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『どうしても君の騎士にしてもらえないんだね』 感情を内に押さえ込んだ切ない声が響く。 真っ直ぐに見つめる新緑の瞳が身体を射貫く。 言われ、迷ったのは確かだ。 それでも俺はお前を自分の騎士にすることはできなかった。 何故ならば、お前は俺の………… 君の騎士 明るく、月がよく見える、ある晴れた晩のことだった。 神聖ブリタニア帝国第十一皇子ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアは、夜会に顔を出していた。レースの胸ひだ飾りが付いた光沢がある白いブラウス、黒い布地に銀の刺繍が施されたジャケットをスマートに着こなしている彼は、ホールに姿を現すやいなや、とたんに周囲の注目を浴びた。その訳は彼の容姿がブリタニア皇族の中でも麗しく、またブリタニア帝国内でも黒髪が珍しいということもあったが、何よりも一番の理由が彼がこのホールに姿を見せた、その事実だった。つまりどういうことかといえば、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアはこんな夜会にはまず顔を出さないのだ。だから皆、彼の登場に驚き注視してしまったのだ。 ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアという人物は普段、ただひたすらに公務をこなし、ブリタニアのために働いている。その頭の回転良さは、ブリタニアの頭脳と呼ばれる第二皇子シュナイゼル・エル・ブリタニアに次ぐと言われており、思い切りの良さと容赦ない点においてはシュナイゼルを凌ぐ、とも言われている。一応成人はしているが、酒やギャンブルにも興味なく、また色恋沙汰のスキャンダルも一切なく、ある意味私生活が全く見えない謎の人物でもある。 定期的に行われる夜会や、皇族らが主催するサロンも、「貴族どもの腐った茶番劇に付き合ってられるか」と言い切り、ちょっとした騒動を巻き起こしたこともある。それでもブリタニア皇帝が主催するものは渋々出席しているみたいだが、それ以外は極力断っているようだった。そんな夜会嫌いのルルーシュ・ヴィ・ブリタニアだが、彼に招待状を送る貴族らは後を絶たない。なぜならば、万が一彼が来てくれたなら一種のステータスが得られるからである。だがそんな表向きの理由より、本心は彼が滅多に見せない盛装を見たいからに他ならなかった。 ルルーシュの盛装は一度見たら忘れられないほど印象的だという。容姿が整っていると言われるブリタニア皇族の中でも、彼は群を抜いていた。黒髪という地味な色合いは返って彼の顔の造形美を際立たせ、立ち振る舞いは優雅でそつがない。以前、外国からの賓客である某国王女とダンスを踊った時も鮮やかなステップを披露したという。何をしても洗練されていて、彼がいるだけでその場が華やかになる。そんな雰囲気をルルーシュ・ヴィ・ブリタニアは持っていた。それだけに彼の夜会嫌いは有名ではあったが、招待状は山のように届き、そしてその大半は無視され捨てられる運命だった。 そんなふうに認識されている彼が夜会に出てきている。まさかお忍びで皇帝がいらっしゃるのか、それとも海外の賓客でも来ているのか、と色んな憶測を呼んだが、真相は全くわからなかった。そして、この夜会の主催が第五皇女のカリーヌ・ネ・ブリタニアであることと、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアを結びつける人間は誰もいなかった。それほどこの二人は何の関係もなかった。人々の認識の上では。 (相変わらず煩わしいな) ルルーシュはそう思いながら、先ほどボーイから受け取ったグラスを片手に、視線から逃げるようにバルコニーに出れば、さすがに追ってまで自分を見に来る人間はいなかったようだ。それは無理もないことで、季節はすでに十一月を過ぎ、夜会用のスタイルで外にいればかなり寒かった。 慣れないことはするもんじゃない。バルコニーの手すりに体重を乗せ、暗闇から室内の光り輝くホールを眺めながら、ルルーシュは心の中で呟いた。普段、夜会にはでないからこうなるんだ、と少しだけ自嘲した笑みを零す。それから顔を上げ、ホールを覆う石造りの建築物を辿り、最終的に明るい夜の空を見上げた。月の光が煌きながら地上へと降り注いでいた。 神聖ブリタニア帝国帝都ペンドラゴンの冬は早い。夏は過ごしやすいが、その分の反動が冬に現れる。息を吐けば、凍てついた空気の中に白いものが舞った。 手がかじかむ。全身が冷えてくるのがわかる。このままバルコニーにいれば間違いなく風邪をひくのはわかっていたが、それでもホール内に戻る勇気はまだなかった。 