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しをり

彼女はしをりと言った。彼女の愛人は極めて多忙であり、ゆっくりと会うことなどはなかなか望めなかった。それでも、時に訪れる愛人は、彼女にとってかけがえのない存在であったし、縁を切るほどの不満は持たなかった。彼女は待つのに慣れていたし、一人で待たされているのに、さほどの苦痛も感じていなかった。この前来てから何日経つ、と勘定するほど焦れてもいなかったし、会いたくて取り乱すこともなかった。

いつものように彼女は愛人を待ち続けていたが、彼女でも長いと感じるほどの日が経った。そして唐突に彼女は愛人の死を知らされた。彼女はそれを聞いて、かすかな感情のゆれを覚えたが、悲しみは感じなかった。愛人の死を聞かされても、彼女は待ち続けた。何を、ということもなく。ただ、それが身についた習慣であったからかもしれない。

長い年月が去り、彼女を訪れるものがあった。待ち続けた彼女を迎えに来たのである。彼女はいそいそと支度をし、22の娘にもどり、ついに彼女の部屋を出たのだが、その日は雨があがったばかりの、青い空が深かった。

1987.03.11

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