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ナクシタキオク [3] ルルーシュが学校に復帰しはじめてすぐに通常の日常が戻ってきた。新学期の初めであるため生徒会の仕事はそれなりの量があったが、生徒会長のミレイの溜め癖は相変わらずで、それを他のメンバーがなんとかこなしてゆく、そういったいつもの風景だ。 そんな日常の中、ひとつ気になっていたことがある。自分が入院していた時のことだ。あの新学期早々の仕事の山は一体どうなったんだろう。それをシャーリーに聞けば、転校生が手伝ってくれたという。締め切りも事情を説明して三日後まで延ばしてくれたと。 「枢木スザク………、あいつが」 生徒会室の中央にある大きな長方形のテーブルにつきながら、ルルーシュはそう呟けば、隣に座っているシャーリーが何か言いたげな表情でこちらを見た。ルルーシュはそれに気づき、微かに首を傾げる。 「どうした、シャーリー?」 「うん……、あのね」 シャーリーは一旦そこで言葉を切り、ドア付近へと視線を向けた。 「大丈夫だ、シャーリー。会長は今日は家の用事で帰ると言っていたし、リヴァルとニーナは提出する書類があるってさっき出て行ったばかりだ。まだ戻ってはこない。それにしても、そんなに人に聞かれたくない話なのか?」 「何を言ってるのよ、ルルのために気を使ったのに!!」 「……え?」 思いがけないことを言われ、ルルーシュは眉根を寄せる。 自分のために気を使ったとはどういうことだ? 「ねぇ、ルル」 周囲に誰もいないということは理解していたが、それでもシャーリーの声は自然と小さくなった。ルルーシュもそれにつられ小声になる。 「ん? 何だシャーリー」 「正直に答えてね。ルルってば本当にあのスザクくんと知り合いじゃないの?」 「……はぁ?」 二度目の思いがけないことを言われ、ルルーシュはさらに眉間に皺を寄せた。 「怒らないでよ、ルル。ちょっと思っただけなんだから」 「別に怒ってはいないが、どうしてそういう発想がでてくるのが疑問に思っただけだ。それはともかく、枢木とはこの前初めて会ったはかりだ。仮に知り合いだとしても、おかしいだろう。お互いに知らないフリをしているのは」 ルルーシュは腕を組み、呆れた顔をしてシャーリーを見つめる。 その想像力がどこから出てくるのか、不思議だ。 シャーリーは頷いたが納得している訳ではなく、机に頬杖をつきながら考える。 「でもな、おかしいな」 「どうして枢木と知り合いだと思うんだ。その根拠を聞かせてくれ」 「だってほらあの時、ルルが階段から落ちた時、スザクくん、ルルの名前呼んでた気がするんだもん」 「名前………」 シャーリーはちらりと横目でこちらを覗き込んだが、ルルーシュの反応が芳しくないことがわかると、大きく盛大な溜め息を吐き出した。それから両手を上にあげ、大げさにのびをした後、吹っ切ったような笑みを顔にのせた。 「あーやめやめ。ルルだって違うって言っているんだし。やっぱ私の勘違い」 「シャーリー」 「だって、ルル、知らないんでしょう?」 「ああ」 ルルーシュは頷いた。 「あの時私も動転してたし、色々混乱しちゃったのかも。ごめんね。変なことばかり言って」 そう言ってシャーリーはここまでとばかりに話を終わらせた。 ルルーシュもそれに乗り、これ以上この話題を口にしなかった。 名前。 階段から落ちる時。 シャーリーに言われたことをルルーシュはもう一度考えた。だが、やはりどうしても思い出すことはできなかった。あの時のことは全て霞がかったようによく覚えていないのだ。 枢木スザク。転校初日に階段から落ちる同級生を助けた東洋人。人懐っこい笑顔ですぐにクラスメイトとも打ち解けているようだ。成績は中だが、運動神経が抜群にいい。そのせいか、女子生徒からの人気もある。 ルルーシュが知っていることは精々これぐらいだ。 あとは知らない。 何も。 何も知らない。 何も知らないことは当然だ。枢木スザクとは最初に挨拶した時以来、まともに口をきいたことはない。席は離れているし、話す用事もない。ルルーシュには彼とわざわざ話さなくても、クラスには同じ生徒会所属であるリヴァルやシャーリーがいる。彼と話す必要性は全くないのだ。 それなのに、時々。 無性に話しかけたくなる。 お前は一体誰なのだ、と。 全く無意味な質問だというのはわかっているのに言いたくなるのだ。お前を見るとふいに湧き上がってくる悲しみに似た懐かしさは何なんだ、と。 ルルーシュは顔上げて、窓の外に広がる蒼い空を見た。時間は流れ、季節は移り変わる。次の季節が来るまでにこの疑問は解消しているのだろうか。それとも、どうでもいいものとして忘れ去っているのだろうか。 