未練たらしく、こんな夜会まで来てしまった。もしかして会えるかもしれない、姿だけでもと、そんな心がいつもならとっくに破り捨てている招待状を手元に残してしまった。そして実際に足を運んでしまった。なんて情けないんだ。 だが、もし会ってしまったらどうなるんだろうか。姿を見たら声をかけずにはいられなくなるのでは、そんな予感もする。 声をかけたら………。 ルルーシュは塞ぎこんだ。きっとヒステリックに泣き喚き、詰り、罵倒し、殴りかかり、最後はどんでもない醜態をさらす気がする。それほど今の自分を制御する自信はなかった。 すっかり冷えてしまった両腕をさすり、ルルーシュは再び視線を室内へと向けた。大きな窓ガラスの向こうに煌びやかに着飾った人間たちが見える。ワルツを踊り、談笑し、みんなとても楽しそうだ。そんな風景をぼんやりと眺め、時々視界を彷徨わせていたが、ある一点が目に入ったとき、全てが止まった。瞬きも、寒さからくる震えも、白く吐き出される吐息さえも、ルルーシュの全てが止まった。 明るく眩い世界に、穏やかな笑みを浮かべている『彼』がいた。癖のある茶色の髪、緑色の瞳、今日は夜会の為、白い盛装を身にまとっている彼がいた。ルルーシュがいる場所からは横顔しか見えなかったが、間違いなく彼だ。自分が見間違えるはずがない、ルルーシュはそう思った。 「スザク………」 ルルーシュは彼の名前を呟いた。それはどこか懐かしさを含んだ響きだった。まるでもう何年も会っていないかのような。 自分の視界に突如現れたスザクをルルーシュは見つめ続けた。よくよく観察してみれば、スザクはホール中央に視線を向け、何かを見ているように思えた。何だろうか、と首を傾げ、もっと近くへ行こうと一歩踏み出したとき、彼が何を見ていたのかがわかった。 明るい世界を楽しげに歩いてくる少女がいた。背丈はルルーシュの妹より少し高いぐらいで、年齢もほぼ同じぐらいに見えた。赤茶色の髪を二つ結びにし、大きく輝く瞳は快活そうな印象だった。 彼女のことは知っている。神聖ブリタニア帝国第五皇女、カリーヌ・ネ・ブリタニアだ。ブリタニアでもかなりの名家であり大貴族ではあるが、それゆえにルルーシュのヴィ家とは特に関わりはなく、滅多に会うこともなければほとんど接触もない。ただ一点を除いては。 そう、ただ一点、関わりがある。 ルルーシュは歩き出そうとした足を止めた。そして目の前にある光景をただ見つめた。 カリーヌが顔を綻ばせてスザクのもとへ急ぎ足で近づく。慌てていたのか彼女は長いドレスの裾を踏み転びそうになるが、それに気が付いたスザクに優しく抱きとめられていた。カリーヌは顔をあげ、少し照れたように赤くなった。スザクが口を開き、何か彼女に言ったようだった。そのとたん彼女は目を細め、嬉しそうに笑った。スザクも目を眇め、暖かい眼差しを彼女に向けた。誰が見ても彼女は彼に好意を持っている。そして彼は…………。 あの馬鹿が、ルルーシュは内心でそう毒づいた。 あの女はナナリーに嫌がらせをしたことがある性悪女だぞ。 ルルーシュは奥歯をギリっと噛み締めて、目の前の腹が立つ場面を睨み付けた。今、自分はきっと醜い顔をしているのだろう。憎しみにまみれ、嫉妬に汚れ、怒りで強張らせ、きっとひどい表情をしている、それなのに、どうしてこうもタイミングが悪いのだろう。ルルーシュは己の運の悪さにどうしょうもない気持ちに陥った。 明るい光が溢れるホールにいるスザクが不意にこちらに顔を向けた。そしてルルーシュの目から見ても明らかにその緑色の瞳が見開いたのがわかった。 まさか。こちらが見えるはずがない。 窓からルルーシュがいるバルコニーの端まで距離がある。それにこちらは暗い外の空間なのだ。直接ならまだしも二人の間には窓ガラスがある。室内からは光が反射して見えないはずだ。落ち着け。たまたまだ。偶然だ。 ルルーシュはまるでスザクに気づいてないかように、ゆっくりとホールに背を向けた。ギュッとジャケットの胸の部分を掴み、早鐘を打つ心臓を落ち着かせようとした。やがていつものリズムに戻ったとき、ルルーシュは恐る恐る振り返った。窓ガラスの向こうの光の世界にスザクの姿はすでにもう見えなかった。そっと安堵のため息を零した。それから手すりの上に肘をのせ頬杖をしながらルルーシュは、目の前に広がる暗い庭園を見つめた。その暗闇の中にスザクを思い浮かべ、どうしてこうなってしまったんだろうかと深く思考の波に身を沈めた。 神聖ブリタニア帝国第十一皇子ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアと、日本国首相の嫡男枢木スザクは幼馴染だった。ルルーシュが十一歳の時、一年間日本に留学をしていて、その時お世話になったのが枢木家だった。スザクとは同じ歳だったがすぐには仲良くなれず、何度か喧嘩をし、それからやっとお互いを認め仲良くなっていった。