1.前夜の衝動
「明日ね…。」
と、彼女は少し淋しげに呟いた。
「ああ、そうやな。」
…居酒屋でする会話じゃないなっと思いつつも、僕は彼女に合わせた。
「ちょっと心配…。」
「何が?…マリッジブルーか?」
「…そうかも。だって、あなたって掴み所のない人だから…。」
「おいおい、今更…。」
「ふふふ。うそ。」
僕は、少し呆れた顔をして見せた。
「ねえ、結婚の記念にそのネックレスくれない?」
「ん?これか?」
と、首に下げてある、指輪を通した紐を見せた。
「うん、それ!センスいいよね。」
「ふ〜ん…この良さがわかるんや…。」
「頂戴!」
「アカン。」
「え〜!なんで〜。結婚やめようかなぁ。」
「お前にはダイヤ買ってやったやろ。」
少しムキになり、反抗する。
「それがいいの。」
「これだけはダメなんや…。」
「なに〜意味ありげ。誰かのプレゼント?」
「まぁそんなところや。」
「女から?」
「…男からや。」
「そっか。」
彼女は安息の笑みで、僕の次の言葉を待った。
「少しいいかなぁ…。昔話しても。」
「珍しいわね。いいよ。」
「フフッ。確かに珍しいな。僕も前夜で不安定なのかもな。」
「そうかもね。」
僕は箸を置き、目を瞑り、記憶を辿り始めた。
「あれは…21歳の時や……。」
彼女も箸を置き、僕の横顔を見つめていた。
2.自分に重ねて…
…新幹線…最近よく乗るなぁ…。
と、景色にも飽きてきた僕は、夢うつつで揺られていた。
2泊3日と言うと聞こえはいいが、出張で来ている僕はそんな悠長なことは言ってられない。
しかし、1日目は移動日とあって、下見以外にする事がないのも現実だった。
初日は観光と決めていた僕には余裕すらあった。
「あと30分か…。」
時計を見て予定を立てる。目的地は静岡県伊東市。ゴールデンウィークも過ぎたことだし、人の少なさを祈っていた。
「…のんびり出来たらいいなぁ。」
と、いつの間にか観光気分の僕は、リクライニングシートを少し倒し、束の間の休息を求めた。
しかし、そんな僕を見かねてか、とんだ邪魔が入る。
カラン!ゴロゴロゴロゴロ…。
…おいおい、誰か缶ジュースを落としたな。
と思うと同時に、僕の足にコツンと当たった。
「おっちゃん…ごんなさい。」
どうやら缶を落としたのは、この少年のようだ。
…おっちゃんだと?
と、思いながらも缶ジュースを取ってやろうとした。
「アツッ!」
「ふはは、おっちゃん気い付けなアカンよ。」
…なぬ!
「ほら、ボウズ。もう、落としなや。」
顔は笑顔だったが、心の中は…察しの通りだろう。
しかし、少年は僕の前から去ろうとするどころか、隣にちょこんと座り込む。
「おいおい、ここは指定席や。お前の席とちゃうやろ?」
「空いてるやん。」
「すぐ、誰か来るぞ。」
「来たらどくわ。」
常識のない返答が腹立たしく、口調も荒くなっていく。
「誰と来てるんや。はよ戻れ。」
「一人や…。」
「んなわけないやろ。はよ戻れ!」
…憎たらしいガキや。
「しゃ〜ないな。これ見せたろ。」
「なんや、切符やないか。」
と、少年の差し出した切符を見た。
「ここはオレの指定席や。わかったか?おっさん。」
「・・・・・・・俺はおっちゃんでも、おっさんでもない。兄ちゃんにしといてくれ。」 としか、返す言葉がなかった。
「どこ行くん?」
相変わらず馴れ馴れしく話しかけてくる。
「…知らん。」
「知らんって、おっさ…いや、兄ちゃん。子供やと思ってバカにしてるやろ。」
「・・・・。」
「そんなんやし、彼女の一人も出来んのやで。」
…ムカ!
