青い髪の水操師 〜ルージエスト独白〜

え?フェリシア?ああ、シアね。知ってるよ。
忘れるわけないじゃないか。
ずっと大切な妹みたいに思ってたんだから。
シアに初めて出会ったのは15年前。
あたしが61歳の時。(ヒュムノスで言ったら20歳くらいの時だね。)
シアはヒュムノスの女の子…確か12歳くらいだったかな。
自分と同じ青い髪をした彼女にかなり親近感を覚えたよ。

ツリートップの少し外れたところにある水操師の家。そこが出合いかな。
当時近隣の村で、たちの悪い熱病が蔓延しててね。特に大人がかかるとひどい事になることは分かっていた。
昔おなじ師匠の元で修行していたヒュムノスのクレスリーフに、「この病はエルフには感染しないから手伝ってほしい」と頼まれて行った時だった。
久しぶりにあう彼女は老け込んでいて(あたしが年を取らないだけだって言われるけど)あたしは思わず
「クレスリーフ。キミ、随分老け込んじゃったね。」
って挨拶しちゃったんだ。
その時、飛び出してきたのがシア。
いきなりあたしに開口一番
「お師匠様に失礼だわ!謝りなさい!」
だもの。吃驚したよ。
でもすぐにクレスリーフが、あたしがエルフで彼女と同門で学んでいた事、今回の手伝いを頼んだ事を説明してくれたんだ。
それでシアの誤解は解けたみたい。
改めてクレスリーフからシアを紹介された。
彼女がツリートップの名家の娘であること、黙っていても裕福な生活がおくれるのにあえて水操師への道を選んだこと、いろいろ聞いたっけ。
「よろしくね。シア。」
そう言ってあたしが握手を求めた時のシアの笑顔は今でも覚えてる。

例の村に行くまで、あたしとシアはいろんな話をした。
あたしが知っている限りの昔話にシアは興味津々の様子だった。
テンプルムが銀に進攻された時のこと、あたしが旅をするようになってから見てきた世界のこと。
特に、銀に進攻されて滅んだり傷付いたりした村のことはひどく辛そうにきいていたね。
優しくて強い子だと思ったよ。
まぁそのとおりだったけどね。

準備が揃ってあたしとクレスリーフが村に発つ日、シアは着いて行くと言って聞かなかった。
何度クレスリーフが
「お前はその病にかかっていないだろう?」
と言って聞かせても、
「大丈夫」の一点張り。
「ねぇ、ルゥいいでしょ?少しでもお手伝がしたいの。」
その一言におされてかな。あたしは同行を許してしまった。
「もしもの時はあたしが責任を取るから」
そうクレスリーフを口説き落としてね。

例の村に蔓延していた熱病は思っていたとおりひどい物だった。
子供たちはかかっても自らの回復力でなんとかなってしまうけど、大人たちは命の危険にさらされている。
もともと村にいた水操師とあたし達は必死になって治療にあたった。
水操師とクレスリーフは高齢だったから、あたしとシアが薬草を集めたり動き回る事になる。
まだ修行を始めたばかりだと言うシアは足手まといになるかも知れないと思っていたんだけど、意外にも彼女はテキパキと頼んだ仕事をこなしてくれた。
特に、クレスリーフに教え込まれただろう薬草の知識はしっかりしていて、あたしよりもシアの方が詳しかったくらい。
感心したあたしがその手際をほめると、シアはちょっとはにかんで
「だって、兄様がいつも怪我ばかりしてくるんですもの。」
と笑ってくれた。

何日かが経ち、だんだんと大人たちが持ち直してきてもう大丈夫と思いはじめた頃…。
その夜、あたしは苦しそうな寝息に目を覚ましたんだ。
寝息の主は隣に寝ているシア。
慌てて額に触れるとひどく熱い。
顔がやけに紅潮していて村の熱病と同じ症状を示していた。
慌てて薬湯を飲ませると少し呼吸がおちつく。
シアはまだ子供だから命に関わるような心配はない…。

