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ナクシタキオク [1] 出会いは一瞬、喪失もまた一瞬だった。 新学期が始まる学校というのは何となく浮ついているものだ、とルルーシュ・ランペルージは思った。 それはブリタニアの中でも名門と言われているアッシュフォード学園でもその風景は変わらず、生徒たちはどことなく落ち着きがない。 休みの間に雰囲気が変化した同級生や、大人っぽくなった女生徒、身長が伸びた者や横に伸びた者、様々な変化があるからだ。 そして学校の中での最大の変化といえば、異分子の存在、つまり転入生だった。 全く来ない年もあるが大抵は数人来ることが多い。 その存在が学園の中に馴染むまでは多少の時間がかかる。 多少、といってもせいぜい二週間がいいところだ。 それぐらい経つとすっかり学園に同化してしまうのだ。 ルルーシュは教室に後方にある自分の席で、注意深く周辺の様子を伺った。 女子生徒が集まって休み明けの報告をし合っているようだったが、それだけではない何かを感じさせた。 なんだろうかと考えていたが、すぐにあることを思い出し納得した。 転入生がくるのだ。 しかも男の。 だから女生徒が浮き足立っているのだ。 下らないと思っていても生徒会に入っているルルーシュの耳には、何となく情報が入ってくる。 どうやら男の転入生は外国人、しかも東洋系だという。 今日は手続きに来ただけで明日から正式に登校するようだ。 そんな手続きに来た転校生の姿をすでに一部の生徒は目にしたらしく、それでなにやら噂話をしているようだった。 かわいいだの、背が高いだの、色々と言っているのが聞こえてくる。 ルルーシュは正直言って興味がなかった。 男も女も外見がいいのがそんなにいいのか、と思うからだ。 ルルーシュがそういった結論に至ったわけは、自分自身が外見がある程度上だと理解していたが、それによって得た幸運より不幸のほうが圧倒的に多いからだ。 変な視線でじろじろ見られるわ、付きまとわれるわ、たまったものではない。 そんな風に転入生に関して全く興味はなかったが、女生徒たちがしていた噂の中で、ただ一点、くるくるした茶色い癖毛だった、というのだけが耳に残った。 その言葉はルルーシュをはるか昔の過去へといざなうからだ。 そうだ、あの少年も確かそんな髪型だった。 教室の机に頬杖をつき、ぼんやりと周辺の景色を目に入れながら、頭では全く別のことを考えていた。 自分と同じ歳のあの少年は、ここにいる生徒たちのように大きくなっているのだろうか。 ふと想像してみる。あの少年が大きくなってアッシュフォードの制服を着ている姿を。 だがそれは現実感がなく、どこかぼんやりしていて、いまいち具体的な姿になってくれなかった。 「つまらないな」 そう一人呟き、口はしを上げ皮肉った笑みを浮かべる。 それと同時に予鈴のチャイムが教室内に響き、あちこちに散らばっていた生徒たちがそれぞれの席へと移動しはじめたのを、ルルーシュは冷めた目で見ていた。 その時はわずか数時間後に、想像していた姿がまさか現実に現れるとは予想すらしていなかった。 そしてあっさりとそれを失ってしまうことも、全くの予定外だった。 **** 「あれ〜、会長、ちょっとここのデータが見つからないんですけれど」 眉根をよせ、難しい顔をしながらそう言ったのは、生徒会書記であるシャーリー・フェネットだった。 腰まである栗色の髪をゆらし、パソコンのモニターをじっと見つめている。 そんな彼女の脇から一緒になって覗き込んでいるのは、会長と呼ばれたミレイ・アッシュフォードだった。 上から項目を順番に眺め問題点を探している。 「あ〜あ、な〜んで休み明けにこんな仕事があるうだろう」 「ちょっとそこ、ぼやかない」 「でも、会長」 生徒会専用の大きなテーブルに積み重なっている書類の山を整理しながらぼやいたのは、リヴァル・カルデモンドであり、左右にピョンとはねている髪型が印象的だ。 「諦めろ、リヴァル。会長の仕事の溜める癖はなおらない。とは言っても今回は異常なほどあるがな」 はぁ、と溜め息を吐きながら、それでも手を休むことはなく、ルルーシュはリヴァルへ諭すように言った。 それから順番に隣に座っているリヴァル、パソコンの前にいるミレイとシャーリーと視線を移した後、ルルーシュはミレイに訊いた。 「会長、ニーナがいないようなんですが」 「ああ、あの子は実験室にいるわ。明日までにやらなきゃいけいない実験があるんだって」 「こちらの仕事も明日が期限なんですけれどね、会長」 「やーねー、怒らないでよ。だから今みんなで頑張ってるじゃない」 相変わらずのお気楽な口調なミレイにルルーシュは先ほどのよりもさらに深い溜め息を吐いた。 長い休み明けだからといっても、生徒会の様子はいつもとわからないようだった。 