「あっ今、ムカってきたやろ?図星かい!ふはは…。オレの勝ちやな。」
突然の勝利宣言に怒りすら忘れてしまう。
「何?お前いくつや。」
「10歳や。」
「彼女おんのか?」
「ふふふ。もうじき出来るねん。」
「なんやねん、『もうじき』って!定食屋のおばちゃんみたいなこと言うな。」
「なにそれ?定食屋のなんたらって…。たとえがわかりにくいわ。」
「う…。」
小学生のダメ出し。予想以上のダメージになった。
「ふられて来い!」
と、苦し紛れの一言。しかし、これが意外な流れを創り出した。
「・・・・。兄ちゃん、一緒に来てくれんか?」
「は?何言ってるねん。さっきまで、デカイ口叩いてた奴がもう弱音か?そんなんじゃ、ふられるに決まってるわ。」
弱点を見つけたらそこを叩く。僕の悪い癖だ。
「・・・・。」
少年は黙り込んだまま、熱い缶を握りしめていた。
「…悪い。言い過ぎた。」
「・・・・。」
「聞かせてくれや。話でも…。」
「うん。」
ようやく少年も一言ずつ話し始めた。
「オレ、しょっちゅう転校するねんな。」
「その割には関西弁やな。」
「うん。関西方面に5年以上いたし。」
「ふ〜ん。それで?」
「この前に居てたところで、好きな子出来た。」
「ほおほお、片思いなわけやな。」
「違う!向こうが惚れとるんや。」
「あっそ。(…お前が「好きな子」って言ったやろが)」
「でな、オレその時、男らしい態度とれんかって…。」
「後悔してるわけやな。」
「うん。」
「で、一人じゃ心細いからついて来いって?」
「…そうや。」
「アカン。嫌や…男なら一人で行って来い。」
「・・・・。」
「俺は、何もめんどくさいからって言ってるんやない。お前のためや。」
「・・・・。」
「それに俺は仕事で来とるねん。熱海で降りなアカン。」
「・・・・!」
「熱海で降りて、どこ行くねん?」
「え?伊東やけど…。」
「ビンゴ!兄ちゃんビンゴやわ!!おめでとう。」
「え、あ、ありがとう。…って何が?」
「オレも伊東!」
…なぬ!?
「ははは、頼んだで!」
「っておいおい!アカンって…。」
「ほら、熱海に着いたで。」
「おい!人の話を聞け!!」
「なぁ…頼むわ。初めて好きになったねん。」
「…初めて?」
……初恋………。
「ついてくだけやぞ。」
「兄ちゃん話がわかるなぁ。おおきに!」
…僕の旅行は潰れそうだ。
…あ、出張かぁ。
3.追憶の日々
熱海から伊東線に乗り継ぎ、伊東を目指す。
その間も僕は子持ち。いやいや、子連れ。
伊東に近づくにつれ、電車内の顔ぶれも変わり始めていた。
「なあなあ兄ちゃん…。」
緊張のかけらもない声で少年は耳打ちした。
「なんや?」
「あのおっさん着物着とるでぇ。」
「そうやな。」
「なんやぁ、当たり前やっていう反応やなぁ。」
「この辺はな、文学にゆかりの深い地が多いねん。だから、そんな格好の人が居てもなんもおかしいことないねんや。」
「ふ〜ん。兄ちゃん…それってガイドブックの受け売りやろ?」
「・・・・。さ〜てと、伊東に着いたら起こしてくれや。」
僕は誤魔化した。
「…ええ性格しとるわ。」
そんな言葉も耳に入らない程、僕は熟睡へと向かっていた。
…初恋。
誰にでもあるだろうそれが。
それが…人の人生さえ左右することがあるのだろうか…と思ったりもする。
実際、僕の心の中にもそんなところがあって、彼の初恋に手を貸そうとしたのかもしれない。
自分の成し得なかったことを少年に映して…。
「…兄ちゃん!」
「・・・・。」
「兄…おっさん!」
「・・・・。」
「おっさん…鼻毛出てるで。」
「出てないわっ!!!」
「あ、起きよった。っていうか、起きとったんちゃうん?」
