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ナクシタキオク [epilogue] 空港からどの道を通って帰ってきたのか、よく覚えていない。気がついたら自分の家の前だった。車を車庫に入れ、疲れた足取りで自宅へ向かい、静かに玄関扉を開けた。 身体が疲れているのがわかる。昨夜のパーティーからそのまま空港まで送り届けたから、それも当然だった。ミレイ会長には悪いことをした。一応主賓だったのに。でも彼女ならば自分がいなくても何とかするだろう。後で電話を入れ、昨夜のことを謝ろう。そして緊急帰国したスザクのことも話さなければ。だがその前に一眠りしたい。後で全部やるから、今はただ眠りたかった。気持ちの整理も全て後できちんとするから。 (良かったじゃないか) (もうこれであれこれ悩まなくて済む) (結局、心配していた皇族の手の者ではなく、昔たまたま会っただけの人間だった) (そうだ) (これで無事解決だ) (もう意味不明な焦燥感を味わうこともない) なのにどうしてだ。どうしてこんな、こんなに。 こんなに苦しい。とても苦しくて、半身が削り取られたように辛くてたまらない。 支離滅裂だ。絡みもつれた糸のようだ。 そんな気持ちを解くのも後でやるから、今は眠らせてくれ。 ルルーシュは早朝の薄暗い廊下を歩いた。途中、水を一口だけ飲もうと思い、キッチンに寄れば、すでに起きて朝食の準備をしている妹のナナリーに会った。彼女はルルーシュの姿に気づくと、すこし驚いたような表情を浮かべた後、言った。 「おかえりなさい」 「ナナリー」 ナナリーは楽しそうに笑いながら、ルルーシュへ尋ねた。 「朝帰りですか?」 「ちっ、違うんだ、ナナリー。友人が緊急に帰国しなければならなくなって、空港へ送ってきたところなんだ」 「そうでしたの、残念です。からかうネタが見つかったと思ったのに」 「おい、ナナリー」 ルルーシュが呆れたようにそう呼べば、ナナリーはくすりと笑った。 「これから朝食にしますけど、どうします?」 「そうだな、一旦寝ることにするよ。昨日は一睡もしてないし」 「わかりました。ちゃんと残しておきますので、あとで食べて下さいね」 ナナリーはそう言って笑顔でルルーシュのほうを見ると、ふと何かに気づいたように二、三回瞬きをした。 「それは? ポケットから落ちそうですけど」 ナナリーはやや顔を傾けながら、ルルーシュの上着のポケットからはみ出ている茶色い封筒を指差した。指摘され、ああ、と思い出したようにルルーシュは封筒を取り出した。 「ああこれか。これは、その帰国した友人がくれたんだ。前に生徒会のみんなで写真を撮ったんだが、ずっと渡しそびれていたとか言ってたな」 そう言いながら開封し中身を取り出せば、その拍子に何かがはらりと床の上に落ちた。どうやらもう一枚写真が同封されていたようだ。それは空気に乗って飛んでいき、ナナリーの足元に舞い落ちた。ナナリーは身をかがめそれを拾い、裏返して写真を見る。すると驚いたように菫色の瞳が大きく見開いた。 「ナナリー?」 そんな異変を感じとって声を掛けると、ナナリーはハッと我に返ったように顔をあげる。 「一体これをどこで?」 「え?」 「懐かしい。スザクさんじゃないですか」 「………ナナリー?」 「今でもよく覚えてます、この時のことは。満開の桜が本当に綺麗で」 大事そうに、懐かしそうに、手元にある写真を眺めるナナリーに、ルルーシュは混乱した。何故ナナリーの口からスザクの名が出てくるんだ。確かにあいつは昔会ったことがあるって言っていたが……。 しばらくナナリーはそれを眺めていたが、ルルーシュがこちらをじっと凝視しているのに気づき、写真をルルーシュの前に差し出した。 「はい、どうぞ」 「ああ」 ナナリーから渡された写真を手にし、訝りながらルルーシュはそれを見た。 その瞬間、身体中が震えるほどの衝撃が走った。 大きな桜の木だった。満開に咲いている桜の花々が、太陽の日差しを受け白く輝いている。そんな大木の前に子供が三人立っていた。そのうち二人は自分とナナリーだ。笑顔を浮かべながら写真の中にいる。そしてもう一人。その人物に視線が釘付けになる。 枢木スザクだった。歯を見せて子供らしく元気に笑っている。眩しい太陽の光の中、緑色の瞳が生き生きと輝いていた。 「……ス……ザク……」 突然、記憶の海に堰を切ったように流れ込んでくる思い出があった。フラッシュバックする。まるでつい昨日のことのように鮮明に脳裏に甦る。 懐かしい、大切な記憶だ。 宝石のように輝いている、楽しくて切ない思い出だ。 どうして今まで忘れていた? こんな大切な宝物だったのに。何故? どうして? あんなに大事に仕舞っておいたのに、どうして今の今まで自分は思い出しもしなかったんだろう? ついさっきまでスザク自身がそばにいたというのに、何故だ、どうしてだ。 混乱しながらも、ルルーシュはスザクと再会した今までの出来事を逆回しで辿っていった。そして気づいた。教室で再会した時、違う、あれが最初じゃない。もう少し前。そうだあの時、階段から落ちるあの瞬間、太陽の光を背に立っていた人物、あれはスザクだったのだ。 ルルーシュは唇を噛み締めた。 今、この時、初めて気づいた。やっと自覚した。 自分は一部の記憶をなくしていたことに。 ああ、そうだ。自分はあの時、記憶を失ってしまったのだ。スザクの部分だけを、すっぽりと。あの瞬間、目の前に姿を現したスザクに驚愕し、あまりにも彼のことだけでいっぱいになってしまった。だからなのか、落ちた衝撃で彼の存在だけ綺麗さっぱりなくしてしまった。まるで弾き飛ばされたように。 でも、なんで今頃思い出すんだ。 そして、なんで今まで思い出さなかったのか。 もっと早くに……気づけば、思い出せば……………………。 ルルーシュはハッと顔をあげた。壁にかかっている時計を見上げる。スザクが言っていたフライトの時刻と照らしあわせる。ギリギリか。間に合うか。慌てて服のポケットに入っている携帯を取り出し、スザクの番号を呼び出した。 (スザクっ) だが、携帯の向こうから聞こえたのは、電源が入っていないという無機質なアナウンスが流れただけだった。 ルルーシュは携帯を切り、自室へと駆け出した。背後でナナリーの焦ったような声がしたが、それに気を取られている暇はなかった。階段を駆け上がる。足がもつれそうになる。 倒れこむように自室に入り、取り合えず必要なものだけをボストンバッグに詰め込んだ。それが終わると再び駆け足で階段を降り、あっけにとられているナナリーの脇を駆け抜ける。 玄関の扉のドアノブに手を掛けた瞬間、背後からナナリーの声がした。 「どこへ行かれるんですか?」 ルルーシュは振り向いた。ナナリーの驚いている顔が目に入る。柔らかい笑顔を浮かべ、ルルーシュはナナリーへ告げた。 「日本へ行ってくる」 「え?」 そうだ。あの頃とは違う。 もう自分の行く道を自分で決められる年齢になっている。 大人と言い切れるほどではないが、無理をすれば彼を追いかけることだってできる。 もう無駄かもしれない。けれど、もう一度会ってみたい。 会って、話をしたいんだ。 このままだと一生後悔することになる。 そして勢いのまま玄関扉をあけ、荷物を手に持ち飛び出せば、 「いってらっしゃい」 という優しいナナリーの声が後ろから聞こえた。 END [2010/07/18] |