|
CROSS ROAD 「俺と一緒に永遠を生きて欲しい」 二人の間に優しいそよ風が吹いた。 想いは音となり、言葉を紡ぎ、感情と共に空気に乗って相手に届く。 ルルーシュを見つめるスザクの緑色の瞳が微かに見開き、それからどこか戸惑いを含ませた口調で「え?」と呟いた。 ルルーシュはもう一度言った。 「俺と一緒に永遠を生きて欲しい」 永遠を。 終わることのない無限の時間を。 果てしなく続く永久の流れを。 共に生きて欲しい。 スザクの表情が強張るのがわかる。全身が硬直し思考が凍るのを感じる。 そんなスザクの様子をルルーシュはじっと見つめ、そして彼の身体の強張りが熔けるのを静かに待った。スザクはこちらの言葉をゆっくりと噛み締めるように嚥下した後、もう一度「え?」という呟きを漏らした。 「それはどういう意味?」 スザクが尋ねる。 「スザク、俺の身体の中に二つのコードがあることを前に話したのを覚えているか?」 「うん。V.V.とC.C.のだよね、確か」 「そのうちの一つをお前に渡したい」 「え?」 ルルーシュはスザクを見つめる。驚愕が交じる視線を受け止め、先を続けた。 「俺もコードに関してそれほど詳しくなかったんだが、C.C.が残した手紙によれば、コードは元々その力を分散できたりまた統合したり様々なことができたそうだ。そのあたりのことはどうやってそうしたのか、今ではわからなくなってしまったが、俺の中にある二つのコードの一つを分け与えるぐらいのことは簡単に」 「ちょっと待って」 「スザク?」 「ちょっと待ってくれ、ルルーシュ」 スザクは片手で額を押さえながら首を振って、ルルーシュの言葉を遮った。 動揺している。無理もない。けれど今伝えたかった。 スザクは大きな息を吐いた後、改めてルルーシュと向き合い真剣な眼差しで訊いた。 「ルルーシュ、君は今、自分が何を言っているのかわかっているのか?」 「お前は、俺がわからないで喋っていると思っているのか」 スザクの問いかけに、逆にそう聞き返した。うっと言葉に詰まるスザクが目の前にいる。 ルルーシュはもう一度繰り返した。 「俺と一緒に永遠を生きて欲しい」 「……ルルーシュ」 お互い見つめあう。顔に浮かぶ表情は一つの感情だけでなく複数のものが絡まりあい、形容し難い様相を生み出していた。 スザクは目を伏せ、小さな溜め息をついた。それからどこかぼんやりとした眼差しを遠くに向け、口元に小さな笑みを形作る。 「12年前」 「へ?」 「12年前だったら迷いもなく即決してただろうね」 柔らかい日差しがスザクの顔に当たっている。その情景に一瞬魅入ってしまい、スザクの台詞を理解するのが遅れた。それは一体どういうことなんだろうか? スザクは少し俯いた後、ルルーシュへ静かに告げた。 「少し、考えさせて欲しい」 「わかった」 だが一ヵ月後、スザクがルルーシュに示した返事は、明確な拒否の言葉だった。 休日の穏やかな朝食を前に切り出された話に、ルルーシュは息を止めた。 バルコニーへと続く大きな窓から入る陽光は暖かく、春そのものだった。ダイニングテーブルを挟み、前で座っているスザクはマグカップに注がれたコーヒーの水面を見つめている。 「何故、と訊いてもいいか?」 震えそうになる声を抑えながら訊いた台詞に、スザクはゆっくりと顔を左右に振った。 「その質問を受け付けることはできない」 「どうして?」 問いかけにスザクは顔をあげた。ルルーシュを真っ直ぐに見つめる。 「君には僕の意思を尊重してほしい」 「スザク……」 「だから、理由を聞かないでほしい」 ハッキリとした語気がスザクの心情を物語る。彼らしい意思を曲げない姿勢だが、それでは納得ができなかった。声を荒げたくない。けれども、どうしてもきつい口振りになるのは仕方がなかった。 「それで俺が納得できるとでも思っているのかっ」 「思わない。でも言わない」 スザクから返された返事にカッと頭に血が上る。 「言わない、だと。言えないじゃなく、言わない? 何だそれは?」 感情的になるルルーシュと比例するようにスザクの瞳は冷静だった。 何故だ。 俺と生きるのは無理か。 俺はそこまでの存在じゃないか。 当然か。 お前はあの『スザク』ではない。 