プライベートレッスン
       

  


  

 東京都内のとある一室、若い男女が一つテーブルをかこい向かい合っていた。

 かすかにBGMとして流しているのはビートルズ、イイ雰囲気になりそうな程の密着感のある空間

なのに、交わされている会話はかなり散文的なものだった。

「う〜ん、わからん」

 そういってさじならぬシャーペンを投げたのはこの部屋の主澤村だった。彼は今古文の教科書を開

いて格闘している。

「だいたいなんで現代を生きる人間が今さら過去の、使われなくなった言葉を勉強しなきゃなんねぇ

んだ?!」

 人間いきづまってきたり、障害にぶつかると何らかの形で理由をつけて現実逃避したくなるもので

ある。澤村もその例外ではなくて、かなり正論ではあるのだが世間ではまったく通用しない理屈をふ

りかざしていら立ちをまぎらわせている。

「そんなこと言っててもしゃあないだろ?」

 そんな澤村にたいして呆れたカオを見せたのはその澤村に古文を教えている希理子である。

「つべこべぬかしてるヒマがあるんだったら単語の一つでもあたまン中に詰め込みな。あたしはとも

かくあんたは成績ヤバいとガッコウクビになるんだから」

 そう言って希理子も澤村のものよりも2学年上用のテキストを開いてうんうん唸っている。2学期

の学期末考査まであと3日、まさに大詰めのところであった。

「あ〜あ、昔はよかったな。前はノートなんか借り放題だったのに」

 言っても仕方がない愚痴をこぼしながら澤村は再びテキストに目を落とした。

「お前とつき合ってるってバレてから女たち誰もノート貸してくれなくなっちまったんだもんよ」

 その言葉に希理子はむっと表情をこわばらせ澤村に対して言い返した。

「そんなのあたしの責任じゃないだろ?!あたしにホレて、あたしとつき合いたいって言って泣いて

頼んできたのはあんたの方じゃないか」

「誰が泣いて頼んだ!」

 希理子からのその言葉に澤村はカッと反応する。

「お前の方が俺に惚れたからつき合い始めたんだろ?」

 こんどはその反論に希理子が即座に反応した。

「いいや、あんたがあたしに惚れたからつき合ってやってるんだよ」

「お前が!」

「あんたが!」

 どっちもどっちな言い争いを激しく繰り広げ、ふたりはぜいぜいと息をついた。

「───じゃさ、ノート桜井に頼んでやろうか?」

「えっ?」

 一息ついたところで希理子がぼそりともらしたその言葉に澤村は小さく目を見開いた。

「あいつ結構親切だし、ちゃんとノート書いてたからとって置いてあると思うんだ。言えばかしてく

れると思うんだけど」

「ダメだ」

 その言葉を澤村は即座に否定した。

「桜井なんかに借りてたまるかよ!そんなことするぐらいだったら死んだ方がましだ」

「でも困ってるんだろ?だったらつまんない意地なんかはんないでさ、素直に借りた方が────」

「ダメだ!」

 覗き込むように言って来た希理子の言葉を澤村は強く激しく拒絶した。

「それにこれは『つまらない意地』なんかじゃねぇ、『男の意地』だ」

 そうきっぱりと言い切った表情からは年齢相応の不安定さは消え、男の野性味と強さだけが浮かび

上がっていた。

 澤村は桜井が希理子に惚れていたことを知っている。本気で希理子に惚れ、希理子のためにならな

んだって出来る程惚れ込んでいたことを知っている。だけどそれを知っていながらあとから自分が割

り込んで希理子をものにしてしまったのだ。

 もちろん恋愛は時間の後先が優先されるものではない。しかし時間をかけてつちかっていく形の恋

愛もある。桜井と希理子の場合まさにそのケースで、自分さえ割り込まなければ今頃恋人同士だった

のは桜井の方のはずだ。

 だけど澤村はゆずれないと思った。まったく好きでもなんでもなくて、それどころか大嫌いだった

女を限り無く愛おしく感じた。だからプライドも何もかも捨てた。捨てて希理子を望んだ。すると希

理子もそんな自分に応えてくれた、そうして2人はつき合い始めたのだ。

 希理子を得て、希理子とつき合うようになってから自分は変わったと澤村は心底思っている。──

──いや、希理子と付き合い出す前から、希理子という存在を知ってから自分は大きく変われたと澤

村は確信している。

 希理子といるだけで世界が面白い、どんなことでも挑戦したくなってしまうし、そしてそれに対し

て負ける気もしない────こんなことは希理子という存在を知る前にはなかったことだ。

 だけどこの最高の幸福も本当なら桜井のものだったのだという思いが澤村の心の奥底にはある。だ

から絶対に桜井に対して借りはつくりたくない。男としてのプライドで────男としての意地で、

たとえ他の誰の前で恥をかこうとも我慢出来るが、桜井の前だけでは不様な姿をさらしたくない。そ