仲良くなった後は早かった。どこへ行くにも遊ぶにも、二人で一緒に行動していた。だがそれは所詮ルルーシュの留学期間が終わるまでだった。ルルーシュはブリタニアの皇子だ。スザクがいくらわがままを言っても、拗ねても、怒ったとしても、その期間はすでに決められたことであり変更されることはない。 瞳を充血させ、口をへの字に曲げながらスザクが言った言葉をルルーシュはずっと覚えていた。 「ルルーシュ。俺、必ず会いに行くから。ブリタニアに絶対行くから」 「ああ、きっとだぞ。待ってるからな」 ルルーシュは頷いて約束をし、空港へ向かう迎えの車に乗り込んだ。 日本は楽しかった。皇族扱いされない貴重な経験をした。この国ではルルーシュはただのルルーシュだった。そして初めての友達。いつかブリタニアに会いにきてくれるという。その約束を、十年経っても二十年経っても、例え彼が来なかったとしても、自分はずっと覚えているだろう。ルルーシュは通り過ぎ去る日本の景色を見つめながら、そう思った。だが再会のときは僅か数年で訪れ、目の前に現れたスザクは驚くほど大人になっていた。 ルルーシュはその日のことを今でも鮮明に記憶している。学校から帰宅し、母親がいる居間へと向かうとソファに誰かが腰掛けていた。こちらに背を向けているため誰だかわからないが、話している母親のマリアンヌの顔を見るとすいぶんと打ち解けているように感じた。 (誰だ?) とルルーシュが怪訝に思うと同時にマリアンヌが気づき、微笑しながら声をかける。 「あら帰ってたの。あなたにお客さんよ、ルルーシュ」 ルルーシュに背を向けていた彼がゆっくりと振り向く。変わらない緑色の瞳はルルーシュを優しく見つめ、低くなった声が自分の名前を呼んだ。 「ルルーシュ、お帰り」 「ス………ザ…ク……?」 「うん」 屈託ない笑顔で答える。 「本当にスザクなのか?」 「そうだよ。ルルーシュ。会いに行くからって言っただろ。だから来ちゃった」 ソファから立ち上がりルルーシュの目の前に立ったスザクは、黒い布地に金の紋章が入っている学生服を着ている。ルルーシュはそれに見覚えがあった。今己が着ているのと同じだ。 「それは、アッシュフォードの……」 「うん、そう。明日から学校に行くよ。今度は僕が留学生だね」 驚きに目を見開いた。そしてこれからのことを考えるだけで自然に笑顔になる。また日本にいた頃のように楽しい日々が始まるのかとルルーシュは思った。 スザクが学校へ通い始めると同時に、ルルーシュのサボり癖はピッタリと収まった。その露骨な態度に母親であるマリアンヌは呆れた顔をした。 「あのサボり魔のルルーシュがね〜。スザクくんには一生ブリタニアにいてもらいたいわ」 母親の呟きにルルーシュはハッとした。そうだ。そうすればいい。スザクがブリタニア人になればいいんだ。他国の人間がブリタニア人になるには色々と制約があったはずだが、そこは曲がりなりにも皇族の一員だ。どうにかしようと思えばどうにかなるだろう。住むところだって、一人暮らしなんてやめてここに住めばいい。妹のナナリーだって喜ぶ。 善は急げとばかりにルルーシュは、次の日学校でスザクに会ったときに話した。だが返ってきた反応は、ルルーシュの予想外のものだった。いきなりそんなことを言われ、驚かれるだろう困るだろうとは考えていたが、そんなに苦しそうな表情をするとは思わなかったのだ。 スザクはルルーシュの言葉を聞くと、大きな目を見開き、それから苦虫を噛み潰したような笑いを零したのだ。 「僕がブリタニア人に、……か」 「……………………すまない」 「え?」 「俺は自分の気持ちばかり優先して、お前の気持ちをあまり考えなかった。確かに故郷を捨てブリタニア人に、なんて都合がいいな。でもせめていつでもブリタニアに来やすいように特別永住権とか」 「日本なんて国はどうでもいいよ」 ルルーシュの言葉を途中で遮るようにスザクは言葉を被せた。その声が震え上がらせるような冷たさがあり、一瞬身体がビクついた。スザクもそれに気づき、口元をハッと押さえた。 「あ、ごめん。何て言えばいいんだろう。ともかくルルーシュがそこまで僕のことを考えてくれて、うん、単純に嬉しいよ。だってルルーシュはそんなにも僕と一緒にいたいってことだろう?」 「あ………いや、その………そういうことに」 「なるね、絶対」 スザクに笑顔で断言されて、ルルーシュは沈黙した。そして自分の気持ちを深く考え「スザクの言うとおりなのか?」と整理する前に、ルルーシュの鼓膜に響いた内容に思考が完全に停止した。 「でもねルルーシュ。そんなに色々と考えなくても大丈夫だよ。僕はもうブリタニア人なんだ。留学っていうのも名目上のことで、本当はただ転校生。この際だからバラすけど、実はもう三年もブリタニアに住んでいるんだ。