だからなのか。 俺と生きられない理由は。 ルルーシュは瞼を伏せた。じっとこちらを見据えるスザクの落ち着いた目を見たくなかった。激情に駆られて声を荒げた己が恥ずかしかった。気持ちがあるのはルルーシュだけなのだと思い知らされた気がした。 「お前は……俺が嫌いか?」 言葉にした途端、後悔した。何を言っているんだ自分は、と罵りたくなった。こんな女々しい台詞など口にしたくなかった。 スザクは目を細め、それからゆっくりと否定するように顔を振った。 「僕は嫌いな人間と生活を共にしようとするほど酔狂な人間じゃないよ。むしろ君が好きすぎて恐い。君が去った後どうにかなりそうで」 向かい側でそう告げるスザクの口元に自嘲した笑みが浮かぶ。 「だったら何故?」 「ルルーシュ」 強い口調で名前を呼ばれた。まるで言ってはいけない事を口にして叱られているようだ。ぐっと奥歯を噛み締め、睨み付けた。だがスザクはそんなルルーシュの表情とは反対に優しく微笑んだ。 「僕の意思を尊重してほしい。あと数ヶ月の貴重な時間をギスギスした空気で過ごしたくない。もしそれができないようなら、今すぐこの生活を解消しよう。君に嫌な記憶を植え付けたくない」 「そんな言葉で納得できるか。お前は俺がどんな気持ちであの言葉を言ったと思っているんだ。どんな想いで……」 「ルルーシュ……」 スザクは少し逡巡した後、おもむろに口を開いた。 「昔、君がゼロレクイエムを決断した時、僕がどんな想いで君に膝を折り、『イエス ユアマジェスティ』と言ったと思う?」 「スザク」 思わぬことを言われルルーシュは言葉を失った。 「お願いだ。今度は君が僕の意思を尊重してほしい」 スザクの微かに震える口調に全てが詰まっていた。あの頃の想いの全てが。言えなかった気持ちも、伝えられなかった言葉も、その全てが声の隙間から零れ落ちていた。 ルルーシュは沈黙した。 何も言えなくなった。問い詰めることも文句を口にすることも。何も。何も。 スザクは再び目線を下げ、揺れるコーヒーの水面を見つめている。そんな彼の様子からは、どうして拒否したのかの理由が読み取れず、ルルーシュはただ黙って見つめるしかなかった。 本当にお別れなのか。あと数ヶ月で。 眩しい太陽の光が窓を通して差し込んでくる。今日一日が始まろうとしている。だが、ルルーシュはこれからどうやってすごせばいいのかわからなかった。 その後の生活は表面上穏やかに過ごしていても、やはり多少ぎくしゃくしたものが残るのは仕方がなかった。 スザクは何度も問いかけた。辛いのなら一年を待たず終わらせてもいい、と。この生活を解消してもいいんだ、と。 ルルーシュは何度も首をふった。かつてスザクが口にした通り、これは貴重な時間なのだ。またとない大切な時間。その終焉が目前に迫っていたとしても、彼と過ごすもう二度と訪れることのない・・・・・・。そう主張すればスザクは大人しく引き下がったが、その緑色の瞳に微かな気遣いが見え隠れしていた。 ルルーシュはそんなスザクの様子を目にする度に考える。彼があの時に口にした台詞を。 ――――昔、君がゼロレクイエムを決断した時、僕がどんな想いで君に膝を折り、『イエス ユアマジェスティ』と言ったと思う?―――― ゼロレクイエム。幾度も話し合った末に出した結論だった。お互いの思いを全て口にした上で導き出された終結だった。もう何も隠すものがないはずだった。それなのに今、スザクが吐き出した『どんな想いで』という台詞に戸惑う自分がいる。 あの頃の決断を後悔したくなかった。 あの時の自分にできた最善のことだと信じたかった。 ルルーシュはリビングを横切り、大きな吐き出し窓を開け、ベランダへと歩いた。眼下に広がる街並みを見つめる。 この平和な人々の暮らしの礎になったのだと、思いたかった。 だがそんなルルーシュの懊悩とは裏腹に、別れの時は唐突に訪れた。 それはスザクと再会してから九ヶ月目、ある初夏の日のことだった。 「10日後、西海岸の方へ引っ越すことになったんだ。ルルーシュ、いい機会だからこれで終わりにしよう」 突然前触れまもなく言われたことにルルーシュは混乱した。 いつものように帰宅し、いつものように夕食をとった後、スザクはそう切り出した。