ナクシタキオク



[5]

 何故あんなことを言ったのか。その理由はよくわからない。ただ、このままだと二度と接触がないんじゃないかと危惧したのは確かだ。明確な繋がりが、必ず顔を合わせる場所が欲しい。クラスメイトというあやふやなものではなく、その他大勢に埋もれない場所、それで思いついたのが生徒会だった。
 そんなルルーシュのエゴを枢木スザクは拒否しなかった。彼は困惑しただけだ。彼はどう考えてもルルーシュの一存で決められた自分の生徒会入りに対し、他の生徒会メンバーの顔を見てその反応を窺っていた。もちろん最初は驚愕していた一同だったが、ミレイがあっさりと許可したことにより、突然の混乱は収束したようだった。生徒会メンバーが次々にスザクに「これからよろしく」と声を掛ける。スザクはぎこちない笑みを浮かべ、それに応えた。最後にルルーシュの方を振り返り、どこか緊張を孕んだ面持ちで「ルルーシュも、これからよろしく」と言った。


 枢木スザクは一体どう思ったのだろう。特にあれから目立った態度の変化はない。生徒会もわりあいちゃんと活動している。話しかければにこやかに応える。だた………。
 ルルーシュは足元に生える雑草を踏み潰しながら思った。
(ただ、向こうから話しかけることはほとんど皆無だがな……)
 木々の隙間を縫うように歩いた。視界が開ければ、いつか見た廃墟となった温室が目に入った。相変わらず蔓が覆っていて一見何がなんだかよくわからない。けれど、最初に来たときのような迷いはない。真っ直ぐに入り口に向かい、躊躇なく扉を開けた。
 散乱している様々な物を避けながら、温室の中央まで歩く。放課後の赤みを帯びた日差しが蔓の葉に阻まれ、木漏れ日のような模様をあちこちに落としていた。
 ルルーシュは目線を下げた。ベンチに横たわって惰眠を貪る人物をじっと眺める。印象的な緑色の瞳は今はしっかりと閉じている。あちこちにはねている茶色い髪もまた、横になっている為いつもと違って見えた。
(目を瞑っているだけで、ずいぶん幼く見えるな)
 ルルーシュは眠るスザクを見ながらそう思った。
 スザクを目にする度に身体にまとわりつく焦燥感。それがどこから来るものなのか、ルルーシュにはまだわからない。一体スザクの何に対して、焦り、落ち着きがなくなり、苛立つのだろう?
「お前は誰だ?」
 ルルーシュは一人、呟いた。
 どこか漠然とした問いかけは答えを期待しているわけではない。ただの独り言だった。だが、はっきりとした声色で返答が撥ね返ってきた。
「ルルーシュこそ」
 その音に思わず身体がビクリと揺れ、固唾を飲み込んだ。一歩後ずさる。同時に瞼がゆっくりともち上がり、鮮やかな緑色の瞳が顕になった。
「君は誰?」
 上半身を起こしスザクは逆に訊いた。
「君は本当に僕のルルーシュ?」
 柔らかい笑顔だった。だがそれはやがて堪え切れないように歪み、盛大に噴出した。
「ぷっ、ははははは。あ〜おかしい」
「は?」
「いや、だって今の君の顔。すっごく間抜け面だったよ。あ〜〜〜、シャーリーに見せてあげたかったよ」
「お前はっ!! またいつもの悪ふざけか」
「ルルーシュが変なことを呟くからじゃないか」
 スザクはベンチから足を地面に下ろし、改めて立っているルルーシュを見上げた。
「もしかして、迎えに来てくれた?」
「あ、ああ」
 憮然としながらルルーシュは頷いた。あっけらかんとしているスザクの様子にルルーシュの眉間の皺がさらに深くなる。
「お前がまさかこんなにサボり癖がある人間だと思わなかったぞ」
「う〜ん、サボるっていうか現実逃避しているだけだよ」
「変わらないじゃないか」
「だってルルーシュ、生徒会の仕事の量、半端じゃないよ。あんなにあるとは思わなかった。どこの学校でも生徒会ってあんなに仕事があるの?」
「アッシュフォード学園は多いほうだと思うぞ。たぶん。生徒の自主性の任せるというのがこの学校の方針らしいからな。ま、そんな言葉を隠れ蓑にして生徒に全て丸投げしている、ともいえるけれどな」
 首を軽く竦め、ルルーシュは応えた。
「自主性か。どこの学校も似たようなこと言うね」
 スザクは軽い動作で立ち上がり、首を2、3回回し、制服についた砂埃をはたいた。
「さ、行くぞ」
 ルルーシュは踵を返し、来た道を戻る。早めに歩いたはずだったが、後から来たスザクにあっさりと追いつかれた。そして歩調をルルーシュに合わせ、スザクは隣に並んで歩いた。穏やかで静かな空気がその場に満ちる。紅葉が始まりかけている木々の中、歩く時間が少しでも長く続けばいいとルルーシュは思った。