「うるさいわ!ほら伊東や、グズグズしてると置いてくぞ!!」
「うわ〜…ホンマええ性格とるな…。」
ようやくペースを取り戻した僕は、取り敢えずホテルへと向かった。
予約済みのホテルは、太平洋に面しており最高の宿泊施設…のはずだった。
「なに、兄ちゃんの泊まる所ってココ?」
「・・・・。ウソやろ〜?」
部屋のドアを開け呆然。
ホテルとは名ばかりの二流旅館だった。
「え〜…マジで〜?」
僕がヘコめばヘコむほど喜ぶヤツがいる。
「兄ちゃん、ええホテルやん!これで海辺やなかったら極上やったのになぁ!」
っとまぁ、嫌みを言うヤツがいるわけだ。
またそれが、自分が逆の立場だったら言ってたフレーズなだけに、余計に腹立たしい。
「もうええ。さっさと外行くぞ!」
「おう!」
いつの間にかノリだけは良くなっていた。
「で、どこ行くねん?」
重い荷物を置き身軽になった僕は、『どこにでも行くでぇ〜!』というノリだった。
「ちょっと待っといて。」
少年はおもむろに、ホテルのフロントで話を始めた。
「兄ちゃんやった!すぐに出発やで。」
「お、おう。」
腕を捕まれて、ホテルの外へと連れ出される。
「はい、乗った乗った!」
と、タクシーのドアが開く。
「お、おう。・・・・。ってちょっと待て。」
「ん?」
「『ん?』やない。タクシー代は?」
「…つけといた。」
「それならええけど。(…タクシーって、つけが利くのか?)」
「………フロントに……。」
「そっか………ん?ちょい待て!!」
「気にするな。兄ちゃん行くで!」
「おいおいおいおいおい。マジかよ…。」
ホテルで二度目の泣き。
少年は助手席に座ると、運転手に地図を渡す。
「ここまでお願いします。」
初めて聞いたような敬語が、車内に余韻を残した。
目的地までは約30分。
お互いの自己紹介さえしていないことに気付き、それで時間を潰すことにした。
「ところでボウズ…名前は?」
「え?…なんやと思う?」
「分かるか!」
「そらそうや…、『藤本 武(ふじもと たけ)』。で、兄ちゃんは?」
「なんやと思う?」
「…お約束?」
「うん、お約束。」
運転手の軽い笑みを浮かべたのが分かった。
「運転手のおっちゃん、そんなんで笑ったら、コイツつけ上がるからアカンって!」
「おい!コイツっていうな!!」
相変わらず、藤本武は口が悪い。
「で、兄ちゃんの名前、なんやねん?」
「『浮村 拓人(うきむら たくと)』。」
「へ〜、カッチョエエ名前やん。…ちなみに運転手さんのお名前は?」
「はい、『大谷 銀次朗(おおたに ぎんじろう)』と申しますが。」
一同「しっぶぅ〜い!」
「いやいや、お客さんのように格好のいい名前に憧れますよ。」
と、まあ、お世辞合戦が30分近くも続いたのだった。
4.学校
僕らを乗せたタクシーは、とある学校で止まった。
「ここ?」
「そうや、僕がこの前までいた学校や。」
「よっしゃ、行こか!」
「ちょ、ちょっと待って〜や。」
「なんやどうした?」
「なんもナシで行くのもなんやろ?」
「ん?プレゼントか?」
「そうそう。この先にええ所があるねん。行ってみよや。」
「おう、まぁええけど…。」
タクシーから降りた僕は、武に連れられてとある店を目指した。
「はい、到着!」
「えらい、近い所にあるねんなぁ。」
学校から僅か5分足らずの所に建てられた店は洋館仕立てになっていた。
「入るで、兄ちゃん。」
店内には銀製品ばかりが並び、僕の興味をひく。
「おお、ええ所やん。」
「そやろ?ここでええもんが作れるねん。」
「ええもんって何?」
「手作りの指輪!」
「あぁ〜、なるほど。それをプレゼントする気やな?」
「モチ!」
「ええやん。それきっと喜ぶで。」
「うん。」