でも、あたしはひどく落ち込んだよ。
ずっとそばにいたのに、シアの変調に気付かなかったんだ。水操師失格だなぁってね。
そっとシアの頭を撫でると、思っていたよりずっと小さかった。
彼女は精一杯背伸びをしていたんだよね。あたし達に心配かけないように…。
「ごめんね、シア」
「どうしてルゥが謝るの?」
声が聞こえたのかな、その時シアが目を開けて不思議そうにあたしを見ていた。
「ずっと具合悪かったんでしょ?あたし、全然気付いてあげられなかったよ…」
「そう?ルゥはあんなに沢山の人を治したでしょ。あのね、私もいつかお師匠様やルゥみたいに沢山の人を助けたいの。」
「…でも」
「それについていくって言ったのは私だもの…。あ〜あ、あんなに大丈夫って言ったのに…。お師匠様に怒られちゃうなぁ。」
困ったようなシアの笑顔につられて、あたしも苦笑いを浮かべるしかなかった。
この子は前向きで強い子。あたしよりもずっとね。なんだかあたしの方が随分癒された気がした。
こつんとシアのおでこを小突いて
「あたしも一緒にクレスリーフに怒られてあげるよ。」
そう言うのが精一杯。

思ったとおりシアの病状はそんなに悪くならず2日ほどで回復した。
予定通りあたしとシアは並んでクレスリーフの小言をもらうはめになったけどね。

その後村人達も順調に回復し、後は村の水操師だけで十分な状況になった。
あたし達のお役目も今回はこれで終わり。
クレスリーフの家に戻り、後片づけをしてあたしはまた旅に出る準備をはじめた。

そしてシアとの別れも当然のようにやってくる。
「ルゥはどこへ行くの?」
寂しそうにシアが聞いてきた。
「銀の攻勢の激しい方に行ってみようと思ってるんだ。少しでも助けられる人がいたら助けたいからね。」
「…」
シアは返事の代りにあたしの服のそでを掴んでいた。
「また会える?」
そう言うシアはすっかり12歳の普通の女の子。
あたしはぽんぽんとシアの頭を撫でて答えた。
「大丈夫。ファンシィウッズ王国に来た時は必ず寄るから。」
「約束ね…。」
「うん、約束。手紙も書くし、風の便りのカードを手に入れたら絶対シアにメッセージ送るから。」
「うん!」
あたしとシアは硬く約束して別れた。



それから10年はあっという間だったよ。
各地で銀の攻勢が激しくなってあたしは色々な国を飛び回っていたんだ。
手紙はほんの少ししか出せなかったし、シアから届くのも困難だったみたい。
なんとか手に入れる事ができた風の便りのカードで何度かシアと会話する事はできたけど。
たまに聞くシアの声や手紙の文面が少しづつ大人になっていった。
その中にたびたび「ランス」という名前が登場してきた頃…。

あたしは久しぶりにファンシィウッズ王国に戻る機会ができた。
届くか自信はなかったけどシアとクレスリーフに手紙を出して、あたしは迷わずクレスリーフの家に向かった。
あたしには短い時間に感じるけど、10年は長い。
少し緊張してドアをノックすると中から聞き覚えのある若い女性の声が聞こえた。
「ルゥ!!」
ばっとドアが開いて青い髪の女性が飛び出してきた。
ほんとを言うとね、一瞬誰か分からなかった。あたしは相当きょとんとしていたみたい。
「忘れたの!?シアよ!フェリシア!」
「シ、シア?」
「そうよ!思い出した?そうよね〜、10年も会いに来てくれなかったんですもの。忘れても無理ないかしら?」
そう言ってクスクス笑うシアは、その時のあたしとそうちがわない外見に成長していたからね。
分からなくても仕方ないと思わない?
「忘れるわけないよ!…でも、あたしの記憶にあるシアはまだこんなに小さかったし…」
「ひどいなぁ。ルゥはそんなに変わってないかも知れないけど〜。」
「フェリシア、その辺にしておきなさい。」
困り果てるあたしにクレスリーフの助け船が入る。
10年ぶりのクレスリーフはまた一段と老け込んでいた。
「ルージエストだって長旅で疲れているだろう。少し休みなさい。さ、フェリシア、お茶の用意をしておくれ。」
言われてしぶしぶ奥に戻って行くシアを眺め、クレスリーフは少し肩をすくめてあたしの顔を見た。
「あれでも、そろそろ結婚しようって相手ができたようなんだよ。時の経つのは早い物だろう?」
またあたしは唖然とした。