 生徒会室に戻ると、生徒会長ミレイ・アッシュフォードが満面のみで待ち構えていた。そして二人を席に座らせると、待ってましたとばかりに、書類の山を積み上げる。
「会長、どこから出してきたんですか、この山は?」
「ルルちゃん、それを追及してはいけないわ。何故なら」
「何故なら?」
「それはどこの学校にもあるという、学園七不思議の一つだからよ」
「なんですか、それは? わけわかりませんよ」
 思わず立ち上がるルルーシュに、隣で座っているスザクはくすりと笑いを零した。
 スザクは目の前にある山積みになっている書類から一枚だけ手に取り、中身を確認する。ざっと目を通し内容を理解すると、スザクはミレイのほうを見た。
「これは倶楽部活動費の明細書ですか?」
「そうよ、スザクくん。しっかりチェックしてね。時々部費でエロ本買っているお馬鹿なヤツがいるのよ」
「え……」
 目を丸くするスザクにミレイは苦笑いした。
「バレないと思っているのかしらね。まぁそんな訳で不審な記載や領収書、または金額なんかがあったらチェックしておいてね。徹底的に調べて証拠があがったら、予算をバンバン削減するから」
 ミレイはそう言って、二人の前に座った。今日はさすがに真面目に仕事をするようだ。
「にしてもこの書類、全部そうなんだよね」
「ああ、全部そうだな」
 スザクの呟きをルルーシュは肯定する。
「すごい量だね。一体いくつクラブがあるんだろう」
「いくつだったかしら。まぁ同好会も合わせればかなりの数だったはずよ。生徒数も多いからしょうがないんだけれどね。そういえばスザクくん」
「はい」
 ミレイに名指しされ、思わずスザクは背筋を伸ばした。そしてミレイの言葉を待つ。
「スザクくんは何かクラブ活動はしないの? 誰かさんの独断で生徒会入りしたけど、クラブ活動も掛け持ちできるわよ」
と、横目でチラリとルルーシュを視界に納めながらミレイは言う。さらに、シャーリーは水泳部と掛け持ちしてるし、と付け加えたが、スザクはミレイの台詞に静かに首を横に振った。
「あら、どうして? 運動神経抜群っていう噂じゃない」
「勉強しなければならなくて。倶楽部活動までしている時間がちょっとないんです」
「勉強?」
 意外な理由にルルーシュは思わず疑問の声をあげて、スザクを見た。そんなあからさまな二人の様子にスザクは軽く首を竦め、その理由を話した。
「ブリタニア語を勉強しているんだよ、ルルーシュ」
「ブリタニア語………」
 スザクは軽く頷き、それからまた話を続けた。
「日常会話はもうほとんど大丈夫なんだけど、硬い文章とかはまだちょっと苦手なんだ」
「そうねぇ、レポートを書くときやこれからは受験に向けて必要だろうし、苦手よりは得意になってたほうがいいわ」
 腕を組み、納得顔で同意するミレイに、スザクはただ笑みを浮かべただけで、何も言うことはなかった。
 ルルーシュはハッとした。そしてミレイと話すスザクの横顔を盗み見る。
 受験。
 大学受験。
 そもそもスザクは受験などするんだろうか?
 彼は日本人だ。留学扱いではないから、短期間というわけじゃないだろうが、彼には帰る国がある。彼は…………いつまでブリタニアにいられるのだろう。
「そうだわ。ルルーシュ、あなたがスザクくんにブリタニア語教えてあげなさいよ」
 己の思考に入り込んでいたルルーシュは、突然の言葉に目線をあげてミレイを見た。にっこりと綺麗な笑顔を浮かべ、ミレイは名案とばかりにスザクにも同意を求めた。
