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CROSS ROAD 「C.C.の? それとも……」 「V.V.の……シャルルのだ。俺がこうなった原因に関しては。……でも今はC.C.のもある」 「じゃあ、今は二つのコードを?」 「そうだ」 そう応えればスザクは微かに顔を顰め、それから再び歩み始めた。言葉が途切れ、濡れた石畳に革靴とブーツの音が不規則なリズムで響いている。 ルルーシュは横目でスザクの精悍な横顔を盗み見る。緑色の瞳は真っ直ぐに前を見据えて、誰もいない旧市街地の風景を見ていた。 この景色はスザクにとってどんな風に見えるのだろうか。 ルルーシュが知っているペンドラゴンの景色はない。フレイヤで全て消えている。 けれどスザクは違う。ブリタニアの旧市街地。かつてここが帝都の中心地だったはずだ。ゼロとなったスザクはペンドラゴンの復興に力を注ぎ、僅か3年ほどで街を建て直したという。文化遺産にも登録されているこの場所は、きっとその頃の面影が残っているはずだ。 「スザク」 唐突にルルーシュは口を開いた。 「ん?」 視線を前に向けたままスザクが応える。 「12年前」 そう言えば、スザクは顔をルルーシュへと向けた。 「12年前、記憶が戻っていたのならどうして俺に言わなかった? そんな気配全くなかった。お前は俺を完全に単なる一生徒として扱っていた」 「ルルーシュがまさかコードを持っているなんて知らなかったからね、……それに君の演技は完璧だった。単なる頭のいい学生に見えた。僕のことを知っている様子は微塵もなかった。それなのにどうして言い出せる?」 「スザク」 呼びかけるとスザクは微笑んだ。それは昔のスザクからは考えられないほど大人びた笑みだった。過去に対する憤りも諦めも全てを飲み込み、小さく微笑む。そんな表情のまま、彼はまた続けた。 「ルルーシュ、僕があの時できたのは君に携帯番号を渡すことぐらいだったんだよ」 それにね、と付け加えスザクはさらに言葉を紡いだ。 「それにね、あの実習の三週間すごく考えたんだ。もし僕が君に近づいたことで、君の記憶が戻ったりしたら、それは君にとってどうなんだろうって……。あの記憶は君を幸福へと導くのだろうかって……」 スザクはそこで堪えきれないように、苦笑いを零した。 「馬鹿だよね。考えるまでもない。幸せになんかなれっこない。絶対に君に傷を残す。このまま何も知らない方が幸せになれる。だから」 「だから、言わなかったのか」 スザクの言葉尻に被せるようにルルーシュが言えば、スザクはちらりと横目でこちらを見た後、小さく溜め息をついた。 「学校を去る時、携帯番号を渡したのは僕の悪あがきだ。本当は知らない顔して通り過ぎるべきだった。……今もきっと……あの教会で……君に気づかないふりをして通り過ぎるべきだったんだろうね」 古びた十字架が並ぶ小道を何でもない顔をしてそのまま通り過ぎる。 見知らぬ他人のように、言葉を交わすこもなく、視線を合わせることもなく、触れることさえなく、すれ違う。お互いの人生に関わることはない。 それがベストの選択だと、スザク、それをお前が言うのか。 ルルーシュは奥歯を噛み締め、きつい視線を隣にいるスザクへと投げつけた。だが返されたのは、この上ないほど優しく極上の笑みだった。 「でも、できなかった。君がいるのに無視して通り過ぎるなんで、……できなかったんだよ」 道なりに歩いてきた通りはT字路へと差し掛かる。左右に分かれる道を目にして、二人の足は自然と立ち止まった。後ろを振り返る。再会した教会はとっくに見えなくなっていた。 左右に分かれる路は別れの起点のような気がした。