分光器の設計方法



 ここでは、反射型グレーティングを使用した分光器の設計方法の概略について述べます。 更に、説明と併せて恒星の微細スペクトルが解析できるような中分散分光器を想定し、Hα線(656.3nm)を使って、約100km/s程度の回転速度を検出することが可能な分光器の設計パラメータを求めてみます。検出器としては、CCD(KAF-0401E)を想定しています。

一部の用語については該当する日本語がわからなかったため、"それらしい言葉"に訳しています。
誤りに気づかれた方は、お知らせ頂ければ幸いです。



解像度の計算

分光器の解像度パワーRは、以下の式で表されます。
R=λ/dλ=c/dv
cは光速度(c = 3x105km/s)

測定したい速度が100km/sですから、上式に当てはめれば、想定している分光器の解像度パワーRは、
R = 3x105/100=3000
となり、同様に、
dλ=656.3/3000=0.22nm(2.2Å)
という値が得られます。
ノート
R<1000の分光器は低分散、Rが1000以上、5000以下ならば中分散、R>5000では高分散と呼ばれます。
グレーティングの選定

必要な解像度を得るために分散の大きなグレーティングを選びます。分散を大きく取れば、機器を小型化することが可能になります。必要なスペクトル帯域にあわせたブレーズ波長を選択します。ここでは1200溝/mmでブレーズ波長は可視光域である500nmのグレーティングを選択します。

回折角の計算

入射角αの関数として、回折角βを与える式は、

sinα+sinβ = n・k・λ ------------(1)


λが波長(mm)、kが次数、nは格子周波数(溝/mm)。
ここでは、スペクトルの中心波長として、Hα線(6563Å=0.6563x10-3mm)を、nには1200を用います。
βはαの関数として、次の式で求めることが出来ます。

β = sin-1(n・k・λ-sinα) ------------(2)


スペクトルの解像度は、入射角αに比べて回折角度βが小さくなる方が良くなります。
また、高い次数では入射角が大きくなりグレーティングのサイズが不足する可能性が高くなります。
機器配置を検討し、光路のなす角θを

θ=α+β


と定義して、大まかな値を求めておくとα、βを決定する目安となります。
ここでは、α+β=28.5゜としてk=±1について求め、
k = +1では、 α = 38.2 β = -9.7
k = -1では、 α = -9.7 β = 38.2
βの小さいk=+1を選択します。

コリメータレンズの計算

コリメータから出てくる光束の直径d1は、コリメーターの前面の光軸に垂直な面で、以下の式で与えられます。
d1=(D・f1)/F ------------(3)
Dは望遠鏡の口径、Fは望遠鏡の焦点距離、f1はコリメータの焦点距離です。
Wをグレーティングの寸法とすると、コリメータからみたグレーティングの大きさLは、
L=W・cosα ------------(4)
となります。W=30mm、α=38.2゜とすれば、L=23.6mmとなります。
Lは、d1よりも大きくなくては、光束がケラレてしまいますから、(3),(4)式から、
(D・f1)/F < W・cosα ------------(5)
を満足しなくてはなりません。この条件から、コリメータの焦点距離f1は、
f1 < (F・W・cosα)/D ------------(6)
となります。
W=30mm、α=38.2、望遠鏡を20cmF4とすると、94.3mmという値が得られます。この焦点距離以下の光学系をコリメータとすれば良いのですから、タムロン製90mmF2.5のレンズを使うことにしましょう。
(3)式により、有効な光束の直径はd1=(200・90)/800=22.5mmとなります。この値を(4)式で与えられたLと比べれることで、どの程度の組立て誤差が許されるのかが判ります。この場合、23.6-22.5=1.1mmとなります。