「いや、でも、ルルーシュも忙しいと思いますし」
「大丈夫よ。この子、いっつもフラフラしてて全然勉強している様子なんでないのに、それでも学年トップの成績なんだから。きっとこういうの得意だと思うわよ」
 遠慮するスザクに、ミレイは肝心のルルーシュの意思を確認もせず、さらに言い募る。そして最後に付け加えた。
「いーじゃない。キスまでした仲なんだから」
「………………」
「………………」
「………………」
「………。はい?」
 顔を引きつらせながら首を傾げルルーシュが聞き返せば、ミレイは楽しそうにそれに応えた。
「ルルーシュ知らないの? だって専らの噂よ。二人が熱いキスをかわしたって」
「なんですか、それはっ!!」
 本日二回目の叫び声をあげながらルルーシュは立ち上がった。テーブルについた手がわなわなと震えている。あまりにも勢いをつけて立ち上がったせいで、椅子が後ろに倒れ、盛大な音をたてた。
「誰がそんなことを言っているんですか?」
「誰がって……、みんなよ。それにこの前のイベントのこともあるしね」
 ルルーシュはギリっと奥歯を噛み締め、眉間に皺を寄せた。
「くそっ!! 誰が言い出したんだ、そんな出鱈目を。ミレイ会長は知ってますか?」
 問われミレイは一瞬きょとんとした顔つきでルルーシュを眺めた後、隣にいるスザクにチラリと意味ありげな視線を送った。それからすぐに視線をルルーシュへと戻し、にっこりと微笑みながら言った。
「噂の出所? う〜ん、そうねぇ。言ってもいいのかしら、ねぇ、スザクくん?」
「…………え?」
 咄嗟にミレイが言った意味が理解できなかった。だが、それは徐々に染み込んでいき、ルルーシュはもう一度「え?」と呟き、隣にいるスザクを見た。上から見下ろしているため、座っているスザクの表情は見えない。だが、朱に染まる耳がそれが真実かどうかを告げていた。
「スザク……、お前……」
「違います。ミレイ会長、それは違います」
 どう文句を言ってやろうかとルルーシュが考えている間に、スザクがミレイへ訂正をした。だが、ミレイは怪しげな笑みを深くするだけで全く取り合うことはなかった。
「あ〜ら、そうかしら? でもキスしたのかしないのか、いろ〜んな人に詰め寄られて困ってなかった? まっ、ルルちゃんが相手ならしょうがないけどね」
「何で知っているんですか。じゃなくて、僕が言ったのはそうではなく………」
「『もうとっくに前払いしてもらってるんだ』、だったかしら?」
 そうミレイに言われ、スザクは目を丸くした。
「なんで………」
「何で知っているのか。それはね、私がその現場にいたからよ。スザクくんからは死角になってたから気づかなかったかもね。でもスザクくんの台詞、気になるわ〜。どういう意味なの、前払いって? とっくの昔にキスしたことがあるってこと?」
 だが、ミレイの問いかけにスザクは完全に沈黙した。紅潮した頬もすぐに赤みが引いていき、少し強張っているように見えた。口は一文字に引き伸ばされ、視線は下降線を辿っている。黙り込んでしまったスザクに、気まずい空気が流れ始めた時、ルルーシュが言った。
「ミレイ会長。自分がスザクを問いただします」
「ル、ルルーシュ……」
「来い、スザク」
 スザクの手首を掴み、強引に立ち上がらせた。そのまま生徒会室から引きずり出すように、ルルーシュはスザクを外へと連れ出したのだった。