何にも変わらない表情で言われた。今日の料理美味しかったよ、と言うように彼の声は穏やかだった。そのせいか、ルルーシュは今自分が何を聞いたのか、理解することができなかった。スザクの台詞が徐々に己の中に染込むにつれて、ルルーシュの顔は強張るように硬くなる。そして「西海岸」という言葉にハッと脳裏に浮かんだ事柄に、その紫の瞳は悲しみよりも何よりも怒りを表した。 「お前、黙ってたな」 「頭の回転が良すぎるのも困るね。嘘つけないじゃないか。西海岸だけでわかったの?」 「なめるなよ、スザク。俺を誰だと思っているんだ」 「天才的な頭脳を持つ元黒の騎士団のゼロで、元神聖ブリタニア帝国第99代皇帝、かな」 「わかってるじゃないか。お前は俺が毎日のほほんと暮らしているとでも思ってたのか。西海岸で行われている軍の極秘プロジェクトぐらい、とっくに把握済みだ」 鋭い視線を突きつけながらそう言い重ねれば、スザクは困ったような苦笑いを零した。 ルルーシュは訊いた。 「移動申請をだしていたのか?」 「うん」 「何故だ?」 「・・・・・・」 「ここでの地位を手放してでも、俺と離れたいのか?」 スザクの苦笑いが凋み、代わりに溜め息が吐き出された。その瞳は辛そうに歪められ、歯を食い縛っているのがわかった。 「君に永遠を一緒に生きて欲しいと言われた時からもう辛くてしょうがないんだ。限界なんだ。ルルーシュ、お願い」 その言葉にルルーシュを支えていたものが、音をたててポッキリと折れた。 いつか。 この生活が終わりを迎えるその日までに。 スザクが心変わりしてくれるんじゃないかと期待していた。ルルーシュの繰り返す説得に絆されて、最終的にこちら側にきてくれるのではないかと思っていた。 でも。 ルルーシュはスザクの顔を見つめた。 彼は来ない。 彼の深緑の瞳は遥か遠くを見ている。 彼は来ないのだ。 ルルーシュは目を伏せた。 「わかった。終わりにしよう」 向かいでスザクが微かに身動くのを感じた。 「楽しかったよ、スザク。本当に」 たぶん、自分が死んでから今までの中で。 一番楽しかった。それは嘘偽りのない事実だった。 別れる場所は決まっていた。二人が再会した場所、そこが一番相応しい気がした。 再会し、不用意な言葉で二人をギクシャクさせ、そして別れの場所。おそらくここにはしばらく来れないだろう。今目の前にいるスザクが確実に存在しなくなった時間が流れるまで。 二人はゼロの墓石の前に立った。木々の隙間を縫って太陽の強い木漏れ日が落ちてくる。時おり吹く風により小さく揺れている。 荷物は少なかった。元々自分が持っていたものぐらいしか、持って行く気はなかった。あとのものは捨てた。スザクの手を煩わせたくなく、自分の手で全てを捨てた。 「言うなよ、スザク」 「え?」 「こんなふうに決別するなら、ここで再会した時知らない顔して通り過ぎるべきだった、なんて口が裂けても言うなよ」 「ルルーシュ」 「俺は楽しかった。きっといい思い出になる。何度も反芻するような。お前もそうだと嬉しい」 「うん」 スザクは頷きながら少しだけ微笑んだ。 ルルーシュはズボンのポケットを探り、綺麗に四つ折りされた紙を取り出し、スザクへと突きつけた。そして人の悪そうな笑顔をスザクに向ける。 「今度は俺から渡す」 「ルルーシュ?」 「俺の携帯番号だ」 その台詞にスザクが目を瞠る。 「ルルーシュ、君は・・・・・・」 「気が変わったらいつでも連絡しろ。ずっと待ってるから」 スザクの意思が変わることがないのは知っている。けれど最後の悪あがきだ。かつて彼がしたように。例えこのすぐ後にくしゃくしゃに丸められ捨てられても。 彼の手がゆっくりとそれに伸ばされる。指先が微かに触れ、それは彼の手の中に移っていった。 「ありがとう、お守りにする」 スザクはしばらく己の手のひらになるそれを見つめた後、おもむろに顔をあげ、やはりしばらくルルーシュの顔を見つめ、それから言った。 「ルルーシュ、未来で待ってて」 「え?」 何を言われたのか一瞬理解できなかった。そんな疑問が顔に出ていたのだろうか、スザクは言葉を積み重ねる。 「すぐにまた逢えるから」 「・・・・・・」 「その時こそ一緒に逝くから」 「スザク?」 