生徒会長であるミレイが期限ギリギリまで仕事を溜め込み、それを生徒会メンバーが手分けしてギリギリで間に合わせる。ルルーシュたちが今している仕事も、本来なら長期休暇前に終わらせるべきものなのだ。 せめて長期休暇前に言って欲しかった。 手を動かしながら、新学期初日だというのにこれじゃあ今日は遅くなりそうだ、とルルーシュはちらりと目の前に山積みになっている書類を見ながらそう思った。 (あとでナナリーに連絡しておかないと) (何も言わないで遅くなれば心配するだろうから) ルルーシュは一枚書類を書き上げ、印を押し、それを完成済みと書かれたカゴの中へ入れた。 それから山積みの書類から一枚手に取り、再び作業を開始しようとした時だった。 パソコンの前でミレイが慌てた声を上げている。 「どうしたんですか、会長?」 ルルーシュは逸早く声をかけた。 「ミルドレッド先生から貰った書類のデータがいくら探してもないのよ。間違って削除しちゃったみたい。悪いんだけどルルーシュ、ちょっと行ってもらって来てくれる。ああ、そうだ。ついでにみんなのランチも買ってきて」 「………会長……」 低い声を出しながら最後の抵抗とばかりに、ルルーシュは異議申し立てをしようとしたが、その前にあっさりとシャーリーに阻まれた。 「あ、待ってルル。私も一緒に行くわ。だってルルだけじゃみんなのランチ持てないでしょう」 シャーリーは立ち上がり、足はすでにドアのほうに向いている。 くるりと振り返りルルーシュが来るのを待っている目だ。 ルルーシュは今日何回目かの溜め息をつき、立ち上がってシャーリーのところまで行った。 「会長もしっかりと作業を進めておいてくださいよ」 「まっかせておいて。じゃ、いってらっしゃ〜い」 いやに明るいミレイの声に見送られ生徒会室を出た二人だったが、ルルーシュは内心であのミレイが自分たちがいない間ちゃんと仕事を進めているのかどうか非常に不安だった。 きっと一緒にいてもリヴァルは何も言えないだろう。 リヴァルがもう何年も前からミレイに夢中だということは知っていたし、おそらくいいように丸め込まれるに違いない。そうなるとこちらの仕事が増える一方だ。 それにしても、とルルーシュは思う。 リヴァルは一体いつになったらミレイに気持ちを伝えることができるんだろうか。 生徒会はもとより、おそらく同学年のほとんどはリヴァルが誰を好きかを知っているんじゃんだろうか。 ミレイ自身もリヴァルの気持ちを察していて、のらりくらりとかわしている。 そんな状況なのにリヴァルは一向に何もする気配がなく、時おり相手にされないと落ち込んでいるだけだ。 相手にされないもなにも、何にも行動してないじゃないか、とルルーシュはリヴァルに時々言いたくなった。 そんな思考に浸っているうちに、どうやら例の教師の教科準備室までたどり着いていたらしい。 隣にいるシャーリーが控えめにノックをすると中から声がした。 事情を話し、以前貰った書類のデータをまたいただけないか、ということを教師に頼んでいるシャーリーの後ろ姿をなんとなく見つめていた。 シャーリーの様子を見ているうちに、ルルーシュはそういえばと思い出したように再び考え出した。 確かシャーリーも誰か好きな人がいる、ということじゃなかったか。 その人物が誰なのかはルルーシュは知らなかったが、そんなような話をミレイが前に喋っていたような覚えがある。 よくよく思い出せば、あの科学好きなニーナでさえ、これまた興味がないゆえに名前を忘れたが皇族のだれそれに憧れているの、と言ってなかったか。 ふと何かに取り残されたような感覚がした。 周囲の風景が自分だけを置いていき流れ去ってゆくような、そんな感じだ。 「ルル? どうしたの。急に立ち止まったりして?」 無事に書類のデータを貰い、教科準備室からみなのランチを買いに行くためカフェテリアへ向かう途中、ルルーシュは己の思考に同調するかのように足を止めた。 高台から見下ろす風景はアッシュフォード学園がよく見え、そこから幅の広い階段を下りれば、カフェテリアはすぐそこだった。 カラフルなパラソルが強い日差しを受け、鮮やかに輝いていた。 「ああ、ここからの風景はアッシュフォードの中でも一番よね。思わず見とれちゃうね」 シャーリーはルルーシュが立ち止まったのをそう解釈し、自分も同じように目の前に広がる風景を見つめた。 「シャーリー」 「ん? 何、ルル?」 声をかけたが、言うべき言葉が見つからなかった。 そもそも自分は一体彼女に対し何を言うつもりだったのか。 結局、なんでもない、と言って苦笑いをして誤魔化した。 シャーリーがこちらから視線を外すと、ルルーシュの苦笑いはやがて自嘲した笑みに成り代わり、口元を歪ませた。 (シャーリーにどう言うつもりだったんだ) (恋というのはどうやってするんだ、とでも聞きたかったのか) 大事な人はいる。 母親、妹、そして生徒会に所属しているみんな。 だがそれはあくまでも親愛や友愛であり、恋愛ではない。 