1.問題の所在 スポーツ・文化の追求を通して、青年の居場所つくりや人間的な交わりの現代的意味や可能性について考えてみたい。 これまでの組織論では、単一種目機能別サークル論が特にスポーツ分野では主流であった。大会に出て勝敗を競う事が練習時間の保障もない中、第一義の所が多い。またメンバーの固定化や一部の役員によるお膳立スタイルに陥る事も多い。逆に多種目総合生活集団型サークル論は、かつては青年団が典型であったが、今日都市部では衰退し、「生活と自治と人生」を丸ごと追求できる集団論は現実味を失っているように見える。 しかし今日の青年や大人が仲間を作り、文化を追求する中で、そこに何を求めるのかを丁寧に探る事は極めて大切な作業のように思える。そこで今回は埼玉の酔水会という泳ぐ事をベースにしながらも、青年の様々な要求をみんなで実現する事を楽しみにし、機関紙を定期的に出し、たまり場を持つ事によって、人格丸ごと関わりあうサークルを分析する事によって、青年団の現代的再生という視点を提供したい。 2.酔水会設立の経緯−高校卒業後のスポーツをする場の保障 酔水会は1992年11月に発足した。その母体は、高校の水泳部のOB仲間である。高校で民主的なクラブづくりを追求し、自治の力を育ててきた彼らは、お金を払ってその対価で水泳をする商業主義的スタイルを選択せず、公共の市民プールを団体で使用する道を選んだ。 そして顧問の異動に伴い、参加者が多様化していく。また簡単な会則だが会員の資格を次の様に決めている。 『性別・年齢・職業・思想・門他に関係なく、誰もが会員になれる。ただし、一度会員になれば、お客様気分は捨て、すべての会員が自立した存在であること、会の主体であることのもとに、積極的な関わりを持つ事が会員資格の大切な条件である。つまり誰かが何かをしてくれるのではなく、誰かのために何ができるかを考える事がこの会の会員資格である。』 発足から数年は以下のような活動を行ってきた。 (1)水泳に関する活動 @練習会 A水泳指導 B試合出場 (2)旅行企画 @年2回、山中湖旅行 A突発的アウトドア旅行 (3)懇親会的活動 @食事会 Aボーリング大会等の行事 (4)文化的企画 @英会話教室 A群水新聞の発行 B福田幸広写真集記念パーティ等 発足当初から、総合生活集団的な機能を持ち合わせていた事が分かる。 3.酔水会の発展と青年の成長 会はその後、推進役にアウトドアの担い手が入ることによって、その活動はより多様化し、専門化していく。 プールで泳ぐことから、海浜キャンプ・スキンタイビング・カヌーへの広がり、北海道厳冬ツァー、フォトグラファ−、山荘づくり等その道の専門家を中心にいろんな部門が店開きしていく。それぞれが自分のやりたいことを会の中で賛同者を募り企画立案実行していく。そしてその活動を機関紙「酔水新聞」に情報交流させていく。そこからまたその輪が広がっていく。強制は全くないが、多様な文化追求の自由を集団で実現しようとする。 日常的には週3回の市民プールでの水泳が基本である。しかし記録を目指して泳ぐ人や水に浸り浮かぶ中で心と体を開放する人や仲間に泳ぎを教わったり教えたりする人や泳ぐよりも水辺で語りあう人、それぞれの思いが交錯しあいながら時間を共有しあう。また定時制の水泳大会の手伝いもする。 そして練習後や行事の後は、必ず行きつけの居酒屋「三河」で交流する。そこではいろんな生き方をしている人が自分を語りあい、仲間の悩みや夢を聞く相手がいてくれる。この時間が貴重である。スポーツは手段なのかもしれない。目的は人間的な交流と自分の人生の確認と仕事以外の新鮮な刺激である。 今の青年にとっては、多様な価値観を交流し、お説教ではなく】人一人の生き方で理解し合い、自分の居場所がそこにあることが重要に思える。ゲストから主人公へと成長していく楽しさがある。 4.更なる飛躍のために (1)会費制導入 緩やかな結合であった会も.会の発展と共に財政を健全化するために、会員の資格を見直し、会費を払う人を会員とし、プール維持費・諸部門活動費補助.機関紙発行費用・事務所維持費に当てる事を会員のアンケート実施、新聞を利用しての意見交換、事務局の最終案提示、総会での審議決定過程を経て合意された。 いつまでもこの会を存続させたい願いが、年間6000円の会費制導入を導いた。会員の資格がはっきりし、止めた人もいたが、自覚的な会員になっていった人の方が圧倒的に多かった。 (2)新聞の充実 一目己表現の喜び会の新聞は会員からの投稿が中心である。故に紙面は多彩で行事報告や連絡コーナーから、子育て奮戦記や外国を旅した記録や水泳教室まで、パソコンを利用したネットワーク網も広がりをみせ、読む事よりも、紙面づくりに参加し、自分の思いを伝えたい現代人の特徴がよく伝わってくる。 (3)酔水キッズの誕生 若者夫婦の参加はやがてその子どもを連れての参加に発展する。次の世代との接点が生まれつつある。そこを先取りして子どもを受け入れる体制づくりが始まっている。 (4)いろんな人生を歩む人が集える 不登校の子や仕事を止め新たな旅立ちを模索する大人やもっと素敵な人生を夢見る男女が、この会に集まってくる。彼らを受け入れる温かさはどこから来るのだろうか。みんな対等平等であり、存在を認め合えるからではないだろうか。 ご意見ご感想はこちらまで ![]() |