「どういう意味だ?」
 人気がない廊下で、怒鳴る一歩手前でそう問いただせば、スザクは困ったように苦笑いをした。
「怒らないでよ。ルルーシュ。言い逃れるための出鱈目、だよ。あまりにしつこかったからさ、つい。でも君に迷惑がかかるのを失念していた。ごめん」
 頭を下げられ素直に謝られた。生徒会室で見せた動揺はすでにどこにもない。
「出鱈目?」
「今度何か言われたら、ちゃんと……嘘だと、言うよ。ごめん」
「そうじゃない。どういう意味だと」
「ルルーシュ」
 途中で遮られ、名前を呼ばれた。真正面から視線を向けられる。有無を言わせない、圧倒的な拒否がそこにはあった。凍りつくような冷たい眼差しは、作り物のように優しいものへと変わり、ただ一言、言葉を紡いだ。
「ごめんね」
「………スザク」
「もうそんな出鱈目は言わないから。許して」
「………………………………わかった」
 ルルーシュの返事にスザクはにっこりと微笑み、安心したかのように大きく息を吐き出した。
「良かった、許してくれて。嫌われたかと思った」
「スザク」
「それじゃ、戻ろうか。会長一人であの書類の山と格闘させるのはかわいそうだし」
 そう言って来た道をゆっくりと戻ろうとするスザクに、ルルーシュは割り切れない感情が渦巻くのを感じた。だが同時にこれ以上訊いても無駄なのだ、ということも理解していた。スザクという人間は見かけによらず、頑固なところがあるということを知っていたからだ。
 自分たち以外誰もいない廊下をただ黙々と歩く。そんな何とも言えない沈黙を打破するために、ルルーシュは先ほどの生徒会室の会話の中で、疑問に思ったことを口にした。
「そういえばスザク、お前はどうするんだ、高校を卒業した後? 日本に帰るのか? アッシュフォード付属の大学に行くのか? それとも会長が言うように受験をするのか?」
「アッシュフォード大学に行くつもりだよ。ルルーシュは?」
「同じだ」
 そう応えれば、スザクは驚いた表情を浮かべた。
「なんだ、その……意外そうな顔は?」
「君は頭がいいから他大学を受験するのかと……」
 ルルーシュは首をふり、それを否定する。
「そういう話もあったが、今はアッシュフォードに行くつもりだ。スザクこそ大学もアッシュフォードだとは思わなかったぞ。じゃあ就職もこっちでするつもりなのか?」
「いや、大学を卒業したら日本へ帰るよ。僕に自由が許されるのはそこまでなんだ」
「え?」
「大学卒業まで。それが僕の自由時間」
「自由時間?」
 聞き返すと、スザクは頷きながら応えた。
「うん。実家は日本の古い家だからね。色々と厳しくて。でも父親を説得して何とか大学卒業までは自由に過ごしていいって。だからブリタニアに来たんだ。最初は猛反対されたけどね」
 そう言って、軽い笑いを零しながらスザクはルルーシュの顔をみた。
「日本の旧家か。色々と制約がありそうだな」
「うん。でも、家柄といえばルルーシュのほうが大変なんじゃないの?」
「………?」
 言われた言葉に思わず顔をしかめた。
 頭の中で盛大な警告音が鳴り響いているのを感じる。この先を聞いてはいけない気がする。けれど身体に染み付いた警戒心がそれを裏切り、スザクにその先の言葉を求めた。
 ルルーシュは訊いた。
「どういう意味だ?」
「え? だってルルーシュはブリタニア皇族の一人じゃないか。僕なんかよりずっとしがらみが多そうだ」
 そこまで言ってからスザクはハタと気づいたような顔をした。
「あ、でも苗字、変えてたんだね。母方の姓なの、ランペルージって? こっちもいいけど、僕はルルーシュ・ヴィ・ブリタニアのほうの響きが好きだな」
 スザクはルルーシュを見た。だが隣で一緒に歩いてたはずのルルーシュの姿はなく、後方を振り返れば、数歩離れた場所に足を止め佇んでいた。スザクを見つめる紫色の瞳は静謐な凶器を孕んでいる。その視線の強さにスザクは硬直した。
「ルルーシュ?」
「お前…………、誰だ?」
 ルルーシュは訊いた。それは今までとは違う、殺意を含んだ問いかけだった。
 そんな剥き出しの負の感情を向けるルルーシュの姿に、スザクはどこか諦めきった顔をした。そして小さく自嘲する。


「ルルーシュ、君は本当に忘れてしまったんだね」




[2010/05/25]

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