御神籤
「むう」
思わずお声が漏れた。そっとカナン樣の方をうかがうとどうやら少々不満げな御様子。あまり好い結果ではなかったのだろうか?
「お前のはどうだった?」
好奇心いっぱいに、にこにこと笑顔で聞かれるのに俺は引き攣った笑顔で誤魔化すしか無かった。いくらなんでもこれは無いよなぁ………
俺が引いた御神籤には、何度見直しても同じ文字しか書かれてはいない。
―――――――凶、である。
「私などよりもカナン樣の方は如何でした? 何か面白い事は書かれておりましたでしょうか」
「僕か? 僕のは取立てて良い事も悪い事も無いな。それよりも何故、籤を隠す。はん、さてはあまり良い結果では無かったと見えるな」
「カナン樣こそどうして教えて下さらないんです? そう云えば先程不本意そうなお声が漏れてましたけど、私に教えては貰えない程、良く無い事が書かれていたのですか」
「そんな事はないぞ。見ろ、僕のは[小吉]だ!」
向上心が強いと云えば聞こえは良いが、要はカナン様には負けず嫌いな所がお有りになるので御自分からネタを暴露させる方向へ会話を持って行く事は左程難しくは無い。悪いとは思ったが、俺の籤をカナン様にお見せするのは憚られるので、このまま誤魔化し切るようにそのままカナン様の籤の話を続ける事にする。
「ああ、良かったじゃ有りませんか。どうして御不満そうなのですか?」
「何と云うかだな、まったく今と代わり映えしないと云うか………ある意味、誰かが苦労しそうだとかだな」
カナン様は俺の目の前に突付けた籤を一旦引っ込めると、御自分で内容を再度確認されている。そして俺の方をチラリと覗き見て、その口元に苦笑を浮かべられた。
「いいか、読むぞ。
―――待人来らず。己から迎えに行くべし。恋愛は障害多し。だが、それを乗り越えれば愛は深まる。赤と白に注意。それから、ラッキーアイテムならぬ、プレイスは草原だそうだ」
きりきりきり………
胃の辺りに微かな痛みを感じるのは気のせいだろうか?
「それ、本当に書いてあるんですか?」
「む、僕を疑うのか?」
「めめめめめ、滅相も無いっ! 疑うだなんて」
「 顔が引き攣っているぞ。莫迦者め」
そういって突き付けられるのは先程の籤。カナン様の仰った通り、籤には書かれている。なんだか連想出来る単語が多くて涙が出て来そうだ。この籤の大意はと云えば、カナン様には大人しく待って居るくらいだったら行動しろと唆している。しかも草原が吉方? この国でカナン様がお出かけになる草原と云えば一ケ所しか思い付かない。細かい事を云えば他にも草原は点在しているが、一番広いのはやはり、例の草原で。
今年もあそこを引き回されるのか。だが、他のダンジョンはそろそろ本格的に封印が施され、おいそれとは侵入出来なくなっている。やはりカナン様がこっそりレベルを上げに行くのに丁度良いのはあそこぐらいだろう。
「僕のは見せたから、今度はセレストのだな」
忘れてて欲しかった。てか、忘れて無かったのか。
「私のなんか見ても面白くともなんともありませんよ」
「人の分だけ見て、自分のは見せないなんて卑怯だぞ」
「卑怯と云われましても、嫌なものは嫌です」
「嫌なだけか――――――!!!!!」
しまった。口が滑った。そう思って口を抑えてみてももう遅い。カナン様の俺を見詰める目がドンドン険悪になって行く。折角仲直りして良いムードに浸っていたのに、このままではまた何を云われるか………
「本当に見ても楽しくは無いと思いますよ」
俺は渋々隠していた籤をそっと広げてカナン様にお渡しした。いそいそとそれを御覧になったカナン様の目が丸く開かれて。
「実にお前らしいと云えばお前らしいが、何も全部で10枚入っているかどうかの籤を引き当てるとはな。考え用によっては凄いくじ運だ」
「それ、褒め言葉になってませんよ」
「何を云っているんだ。籤って云うのは[大吉]より[凶] の方が良いと云う話もあるんだぞ」
がっかりされるか、大笑いされるかと身構えていた俺に籤を御覧になったカナン様は春の花が綻ぶようににっこりと微笑んだ。
