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CROSS ROAD ブリタニアから乗継きを経て5時間のフライトの後、ようやく目的地に飛行機は降り立った。空調のきいた空港から外に出れば、南国特有の蒸し暑さが身体を覆った。相変わらずの雑然とした眺めに少しの懐かしさを覚えながら、バス停へと移動する。ここからバスを4本ほど乗り継いだところに、ルルーシュが長年住んでいる洋館があるのだ。 慣れ親しんだバスの揺れに身を任せながら、ルルーシュは草木が生い茂る風景をなんとなく見ていた。そしてこの数ヶ月のことを思う。 この島を出る時はまさかこんな風になるなんて微塵も想像できなかった。 スザクと再会し、一緒に暮らしているなんて。 彼が教育実習生の時、教室で初めてルルーシュを見た時の衝撃、それはかつで経験したものだから自分にもわかる。そしてただ見守るしかない気持ちも。 スザクは全て思い出したのが18の頃だったと言った。平和に生きてきた彼が、かつての自分たち二人の結末をどう受け止めたのか、それを考えるとルルーシュは憂鬱になるのだった。 そんな暗澹たる気持ちを抱えながら、ルルーシュは数度バスを乗り換え、目的地へと辿り着く。バスを降り、晴天の下舗装された道を歩いた。すれ違う人影はほとんどいない。それもそのはずで、ここは中心部から離れていたし、定住している人があまりいない別荘地区だからだ。人がいるとしても管理人か、それに近い人間だろう。 ルルーシュは脇道に足を踏み入れる。それからしばし歩くと見慣れた洋館が見えてきた。敷地内に入り、古いドアを開ければ、中からむっとした空気が流れ出す。思わず顔を顰め。 「一度、風通しをしないと駄目だな」 と溜め息交じりにそう言いながら、ルルーシュは家中の窓を開けた。 爽やかな風が家全体を通り抜け、篭った空気がなくなったところで、やっとソファに腰を下ろした。顔を外に向ければ、変わらない波の音と南国の景色がそこにあった。木陰からC.C.がひょっこり顔を出してもおかしくないほど、変化はなかった。家の中を見渡しても、あの頃と家具の配置は一切変わってなく、留守にしていた間の埃が蓄積されているだけだ。 ルルーシュはしばらくそこで南国の風に身を浸していたが、やがてゆっくりと立ち上がり、二階にある部屋を目指して歩いた。階段をあがって、すぐ脇に目的の部屋がある。 初め、その部屋はルルーシュの書斎として使っていたが、そのうちC.C.が居座るようになり、最終的に根負けして譲り渡したのだった。それ以来あまり足を踏み入れたことはなかった。C.C.が消えてから入るのは初めてかもしれない。 ドアノブを握り、回す。少し耳障りな擦れた金属音がした後、ドアはゆっくりと開いた。中から湿り気を帯びた篭った空気が溢れる。 「電気の位置は……どこだったか。ここらへんか?」 手探りで探し出し、スイッチを押したが、壊れているのか明かりは点かなかった。 「くそっ!!」 ルルーシュはドアを大きく開け、廊下から漏れてくる光を頼りに、窓際まで歩き、カーテンを思いっきり開けた。その途端部屋の中が明るくなる。 ルルーシュはホッと息をついた。それから部屋の両側の壁にある本棚に目をやった。ここにはかなり昔の書物が多数あったはずだ。ルルーシュは上から順を追って目線を移動させる。 この部屋がまだルルーシュの書斎だった頃、空いている時間をどうしていいのかわからず、ただ読書に耽っていた。その時、多くの本の中に確か「それ」を見つけた記憶が……。 そんなことをぼんやりと考えながら背表紙を追っていると、やっとそれっぽい本を見つけ出した。ルルーシュはそれを手に取る。ざっと中身に目を通せば、間違っていないことを知る。 それはちゃんとした本ではなかった。なぜならば中身は全て手書きだったからだ。しかもそれはルルーシュ自身が書いたものだった。 あの頃、とルルーシュは思う。 あの頃、自分に合ったナイトメアがどうしても欲しくて、忙しい黒の騎士団の活動の合間を縫って、ナイトメアの可動限界や防御に関して研究していたのだ。結局ほとんどはラクシャータに任せきりになってしまったが、それでも理論を知っていると知らないでは、何かあった時に圧倒的に差がでるだろうと、時間がある時は彼女の研究室にあれこれ質問していたのを思い出す。 これはその当時の自分の研究ノートだった。あとでPCでまとめようと考えていたが、その時間もなかった。