Powder Moon 〜ディノとフェル〜
「フェル姉、今度、ボクの叔父さんが工房に来るんだよ!」
 イアンが息せき切って駆けてきたとき、あたしは機甲兵のヒザ関節の調整中だった。
「いいとこに来た、イアン、ちょっとそこのスパナとって」
「コレ? 大きい方、小さい方?」
「13号。届かないから、投げて。…ナイスキャッチ」
 13号のスパナで、ヒザの補助プラグを外す。うーん、だいぶ痛んじゃってるなぁ。
「そうじゃなくて、ボクの叔父さんが工房に来るんだってば!」
「聞いてるよー、いつ来るの? このへん、遊ぶとこないのに、物好きだね」
「そうじゃなくて、工房勤務になるんだよ! 叔父さん、軍でギガンテックやってたから、テストパイロットしてもらえるよ!」
 やっぱ、交換しかないかな? その前に、こっちを止めておかないと。
「…そこのボルトとって。…いつ来るの?」
「もう来ている。イアン、あまり大声で言って回るな」
「叔父さん!」
 そこではじめて、あたしはイアンの後ろに立っている人影を見た。背はそれほど高くないけれど、引き締まった体つきに、姿勢がいい。気難しそうな表情。まっすぐこちらを見据える、目の光が強い。
「おや、はじめまして。高いところから失礼。これ止めたら降りるよ」
 それが、ディノとの出会いだったな。
encounter
 ちょうどお茶の時間と重なり、イアンが先に行ってお茶を淹れてくれるというので、あたしはディノを案内しながら、工房内を歩いていった。ディノは、きびきびとした動作で、簡潔に話す。
 あたしが一度、「ディノ…さん」と言いよどむと「ディノでいい」簡潔に答えた。
「どうして軍を辞めて工房(こんなところ)にひっこむ気になったの? まだ引退っていうトシでもないでしょ」
 各工房をつなぐ渡り廊下を案内しながら、あたしは聞く。
 一瞬、ちょっと不自然な間があった。あたしが立ち止まって振り向くと、
「…個人的な事情でな」
 言いながら、ディノがするりと足を運んであたしの隣りに並んだ。
 それと同時に「なにか」の感情が、波紋が静まるようにすっとディノの表情に吸い込まれていった。どこかで見覚えのあるような顔だった。
「どうした」
「ごめん、ヘンなこと聞いちゃったみたいだね」
「…別にかまわん。なぜ謝る」
「だって、つらそうだったから。アレ? 気のせいだった? 今の、なんだった?」
 言いながらも、どうしてそう思ったのかわからなかった。
「なにを言っているのかわからん。早く行くぞ」
「あ、うん」
 あたしはディノを追った。なんか、どっちが案内しているんだか、わからなくなってきた。
「ねぇ、ギガンテックしてたんだよね。長いの?」
 ディノの横顔を意識しながら、聞く。不自然なところはない。固く、まっすぐに前を見つめる、ゆるぎなく強い意思のちから。
「…10年以上にはなるな」
「ほほう」
 ディノの肩に乗っている白鳩ルージョン(サウラ、とディノは言った)とは、そのくらいの付き合いになるわけだ。あたしは手をあげて、サウラに挨拶する。サウラは両肩をあげて、首をさげた。
「そしたら、現場のこととか詳しいよね。戦術とか。もし良ければ、あたしに教えてくれない?」
「それは、かまわないが」
 あたしは、にっこりした。
「ラッキー。やっぱ、現場での機甲兵の運用も知っとくべきだと思うんだよね。より現場で役立つ機能も搭載したいし」
 あたしがそのとき考えていたのは、やがて機甲兵同士が編隊を組んで戦うようになったときに、より効率的に敵をねじふせることのできる武器について。敵の命を絶つのではなく、たとえば、ルージョンとの接続を絶つことで敵を無力化するような、従来にはない新しい武器の考え方についてだった。
 何度もレポートをまとめようとしていたんだけど、どうも現場での兵の運用とか、用兵についてわからないことが多くて、結局まるめてしまっていたんだよね。
「じゃあ、今日からさっそくお願いできる? って言っても、あたし、忙しいから…そうだな、飯食ったあとで、7時。ディノの部屋に行くよ」
「ちょっと待て、そんな遅い時間に…」