「そもそも運と云うものは上昇するか、下降するものと云われているが、[大吉]と云うのはその運気が最高潮である事を示すものだろう。この時点で最高なのだからもう良くなりようが無いじゃ無いか。後は下るだけだぞ。それに比べて[凶]と云うのは運が一番下に来ている時だから、今以上に悪くなる事なんて無いわけだ。良くなる事はあってもな。
な、悪くなんて無いだろう? でも、気に入らないのなら運を御返しすれば良い」
俺はカナン様のお話に耳を傾けながら、そんな考え方があるなんて事を始めて知った。この方は本当に聡明で、そしてお優しくていらっしゃる。考え方一つで随分モノの見え方が変わるものだ。さっきまでの俺は[凶]なんて言葉一つで実は結構落ち込んでいたのだ。だのに、今はそんなに嫌では無い。寧ろ、この後が良い事ばかりなら凄く良いのじゃないかとか思ってしまう。
「セレスト、ほら、みんなあの木に籤を結び付けているだろう。あれが返された御神籤だ。お前の分も返そうか」
カナン様に手を引かれて行けば、寺院内の低木の枝いっぱいに白い花が咲いている。それが全て返された運だと云うのにはちょっと驚く。
「こうやって2人で枝に結んで行くのも乙なものだろう?」
どこか恥じらうように微笑みを浮かべてこちらを見ているカナン様に微笑み返して籤を結び易いように細長くたたんで行く。おそらく、恋人達にとってはここに返された御神籤の全てが悪い事を書いたものでは無いのだろう。枝に結ぶと云う行為事態を楽しんでいるのかも知れない。それはカナン様の御様子を見ていても分る。
だから、折り畳んだ籤はカナン様の手に委ね、枝に結び付けようとしているその手に己の手を重ねて運をお返しした。
「先程のカナン様のお話を聞いた後だと、ちょっと惜しい気もしますね」
「ん? そうか? だが、気になる一文もあったしな」
………
「確か、『油断大敵、情に流され浮気に発展するおそれあり』だったか」
カナン、様………
「別にお前が情に絆されやすいのなんて今に始ったことじゃ無いがな、念のためだと思え。念のため、な」
新年早々、浮気疑惑だなんて………やっぱりお見せしない方が良かった………。
「何、落ち込んでいるんだ。この後は破魔矢とか云う魔法防御の上がるお守りを購入してだな」
「無駄遣いはいけませんよ」
カナン様がお側に居られると、おちおち落ち込んでもいられない。この方はさらりととんでもない事を口にするから。
「無駄遣いじゃ無いぞ。僕は常日頃から思っていたんだ。大体お前は魔法防御率が低すぎる。
これはパートナーとしての命令だ。その防御率を少しでもカバーする為にお守りの一つくらい僕に買わせろ」
これには流石に俺も閉口する。カナン様御指摘の通り俺の魔法防御率は低い。剣相手ならそこそこ自信はあるのだが。
「いくら騎士には怪我が付き物だって云ったって、限度があるだろう」
「すみません」
「すみませんで済んだら騎士団は要らないだろう」
ああ、もう、なんだってこの人はこんなにお可愛らしいのだろう。
「ちょっと待て。なんでそこで笑うんだ」
「え? 私笑ってましたか?」
チョップは嫌だなぁ。
「………兎に角、今日の予定はあとこのお守り購入だけなんだ」
「分りました。では御厚意に甘えさせて頂きますね。それで御礼と云ってはなんですが、この近くに以前シェリルに連れて行かれた所で、善哉の美味しいお店があるんですよ。それをおごらせて下さい。カナン様、甘いものはお好きでしょう?」
それに、そうした方がずっとデートらしくて良いでしょう?ねぇ?
「そうだな。デートの締めくくりはお前に任せよう。僕の期待を裏切るなよ」
これは責任重大だ。だけど、こんな一年の始まりは悪く無い。籤は最悪だったけど、運をお返ししたから今以上に悪くなんてならないだろうし。
今までと同じようでまったく違う新年。最も大切にと思う主君は今や自分の恋人で、その恋人と初めて迎える新しい年。嗚呼、どうか、今年一年が良い年でありますように………