君は皇族だからなかなか会いにいけなかったけどね」 台詞の最後の方は寂しそうな声色だったが、ルルーシュはそれどころじゃなかった。 (いま、こいつは何て言ったんだ) (もうブリタニア人だと) 「今なんて言った?」 眉間に深い皺をつくりながら問いただすルルーシュに、スザクはきょとんとした顔になり、戸惑ったように質問に答える。 「君は皇族だから」 「違う。その前だ。………お前はブリタニア人なのか? 三年ももう住んでいるだと?」 「ああ、そっちか。正確に言えば名誉ブリタニア人って言うのかな、確か」 そう言って、スザクはルルーシュの聞きたったことに答え始めた。 ルルーシュはスザクの口から飛び出す衝撃的な事実に頭が痛くなった。特にひどかったのがスザクがブリタニア軍に所属していることだった。顔を引きつらせて聞いてれば、さらに追い討ちをかけるように「KMFのパイロット」だという。しかも、マッドサイエンティストと名高いロイド・アスプルンド伯爵が主任を勤めている特別派遣嚮導技術部のだ。 「やめろ。特派はまずい。危険だ。特にアスプルンド伯爵が危険すぎる」 とルルーシュが言えば。 「あれ、ルルーシュ、ロイドさんのこと知ってるの?」 と的外れな返答が返ってくる。 そういった風に、なんだかんだとルルーシュが言ってもスザクは全く意に介さず、説得できたものは一つもなかった。それでもこちらが訊けばたいていの事は答えてくれたが、ただ一つだけ教えてもらえなかったことがある。どうしてブリタニアに来たのか、その理由をスザクは言わなかった。「君に会いにきたんだよ」と冗談めいた言葉で誤魔化そうとしたが、ルルーシュは騙されなかった。すでにこちらに来て三年だという。いくらルルーシュが皇族で会うのが難しいとしても、スザクならば枢木家のコネが使えるはずだ。しかもルルーシュは学校に通っている。いざとなればそこらへんを調べて学校まで会いにくることができる。 (だから、そうだ) (スザクがブリタニアに来たのは、俺が理由ではない) (そして俺は……その理由を教えてもらえない) この事実は、ルルーシュを落ち込ませ、塞ぎこませた。 だが、そのことばかりに構って落ち込んではいられない。何としてでも軍属だけはKMFのパイロットだけは辞めてほしかった。ルルーシュは再三スザクに頼みんだが、やはり聞き入れてはくれなかった。彼から返ってきた言葉は謝罪と、ルルーシュを寄せ付けない決意だった。 「君が僕のことを心配してくれるのは嬉しいよ。でも軍を辞めることもKMFを降りることもできない。ルルーシュは皇族だから僕よりもよっぽどブリタニアの法律に詳しいと思うけど………、ブリタニアは帰化するのが世界でも難しい国と言われているのは知ってるよね」 「ああ、かなり厳しい制約があったはずだ」 「うん。でもそれを一切帳消しにして、ブリタニア人になれる方法がある」 ルルーシュの顔が強張った。スザクはそれで彼が理解したのがわかった。 「ブリタニア軍に所属しKMFのパイロットになること、か……」 「そう。だから僕は降りないし辞めない。ごめんね、ルルーシュ」 それからだった、ルルーシュが政治や経済、ブリタニアの状態に関して情報を駆使し勉強をするようになったのは。そして一番気にしていたのはもちろんブリタニア軍についてだった。内部の規律や慣習、どんな将校がいるのか、KMFの開発など調べられるところは全て調べた。だがやはり個人では限界がある。 ルルーシュは考えた。あまり使いたくなかった手だが、帝国宰相である第二皇子シュナイゼルに連絡を取った。シュナイゼルは喜んだ。頭がいいのに本気を出さないルルーシュに焦れていたのだ。「やっと私の負担が半分になるよ」とルルーシュの公務参加を歓迎したのだった。 どうしてもスザクの意思を覆すことはできなかった。それならば、ルルーシュが権力を持つしかなった。スザクを守れるだけの力を。そのためにルルーシュは政治の道へと一歩踏み出した。 そんなルルーシュの行動を一番驚いたのがスザクだった。 高校の屋上で話を聞いた時スザクは眉を顰めながら尋ねた。 「本当に始めるの?」 「ああ、もちろんだ。夏休みにはシュナイゼル兄上の秘書として各エリアにも同行することになっている。まあ、最初だからな。大した仕事はさせてもらえないとは思うが、動き出さなければ始まらない」 スザクは腕組みをしながら、眉間に皺を寄せている。 「前は……、高校を卒業していから公務につけばいい、とか言ってなかった?」 「スザク、状況は変わるんだ。今は」 (今は急がなければならない) (ある程度の地位に上り詰めなければ、軍部の人事に口を出せない) ルルーシュはスザクの何事も見逃さないように真っ直ぐと見つめる緑色の瞳に押され、乾いた笑いを零した。 「それにスザクも学校と軍とこなしているじゃないか。何か、俺にはできないとでも言うつもりか?」 