エジンバラの日時計
 Sundials in Edinburgh


 オックスフォードで行われる日時計国際会議に先立ち、スコットランドの首都エジンバラを2004年4月10・11・12日に訪れた。スコットランド特有の多面体日時計を見ることができる北方(北緯56度)の地を訪れる又とない機会となった。
 エジンバラとその周辺の日時計については、エジンバラ在住の David Garvine博士に日時計の案内をお願いした。ちょうどイースター休暇の時期でありホテル探しに難渋したが、氏のお世話により条件の良いゲストハウスを見つけることができた。博士には滞在中の内2日間ご案内いただいた。エジンバラでは一般的な形式の日時計(写真1-1)も見ることができたが、ここではスコットランドに特徴的な多面体日時計に限ってご覧いただきたい。

1.写真1-1は、エジンバラ城からホリルードハウス宮殿に向かういわゆるロイヤルマイルの通りに面したジョン・ノックスハウスの角にある。左側が西面垂直型、右側が南面垂直型のごく一般的なもの。左上の太陽を模した金色のレリーフには、ギリシャ語・ラテン語・英語で「神」と刻してある。 1-2は、さらに通りを下ると、16世紀に建てられたハントリーハウスという屋敷を利用したエジンバラ博物館があり、その近くの路地から少し入った所にある。多面体型で18世紀頃の作とされる。日時計面やノモンとして取り付けられた銅板は新しいもの。

     
          1-1                              1-2

2.写真2-1.2-2 「クイーンメアリーの日時計」と称されており、現存する多面体型ではもっともきらびやかな意匠が施されている。イギリス王室の宮殿として今でも使われることがあるホリルードハウス宮殿の庭にある。スコットランド女王メアリーがエジンバラ城よりこちらの宮殿を好んで使ったことから、メアリーにまつわるエピソードが数多く残っている。1633年、よく手入れされており保存状態がよい。

 
           2-1                               2-2

3.写真3-1.3-2は、書見台型。スコットランド博物館内にあり、他にも数点展示されている。

 
           3-1                                  3-2

4.写真4-1は多面体型。王立エジンバラ植物園の近く、フェッテス・カレッジ学長の宿舎の近くにある。写真4-2も多面体型。王立エジンバラ植物園を含む広大な公園の一角にある。最もシンプルな型。

  
            4-1                           4-2

5.書見台型、1684年、エジンバラ郊外のロウリストン城にある。5-1は南西側から撮ったもの、5-2は南東側から撮ったもの。この城は対数の発見で知られるネイピアの一族のものだったことがある。 

  
           5-1                         5-2

 A. R. Somerville(註1)によると、スコットランドには多面体型日時計が数多く現存している。同様のあるいは類似の日時計はヨーロッパ大陸にもないわけではないがスコットランドに比べると極めて数が少ない。また、日時計面が20個から多いときには50以上に及ぶようなものは大陸にはなく、スコットランド固有であると言ってよい。多面体日時計の型式は、概ね3種類に分けられる。書見台型(Lectern)、尖塔型(Obelisk)、多面体型(Facet-head)である。書見台型と尖塔型は明らかな特徴が認められ、残りを多面体型として分類している。尖塔型は大陸に類似型は無くスコットランド特有の形態であるが、今回は見る機会がなかった。 Zodiac(黄道帯)他の情報表示があるものは希で、殆どが時刻ラインのみのシンプルな表示である。グラスゴーからエジンバラを結ぶ一帯の地方に多く分布しており、殆どが17世紀半ばから18世紀半ばまでの間に作られている。現在300個余の多面体日時計が確認されているが、時が経るに従いうち捨てられ埋もれてしまったものも数多くあると考えられることから、現存の数倍の多面体日時計が作られたことが想像できる。
 スコットランドにこのような形態の日時計が多く作られた理由は必ずしもはっきりしていない。一塊りの石にこれだけ数多くの日時計があることは、必ずしも実用的な見地から作られたとは考え難い。人が立つ位置からよく見えないところにも日時計があることからも分かる。ノモンは全て同じ天の北極を指しており、時刻ラインも概ね一時間毎で精密なものではなく、機械時計の修正に用いられたとも考え難い。
 前述の Somerville 氏は、単なる時刻表示の役割以上の何か時代的に重要な意義あるいは象徴的な意味があったのではないかとする。ご案内いただいたDavid Garvine 博士からいただいた氏の小論によると、エジンバラにこのような日時計が多く作られた理由は当時の教育制度にあったのではないかと推察されている。当時の大学や教区あるいは自治都市の各学校では、数学、航海学、天文学が一般教養科目(Liberal Arts)にあって、当時の人々は今日に比べてより位置天文学や球面三角法に精通しており、そのことが庭園装飾として当時広く受け入れられた理由でないかとされている。

(註1)「The Ancient Sundials of Scotland」Andrew R Somerville, RogerTurner Books, London 1994.
(リンク)スコットランドの日時計について "Scottish Sundials" 参照。


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