そんなことを胸の奥底で考えながら、再び目の前にある生徒会の仕事をはじめたのだった。 そうしているうちに時は淡々と刻み続け、すでに秋になっていた。 ここアッシュフォード学園ではミレイが生徒会長になって以来、定期的に息抜きと称して全校生徒を巻き込んだイベントが行われている。過去には男女逆転祭りやキューピットの日などがあり、どれもこれもが特殊なイベントだった。 ルルーシュは生徒会室の長いテーブルを挟んだ向こう側にいるミレイを睨むように見つめた。彼女が考えるイベントで何度も痛い目に合わされている。イベント前は準備で、イベント当日はその内容で。 「ルルーシュってばそう見つめないで。恥ずかしいでしょう」 「その言葉、残念ながら否定させていただきますよ、ミレイ会長」 「見つめるも睨むも、見ることには変わりないじゃない」 茶化すミレイだったが、ルルーシュはそれに全く乗らず追い詰めるように言い募る。 「会長、いい加減吐いてくださいませんか? 今度のイベントの内容を」 「そうですよ、会長。何するんですか?」 シャーリーもルルーシュに追従するように言った。 「キューピットの日のような、全校生徒分の帽子を三日間徹夜で作るようなこと、今度はごめんですからね」 「あ〜、確かにあの時は辛かったなぁ〜」 リヴァルも思い出しただけでげっそりとした表情を浮かべた。その隣にいるニーナまで悪夢を思い出したのか、急に具合が悪そうな青い顔になった。 だが肝心のミレイは大きく胸をはり、自信ありげににっこりと微笑んだ。そして言う。 「ルルーシュも、シャーリーもリヴァルもニーナも、大丈夫よ。今度はそんな大げさなものじゃないもの。下準備もな〜んにもいらないわ。単純なゲームだもの」 「単純な……ゲーム?」 ルルーシュの呟きにミレイは頷いた。 「でも、内容は当日までお楽しみ」 ミレイの宣言に生徒会一同は引きつった顔をした。 結局ミレイはイベント当日まで口を割らなかった。ルルーシュたちがどんなに説得してものらりくらりとかわし、「当日までお楽しみ」とだけ繰り返した。前日に突然何か言い出すのではと戦々恐々していたが無事に過ぎていき、一番最悪な当日の朝というのもあったが、それも何もなかった。 クラスメイトに今回は何をするのかと尋ねられたが、ルルーシュたちにもわからず答えることはできなかった。 「本当に何をやるのかしら?」 放課後の廊下で、イベント開始時間が間近に迫る頃、シャーリーは隣にいるルルーシュにそう訊いた。廊下の窓から外の風景を眺めていたルルーシュは軽く溜め息をついた後、答えた。 「ここまで何も言ってこない、っていうことは本当に単純なゲームのようだな」 「準備もいらない?」 「ああ単純な。道具もなく、子供がやるような遊び、例えばかけっことかかくれんぼ、じゃんけん、鬼ごっこのような……」 ルルーシュはそこで言葉を止め、考え込む。 「まさか………」 そう呟いた瞬間、耳障りな校内アナウンスのノイズが入り、それに続いて生徒会長であるミレイ・アッシュフォードの溌剌とした声が響いた。 『はあ〜い、全校生徒の皆さん、生徒会長のミレイ・アッシュフォードです。お待たせいたしました、これからアッシュフォード学園恒例の定期イベントを開催しま〜す。今回のイベントの内容は鬼ごっこです』 ミレイの発言を聞いてルルーシュはやはりそうきたかと思った。道具も準備も何もいらいないゲームなどそうたくさんあるわけじゃない。そして誰もが知っているゲーム。 (できれば毎回こういった単純なゲームを期待したいが、そうはいなかいだろう) と、ルルーシュが放送に耳をすませながら考えていた。が、次の瞬間、ありえない宣言に耳を疑った。 『配役は、とある1名を除き、全生徒が鬼になりま〜す。もちろん、憐れなとある1名とは、皆さんご存知、我アッシュフォード学園自慢の麗しの副生徒会長ルルーシュ・ランペルージです』 隣から唖然とした呟きが聞こえる。 「ルル……」 「聞いてないぞ、そんなの」 そんなルルーシュの抗議も空しく、校内放送は無情にも続く。 『もっちろん、麗しの副会長を捕まえた人には、いつものクラブ活動費の予算アップ、そしてな〜んと今回はスペシャルプレゼント、ルルーシュへキスできる権利もあげちゃいます』 「おい、なんだそれは」 『それではゲームスタートの前に、ルルーシュ聴いてる? 15分だけ逃げる時間あげるからね。そしてゲーム時間は45分間。長くやってても意味ないし、みんな、全力でルルーシュを追いかけてね。それじゃあ、今から15分後にスタートの放送をするから。それまではルルーシュを捕まえちゃ駄目よ。ルルーシュも頑張ってね』 そう言い残し、ミレイの放送は終わった。 廊下で茫然としている二人だったが、先に我に返ったのはシャーリーだった。 「ルル、どうするの? 