少し高圧的な口調で言えば、スザクは片眉をあげ苦笑いした。 「まさか、そんなことはないよ。ただ急だったから驚いただけだ」 「そうか、ならいいが」 そう言ってからルルーシュは少し困ったような表情を浮かべ、独り言を呟くように言った。 「だが、こうやって俺も忙しくなるとヴィ家のことが心配だ。何しろ家には母上とナナリーだけだ。メイドも全て女性だし、全く男手がなくなる」 「あれ、でもルルーシュのお母さんて、確か、閃光の」 「スザク、お前一人暮らしだと言っていたな。どうだ、俺の家に下宿するというのは? 軍属であるお前がいるほうが俺も安心して公務に出かけられる、というものだ。実はもう母上とナナリーには話してある。二人とも大賛成してくれた」 と言い切った後スザクを見れば、彼はあっけにとられた顔をし、それから口元を押さえ堪えきれないように吹き出し笑った。肩を震わせ、目じりには涙まで浮かべている。 「いいよ。それくらいならお安い御用だ。でも逆にいいの、って思うけど? 迷惑をかけるんじゃない?」 「そんなことはないっ」 「じゃあ、せっかくだしお世話になろうかな」 ルルーシュは自分の作戦が上手くいったことに満足そうに頷いた。以前から同居のことは考えていた。ルルーシュが日本にいた時は枢木家にいたのだ。ならばスザクがブリタニアに来た時は自分の家に、とずっと考えていたのだ。だが再会したときはすでに一人暮らしをしていて、どうやってヴィ家に呼び寄せるか頭を悩ませていたのだが、自分が公務を始めることによって留守がちになる、これを口実にすればいいと考えたのだ。 「ルルーシュ」 「なんだ」 「君のそういうところたまらないよ。とっても好きだ」 「ほわあっ。急に何を言うんだ、お前は!!」 ルルーシュは慌てた仕草でスザクの方を見れば彼は笑っていた。顔を綻ばせ、穏やかな笑みを湛えている。それにつられルルーシュもまた笑った。この出来事がスザクの中にあるスイッチを入れてしまったとは露程も気づかずに、彼らは優しい時間を過ごしていた。 同居してからも一見スザクの様子に変化はなかった。見掛けによらず他人に気遣いできるスザクを母親のマリアンヌも妹のナナリーも重宝し、特に力仕事に関しては全く役に立たないルルーシュよりもすでにスザクに信頼を置いているようだ。スザクは頼まれたら余程のことがないかぎり断ったりしない。そんなスザクの態度に、女性陣は実兄を頼る前にスザクを頼る傾向になり、この事態にもちろんルルーシュは眉を顰めた。 「スザク、お前、そんなにほいほいと言うことを聞いているとなめられるぞ」 「なら君はナナリーの頼み事を断れるのかい?」 そう返されてはルルーシュはもう何も言うことはできなかった。 軽口をたたきあい、時間が合えばナナリーと三人で遊びに出かけたり、時には真剣に将来を話し合ったり、そんな充実した日々に、まるであの日に戻ったようだとルルーシュは感じた。昔、日本に留学してスザクの家で暮らしていたときのような、穏やかで優しかった日々。いつまでも続けばいいと思った。そしてこのまま自分が予想している通りに未来が開けるのだろうと信じて疑いもしなかった。それゆえの傲慢か、それとも怠慢か、ルルーシュはスザクが自分に小さなシグナルを送っていることに全く気づきもしなかった。 スザクは確かに送っていた。小さな小さなシグナルを。 彼にしては珍しい失敗をしたり、時折顔色が悪かったり、「最近眠れなくてさ」とぼんやりと窓辺から外を眺めてたり、何かを考え込む姿、それはスザクなりの、口に言い出せない代わりのSOSだったのかもしれない。 今ならばわかる。きっとこの頃にあの女とスザクは出会ったのだろう。 ピラミッド型をした完璧な身分制度の上の方から与えられるプレッシャーに、スザクの中の何かが壊れた時、精神的な助けをルルーシュに求めたのかもしれない。 彼はただ、「好きだ」とも「愛している」とも言わず、ルルーシュを抱いたのだ。 初めてスザクに抱かれたのは同居して一年と少しが経った頃だった。冬の寒い晩だったことを覚えている。窓ガラスの向こうは雪景色が広がり、闇に白く浮かび上がる雪が幻想的だった。 真夜中目が覚めた時、スザクはすでにそこにいた。かつて日本に留学したときに見た、能面のような顔を張り付かせ、ルルーシュの自由を奪ってから訊いた。 「ねぇ、君を抱いてもいい?」 問われ、ルルーシュは拒否することができなかった。沈黙は確かに拒絶ではなかったかもしれないが、また同時に受諾でもなかった。 ベッドに乗り上げ、ルルーシュを押さえ込んだスザクの背後に雪が見えた。カーテンは半分ほど開いてあり、窓、そしてその向こうに曇天から零れ落ちる雪の欠片があった。スザクの表情、彼の背景には降り続ける雪、肌が震えるような寒さ、全てが現実のものとは思えなかった。そしてその後の行為も、全て現実を超えた世界の出来事に感じた。