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駅前食堂

『正しい下宿生活』に強い憧れを持っていたのだけれど、
僕の実家は(今でも)横浜にあるので、
東京の学校へ通うためにアパートを借りるのは現実的ではなかった。
やがて無闇に不規則な生活を強いられた社会人になって数年後、
ひなびたアパート暮らしへの思いやまず、
仕事中にJR高田馬場駅前の不動産屋に飛び込んで、
新宿区西早稲田に間借りした。二十七歳の時だ。
未亡人のおばあちゃんが何かと世話を焼いてくれる昔ながらの下宿。
共同便所と共同の下駄箱のある共同玄関を入ると、
昼なお暗く、ギシギシと音が鳴る裸電球だけの廊下の向こうに、
六畳ひと間に小さな流しがあるだけのわが部屋はあった。

学生街の独り暮らしは快適だった。
ほぼ等距離に銭湯が三つ。定食屋がそこかしこにあり、
安い呑み屋にも事欠かない。
東京には珍しい雪など降ろうものなら、
会社をズル休みして窓を開け放し、朝から酒を飲んだりした。

日曜日の遅い朝、僕が最も愛した近所の『早稲田菜館』で、
定食を食べる前に少々のおかずを注文し、
ビールやコップ酒でゆるゆる過ごす時間は、
まさに至福の時だった。

だから、

『正しい定食屋、食堂』とは、
コップ酒の似合う店でなければならないと思っている。
其の壱;音羽食堂(美瑛)
其の弐;甘太郎(長万部)
其の参;茶夢(函館)