逃げなきゃ」 慌てた声にルルーシュもハッとした。呆けている場合ではなかった。あと何分だ。急いで腕時計を見る。 「くそっ」 盛大な舌打ちをする。たった15分。この広い学園でここから行けそうな場所の中で、うまく逃げられる場所。隠れられる場所。見つからない場所。 ルルーシュはあらゆる角度からシュミレーションする。二、三箇所思い当たる場所が浮かぶ。ここからだと少し遠い。が、仕方ない。いくら15分間は捕まえるなとミレイが言っていても、生徒たちにどの方向に逃げたかを見られるとやっかいだ。なるべく人に会わないルートでその場所に行くには………。頭の中で急いで順序を検索する。そして何通りか考え出し、ひとつのルートに絞る。時間は……ギリギリか。 走り出すルルーシュに、シャーリーが後ろから「頑張って」と声を掛ける。それに軽く手をあげて応え、あとは全力で廊下を走りぬけた。しかし、校内を人に見つからずに通り抜けるのは至難の業であり、生徒らに遭遇しそうになる度にルートの変更を余儀なくされ、15分というタイムリミットはすぐそこまで迫ってきていた。 「思ったより生徒が残ってるな」 何度も行く道を遮られている。 放課後を利用して行われるこのイベントは全生徒参加とはいえ、強制ではない。基本自由参加だ。参加したくなければ帰ってもいい。しかし、クラブ活動費予算アップというエサに釣られてか、男子も女子も残っている生徒が多いのもまた事実だった。しかも今回はスペシャルな特典付きだ。 ルルーシュは足を止めた。階段下から声が聞こえてくる。このルートも駄目か。シャーリーと一緒にいた場所から目的地までまだ半分ぐらい進んだだけだ。まだ先は長いというのに。さてどうするか、と校舎の地図を脳内で再生した時だった。唐突に放送が入る。 『はあ〜い。生徒会長のミレイ・アッシュフォードです。みんな、準備はいいかしら。ルルーシュもちゃんと逃げたかな。それではこれよりアッシュフォード学園恒例の定期イベントを開催しま〜す。いっくわよ〜、よ〜〜いスタート!!』 「もう時間か!!」 スタートの号令と共に階下から先ほどまではなかったざわめきが聞こえる。上にあがってくるのも時間も問題だ。ルルーシュは踵を返し、廊下へと戻ろうとした。左右を確認し、もうひとつの階段へ向かおうと走り出した。そしてもうすぐ辿り着こうかという時、ルルーシュはハッとして立ち止まった。足音が複数聞こえる。この階段も駄目か。再び反転し戻ろうと駆け出す。確か突き当たりに非常用の外階段があるはずだ。だがそこへ着く前に背後から「おい、いたぞ」という声が響いた。徒党を組んでいるということは運動部のやつらか。奥歯を噛み締める。このままだと追いつかれる。 ルルーシュは目の前にある非常階段の扉を開け、飛び出した。そして慌てて足を止めた。 (そうだ、ここは……) 青褪めてその光景を眺めた。小さな踊り場があるだけでその先の外階段がなかった。先週、老朽化のためこの階段は取り外されて、今はちょうど工事中だったのだ。 (このままだと捕まる) (ゲーム開始早々捕まるのか) (冗談じゃない) (飛び降りれるか。いや、この高さじゃ……) などと考え、下を覗き込もうとすると、ちょうど正に今見ようとした下から声がした。 「ルルーシュ。ルルーシュ」 ギョッとして自分を呼んだ人物の名を口にした。 「枢木スザク」 何でこんなところに。 スザクはちょうど踊り場のすぐ下に広がる芝生にいて、こちらに向かって軽く手を振っている。こんなイベントには参加するような人間に見えなかったが、とルルーシュが思っていると、下にいるスザクがとんでもないことを言い出した。 「飛び降りて。受け止めるから」 「はぁ?」 「ほら早く。捕まっちゃうよ。捕まってもいいの?」 ルルーシュは後ろを振り返った。複数の足音が聞こえてくる。 迷っている時間はなかった。 「くそ。背に腹は代えられん。仕方ない。おい。しっかり受け止めろよ」 「信用ないんだね」 ルルーシュの言い草にスザクは全く気を悪くした様子はなく、クスリと笑っただけだった。 古びた手すりを乗り越えた。手を離すのに一瞬躊躇した。が、そんな余裕はない。どうにでもなれ、という気持ちで空に飛び出した。身体は重力に従い地面へと落ちる。そして軽い衝撃と共に耳元で声がした。 「はい。捕まえた」 「……おい。お前は最初から……」 「冗談だよ。さ、急ごう。また見つかるとやっかいだし」 ゆっくりと地面へと下ろされた。手首をそのまま掴まれ学園の裏手にある森のほうへと連れて行かれる。ルルーシュが行こうとしていた場所とは正反対だ。 「ちょっと待て、どこへ行くんだ?」 ルルーシュがそう声をかければ、スザクは振り返り少し笑った。 「見つからない処だよ」 [2010/04/30] |