あづさの世迷言   *愛されない理由*

   妹が、友人から40歳ちかくになっても人づき合いが悪くて孤独な兄貴をなんとかして、と相談された。エンジニアであるその兄貴は、友人もなく、研究所とその近くにある社員寮を往復するだけの寂しい人生を送っているという。浦和に住んでいるそうなので、酔水会で遊んであげたらどうか、と妹はわたしに言った。
 酔水会は単なるお遊びサークルであって、宗教団体のように悩める人々の救済を目的に活動しているわけではありませんと前置きして、たとえ酔水会に入会しなくてもとりあえず珈琲豆屋に出入りしていればいろいろな人たちと知り合いになれるから、きっと仕事とは違う世界がのぞけるでしょう、とわたしは答えた。
 しばらくして兄貴からの返事がきた。
 酔水会とやらに女性はどれくらいいるんですか、ボクは20歳代の女の子とおつきあいしたいのですが、できればきれいで料理の得意な子がいいなぁ。
 ぴきぴきぴきぴき…(わたしのこめかみに青筋が立った音)
 たわけもの。友だちもつくれない分際で、なにをふざけたことをぬかしておるのだ。それにわたしは酔水会がデートクラブだなんて言った覚えはまったくないぞ。

 そもそも40間近という男が、相手は20歳代の女の子がいいなんてぬけぬけと言うことからして、女から好かれない男だということがよくわかる。心に思うのは勝手だが態度や口に出してはいけないことというのは世の中けっこう多いが、この男はその社会訓練が圧倒的に足りない。仕事以外の世間が狭くて社会性に欠けているから自分に自信がない、したがって同年輩の女性には太刀打ちできないし相手にされない、自分よりはるかに若い女の子なら自分を年長者としてとりあえず敬ってくれそうだし、人生経験だけは長い自分の言うことを素直に聞いて、ボク好みの女の子に矯正することもできるだろう、という姑息な計算がみえみえだ。

 そんなことを考えているから、女が寄ってこないのだっ。手料理が食べたかったら、自分で練習して作りなさいっ。そのまえに友だちを作りなさいっ。恋人なんて百年早いっ。酔水会なんて百億年待ったって、ずぅーえーったーいに(注:「絶対に」の意)入れてやらないぞっっ。

 結婚は女を不幸にするとまでは言わないが、幸福を約束しないことはたしかだ。女が独身でいることで手に入る自由と幸せを引き換えにしてまで欲しいと思えるものが、結婚にはない。ましてやこの男のように女に若さと美貌と家事能力しか求めない男につかまったら、女の人生は悲惨だ。彼を酔水会に誘ったがために、会員のうら若き乙女らが彼の毒牙にかかるようなことにならずにすんで、よかった、よかった。
 彼にひとつ解決策を進言しよう。とびっきりの大金持ちになりなさい。お金さえあれば、あなたのマッチョな夢をかなえてくれる若くてきれいな女の子がよりどりみどり、いくらでも現れるでしょう。彼女たちに愛情があるかどうかは保証のかぎりではないけれど。

 このことがあって、あらためて酔水会のことを考えてみた。
 酔水会に入ったおかげで恋人もできたし、仕事も順調、快眠快食、肩こり・冷え性も治ったし、なんだか運がむいてきたみたい、入ってよかった、ずっと続けます酔水会、なんて養命酒みたいなハナシは聞いたことがない。もてないひとはずっともてないままだし、もてるひとは酔水会の外で快調にもてているいるらしい。貧乏人は貧乏人のまま。大儲けして笑いの止まらないひともいない。

 酔水会って、いったい何だろう? 

 はたして酔水会は、会員の人生になにがしかでも「よきこと」をもたらしているのであろうか。ひまで淋しいひとたちが寄り集まって、プールで泳いで、酔水新聞の身内ネタ読んで、三河で飲んで、ロバ耳って、つかのま人恋しさをまぎらわせているだけだとしたら…うわああ、なんてさむい。酔水会に若い女の子との出会いを期待した前述の男を、ドアホ!と片づけられない、複雑な心境に陥ってしまった二代目酔水会事務局長であった…


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