ローマ数字と時計数字
Roman Numerals and Clock Numerals


  時計数字は、現在ではアラビア数字を用いるのが一般的のように見受けられる。しかし、以前のゼンマイ式の掛時計は殆どの場合ローマ数字を用いており、腕時計などでもローマ数字を見かけることは珍しいことではない。ところが、時計数字として用いられるローマ数字では、4 を示すのに W ではなく殆どの場合 IIII が用いられていることは、時計に関心をお持ちの方はよくご存じであろうと思う。その由来は何か、日時計の場合どうなのか、そのあたりを探って見たい。

 本題からそれるが、今でもヨーロッパの街角を歩くと、建物の入り口やモニュメントの台座などに、ローマ数字を用いた西暦年号の表記に出会うことがある。次に紹介するようにローマ数字の千の位までの読み方を心得ておくと何かと便利である。街角のローマ数字から中世の年代などを読み取ることができれば、ヨーロッパの旅はまたひとしお興の深いものになる違いない。
 写真1はミュンヘンの王宮(Residenz)。写真では分かり難いが、右側の日時計に M・CM・LIX 西暦1959年とあり比較的新しい。左側下に日時計が二面、その上に機械時計が二面ある。これも写真では分かり難いが、日時計では W を用い、機械時計では IIII が用いられているのが面白い。
 写真2 は、日時計総合解説書の古典の一つ "LA GNOMONIQUE PRATIQUE" の表紙。下に "M. DCC. XC." とあって1790年刊であることが分かる。

 
  
             写真1.ミュンヘンの王宮                 写真2."LA GNOMONIQUE PRATIQUE"

1.ローマ数字表記法
 現在一般的に用いられているルールは次のようである。
 @ ローマ数字は次の7文字によって表される。
  T=1,X=5,]=10,L=50,C=100,
  D=500,M=1000
 Aそれぞれの桁で最も大きい文字を用いる。
 B最も大きい文字からはじまり、左から右へ記述する。
 C加算ルール:右に書かれた数字は加算される。
 D減算ルール:V と X の左側のTだけが V と X から引き算できる。同様に X は L と C から引き算できる。C は D と M から引き算できる。
  但し、古くから減算ルールは存在するが、ローマから中世に至るまで加算ルールのみによる表記が主に用いられて来ており、上記のような減算ルールを用いた表記法が一般的になったのは、数字の表記としてアラビア数字が主流となった17・18世紀以降である。上記の表記法が現在一般的ではあるが、これのみを正しいとする理由はない。したがって、加算ルールのみを用いた表記法も誤りとは言えないことには注意を要する。

2.時計と数字
 現在、時計や日時計の数字はどうなのか、手元の写真集から拾ってみると。

@ヨーロッパの公共時計 A日本の公共時計 B日時計の場合
 ローマ数字 IIII       118      82     265
 ローマ数字 W         9       8     552
 ローマ数字 (※1)         ---       ---     275  
 アラビア数字        11     152     441
 その他    (※2)        16     180       ---
     計       154     324    1533

   (※1)主に垂直型日時計の面方位のため、IIII または Wの表記がない場合(写真3参照)
    (※2)点や線のみなどで、数字を用いない場合

 @ヨーロッパの公共時計の写真集、「時計めぐりヨ ーロッパの旅」上野秀恒編、クロック文化研究所
 上巻1997年、下巻1998年。
 A日本の公共時計の写真集、「時の表情」上野秀恒編、クロック文化研究所、1999年
 B日時計については、日時計写真集23冊。主にフランス、イタリア、スイス、 オーストリア、ドイツ、イギリスの写真集から
 ヨーロッパの公共時計は時計数字の伝統に従う傾向が強いが、日本の公共時計はアラビア数字またはデザイン的に点・棒のみを用いる公共時計が多い。詳しくは上記の写真集をご覧いただきたい。