翌朝、身体の奥に走る鈍痛と身体中につけられた鬱血の痕だけが、昨晩の行為の現実感をルルーシュにもたらした。 生々しい行為のはずだ。唾液を絡ませ、体液を注ぎあって、身体の中に植えつけられる痛みも快楽も、性欲と肉欲にかられた行為だ。生殖活動ではない自分たちの行動の果てはそういった欲望に満ちたものだ。それなのに朝スザクの顔を見ると優しい気分になれる。こういった気持ちになれるのは生殖活動ではない分、行為の根源の大部分が感情に基づくせいなんだろうか? だが疑問に対する答えはなく、ルルーシュにはわからなかった。 そんなルルーシュの感情の揺れなどは気にせず、スザクはルルーシュを求め続けた。ほとんどが最初の晩と変わらずいきなりルルーシュに襲い掛かるような感じではあったが。 そんな風に心の奥底に多少のわだかまりがあったが、二人の関係は続いた。 そして、二ヶ月が経った頃だった。 ルルーシュの胎内に自身を挿れながらスザクは唐突に動きを止め、訊いた。 「ねぇ、ルルーシュ。お願いがあるんだけど」 「ん、なんだ。こんな時に」 「僕を君の騎士にしてほしい」 それ以後、スザクはことある毎に頼み込んだが、ルルーシュは頑として首を縦に振らなかった。スザクに理由があったように、ルルーシュにも自分なりのポリシーがあり、それを曲げることはできなかったのである。 今のこの対等というの関係が、明確に守る側と守られる側になるのがどうしても耐えられなかったのだ。ルルーシュは、いざとなったら軍に所属しているスザクを自分こそがあらゆる権力を駆使して守るつもりでいたのだ。ただでさえいつも守られているような感じがするのに、公に己の騎士にしてしまったら、対等どころか主従関係だ。そんなのは真っ平ごめんだった。 「ルルーシュ、どうしても君の騎士にしてもらえないんだね」 ある晩抱き合った後、スザクはルルーシュを抱きしめながら言った。 「ああ、俺はお前を自分の騎士にしない」 「そっか。わかった」 スザクはそう言って寂しそうに微笑んだ後、この話題を口にすることはその後一度もなかった。そして二人の関係を変える事件が起きる。ヴィ家に届いた一通の手紙が二人の穏やかな生活を一変させたのだった。 その日は寒い霧雨が降っていた。エントランスで軽く雨滴を払い室内に入れば、居間のほうから言い争う声が聞こえた。よくよく聞いてみれば言い争っているのではなく、一方的に何かを言っているようだった。ルルーシュは眉を顰めた。公務から疲れて帰宅すれば、なんとも嫌な場面に遭遇する。呪われているのか、と足早に通り過ぎようとしたが、耳に入ってきた言葉に足が止まった。少しだけ扉を開け中の様子を伺ってみれば、中からマリアンヌの怒っているようなそれでいて困ったような声が響いた。 「どうして言わなかったの」 彼女の眉間には皺が寄り、目つきは普段の数十倍鋭かった。頭をかかえながら、右手にある一枚の紙を見ている。 「ネ家の紋章入りの正式な文書よ、これ。」 ネ家。ルルーシュはその言葉にハッとした。 ネ家だと。ブリタニアの系図が頭の中に即座に再生される。線を辿り行き着いた先に第五皇女、カリーヌ・ネ・ブリタニアの名前が浮かんだ。 (ネ家がいったい? ヴィ家とは同じ皇族だとはいえ、ほとんど関わりがないはずだ) ルルーシュは訝しみながら、さらに母親の声に耳を集中させた。そして驚くべきことを聞く。冷や汗が吹き出し、手が震えた。それは、つまり……? 「どうしてこんなものが来る前に私に言わなかったのよ。カリーヌ嬢があなたを自分の騎士にしたいって知ってたんでしょう、スザクくん」 「すいません」 「すいません、じゃないわよ。もう」 スザクの謝罪にマリアンヌは大きなため息を吐き出し、しばらく口を閉ざし考え込んだ後、じっとスザクを見つめ確認する。 「スザクくん、わかってるわよねブリタニアのことは」 「はい。皇帝陛下を頂点とした絶対君主制国家です」 「なら、これがどういうことかもわかるわね」 マリアンヌは紙を摘むようにして手に持ち、これ見よがしにペラペラと揺らした。 「あなたがブリタニア人じゃなればまだ手はあったわ。でももうブリタニア人になってしまった。しかも軍に所属し、KMFのパイロットでもある」 「はい」 「断れないわよ。わかってるわね」 「イエス ユアハイネス」 「わかってるならいいけど」 はぁ、と小さく息をつき、マリアンヌはポツリと呟くように言った。 「ルルーシュがこれを知ったらなんて言うかしら。きっと怒るわよ。なんたってあの子は」 「ルルーシュには………」 マリアンヌの言葉尻にかぶせるようにスザクは言った。 「ルルーシュには何度か僕のほうからお願いしたんです。自分を騎士にしてくれ、と。でも、ダメでした。どうしても無理だ、と言われてしまいました」 スザクの自嘲を含んだ言葉にマリアンヌは驚いたように目を見開いた。