夏のある日のことだった。

 桜井らが卒業した今年、都立上南高校は昨年と同様に四ッ谷鵜の原を接戦で破りインタ

ーハイ出場を決めた。インターハイまであと残りわずか、夏休みに入ってから毎日学校で

猛練習に明け暮れている。そんな上南高校を率いる主将小林の元に来客が訪れた。


 

「はい、これカサハリさん、差し入れです」

「あの……」

「あっ、中身はね、クラブハウスサンドとちょっとしたおかずなの。口に合うといいんで

すけど」

「いや……だから……」

「あっ、そうそう。これもどうぞ!甘なつを使ったゼリーです。甘いの嫌いだって聞いた

から、かなりお砂糖ひかえたんですよ。だから甘くないんです。氷当てて持って来たから

まだ冷えてると思います。だからちゃんと食べて下さいね!」

「だっ、だからその……」

「はい、コーヒー。シロップとミルクも持って来てますからどうぞ」

「でっ、ですから……」

「ちゃんとおしぼりも持って来てるんですよぉ!これでちゃんと手を拭いてくださいね」

「だから……」

「やだ、汗でベしょベしょ!タオルも持って来てますから拭いてあげますね!」

「くっ、楠田さん!」

「はい?」

 小林の泣きそうな、だけどきっぱり、ぱっきり言い切った呼びかけにみずきは初めて顔

をあげた。ここまで小林の顔をみるなり矢継ぎ早で、次から次へと言葉と差し入れを取り

出し続けていたのだ。

「あの、差し入れは嬉しいんですけど、どうして俺なんですか?澤村や成瀬ならともか

く、俺が楠田さんにそこまでしてもらう筋はないと思うんですけど……」

 小林は困惑と混乱の表情で問いかける。

「やっ、やだ!どうしてあたしがあの根性悪腐れ外道男に差し入れなんかしてやらなくち

ゃならないんです?!……なるちょにならしてあげてもいいけど」

 みずきはその小林の問いかけに対して大声を張り上げた。そのかん高い声は体育館に響

き、少し離れた場所でみずきと小林の様子を何ごとかとうかがっていた澤村はみずきにた

いしてにらみをきかせ、それに対してみずきはべーっと舌を出した。澤村の横ではそんな

2人を見て成瀬がおろおろしている。

「でっ、ですから、俺にはあなたからここまでしてもらう理由がわからないんですけど…

…」

 小林とて男だからかわいい女の子からちやほやされて嬉しくないはずがない。だけどそ

れ以上に義と理を重んじる男であったから、ほとんど接点の無いはずのみずきがどうして

自分にそこまでしてくれるのか解らない。

 それに対してみずきはにこりと何でもないようにきっぱり笑って言い切った。

「だってあたし、カサハリさんと恋をするって決めたんですから」

「……………………えっ?」

 みずきの言葉が小林の脳裏で正しく理解されるまで十数秒の時間を有した。

「あっ、あの、その……」

 ショックのあまり真っ白になってしまっていたカオを今度は真っ赤に変えながら小林は

しどろもどろした表情でみずきに向かって問いかける。

「あたし、ホントに嬉しかったんです。カサハリさんに『尊敬する』って言ってもらえ

て。だからあたし、今度恋をするならカサハリさんとしようって決めたんです」

「ああ!」

 その言葉に小林は以前かわした会話を思い出した。それは 今から一月ほど前に遡る。

 その日、希理子が桜井からの手紙を携えて体育館を訪れてきたのだ。ほとんど消息不明

の桜井からの手紙を見に、そのとき桜井と個人的に関係があったみずきも浩介らと共にや

ってきた。

 唐変木を地でいく小林だがみずきが桜井を好きだったことは知っていた。そしてみずき

が桜井に振られたことも。そしてそれを決定的にしたのがみずき自身の行動だったという

ことも。

 だから幸せそうに手紙を読んでいる希理子を見て、みずきも幸せそうなことが解らなか

った。だから小林はみずきに対して問いかけたのだ。つらくはないのか、と。

 するとみずきはにこりと笑って、『大好きな人が幸せだから、それも大好きな人と幸せ

だからあたしも嬉しいんです』と答えたのだ。だけどその大きな瞳はすこしだけ、本当に

少しだけ痛みの為に揺れていた。

 それでも結果的に2人を結び付けたことを後悔していないと笑うみずきに小林は感動し

た。みずきの想いが本物だとこれ以上なくわかったから感動した。だからこう言ったの

だ、『俺はあなたを尊敬する』と。

「あたし本当に嬉しかったんです!ホントに、ホントに嬉しかったんです」

 みずきはそのときの感動を伝えようと一生懸命に言った。

「それでその時に思ったんです。『次に恋をするならカサハリさんみたいな人にしよう』

って。『カサハリさんみたいに優しい人と恋をしよう』って───ダメですか?」

 覗き込むような瞳でみずきはそう訊ねた。

「えっ、あの、その……!」

 その様子に小林は真っ赤になる。臆面もなく褒められて、しかも潤んだ大きな瞳で上目

使いにのぞきこまれて、ドキドキ、ハラハラ、グルグルして、もう何がなんだかわからな

い。

「ねえ、カサハリさん、ダメですか?」

「いっ、いえっ!」

 もう一度重ねられた問いに小林はびくりと身体を震わせながら叫んだ。

「よかったぁ!」

 その答えにみずきがぴょんっと跳ねるように小林に向かって抱き着いてくる。

「あっ、いや、あ〜〜楠田さん!!!!!!!!」

 みずきのその突然の行動に小林はますます真っ赤になり、身体をかちんこちんにこわば

らせた。舞い上がった脳裏と暴走する心臓にアタマがくらくらする。

「何です?」

「いっ、いや、だから、その……」

 嬉しそうな様子でのぞき込まれたその瞳に言いたい言葉が出てこない。

「……『カサハリさん』っていうのはやめて貰えませんか?」

 思わず口をついた言葉がそれだった。自分でも間抜けだとは思ったが、もう音声として

発してしまったものは仕方がない。それに対してみずきは視線を合わせたままニコリと笑

って宣言した。

「わかりました小林さん。じゃあ、小林さんもあたしのこと『みずき』って呼んでくださ

いね」

「…………えっ?」

 その思わぬ言葉に小林は目が点になる。

「『みずき』です、小林さん」

 期待に目を輝かせながら覗き込まれて、小林は訳がわからぬまま口を開く。

「……はい、みずき……さん」

「はい!」

 またまた嬉しそうに飛びついてくる。それに合わせてまたまた小林の心臓の加速度が増

す。

「───このままじゃ俺、死ぬかも……」 

「?」

 小林の内心をこれ以上なく表したつぶやきにみずきは目を白黒させる。


 

 小林にとって初めてのドキドキして、グルグルして、クラクラする夏はまさに今始まっ

たばかりだった。

                              THE END.


 初コバミズ。人生であと何回書くことがあるのかわかりませんが、ノリ的には楽しかったッスよ。この作品はもちろん我が悪友えいじくんに捧げます!

                          2001/4/16  日向 葵

 

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