んな思いが澤村の中にはある。

「────わかった。もう言わない」

 そんな澤村の内心に気付いているのか希理子は小さくため息をついて微笑むと、だけどこれだけは

言わなければと思っているのか、こんな風に言葉を紡いだ。

「だけど無理しなさんなよね?期待に答えるのも結構だけど、あんたはすぐに無理するんだから」

 澤村は特待生として上南に籍を置いている為に成績を落とすわけにはいかない。それはかなり強引

な手口ではあるが高校に通えるようにしてくれた桜井や桜井の叔父に対する責任だと自覚があったか

らだ。

 そのため、テスト以外でも出来るだけ模範生たろうとレポートなどの提出物だって期限をやぶった

ことなどないし、どんなに忙しかろうともガッコウを無断欠席したり遅刻したことだってない。

 部でだってまだまだ上手くまとめられない新キャプテン小林の補佐役として1年の意見を取りまと

めたり、練習のカリキュラムの作成に手を貸したりもしている。

 澤村という男はクールぶって一匹狼のように生きている振りをしているが、実際はかなり責任感の

強い、頼られたら頼られた以上に頑張ってしまう男なのだ。

 希理子はそれを知っている。知っているからこそ惹かれた────惹かれずにはいられなかった。

 でもだからこそ心配なのだ。自分の限界は自分が一番よく知っていると格好つけていってはいる

が、実際はその限界をこえても頑張ってしまう男なのだ、澤村は。そうでなくても一人暮らしで大変

なのに、無理して頑張って身体を壊しはしないかと心配になってしまうのだ。

「無理なんかしてねぇよ」

 そんな希理子の思いを読み取り、澤村は笑ってみせた。

「それに疲れなんて吹っ飛ぶくれぇにエネルギーもらう予定だからな」

「えっ?」

 その言葉に疑問符を浮かべかけた希理子の身体は次の瞬間には押し倒されていた。

 まさに隙のない早業でテーブルは押し退けられ、希理子の身体の上に澤村が乗りかかっている。

「や、ちょっと──」

 いやというわけではないのだがその性急さに希理子は戸惑いをかくせない。その間にも澤村は巧み

に希理子の服を一枚一枚剥ぎ取り、その白くすべらかな肌の感触をその唇や指先で心ゆくまで楽しん

でいる。

「感じさせてくれよ、希理子」

 希理子の敏感なところでもある耳もとにそっと唇を寄せながら澤村は囁く。

「お前といる時、俺は自分が間違ってねえって感じる───こうやってる自分が最高に幸福なんだっ

て感じる。こんな贅沢な気持ちにさせてくれるのはお前だけだ────お前だけが俺を『俺』にして

くれるんだ」

「あんっ…」

 そんな切ない言葉と共に軽く耳をはまれて希理子は甘い吐息を漏らした。

 熱くされていく心とカラダ────2つも年下の男に弄ばれ、それでも憎むどころかますます惹か

れてしまう自分を希理子は確かに感じていた。

 だけれども自分と同じところへその存在も堕ちてきてくれていることを確かに感じることができる

からもう何も怖くない。すなおに────だけど希理子らしい悪戯めいた心でこんな言葉を口にし

た。

「だったら言って?」

「何を?」

「『愛してる』──それを古文で」

 甘く乱れた息の中、瞳の中にある女の『欲』と同時に子供っぽい幼さを秘めたその言葉に澤村は笑

った。

「了解」

 両腕で希理子のカオを挟み込み、真正面から目をあわせるようにして希理子の望みをかなえてやっ

た。

「『いとおかし』」

「ハハッ」

 自分が望んだはずなのにその言葉に思わず希理子は笑ってしまった。

「正解、やるじゃん」

 そう言ってちゅっと一瞬だけ唇をあわせる口付けをしたあとその首筋に手を伸ばし、さらに深い口

付けをむさぼる。

 そのことに澤村は満足そうに微笑むとさらにより強く、より深く希理子を求めるべく、熱く激しく

希理子のすべてを攻め立てた。


 
 

 2人だけの勉強時間、それはほとんどテストには関係なかったけれど、互いにとって一番大切なも

のを再確認出来たので、2人は充分満足していた。


 

                             Fin.
 

    

     

 彼女が出来た澤村はテストで苦労するだろうな、とふと思った話がなぜだかいつものパターンに陥ってしまいました。
 きっと最近裏のほう書いてないんで欲求不満になってるんだとおもいます、『澤村が』(私じゃないよ〜)
 なんだかちゃちゃちゃと書けたので中身がなくて恐縮ですが、ひさしぶりに若かりし頃を思い出しました。

                        2002/05/12  日向 葵。

 

  

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