 ディノが言いかけたとき、後ろであたしを呼ぶ声がした。振り返ると、ハイルスコウ博士があたしのレポートを振りながら手招きしていた。
「博士が呼んでる。こないだのレポート、採点されたんだ! ディノ、ごめんね。食堂はまっすぐ行って右。今夜、質問いっぱい用意していくから、覚悟しといてね!」
「おい、フェル!」
 呼びかけたディノのセリフを、あたしはもちろん、全然聞いていなかった。

 時間ぴったりにディノの部屋に行くと、イアンがお茶を淹れていた。4人分。ディノとイアンと、サウラとあたしの分だ。サウラは、今は人型で、体の前で両手を重ねてちょっと頭をさげた。鳩の姿でいたときと、そっくりな動作だった。
「なんだ、あんたもお茶しに来てたんだ」
 あたしが言うと、イアンはちょっと困った顔で、口の中でもごもご言った。ディノがきっぱりと後を引き取った。
「今日のことを話したら、イアンもぜひ話が聞きたいというので、来てもらったのだ」
「ほほう、珍しく立派な心がけだね」
 イアンはますます困った顔で、「あ、うん」とか言ってそわそわしている。ヘンなの。
「それにしても、フェル」
「はい」
「こんな遅い時間に、若い女性が一人で男の部屋に来るなどということは慎め。今日はたまたまイアンが一緒だったからいいようなものの、普通だったらだな…」
 「たまたま」に不自然なほど力をこめて、ディノが言う。あたしはディノのセリフをさえぎった。
「いいじゃん。それにあたし、そんなに若くないよ」
 ディノが心配してることはわかったけど、そんな心配されるほどには、もう若くないと思うよ。それに、この時間が都合がよかったんだもん。
「そういう問題ではない」
 あまりにも生真面目に、一本気にディノが言うので、あたしは眉間にシワを寄せた。アゴを引いて、ちょっと上目遣いにディノを見る。
「…ディノ、そうは見えないけど、もしかして下心あんの?」
「ばっ、ばかなことを言うな!」
 お、意外と正直な反応だね。それとも、赤くなってるワケでもないから、ホントに怒ってるのか?
「じゃ、いいんじゃねぇ。座って座って。聞きたいこと、いっぱいあるんだよ」
 あたしが主導権を握って、先に腰を下ろす。
「座りましょう、マスター」
 サウラが言った。なんだか、笑いをかみ殺しているようにも見える。普通の軍用ルージョンだったら考えられないけど、サウラはなんだか、人間っぽい。

「汎用性があるのはやっぱ、兵力差がほぼ同数で、正面からぶつかるときだよね。そういうときには、どんな装備が有利なんだ?」
 手の中でペンを1回転させながら、あたしは聞く。ディノは相変わらずの気難しい表情でうなずいた。
「軍同士がぶつかる前から戦いは始まっている。たとえば、先に戦場に着いて補給を確保し、隊を整えて待っていれば、遅れてやってきて疲弊し、体勢の整っていない敵を、容易に打ち破ることができる」
「なるほど」
 なるほど。この「先生」は、なかなか手強いわ。あたしは頭を掻いた。
「じゃあ、遅れてやって来て、待っている軍に当たるときは、どうするんだ?」
「遅れてやってきた場合、すぐに敵に当たってはいけない。敵から半日の距離で陣を敷き、土塁を積んで斥候を出し、敵の状況を把握する。かまどを掘って兵に食事をさせ、後からやってくる隊を待って、体勢を整える」
「じゃあ、そうやって体勢を整えて戦った場合には、機甲兵の能力がモノを言うワケ?」
「いや、その場合でも、まともに当たれば7割は先に来ていた軍が勝つ」
「どうして? 補給も兵の疲労度も同じだったら、同数の兵で勝率は5分5分になるはずじゃない?」
「先に来ていた軍が、戦いに有利な場所をとる。土地が高く、乾いていて見晴らしがよく、背後に森があって補給部隊が近づきやすく、水を絶たれたり、反対にたやすく水攻めにされたりはしないような地形が陣を張るのにふさわしい。逆に、相手に不利な場所に陣を敷かせることもできるだろう。土地が低く、湿っていて見晴らしが悪く、背後に川があったり、崖に沿って宿営するのは最悪だ。どんな状況にあっても、退路は確保しておかなければならない」
「なるほど。戦わずして勝つっていうのは、そういう意味なんだね」