  
      写真3.イタリア、ベリーノ                写真4. イタリア、ベリーノ

3.ローマ数字 IIII について
 機械時計に IIII が用いられるようになった理由について次のような諸説がある。
1) フランス、シャルル五世のわがまま説
 フランスのシャルル五世が完成した時計の文字盤を見て、X からTを引くのが気に障り、V にTを足して IIII を用いて作り直すよう時計師アンリ・ド・ヴィークに命じたという逸話がある。経済史の角山栄氏(「時計の社会史」1984年、中公新書、p.9)、時の研究家の織田一朗氏(「時計の針はなぜ右まわりなのか」1994年、p.48)、その他時計関係者の著書にはこの逸話を挙げてあることが多い。話の出所はいずれも不明だが、藤原安治郎「少年数学史」(p.172,1941年)にも全く同じ趣旨の話があることから、その引用あるいは又聞きであろうと思われる。「少年数学史」の話も出所が挙げられていない。
 1370年シャルル五世の指示で時計師アンリ・ド・ヴィークによりルーブル王宮に公共時計が初めて設置され、この時計が以後作られるパリ市の時計の模範となったことはよく知られている。しかし、フランス王制の建直しと失地回復に努め賢王と称されたシャルル五世のこのような「わがまま」について記述された文献は見あたらない。さらに出所の疑わしい話だが、フランス太陽王ルイ十四世にも18世紀初め当時の有名な時計師ルパンに制作を命じた時計について同様の話がある。十九世紀初めのイギリスジョージ四世にも似た話がある。この手の話は年代を超えヨーロッパ諸国に広くあるらしく、巷間の作り話の可能性が高い。
2) バランス説
 IIII とした方が、文字盤の対象の位置にある [ とのバランスが良いとする説。但し、下の図5を見ていただくと分かるが、他のローマ数字のバランスが取れているかどうかについては疑問が残る。

  
           図5                        写真6.核融合科学研究所の日時計

3) 鋳型便宜説
 文字盤の数字を鋳型で鋳造するとき、IIII とすると20個のT、4個のX、4個の]となり、中心の棒を対称にそれぞれ10個、2個、2個、鋳造すればよく、作業の便宜を図ることができるとする。
4) Jupiter神冒涜回避説
 ラテン語では、古くは I と J、U と V の区別がなく、Jupiter神の省略形は JU であり、IV である。そのため、T U V God X と表示するのを避けるため IIII を用いたとする。中世キリスト教の時代にローマの神々に敬意が払われたとは信じがたい。ラテン語の素養のある教師が生徒を煙に巻いたとしか思えない。

4.IIII or W
 IIII が用いられることになった理由は恐らく以下の如くであろう。ローマ時代からヨーロッパ中世の17世紀頃に至るまで、次のようにローマ数字が用いられていた。

1  2  3  4   5   6   7   8    9    10
I   II  III  IIII   X  XI  XII  XIII  XIIII    ]

 市庁舎や教会に掲げられた公共用の機械時計が14世紀頃から広く普及し始める。とすれば、その頃ローマ数字として汎用されていた IIII を時計数字として用いるのは自然であろう。その後、ローマ数字として W が広く受け入れられるようになっても時計師にとって伝統的なローマ数字の表記を変えるわけには行かなかったのであろう。
 しかし9の場合、XIIII ではなく \ を用いている点については上記では説明がつかない。ケーベルの算術書(1524年)にあるローマ数字の一覧表によると、4の表記には加算ルールを用い、9の表記には減算ルールを用いており、9の場合減算ルールを用いるのが一般的であったのかも知れないと思う。

5.おわりに
 結論めいたことをいえば次のようである。
@ローマ数字の表記として、加算ルールのみを用いても、減算ルールを用いてもどちらも正しい。
A時計には IIII が、日時計には W が主として用いられるが、それぞれどちらを用いても誤りではない。
 IIII は機械時計の歴史の痕跡であり、日時計は機械時計にあらずということか。しかし、不明の点も多い。筆者としては、歴史の痕跡はそれはそれとして残したいという思いがある。

  
    写真7.エジンバラの教会                写真8. マーチン教会、ドイツ、ランツフート
                                機械時計と東面垂直型日時計は共にWを用いている。


(追記)有名なロンドンのビッグベンは W を用いており、W を用いた公共時計は少なからずある。これは17世紀後半に考案されたローマ式時鐘法という方式と関連があるとされる。T は小さなベル、X は大きなベル、] は大きなベルを2回、ローマ数字表記の順序に従って鳴らす方法である。例えば W は 小-大、X は 大、Y は 大-小、] は 大-大と鳴らす。機械時計のゼンマイによる駆動力を長持ちさせるために考案された。 現在ビッグベンがどのような方法で時鐘を鳴らしているのか、まだ聞く機会がない。


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