首を横に振った。
「あんた、PFに一番必要なものって何だと思ってる?」
「えっ……」
突然のその問いかけに小林は一瞬思案顔になった。そしてぼそりと口を開く。
「リバン等をさばいたりする能力……」
「違う」
希理子はその答えをきっぱりと否定した。
「一番必要なのは『気迫』だよ、誰にも負けないっていう『気迫』」
そう言うと希理子は再びボールを手にし、ダムダムとドリブルをつきはじめた。
「PFってさ、たしかにいざシュートが外れた時リバンに跳ぶだろ?んで大体取り合う相手って
いうのは相手のセンター、つまり背が一番高くてガタイがいい相手が多いじゃん。そしたら体格
勝負になったらかなう訳ないだろ?そこで必要なのが『気迫』ってわけ。『ボールがとりた
い』、『絶対とりたい』っていう気迫がさ」
希理子は器用にその大きなボールでスカートのまま『あんたがたどこさ』しながら話を続け
る。
「だけど今のあんたにはそれがない、自分にはPFなんて出来ないって思ってるその弱気がプレ
ーに出ちまって結果競り負けてるんだよ」
「…………」
その言葉に小林はこれまでの自分を振り返った。希理子の言う通り、ポジションチェンジをし
たばかりのことを言い訳をしてボールに対する積極性が掛けていたのだ。
でもそれがわかっても、頭では理解していても気持ちが付いていかない。まだまだ不安が消え
ないのだ。そのせいでまだまだ表情が固い。希理子はその様子をみてからかうように笑った。
「いいこと教えてやろうか?あんた、1年前の桜井より全然上手いよ、少なくとも10倍ぐらい
はね」
その言葉に小林は目を白黒させる。
「あの頃のあいつはタッパもなけりゃ技術もない、ホントにタダの下手っぴだった。だけどあん
たは背も高い、ジャンプ力もある、基本も全部身に付いてる。この時点でこんだけ勝ってるん
だ、1年後には桜井より上手くなれる可能性が高いってことなんだよ」
「そんな強引な……」
自分の最も尊敬する先輩を引き合いに出されて上手いと褒められても信じられない。だけど希
理子は自信ありげに笑っている。
「いいんだよ、強引でも何でも。何もあたしは未来を予想してんじゃない、『可能性』を口にし
てんだからさ。それを現実にするかどうかはこれからのあんたのガンバリ次第」
そう言ってピッと小林に向かって指さした。
「あんたは上手くなるよ、あたしはそう信じてる。あんたはどうなのさ?自分の『未来』信じる
の?信じないの?」
一遍の曇りもない、口にした言葉に微塵の迷いのないといったその表情に小林は圧倒された。
目の前にいる自分よりも華奢で一回りも二回りも小さな少女が何倍も大きく見えた。
「信じ…ます」
思わず声が震えた。
「声が小さい!」
「信じます!」
「よし」
希理子は満足そうに頷くとにこりと笑った。
「その気持ちさえあれば何とでもなるさ。それにあんたには他の人間にはないすっごい武器があ
るじゃないか」
「えっ?」
からかうような響きを持ったその言葉に小林は首をかしげる。すると希理子はニヤリと笑いな
がら小林の顔を指さした。
「『あんたの顔』!そんだけこわけり普通のセンターはみんなビビって腰が引けちまうよ?」
「……希理子先輩……」
予想通りどころか予想以上のひどい言葉にさすがの小林もガクッと肩を落とした。顔のことを
言われるのはなれているとはいえ、やはり気にしていることだったのでずしんと心に響いた。
だが希理子はますます熱弁をふるっている。
「ハッタリかまして相手ビビらすのもゲームでは必要なことなんだからね!『心理作戦』だよ、
『心理作戦』」
そう言うと希理子は小林の顔をしげしげ見つめた。その様子に小林はおっかなビックリ腰を引
く。
「あんた、明日から髪の毛くくってきな」
「ええっ!」
突然のその命令口調に小林は目を見開いた。
「その方が迫力が出るよ、それにその恐い顔も引き立つ」
希理子は自分の考えに満足して何度も何度も頷いている。だがそれにはどんなに希理子のこと
が恐いというか苦手とはいえさすがの小林も黙ってはいられなかった。
「いっ、イヤです!」
「何ぃ?!」
希理子が表情を険しく変え小林に対してつめ寄ってくる。
「どうしてそこまでしなくちゃなんないんです!」
「それはあんたが下手っぴだからだろ!」
「だけどそんな恥ずかしい格好できません!」
「出来なくてもするんだよ!」
「イヤです!」
「下手っぴが格好にこだわってる場合かい!」
「じゃあ俺は強くなります!」
掛け合いの末、小林は叫んだ。
「そんな格好しなくても相手がビビるくらい、俺は強くなってみせます!」
その言葉はまるで怒号のように静まりかえった体育館の中に響いた。希理子はそう叫んだきり
ぜいぜいと大きく息を付いている小林を呆然と見つめていた。
「……何か、文句ありますか?……」
荒い息の中、そう言った小林の言葉に希理子はただ何度も何度も小さく首を横に振った。
「だけどあんた結局次の日からその髪型にしてきたんだよね」