 あたしが言ったとき、左側で不自然な動きをしているものが目に入った。見ると、イアンが早くもウトウトと船を漕ぎ出している。
「イアン、おい、寝るなよ! ここからが面白いんだからさ」
 あたしが揺り起こそうとすると
「いや、いい」
 ディノが止めた。
「そう?」
「…こいつには、もともと向かないんだ。こういう話は」
 ディノの顔がめずらしく優しく、いかにも叔父、というか、親族に近いかんじだったので、あたしは肩をすくめてしまう。
「向いてるとか向いてないとかの問題なのかなぁ?」
「イアンが軍でギガンテックをしていたことは知っているか?」
「なんとなくは。あまり話したがらないから、積極的に聞いたことはないよ」
「戦争は、殺し合いだ。1万人殺せば英雄でも、殺された一人一人には、その死を悲しむ家族がいる」
 あたしは、眉間にギュッと力を入れる。ディノはあまりにも普通にそのことを語るけど、ディノ自身、そう言えるようになるまでには、いろんなことを考えたんだと思う。もちろん、あたしも。
「…言ってること、わかると思う」
 ディノはうなずいた。
「イアンは、それには耐えられないだろう。戦争の意味がわかるにつれて、磨り減って行くばかりだ。こいつが1年で軍を除隊したと聞いたとき、一番ほっとしたのは私だったかもしれん。機甲兵にあこがれて軍に入った、そのきっかけを作ったのは、私だったからな」
「…イアンは、愛されてるんだねぇ」
 うらやましい、とかでなく、率直な感想として、あたしは言う。良し悪しではなく、愛されたりとか、守られたりとかって、それだけで大きな力だ。自分の強さや弱さには関係なく。
 ディノはちょっと力を抜いて肩をすくめた。これは、照れてるってことなのか?
「お前にもいるだろう。心配してくれる家族が」
「イアンから聞いてないの?」
 あたしはディノを見る。ディノは不思議そうに、ちょっと目をみはっていた。
「何をだ?」
 そうか、イアンは言ってないんだ。
 そう思うと、なんだか胸の奥がギュッとした。
「あたし、孤児院育ちなんだよ。両親は、あたしが小さいとき、事故でね。もうほとんど、顔も覚えてないけど」
「…そうか、それは…。…すまなかった」
 しまった、まずいことを聞いた。ディノの心の声が聞こえる気がした。そうやって真っ正直に、直球ど真ん中ストレートで謝られると、なんか大変なことを言ってしまった気になる。ガラにもなく、あたしはちょっとあわてた。
「この年になったら、もう関係ないでしょ。別にかまわないよ、なんで謝るの」
「おなじことを言ったな」
 苦笑しながらディノが言ったとき、あたしは思い出した。軍を辞めた理由。するりと足を運びながらディノの表情に吸いこまれていった、あの感情。
「…そだね」
 そうか、あれは、あたしだ。両親が死んだばかりの頃の。孤児院で一人、泣くこともできず感情を押し殺していた自分。絶えず波立つ感情を、呼吸するように仮面の下に沈めていた。
 ディノが、深く長く息を吐いた。ちょっと姿勢を正し、いどむように前を見つめる。
「妻が死んで、成人前の一人娘が残った。軍を退いたのは、そのためだ」
「……そう、だったんだ」
 そこに含まれる気持ちの質量に、圧倒される。口にする決意。なぐさめを必要としない潔さ。傷つきながら、前を向く姿勢。運命は、かくのごとくベルを鳴らす。
「娘がいまだ立ち直れずにいる。今は、なるべく近くにいてやりたい」
 そうか、だから、あたしにはわかったのか。ぶっきらぼうなディノの表情の下を、ちらっと垣間見たような気がした。その場にふさわしくなかったかもしれないけれど、あたしは笑った。できるだけ穏やかな顔で。勇気づける思いをこめて。
「いいね。今のディノにも、娘さんが必要みたい。一人のときでいいから、もっと泣きなよ。そしたら、時間が解決してくれる。あたしもそうだった」
「そうだな」
「あたし、今は幸せだからさ、不幸自慢とかすると、必ず負けちゃうの。ディノの娘さんだって、きっとそうなるよ。あたしが保証する」
 力強く。ふいに襲ってくる運命には負けない。華も嵐も、踏みにじって笑う、最後には!