黒の騎士団を追い出された時も、ゼロレクイエム後日本を脱出する時も、必死にその場を生き残るのみで何かを持ち出すことなど不可能だったから、きっとこれはC.C.が持ってきたのだろう。 ルルーシュは表紙を懐かしそうに擦った。 自分にはランスロットに関する知識はほとんどない。皇帝となってロイドが配下になった頃は、悠長にナイトメアの研究をしている時間はなかった。世界を手にすること、己の死後の対策だけで精一杯だった。 だが、ランスロットまではいかなくても、かつて自分が手にした知識で今のナイトメアをもう少し何とかできないだろうか。 何もかも破壊する巨大な攻撃力や、何も受け付けない防御力ではなく、俊敏性を、スザクの反射神経に対応できる俊敏性を何とかできないだろうか。 ―――あんな風に空を翔るように動けるなんて――― スザクがそう言った時、彼は自分がどんな顔をしていたのか自覚しているんだろうか。 懐かしそうな、夢見るような、煌いた表情をしていた。 せめて多少なりともその動きを実現できる手助けができれば、ルルーシュはスザクのあの表情を見た時からそんなことをずっと心の中で考えていた。 もちろん、家に戻ったのはここの状態がどうなっているのか不安だったのもある。けれど……。ルルーシュは手の中にある本をそっと握り締めた。これで少しでも……。 ルルーシュは本を抱え、窓際にある大きな焦げ茶色の机に腰掛けた。窓から差し込む光を頼りに本の中身をよりよく確認しようと、机の上に本を置こうとした時、ふとそれに気づいた。今まさに本を置こうとしていた場所に、一通の古びた封筒が時間から取り残されたようにそこにあった。封筒の上には埃が積もっていて、かなり昔からそこにあったということが窺える。 驚いて息を止める。封筒には「ルルーシュへ」という文字が記されていたからだ。 ルルーシュは本を脇に置き、その封筒を手に取った。 見覚えがある筆跡に手が震える。 知っている。 この筆跡は、間違いない、C.C.のだ。 一体いつからここに? 彼女はここから消える前にこれを残していったんだろうか。 まさか遺言、ではないだろうな。彼女に限ってそんなことをするとは思えないが。 ルルーシュはくすりと苦笑いを浮かべながら封を開けた。封筒の表面から埃が落ちる。中身を取り出し、二つ折りにされた手紙をそっと開いた。C.C.がいた時代の空気の匂いがした。懐かしい筆跡に顔は自然に笑顔になる。 だが、C.C.からの手紙を読み進めているうちに、その表情は次第に強張り、ルルーシュの紫色の瞳は瞬きを忘れたように手紙に釘付けになっていた。 手紙にはこう書いてあった。 ルルーシュへ お前がこの手紙を見る頃には私はきっとここからいなくなっているだろう。 最もこの手紙を見つけるのが今日なのか、それともずっと後になるのか、お前のことだ、結局手紙を見なかったっていう可能性もあるな。 まぁ、いい。ルルーシュ、お前がこの手紙をすぐに見つけてくれることを前提に話を進めよう。 ルルーシュ、共にいる間様々なことがあったがお前には本当に感謝している。 ギアスのこともコードのことも、辛いことが多かっただろうに、最後の最後に私のコードまで受け取ってくれて、本当にありがとう。お前は優しいやつだな。 私がもう何十年も前から生に厭いていることに気づいて、お前が「コードを受け取る」って言ってくれた時は驚いたものだが、同時にそれは甘い誘惑だった。人間ができたこの私でさえ、刹那、全てをお前に押し付けてやろうか、と思ったほどだ。 だが私はそこまで人非人ではない。 コードを押し付けておいて何を今更、と思うかもしれないがな。 でもそれはお前が私のコードを他の奴に渡すのを是としなかったせいだぞ。何もお前が全てを背負わなくても良かったんだ。 だからルルーシュ。一つ、お前に希望をやろう。 お前の中にある二つのコード、その片方は誰かに分け与えることができる。 元々コードは幾重にも枝分かれしたり、それが合わさったり、色々できたそうだ。今となっては、どうやってそれを行ったのかわからないがな。だが、一緒になった二つのコードを再び分ける単純なことは可能だ。 机の下にある箱を見ろ。 そこに嚮団の資料がある。 嚮団そのものはお前が潰したが、瓦礫の下にあった倉庫は無事だったようだ。他にも嚮団の支部があってな、もう誰もいないが残骸だけは残っていたので、そこから色々集めてきた。 