唯一思い当たるのは、はるか遠い記憶の向こうだ。 あの時の、心に湧き上がる感情を恋愛感情というならば、あれ以後、誰にもそういった感情は持ったことがない。 誰にも心を動かされたことはない。 あの満開の桜の下に全てを置いてきてしまったのだろうか。 恋というのがどんなものなのかを知る前に。 前を進むシャーリーに続いて階段を一段一段下りた。 白い石張りの階段に太陽の光が容赦なく反射し、その眩しさに目を眇めた。 「ねぇ、ルル」 「なんだ、シャーリー?」 ルルーシュは笑顔で答えた。 「これはお願いなんだけれどね」 「どうしたんだ、シャーリー。歯切れが悪いな」 「うん、あのね、ルルがもし何かで悩んでいるなら相談してね。力になれるかわからないけど、話すだけでも楽になると思うから」 シャーリーの言葉に思わずきょとんとした顔になる。 そんなルルーシュの表情にシャーリーは頬を膨らませ、少し拗ねたように言った。 「なによルルってば、その顔。人が心配してそう言ったのに。そのいかにも心外だって顔」 「何を言っているんだシャーリー。その時には是非お願いする。差し当たり、会長の仕事を溜める癖をどうにかしたいと思っているんだが、何かいいアイデアはないか?」 「もうルルってば、茶化さないで」 階段を下りながらそんな会話を二人で交わしていると、背後から誰かの声が聞こえた。 その声はまるで呟きのように小さく何を言ったのか聞き取れなかった。 きっとルルーシュに向かって言ったわけではないんだろうが、どうしても気になり足を止めた。 ちょうど段の半分まで下りて来ていて、踊り場になっていた。 ルルーシュは振り返った。眩しい陽光に目が暗む。 「……ルルーシュ?」 「え?」 低い声がまるで確かめるかように名前を呼んだ。 ルルーシュは目を細め、この声の主を探した。 階段の上に誰かが立っているのが見えた。 先ほどまで自分たちがいたところだ。だがその姿は逆光のため全てが黒く塗りつぶされている。 黒いシルエットからわかるのは、その人物が男子の学生服を着ている、ということだけだ。 「ルルーシュ」 今度はその声音に驚きが混じる。 どこかで聞いたこがあるような気がした。 少しだけ低く耳に残る心地いい声を。 誰かによく似ている声だと思った。 眩しさに手を目の付近に当て影を作った。 少しずつ慣れてきて視界が開けるように風景が瞳に馴染む。 黒い影でしかなかった人物は徐々に明瞭さを増していく。 輪郭がはっきりし、黒にしか見えなかった影が目が慣れるにしたがって薄くなっていき、その人物の姿を顕わにしていく。 あちこちに跳ねた癖のある茶色い髪といつでも感情を雄弁に語る緑色の瞳、まるであの少年が大きくなった姿のような……。 「ま……さ…か」 ありえない現実にルルーシュは目を見開いた。 夢でも見ているのか、と一歩後ずさった時、急に無の空間へ放り出されたような気がした。 一歩下がった先に地面はなく、重力に引きずられ急激に身体が斜めに落ちていくのを感じた。 見つめる先には、緑色の瞳が大きく見開いていた。 「ルルーシュっ―――」 誰かの叫び声が聞こえた。 真っ逆さまに落ちていくルルーシュの瞳に青い空だけが見える。 (まずい) と思ったが、体勢が悪い。 襲ってくるだろう衝撃に思わず全身で身構えたが、その直前に誰かがルルーシュの身体を包むように抱き締めた。 それでも階段を転げ落ちる衝撃はかなりのもので、ほんの数秒の出来事が何十分も続いているような感覚だった。 「ルル―――」 空気を裂くような甲高い悲鳴が上の方から聞こえる。 ああ、そうだ。 あれはシャーリーの声だ。 慌てたように階段を駆ける靴音もきっと彼女なんだろう。 そんなことをぼんやりと考えていたら、急に身近で囁くように気遣う声がした。 「ルルーシュ、大丈夫?」 その声に引き寄せられるように薄っすらと目が開いた。 懐かしい緑色の瞳が目の前で心配そうに見つめている。 夢か、それとも現実か。 どちらかはわからない。 けれど…………。 「……ス………ザ……」 階段を転げ落ちたショックのせいか、喉がカラカラだった。 声を出そうとしたけれど、上手く喋れなかった。 それでも夢なのかそうでないのか確かめるために名前を呼びたかった。 だが、名前は最後までは言えなかった。 言葉は途中でブツ切れになり、沈黙の海に沈んだ。 (ああ、なんだ、これは?) (何かに引き込まれるようだ) ゆっくりと意識が朦朧としてきたのを感じる。 だめだ。 まだダメだ。 せめて目の前の彼の存在を確かめたかった。 それなのに目の前がだんだんと暗くなっていく。 駄目だ。 目を覚ませ。 そんな気持ちとは裏腹に、ルルーシュは自分の意識が眠るように沈んでいくのがわかった。 どこかで漠然と危険信号が点滅しているのをわかっていたが、それでも暗闇に落ちる意識をとめることはできなかった。 [2010/04/16] |