酔水童話 ホタル

前編
 その集落は、幾重にも重なった山並みを縫うように走る県道のトンネルの出口から見下ろせる僅かばかりの平地に、へばりつくように作られていた。 そこには、灼熱の太陽が照らし出す青々とした田圃があり、熱さの余り揺らめく天空から降り注ぐ太陽の子供達の格好の遊び場があった。彼等は緑色の田圃を走り回り、眩いばかりの光を振りまいていった。それは一瞬にして全ての物をかき消してしまう真っ白い光の塊だったり、ゆっくりと揺めく陽炎だったり、目の前に存在する全ての物を鮮明に浮かび上がらせるレンズのようだったりした。太陽の子は道行く人に滝のような汗を流させるほど緑の広場を走り回り、近くの小川を真っ白くしてしまうほど泳ぎ回った。日中は子供達の活躍の場になっていた。そんな昼下がりの午後、トンネルを抜けて訪問者はやって来た。何処からきて何処へ行くのか子供達にはどうでも良かった。遊び場にやって来た旅人と遊ぶことができればそれで十分だった。子供達は直ぐに旅人に話しかけてみた。

 「こんにちわ。一緒に遊ぼうよ。楽しいよ。」
 突然ささやくような話声が聞こえてきたので、驚いたように旅人はその場に立ち止まり、注意深く回りの様子を伺った。しかし、見えるものは真夏の太陽に照らしだされた水田と、どこまでも続く山並みだけだった。僅かに疲れを覚えた旅人は、ギラギラと輝き続ける回りの景色の中に涼しげな影を作っているブナの根元に腰を下ろし、時折吹き抜けてくる涼風に身を任せた。強烈な陽射しから解放されホッとしたのか、直ぐに旅人はうたた寝を始めた。その間も太陽の光は、木々の葉を透き通らせてしまう程、強い光を地上に降り注いでいた。暫くして太陽が頭の上を通り過ぎた頃、うたた寝をする旅人の体からもう一人の旅人が抜け出して、太陽の子供が遊んでいる広場のほうに歩き始めた。子供達は直ぐに集まってきて、旅人の手を取ったり服を引っ張ったりした。旅人は子供達に促されるように、広場のほうに走り出していった。旅人の回りには、キラキラ光る光の筋が幾つもでき、その筋に向かって旅人は話しかけた。

 「何処へ行こうか。」
 「あそこに見える山にいってみようよ。」
 「道はあるのかな。」
 「少し急だけど細い道があるよ。」
 「じゃあ行ってみよう。」

 旅人と子供達は昔からの友達のように親しげな会話を交しながら、一列になって緑の田圃の上を通り過ぎていった。足元では生温くなった田圃の水の中で、トノサマガエルが行列を見上げていた。

 「何処へ行くんだい。」
 「山の中へ行ってみるんだ。」
 「きおつけて行くんだよ。」
 「大丈夫だよ。カエルさんは少し元気が無いみたいだね。」
 「君達が元気すぎて水が温くなり過ぎたからさ。」

 子供達はカエルと少しの間話をしていたが、直ぐに山に向かって歩き出した。田圃を抜けると小川が流れていた。小川の上を通り過ぎるとき、透き通った水の中から綺麗な模様の魚が話しかけてきた。

 「何処へ行くの。」
 「ヤマメさんこんにちわ。山に遊びに行くんです。」
 「もう直ぐ日が暮れるから、遊び過ぎないようにね。」

 今度も少しの間話をして出発をした。
  小川を渡ると小学校があった。夏休みになっていたので、校庭には子供達は居なかった。太陽が西に傾いていたので、校舎の影が校庭まで長く伸びていた。道は、その脇から山の中に向かって付いていた。旅人と子供達は道に沿って登り始めた。道の両脇に雑草が生い茂り、細い山道を更に細くしていた。一列になって曲がりくねった坂道を登っていくと、頂上に近い所に大きな白いラッパのような花が咲いていた。

つづく


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