それから深いため息をつく。 「あの子って、ホントに馬鹿なんだから」 そんな己の母親の呟きを、ルルーシュはドアに背を凭れながら聞いていた。 俺は……今何を聞いた? スザクが第五皇女カリーヌ・ネ・ブリタニアの騎士になるだと。 そんなこと……ありえるはずがない。 あるはずがないじゃないかっ。 スザクに正面切って問い詰めたのは夜が更けてからだった。 人前では聞くことはできなかった。もし肯定されればルルーシュは建前上どうしてもスザクを祝福しなければならない。そんなのはどうしてもできない。 スザクの部屋の前に立ち、静かにノックをすれば、中から誰何する声がした。名乗れば、慌てた様子のスザクがドアの向こうから現れた。 「どうしたの、ルルーシュ? 取り敢えずさあ中に入って」 スザクの部屋に入って背後のドアが閉まった音を聞いた瞬間、ルルーシュは居ても立っても居られず、すぐさま問い質した。 「スザク、お前、どうして言わなかった?」 「何を?」 平然と返してくるスザクが憎らしい。怒りが沸点まで達する。 「何をだと! カリーヌの件に決まっている。何故俺に言わなかった? そもそもカリーヌといつ知り合ったんだ」 ルルーシュの怒鳴り声にもスザクは顔色一つ変わらなかった。深閑とした雰囲気を身に纏い、訊かれたことに淡々と答えた。 「カリーヌ殿下とお知り合いになったのは、君の家に下宿してしばらく経った頃だよ。僕はその頃毎日が楽しく充実しててね、世界中の人に親切にしたいくらい楽しくて仕方がなかった。正直言ってカリーヌ殿下とどこで会ったのか覚えていない。僕にとってはそれほど些細なことだったんだと思う。でも後日殿下に呼ばれ、御礼を言われたんだ。無償で親切にしてもらったのは初めてだと、とても感激している様子だった」 スザクの言葉は続く。深海の底にいるような息苦しさが二人の間に横たわっていた。ルルーシュは初めて出会うその感覚に少しだけ身震いをした。 「無償で、ってところが僕には引っ掛かってね。ずいぶん殺伐とした世界で生きているんだなって、何をするにも見返りを要求されるのかなって、少し同情した。それからも時々呼び出されてね、軽く話す程度だったんだけど、ある時僕がKMFのパイロットだということを知ったらしく、自分の騎士にしたいと言われた」 一旦言葉を切り、自嘲気味に笑った。 「もちろん『ご冗談を』と言ってはぐらかしたよ。僕はそんなことのためにブリタニア軍人になったわけじゃないからね。ただ僕は……いつか、すぐじゃなくてもいつか君が必要とした時に、君の――になれればいいな、と…………」 最後の方の台詞はほとんど聞こえないほどの、小さな声だった。 話は唐突に終わった。沈黙が落ちる。だがそれも一瞬のことで、すぐにルルーシュの声が二人の間に響いた。だが返されたスザクの声は先ほどとは打って変わって激昂したものだった。 「だったらなおさらだ。何故言わなかった?」 「言ってどうなるっ。君に頼めばよかったのか? カリーヌ殿下の騎士にされそうだから、君の騎士にしてくれって? 確かにそう頼めば君は僕を騎士にしてくれただろう。だけどね、ルルーシュ。君が僕を騎士にしなかったと同じぐらい、僕は君にカリーヌ殿下の件を言うことはできなかった」 拳が握られる。むき出しの怒りが伝わる。見つめ合う瞳は睨み合うといってもよかった。 「そういった条件をなしにして、僕は君の騎士になりたかったんだ」 激しい感情に緑色の瞳が揺らめき。 「誰の目も気にせず、堂々と君を守れる立場になりたかったんだ」 その後静かに伏せられた。 「あ―――……、僕は何のためにブリタニア軍人になったんだか。はははは」 スザクは俯き両手を顔を覆った。俯き肩を震わせている姿はまるで泣いているように見え、ルルーシュはどう声をかけていいのかわからなかった。だが、顔をあげたスザクの目に涙はなく、小さな微笑がそこにあった。 「ごめん、ルルーシュ。一人になりたいんだ。出て行ってくれる?」 そしてこれが二人が交わした最後の言葉だった。 ルルーシュはため息をついた。白い息が空気に舞ってそして消えた。 あの時のことを思い出すのは今でも辛い。もうあれから半年も経っているというのに、あの光景を思い浮かべると目の奥が熱くなるのを感じる。どの方法が一番良かったのか、どの道を選べば違った未来をつかめたのか、とシミュレーションする度に、すでにこの手から零れ落ちた過去なのだと実感する。シミュレーションする意味がない。すでに過去なのだ。 二人が最後に会話した晩の数時間後、早朝にネ家の使いが来て、スザクを連れて行ってしまった。ネ家からの正式な文書を断ることはできないことを見越した上での暴挙だった。ルルーシュが起きた時にはすでにスザクはいなかったのだ。あの時ほど権力を欲したことはない。そして今もまた、権力が欲しくてただブリタニアのために働いている。 