最後に、コリメータレンズが望遠鏡からの光束がケラレないF値であることを確かめなくてはなりません。選んだレンズの口径は90/2.5=36mmですから、このコリメーションレンズから出てくる光束の直径22.5mmよりも大きく、問題の無いことが判ります。
一般に、以下の式であらわすことが出来ます。
f1/d1<F/D ------------(7)
ノート
この式は点光源の場合にのみ当てはまります。もし、広い範囲のスペクトルを得るつもりならば、瞳を考慮する必要があります。理想的には、コリメータレンズを通りグレーティング上に望遠鏡の瞳を持ってきます。
例えば、カセグレン式望遠鏡の光学系では、入力瞳が2次鏡の位置に作られるため、コリメータから約112mmのところに瞳を作ります。これは、ケラレないためのグレーティングの位置です。
もし、sを望遠鏡の2次鏡とコリメータの距離、f1をコリメータレンズの焦点距離、コリメータとグレーティング間のおおよその距離S'は、
S'=f1・s/(s-f1)------------(7')
s=460mmとした場合、S'=(90・460)/(460-90)=112mmとなります。
カメラレンズ(結像光学系)の計算

分光器のスペクトル解像度はカメラレンズの焦点距離に部分的に依存します。
dλを分解すべき波長幅とすると、解像度パワーR=3000から、
R=λ/dλ=3000 ------------(8)
プレートファクタPは、結像系の焦点距離f2から、
P=107・cosβ/(n・k・f2) ------------(9)
により求めます。

サンプリング定理から、dλの分解能を実現するためには、2画素以上でサンプリングされなくてはなりません。このことは、dλはは2画素以上であることを示しています。hをサンプリングファクタとすると、h>2であり、スペクトルがアンダーサンプリングにならないことが保証される、プレートファクタP(Å/mm : 逆分散)は、eを画素寸法とすると、
P<dλ/(h・e) ------------(10)
したがって、Å/画素で示されるプレートファクタは、
P<dλ/h ------------(11)
Hα線においてdλ=2.2Åから、アンダーサンプリングとならない最小の逆分散は、画素寸法を9umとすれば、
P<2.2/(2・9・10-3)=122Å/mm=1.1Å/画素
よって、カメラの焦点距離f2は、
f2>107・h・e・cosβ/(n・k・dλ) ------------(12)
となり、f2>67.2mmとなります。ここで、写真用レンズ80mmF1.8を選択したとすれば、
P=(107xcos9.7゜)/(1200x1x80)=102.7Å/画素

または0.924Å/画素
サンプリングファクタは:
h=dl/P=2.2/0.924=2.4
となります。

コリメーションレンズからの光束を、カメラレンズでケラレないことを確認する必要があります。
最初の近似として、グレーティングからの光束の直径d2は次式で求められます(点光源の場合)。
d2=D・f1/(r・F) ------------(13)
ここで、パラメータrはアナモフィックファクタと呼ばれる値で、
r=cosα/cosβ=d1/d2 ------------(14)
で与えられます。よって、
r = cos 38.2/cos 9.7= 0.797
となります。

直径d2は、上のどちらの式でも計算できます。 結果はd2=28.2mmです。結像光学系の口径はこの値より大きい必要があります。確認してみると、80/1.8=44.4mmとなり問題ありません。

しかし用心してください。直径d2を計算するのに使用した式は単色のビームの場合であり、像はCCDの中心に焦点が合います。実際にはもっと複雑で、グレーティングで分けられた光が全て集光されなくてはなりません。CCDのスペクトル範囲と一致するようにあらゆる光束を集光出来る様に(ケラレないように)十分大きくなくてはなりません。したがって、その直径d2'は次式よりも大きくなくてはなりません。
d2'=(d2+T・X)/f2 ------------(15)
Tは、グレーティングと結像レンズの距離、Xは、分散方向のCCDの受光部の寸法です。明らかに、写真用レンズはグレーティングからの光を集めるのに向いています。しかし、どのような場合も使用できるとは限りません。
私達の場合、Tを105mm未満にすることは不可能ですし、KAF-0401EではX=6.9mm (768x 9um)です。よって、
d2'=28.2+(105x6.9) /80=37.3mm
選択したレンズは直径44.4mmであることから、スペクトルの一部がケラレる心配がないことを示しています。このことから判るように、結像光学系には、明るい光学系が必要です。