だからなのか、止まった足が一向に動き出そうとはしないのは。 スザクはルルーシュへと身体を向けた。二人の傘の隙間から冷たい霧雨が落ちくる。それは二人を隔てる境界線のように見え、ルルーシュはやりきれない気持ちが込み上げた。 永遠を生きる者。限りある時を生きる者。 今まで何度もスザクとは出会い、別れたはずだ。たまたま再会したとはいえ、いつもの儀式でしかない。またいつか、時の流れの中で再会できるはずだ。この目の前にいるスザクではない、別のスザクと。 「ルルーシュ」 スザクは呼びかけた。 その声に惹かれルルーシュはわずかに顔を上げた。優しく微笑む笑顔の中に、拭いようがない悲しみが見え隠れしている。 スザクは微かに首を傾げ、ルルーシュに問いかけた。 「抱き締めてもいい?」 その言葉に目を瞠り、固唾を飲み込んだ。 ゼロレクイエムで血の抱擁を交わして以来、スザクには一度も触れたことはなかった。何度も転生を繰り返したスザクに出会っても、触れることはしなかった。 ルルーシュは迷っていたが、スザクは答えを返されるのを待つこともなく、そっと手を伸ばした。スザクが持っていた透明のビニール傘が地面に落ちる様子が、スローモーションのようにゆっくりと見える。その一瞬後、スザクの腕の中に閉じ込められる。逆らうことなく肩口に顔を埋めれば、懐かしさが溢れた。瞼の奥から滲み出るものを我慢できず、涙が零れるのを感じた。それでも意地でも声は出すものか、と奥歯を食い縛る。 「ルルーシュ」 スザクの声が間近で聞こえた。どこか苦しそうな声だ。 「5年、いや2年、……1年でもいい。時間をくれないか? 君の限りない時間の中で、1年でいいから、それを僕にくれないか?」 「スザク……」 「思えば、僕らには平凡な時間なんてほとんどなかった。1年だけでいい。なんでもない時間を君と過ごしてみたいんだ」 たぶんきっとそれ以上共にいたら辛くなる。スザクが1年という期限を切ってルルーシュに頼んだのは、きっとそういった事情もわかって言ってくれた言葉なんだろう。 永遠を生きる者。限りある時を生きる者。 時間の壁がもたらす結果は想像する以上に辛いに違いない。だからこその1年という時間なのだ。 ルルーシュはぎゅっと手を握り締めた。抱き締め返すことはできなかった。けれど目の前にいるスザクの願いをどうして断ることができるだろうか。 「わかった」 静かに答えた。その途端、腕の力が増したのを感じた。 「ありがとう、ルルーシュ」 微かに震えたスザクの声がした。 ルルーシュは決めた。己に課した決まりを叛くことになっても、彼の生を見守ろうと。彼がその命尽きるまで、見守り、最後を看取ろうと、ルルーシュは今この時、決断をしたのだった。 静かな霧雨が降る日から始まったスザクとの生活は、予想以上に穏やかで落ち着いたものだった。ブリタニアの首都ペンドラゴン、高層マンションにあるスザクの自宅は広く、ルルーシュ一人増えても特に問題はなさそうだった。むしろあまりにガランとした空間だったので、逆に驚いたほどだ。それをスザクに訊けば。 「あんまりここには帰らないからね。ほとんど向こうで、軍の仮眠室で生活しているし。でも、これからは毎日帰るよ」 と返された。さらに色々と話すと。 「一応、幹部候補だからね。あちこちに行かされることもよくあるし、忙しいんだ。でも……絶対に毎日意地でも帰るから」 とスザクはさらに繰り返し言った。 渡されたスペアキーは手のひらにすぐ馴染んだが、ずしりと重かった。ルルーシュの気持ちとスザクの気持ちの塊がそこにあるような気がしたからだ。 出勤するスザクを送り出し、帰宅するスザクを迎える。どこの新妻生活だとルルーシュは多少こめかみを引きつらせていたが、数日するとすっかり順応し、それも悪くないと考えるようになった。