 いくつになっても、子供みたいに、そういうのがかっこいいことだと、あたしは思っている。
「お前は、強いんだな」
 真面目な顔でディノが言うので、あたしは思わず噴き出した。
 ぶふっ。
「よし、わかった」
 くっくっとこらえきれずに笑い続けるあたしを、ディノが不信そうに見ている。大丈夫。頭はちゃんとしているよ。
「あんたを、あたしの兄貴分に任命するよ、ディノ。辞退は認めません。たった今、このあたしが決めたんだからね」
 突然の宣言に、ディノが豆鉄砲をくらったハトみたいな表情になる。ひるんでる場合じゃないよ、兄貴。これからは、このテンポで行くからね。
 あたしの笑い声で(だと思うんだけど)イアンが目を覚ました。
「…う、う、……。…寝ちゃった。今、なんかボクのこと話してなかった?」
「話してた。あんた、寝言いうんだもん。もう食べられないよー、とかさ」
「うそぉ! ボク、そんなこと言ってないよ」
「言ってたよぅ。ねえ、ディノ、言ってたよね」
 目から怪光線を出して、兄貴を威嚇する。この状況で、あたしには逆らえないよね。
「…う、言っていた、ような気がしないではない」
 しどろもどろになってディノが言うと、さすがにイアンも不信そうにあたしとディノを見る。
「…なんか、ボクが寝てる間に、二人が仲良くなってる」
「そう。たった今、兄弟の契りを交わしたところだから、一方的に」
「兄弟? 叔父さんと、フェル姉が? …ヘンだよ、そしたら、ボクは叔父さんの弟になるの? 叔父さんなのに? あれ?」
 ああ、そのことは考えてなかったなぁ。まあ、いいじゃないの。
「いーじゃないの、細かいことは。イアン、目覚ましにお茶のむ?」
「飲む。でも、ボクが淹れてあげるよ。フェル姉が淹れると、わざとじゃないのに一人一人の濃さが違うんだもん」
「あははん。じゃあ淹れてもらおう。やっぱ、お茶は飲むものだよね。淹れるものじゃなくてさ」
 イアンがうれしそうに笑って席を立つ。ちょっと平静をとり戻したディノに、あたしは、恋人にもしてみせたことのないとびきりの笑顔をしてみせる。
 やれやれ、あきらめ顔で肩をすくめるディノに、あたしは言う。
「ディノ、軍がぶつかるときの戦術についてもっと教えてよ」

 週末には、イアンと一緒にディノの娘さんを訪ねよう。お茶を飲んで、笑って、恥ずかしい昔話なんかもして、笑って、そして、少しだけ泣こう。
 窓の外を見ると、粉っぽい光をはたいた三日月が、ぎしっと音をたてて西の空に傾いていった。
 きっと、明日も晴れるだろう。

moon

〜 解 説 ? 〜
このお話はフェルのPLイワさんからいただきました。いつもありがとです>イワ。
本編ではフェルとのこういう感じの会話は登場していないのですが、こういう関係です(笑)。
しかし、PLの私が文にするより断然ディノっぽいのはなぜでしょう。
ちなみに私のPCディノは私の考えていた以上に本編にて堅物らしさを発揮してます。


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