「何で『僕』じゃなかったんだろうね」 緑色の瞳が刹那翳り、だがそれはすぐに眩しい夏の日差しと交じりどこかへと消えた。ルルーシュがその真相を探ろうとする前に、再びスザクが口を開く。謝罪と感謝と。 「ごめん」 そして笑顔をルルーシュへと向ける。 夏の眩しい光がスザクの瞳に反射し、鮮やかな緑色を生み出している。 それはいつか見た枢木神社の森の色彩のように感じた。遠い遥か昔、三人で遊んだあの夏の日に見た、強い太陽の日差しから守ってくれた木々の深い緑に・・・・・・。 「ごめんね。そしてありがとう」 ×××年後。 日本国、東京第二租界地区。 ルルーシュは足は止めた。 微かに開かれた窓から入ってくる夏の空気に、遥か昔の出来事が唐突に脳裏に甦ったからだ。もう何十年、何百年の記憶だ。けれど今でもはっきりと鮮やかに思い出すことができる。 今まで生まれ変わったスザクとは幾度も出会った。けれど前世の記憶を持ったスザクは彼だけだった。彼は『スザク』だったが、同時に『スザク』ではなかった。そんな彼のことを思い出すと懐かしさと共に少し切なかった。 彼が自分と生きてくれなかった理由は今でもわからない。 そして最後の時に言った「未来で待ってて」という言葉の意味も。 彼は、ルルーシュのことを本当の意味でどう思っていたんだろうか? 今となっては聞くに聞けない問いかけだが、それでも時々ふと何かの拍子に考えることがある。 前世というやっかいな思い出は、きっと彼を思わぬことで苦しめ、歪ませたに違いない。そして所詮は夢の中のことだと割り切っていた彼に、突然夢から出てきた自分はどう映ったんだろう? 彼はルルーシュを否定するようなことは言わなかった。 彼はいつでも穏やかだった。あの夜以外は・・・・・・。 あの日、あの夜、南の島から帰国したあの時だけ、彼は本音を吐露したように思える。 その後の彼の消息は詳しくは知らないが、大雑把には聞こえてきている。 西海岸へ移動した彼はそこでも順当に出世をしたらしい。だが幹部になることはさけ、あくまでも前線を志願したようだ。50歳のときにいきなり退役して周囲を驚かせ、その後日本へ帰国したという。それから先のことは知らない。 彼が帰国してしばらくたった後、携帯が一度だけ鳴った。ワンコールで切れ、取る暇もなかった。発信源もわからず、誰が掛けてきたのかわからなかった。ただの間違い電話だったのか、それとも彼だったのだろうか? 「おい、ランペルージ。何をしている。ちゃんとしっかりついて来い。もうHRが始まっているんだからな」 廊下の前方から聞こえてきた声にルルーシュはハッと我に返った。立ち止まっていた足を進め、こちらを見ている人物へと向かった。これからしばらく顔を合わせることになる担任だ。変な印象を持たれたくはない。ルルーシュは素直に「すいません」と頭を下げ、担任の後に続いた。 いくつもの教室を通り過ぎる。それを何度も繰り返しながら、やっと担任がある教室の前で止まった。 十代の学生特有の騒がしさが扉の向こうから聞こえる。久しぶりの音だ。時代が違えどこの騒がしさは変わらないようだ。前にいる教師が扉を開いて、その騒がしさは小さくはなったが完全にはなくなってはいなかった。小声で話す声が聞こえる。 ルルーシュは教師に続いて教室の中へと足を踏み入れた。その途端まるで津波が押し寄せるように沈黙が教室を飲み込んだ。 何十の視線を感じる。 それほど転入生が珍しいのか、それともブリタニア人だからか。 今現在、世界的に混血が進んで、ルルーシュのようなはっきりとしたブリタニア人は滅多にいなかった。きっとそのせいなんだろう。これほど凝視されるのは。 ルルーシュは席に座っている生徒らをざっと見回した。そして一番後ろの席で皆と同じようにこちらを見つめている緑色の視線と出会う。 微かに瞳を大きくしてルルーシュをじっと見つめている。 茶色い癖毛、大きな緑色の瞳、優しげなベビーフェイス。 けれどそれが一瞬の変化で苛烈に燃え上がるのをルルーシュは知っている。 意識せず笑みが零れた。 見つけた。 やっと見つけたのだ。 今度こそ。 今度こそ必ず。 今度こそ必ず………。 今度こそ必ずお前を連れて逝くよ。 END [2010/12/13] |