ルルーシュはバルコニーの手すりに両肘をつき顔をうずめた。 あとどのくらいの成果をあげれば、ネ家を潰せるだけの力を持てるのだろうか。このままじゃ時間だけが過ぎる一方だ。何か情勢を変えるだけで手柄が欲しい。でも、それは何だ? 何をすれば……。 そんな思考の渦に囚われていると、肩から全身に暖かいものを掛けられるのを感じた。不意をつかれ驚いて振り返れば、怒った形相をしたスザクが立っていた。 「お前、いつのま」 「こんな場所で何やってんだ、ルルーシュ。風邪を引きたいのか。ほら、ちょっとこっち向いて」 遠慮ない手つきで頬を挟まれた。顔が近づき、緑色の瞳が目前にあった。 「すっごい冷えてる。いつからここにいたの? 上着ちゃんと着て。いいね」 頬を覆っていた温もりは離れ、スザクはルルーシュの手首を掴み、自分が持ってきたコートを着せようとした。 「待て」 スザクの動きが止まった。 「自分で着れる」 「わかった」 掴まれていた手首が、触れられた頬が燃えるように熱かった。 「いいのか?」 ルルーシュは上着の袖に手を通しながら訊いた。 「え?」 「カリーヌのことだ。こんなところで油を売っていてもいいのか?」 「ああ、あの子。うん別にどうでもいい」 「どうでもいいって、お前……」 スザクの言い草にルルーシュは目を丸くした。 「紙切れ一枚で僕の忠誠心を買えるなんて思わないで欲しいな。ブリタニア軍人だから命令には従うけどね。早く解任して欲しいんだけど、彼女も意地になってるみたい。公式の場では穏やかに笑っているフリをするから、殿下もこれ見よがしにわざと転んでみたり抱きついたり、様々なことをやってくれるよ」 そういって薄っすらと笑うスザクは、氷のように冷たい表情だった。 「でもあんな卑怯な手段は許さない。たった紙切れ一枚の文書で僕の全てを奪った」 深い山林の木々ような緑色の瞳が突然燃えた。赤い怒りの力が満ちていき弾け散るように憎悪が宿った。 「スザク…………」 「ルルーシュ」 スザクはルルーシュを腕をひっぱりそばに寄せるとその口を塞いだ。口内を幾度か探られた後、名残惜しそうに離れた。スザクは訊いた。 「ねぇ、僕がいなくて寂しかった?」 「当たり前だ」 ルルーシュの言葉にスザクは大きな目をさらに大きくした後、ふわりと笑った。 「いや、だからだな、つまり、その、なんだ」 「うん、良かった。何にも感じてもらえなかったら立ち直れないところだった。僕たちの間には言葉がなかったから、少し不安だったんだ。最初は僕が強引に始めてしまったことだったし、君は僕に優しかったから」 「ふざけるなっ。優しいだけであんな行為を許すか!!」 激昂した声にスザクは破顔する。 「うん、でも、君が本当に僕を求めているのか、不安だった」 スザクは目を伏せ、少し俯いた。睫が軽く震えているのがわかる。 「夜会嫌いの君がね、ネ家主催の夜会だけには余程のことがない限り出席してくれる。嬉しかったよ、君の姿が見れるって。ネ家って本当にヴィ家と関わりがなくって、一時は一生会えないのかなって思った」 「スザク、もう少し待っていてくれ。必ず俺が何とかしてみせる」 権力を手に入れ、ネ家を潰してやる。だからそれまで。 だがスザクは軽く首を振った。 「無理しなくていい。君はいつからかそうやって何かを求め無理しているように見えた」 「だが、それではお前が」 ここのままか。ずっとこのままなのか? あの性悪女が、なびかないスザクにどんな手段を使うか気が気じゃない。姑息な手段を平気で取る女だぞ、あれは。強引に降嫁でもされたらどうする気なんだ。 そんな気持ちが表に表れてしまったんだろうか、スザクはルルーシュの気を静めるように軽く肩を叩いた。彼の笑顔と相まってまるで大丈夫だと言われているようにルルーシュには思えたが、スザクがルルーシュに求めたのはそんな生半可なものではなかった。 緑色の瞳を細め、口角をあげ、優しい笑みを湛えながら、その唇から発した言葉にルルーシュは身体が凍りついた。 「駆け落ちしようか」 スザクは、明日遊びに行こうか、とでも言うかのように言葉に重さはなかった。 「いつでも君を掻っ攫う準備はできてるよ」 変わらない口調で続ける。 「あとは君の心の準備だけだ」 そう、いつでも君を。 「決心がついたら言って」 この手に抱きしめて。 「すぐにさらっていくから」 優しい色をみせるスザクの瞳の向こうに、真っ黒い闇が潜んでこちらを見ていた。 咄嗟に何も言うことはできなかった。否定も肯定も何もなくただスザクを見つめた。 スザクは固まったまま何も言わないルルーシュを見て小さく笑った。冷え切っているルルーシュの頬に唇を寄せ、軽く触れた後、形がいい耳に言葉を吹き込んだ。 ルルーシュがその言葉の意味を理解したとき、スザクはすでにホール内の光の世界へと戻った後だった。 END [2010/03/13] |