希理子は昔を懐かしむようにくすくす笑いながら、小林の毛先をクルクルともてあそんだ。小
林はその言葉に赤くなりながら言い訳するようにぼそりと呟く。
「……希理子さんの言葉に一理あったって、そう思ったものですから」
その日のことを小林は思い出す。それまでも誰もが自分の恐い顔をおそれて逃げ腰だったの
に、それがさらにひどくなっていた。自分をよく知っているクラスメートでさえも引きつった笑
みを浮かべながら小林のその髪型のワケを聞いてきたものだ。
だけど希理子だけは違った。あれほどイヤがったのに結局希理子の言葉通りにしている自分が
恥ずかしくて真っ赤になっている自分に希理子は思いっきり目を見開いた後、それは嬉しそうに
満面の笑みを浮かべたのだ。『やっぱいいよ、すごく似合ってる』、その笑みを浮かべながら言
ってくれたその言葉が今でも鮮明に思い出される。
薔薇色を帯びた頬に少しだけ潤んだ瞳がその瞬間自分だけに注がれていることに胸が高まり、
嬉しさというよりも感動がゆっくりと水が大地を潤すように自分の中を染み渡っていった。何故
だかその時泣きたくなった。
誰かが笑っているのを見て綺麗だと思ったのはあれが初めてだった。そしてその声がまるで優
しい雪のように自分のなかに降り積もっていき、そしてその優しい雪が心の奥底に降り注いだ瞬
間に甘い薫りを放つ花びらに変じていくのを感じたのも。
「ねえ、だけどホントにこんなことでいいの?」
希理子が小林の顔をのぞきこみながら問いかけてくる。
「何がです?」
「『誕生日プレゼント』。何が良いかって聞いたらあんたのリクエストは『髪の毛くくり直して
欲しい』だったじゃん」
その言葉に小林は大きく頷いた。
「はい、俺、希理子さんに髪の毛さわってもらうの好きですから」
ハッキリと返されたその言葉に希理子は小さく笑った。
「安上がりでいいけどね、何かつまんないの。もっと良いもの欲しがってくれたらいいのに。─
───そう、例えば『あたし』とか」
「!!!!!!!!」
その言葉に小林は真っ赤になった。その様子に希理子はまた楽しそうにクスクス笑う。
「さっ、座って?髪の毛といてやるよ」
椅子を勧めながら希理子はくるりと身をひるがえした。すすめられるままに小林はその椅子に
座り、希理子の手にそこから先の行為をゆだねる。
「来年はもっと豪華な、『ヤリ甲斐』があるものを請求してよね?遠慮なんかしないでさ」
愛用のブラシで優しくブラッシングしながら希理子がそう小林に語り掛ける。その言葉に小林
は大きく頷く。
「別に遠慮なんかしてませんけど、だけどそのかわりと言っては何ですけど、来年はもっとすご
いもの、希理子さんからいただきますから」
その珍しく遠回しな言葉に希理子は興味深々といった様子で笑う。
「えっ、もう欲しいもの決めてるのかい?欲張りさんだね」
「はい、欲張りです」
小林は再び大きく頷いた。1年前の今日、自分は希理子に救われた。そしてその次の日、恋に
おちた。そしてそれから7か月後、告白した自分の手を希理子がとってくれた時、さらに自分は
欲張りになった。本当は今欲しい、だけどまだ『資格』がないから貰えない、だからその日が来
るのを楽しみに今か今かと待っているのだ。
「あなたに出会って、俺は変わりましたから」
その言葉とその時の小林の表情に希理子の手が止まる。珍しく満足げな様子で誰が見てもわか
る笑みを浮かべていたのだ。その誇らしげな、そして男らしい様子に普段は子供扱いしたりから
かっている希理子の顔が真っ赤になる。
「まっ、じゃあ何を請求されるのか今から楽しみにしておくよ」
しどろもどろになったその言葉に小林は再び頷く。
「はい、かならずいただきますから」
今日を含めて366日目、自分が18の誕生日を迎える日、彼女を得られる資格が手に入る。
公に自分一人のものだと公言出来る『結婚』という資格が。
そしたら『彼女』を貰うのだ。その心も身体も未来永劫自分だけのものになってもらうため
に。
その日が来るのを楽しみに、そしてその時までに真に彼女に相応しい男になろうと小林は自分
の未来を信じて、自分に触れてくれているその存在に、誰よりも愛しいその人に心の中で固く誓
った。
− Fin −
……意味不明。前から茶髪とちょんまげのワケをかいてみたいと思ってチャレンジしたのですが、いろいろ入れようとしすぎた結果、文章にまとまりがなくなってしまいました。本当は小林が希理子を好きになった理由だけじゃなくて、同時に希理子が小林を好きになった理由も入れたかったのですが、余計にまとまらなくなりそうだったので割愛しました。
ちなみにこの設定ではまだいくとこまでいってません。というか、小林からキスしたこともありません。どこまでも昔気質な男、という設定で話をすすめてます。『天国』で毒されているあなた!ものたりないからといって苦情をいれるのはもちろん……OKです!(笑)
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