食卓を囲み、他愛のない話をして笑う。テレビを見ながらくつろぎ、音楽を聴きながらうたた寝をする。休日には二人でペンドラゴンを当てもなく散歩したり、買い物をしたり、外食をしたり、平凡な日々を過ごした。 一週間、二週間、一ヶ月、二ヶ月と、そうやって時間は確実に過ぎようとしていた。あまりにも穏やかすぎて気がつかなかった。夢のような時間を過ごしていたせいで見過ごしていた。スザクは再会した日にルルーシュを抱き締めて以来、一切触れてこなかったのだ。 ルルーシュがまだ人間だった頃、アッシュフォード学園では幸せな恋人ごっこをしていたし、全てを超えて皇帝と騎士という立場になってもそれなりに身体の関係はあった。 スザクは記憶は全て戻っているという。ならば自分たちがどんな関係だったのかもわかっているはずだ。 この穏やかな生活に慣れてからルルーシュは幾度かスザクに手を伸ばそうとした。けれどどうしてもできなかった。自分はあの時のまま生き続けている。だが、スザクは何度も生が途切れ、あの時のスザクと完全にイコールであるわけじゃない。今のスザクはそういった意味でルルーシュを必要としているわけではないんだろう。きっとあの凄惨な記憶を慰めたいだけなのだ。 それでいい。 それでいいんだろう、きっと。 ルルーシュはそう思った。 「出張?」 「うん。インドにね、二週間ぐらいかな」 スザクは上着をハンガーにかけ、クローゼットに仕舞いながらそう言った。 「急だな」 「ほんと。こんな時なのに、二週間だなんてひどすぎるよ」 溜め息と苦笑いを交互に繰り返すスザクを見ながら、ソファのに座ってくつろいでいたルルーシュは瞬時に考えを巡らせ、尋ねた。 「インドか……。ナイトメア関連か? 確か今、ブリタニアは共同開発しているのがあったはずだ」 「うん。さすがルルーシュだね。そう、それ」 スザクはルルーシュの隣に腰掛、ローテーブルに置かれたコーヒーを手にし、一口飲んだ。 「あの頃のナイトメアと比べて、今のはずいぶんお粗末なものじゃない?」 「そもそもの原理が違うからだろう。あれはサクラダイトがあってのものだ」 「うん、まぁ、そうなんだけどね」 ルルーシュは隣にいるスザクを見た。 「スザク……、ランスロットに乗りたいのか?」 そう訊けば、こちらを向いた緑色の瞳が微かに大きくなる。 「乗りたくないって言えば嘘になるけど……、何しろ記憶はあるけど体感したわけじゃないからね。あんな風に空を翔るように動けるなんて、ちょっと信じがたいものがあるし。……でもきっと、この世界では必要ないものなんだろうね」 必要ないもの。 清清しいスザクの表情を瞳に映しながら、ルルーシュは口の中で呟いた。 この平和な世界の中で、ルルーシュもまた必要ないものの一つなんだろう。数多の命を奪ったランスロットも己自身も、この世界にはそぐわないのだ。 スザクが出張に出る日、空は晴れていた。じゃあ行ってくるね、という何でもない挨拶に、いつも通り頷きながら、ああ、とだけ返した。目の前のドアが閉まりスザクの姿が視界から消える。ルルーシュは踵を返し、リビングへと戻る。それからサイドボードの引き出しを開け、自分のパスポートを取り出した。 スザクが留守中の二週間。 久しぶりにあの南の島へ帰るのも悪くはない。 もともとゼロの墓参りで一週間ほどで帰国する予定だったのだ。大丈夫だとは思うが、家の様子を見に行くのもいいだろう。 ルルーシュは飛行機の予約をし、それから家の中を片付け、それが終わるとパスポートと財布だけを手に持ち、家の外へと出る。 ほんの一週間だ。 スザクが戻るまでには絶対に戻るつもりだった。 [2010/10/20] |