夜、クレスリーフが眠りについた後、あたしとシアの10年間の報告会のはじまり。
寝室に持ち込んだワインを酌み交わしながら、お互いの話に盛り上がる。
「せっかく自分で言おうと思っていたのに!お師匠様ったら!」
シアはクレスリーフに先に報告されてしまったのが相当悔しかったのかぷりぷりしていた。
「まぁまぁ。クレスリーフもキミの事心配してるんだよ。で、もしかして相手ってたまに名前を聞いていたような気がするけど?」
「こほん、え〜、フェリシアはランス・マクスウェルというルーンアームナイトの男性と交際しています!」
ワインがまわってきたらしいシアは高らかに宣言する。
「でね、ランスってね〜、ローランド兄さんの同期でぇ…。ルゥ、聞いてる?」
「はいはい。」
(シアって意外と酒癖悪いかも知れないなぁ…)と思いつつ延々と続く惚気話を聞くはめになった。
ランスとのなれそめに始まり、彼の家族構成、英雄譚から失敗談、挙げ句は女性遍歴まで暗唱できるんじゃないかと思うほど聞かされたよ。
そのうち話し疲れたのか酔いが回りきったのか、シアはベットでうとうとしながら話を続けていた。
「ほんとはねぇ、ランスがお仕事じゃなければルゥに会わせようと思ってたの〜。残念〜。」
「そうだね、次は会ってみたいよ。シアがそれだけ惚れ込んだ男性にね。」
「もちろん!…ねぇルゥ、私とランスの結婚式には絶対来てね。約束…よ。」
「うん、約束。」
あたしの返事を聞くか聞かないか、シアは静かな寝息をたてていた。
(寝顔は昔とかわらないなぁ)
そう思いながらシアに毛布をかけると、あたしも隣のベットに入って眠りについた。
二人の将来に思いを馳せながら。

滞在中、結局シアの恋人と会う事はなく、あたしはまた旅に出た。



それから数カ月、突然の知らせだった。
突然あたしの耳に鳴り響いたクレスリーフからの風の便り。
『シアが亡くなった』
にわかには信じられなかった。
『事故だったんだよ…。私が無理を頼んだばかりに…。』
クレスリーフの声が嗚咽でかき消されて行く。
あたしは取る物も取りあえず、ツリートップへの街道を走っていた。

あたしがツリートップについた時、すでにシアの葬儀も埋葬も終わっていて、クレスリーフも少し落ち着きを取り戻していた。
シアに熱病の治療の仕事を頼んだこと、薬草を取りに行ったシアが戻らなかったこと、葬儀の様子、
ぽつりぽつりと状況を話してくれた彼女はやはり元気がなかった…。

その足でシアの実家を訪れ事情を説明すると、シアの家族は心よくお墓を教えてくれた。
お墓はまだ新しくて、シアが亡くなったと言う実感は全くなかったけど、書かれたシアの名前がもう彼女は存在しないんだと告げていたような気がする。
活けられたばかりらしい花が寂しく揺れていた。



あれから5年、ツリートップで巫女直属の騎士団が組織されると聞いた時、あたしは迷わず志願した。
実践は無理だけど、何か役にたてるかも知れないと。
ううん、それだけじゃないね。団長の名前に聞き覚えがあったから…。
『フェリシアはランス・マクスウェルというルーンアームナイトの男性と交際しています!』
シアの嬉しそうな声があたしの耳の蘇ってきた。
聞いていた特徴そのまま、その彼を見つけた時あたしは声をかけた。
「初めまして、ランスさん。こう言ったら分かるかな?シアから聞いていたよ。」



ランスには内緒だけどね、ほんとは一度だけ会っているんだよ。
あれはあたしがシアのお墓を訪ねた時。花を供えて帰ろうとしたあたしの腕を誰かが掴んだんだ。
振り返るとそこには黄色い髪のナイト風の男性がいた。
一瞬で解ったよ。この人がシアの大切な人。
信じられない奇跡を見たような表情だった。あたしにシアの影を見たのかも知れない。
でもすぐ人違いと気付いたんだろうね。その表情はまた生気のない憔悴したものになった。
彼は小声で「すみません…」とだけ呟いてその場を去って行った。
あの時から、彼は立ち直れたんだろうかと気になっていたんだ。
彼が覚えていないだけだけ。ツリートップで挨拶した時の彼の顔がそれを物語っていたから黙ってるの。

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