私の言葉が信用できないなら、お前が自分の目で確かめろ。 まぁ、すぐに私の言葉の正しさを知ることになるだろうがな。 ルルーシュ。 お前がいつか、誰かと永遠に共にいたいと思った時これを使うがいい。 コードの連鎖は自分で止めるとか馬鹿なことを考えてそうだが、誰かと共に過ごすっていうのもまんざら悪くないものだぞ。私が証明してやる。 私にはできなかったが、お前ならいつかコードを消滅手段も見つけられそうだな。お前は自分自身のためにという意思は脆弱だが、誰かのためになら強い意志を発揮できるだろうから。そのためにも、お前が望む「誰か」と共に生きるべきだ。 一人で永久を生きるのは、結構辛いものだ。 ゆえに「誰か」を望むのは自然な感情だ。 相手もお前を望んだならば、そいつに永遠を分けてやれ。 ルルーシュ。 あれからもう何年が経った? もう十分じゃないのか? 少しぐらいわがままになっていいぞ。 欲しいものは欲しいと主張しろ。 私が許してやる。 それじゃあ、な。ルルーシュ 黄ばんだ便箋二枚に書かれた文字を何度も読み返した。 「C.C.……」 そう呟きながら便箋を机の上に戻し、足元を覗き込めば、彼女が言っていた大きめの箱が目に入った。しゃがんでそれを開ければ、たくさんの資料がそこにあった。 ――お前がいつか、誰かと永遠に共にいたいと思った時―― 資料を手にしながら、手紙にあった彼女の言葉を思い出す。 ――相手もお前を望んだならば、そいつに永遠を分けてやれ―― ページを捲り、軽く速読する。ざっと内容を把握してそれからもう一度、机の上にある手紙に目をやった。 C.C.がまだここにいた頃、彼女は頻繁に一人で外の世界に出かけていたことを思い出す。もしかしたらたった一人で嚮団の跡地へ行き、資料を集めていたんだろうか。 「馬鹿だな。そんなことしなくてもよかったのに」 ルルーシュは悲しそうに笑った。 それから時間を忘れて不眠不休で資料を読んだ。C.C.が嚮団の跡地から持ってきたものは、コードやギアスのことだけでなく嚮団の設立やブリタニア皇室への関わりなどの記載もあり、非常に興味深いものだった。中には嚮団内で起きた血生臭い事件の裏事情などが書かれてあり、派閥の抗争なども窺えた。 隅々まで読み漁り、それを基にして自分なりに再構築してまとめ終わる頃には、すでに予約していた帰り飛行機の日から一日半が過ぎていた。さすがにこれ以上戻るのが遅れるのはまずいだろうということになり、慌ててまとめたデータと必要な資料を持って、空港へと急いだ。乗り継ぎが上手くいかず、必要以上に時間がかかったが、それでもスザクが戻るまでまだ数日はある。 ルルーシュは何とか無事にブリタニアに戻ってこれたことにホッと安堵の息をもらす。それから首都へ向かう電車に乗り込み、ぼんやりと車窓の向こうに流れる風景を眺めていた。 二度ほど乗り換えをして、やっと最寄り駅に辿り着いた。すでに空は薄暗く、高層ビルの隙間から橙色をした太陽が沈みかけている。 家には何か食べれるものがあっただろうか。 帰宅する前に何か買っていったほうがいいかもしれない。 スーパーに寄って、適当に食材を買い込み、家へと急いだ。 その時分には微かに見えていた太陽は完全に地平線の向こうに沈み、街灯が夜の通りを照らしていた。 ドアのシリンダーに鍵を入れ、ロックを外した。 何だか久しぶりにこの家に帰ってきたような気がする。たかだか一週間と少しだというのに。そんなことを思いながらルルーシュはドアノブを回し、部屋の中に入った。 明日はとりあえず家の中の大掃除をしよう。部屋の中を隅々まで綺麗にして、それから食材を買い込みに行って、いやその前にあいつが喜びそうな献立を考えて。そこでルルーシュは思わず笑った。今のスザクも相変わらずデミグラスハンバーグが好きだったからだ。 そんな時。 ルルーシュが開けた鍵を再び閉めようとドアに向き合った時、背後から声がした。 「おかえり」 予想外の声に驚き、身体が硬直した。 だがそれ以上に、すぐに振り向けなかったのは掛けられた声があまりにも無感情だったからだ。感情がないロボットがそこにある台詞を棒読みしている、そんな印象だ。 「ずいぶんと遅かったね、ルルーシュ」 ルルーシュは固唾を飲み込み、恐る恐る振り返った。視線の先に、優しい笑顔を浮かべたスザクが立っている。 「ねぇ、どこ行ってたの?」 薄暗い廊下の中、闇を宿した瞳がルルーシュを静かに見つめていた。 [2010/10/31] |