店内の一角には手作り教室という看板がぶら下がっており、そこに僕達を店員は誘導してくれた。
「兄ちゃん、器用な方?」
「ま、そこそこな。」
「そこそこ」という表現は控えめな言い方だった。
昔からこういった作業の好きだった僕は、武以上に胸をときめかせていたのかもしれない。
「そりゃ良かった。僕、こういうん苦手や。」
「ん?何が良かったんや?」
「手伝って!」
「は?こういうんは自分で気持ちを込めるから意味があるんや!アカン、自分でしろ。」
武のいい加減な気持ちに、口調を荒立てた。
「・・・・。わかった、頑張ってみるわ。」
今までにない諦めの良さに少し驚いたが、それ以上に指輪作りに胸を躍らせていた。
「どうせ、兄ちゃんのおごりやし。」
「なぬ?!」
時が止まった。
思考回路が逆流を始める。
…確か、タクシー代が僕持ちだったよなぁ…今いくら持ってたっけ?…この指輪一ついくらだ?…今いくら持ってたっけ?…そうだお土産買わないと…今いくら持ってたっけ?……。
聞き覚えのあるタクシー代。
微かに目に映る指輪代。
なんとなくわかるお土産代。
そして記憶の片隅に残っている所持金…。
それを全て統計したときに一つの答えに辿り着いた。
…ここで指輪を3つ作った時点で、僕の出張は終わる…。
「なぁ武!分かってると思うけど、失敗するなよ…」
っという僕の言葉をかき消すように、武が一声を投じる。
「なぁ、3つ作ったねんけどどれがええ?」
…今なんて言った、コイツ?
…3つ?何が3つ?歳?いや違うやろ〜。
…3つ?砂糖3つ?そりゃ甘すぎるって…武。
…3つ?指輪が3つ?武、そりゃビンゴやで〜…。
「何が3つなん?」
「え?指輪指輪。兄ちゃん、人の話全然聞いてないやろ〜?」
「ああ〜、指輪ね。それ以上は作らんといてな。あと、もう話かけんといてな。あっち行っとくし…。」
僕は隅で三角座り。
全て、夢だと願った。
1時間後、僕は武に腕を引っ張られて学校に来ていた。
ちょうど授業中なのであろう、人が一人も見当たらない。
「どうするよ?放課後待つか?」
奇跡的にもショックから立ち直った僕は、偉そうに武に言った。
「うん、たぶんウサギ当番やし、その時を狙う。」
「狙うって!」
武につっこむくらいの空元気のまま、僕は木陰に寝そべった。
「…兄ちゃん。」
「・・・・。」
「兄ちゃん。」
「うるさいなぁ。寝かせてくれ。」
「・・・・。今日はゴメン。そんでもって、ありがとうなぁ。」
「知らん。寝かせてくれ。」
「兄ちゃんええ人や…そのうち彼女も出来るって!」
「…ほっとけ。」
僕は眠りについた。
5.独り
…暑い。
夕日の射し込める校庭で目が覚めた。
何をしていたんだろう…長い夢を見ていた気分にもなる。
…武は…。
「武?」
周りを見渡しても武はいない。
…彼女に会いに?
僕はウサギ小屋を探した…。
しかしウサギ小屋には誰もいない。
…エサが置いてあるし、掃除もしてある。一足違いか?
まだ半分眠気の残った僕は、行く当てなく探した。
…眩しい。
夕焼けが眩しい。
…ん、なんだ…あの光ってるのは…。
夕日に照らされて美しく輝いていたのは指輪だった。
…武の?
不格好なりにも指輪と呼べるそれは、武が作った物に間違いない。
…なんでこんな所に落ちてるんだよぉ。俺の金やっちゅうねん。
拾い上げてポケットに移す。
「ふぅ〜。」
ため息一つ。
夕焼けは闇のカーテンに閉ざされた。
武を見失った僕は、本来の目的である仕事を片づけ始めていた。
夜も遅くなりホテルに戻った僕は、未だに武が気になる。
「突然消えるなよ。」
窓越しに海に向けた言葉は虚しく、心を沈めるだけだった。
リリリリリン、リリリリリン。
突然部屋の電話がなる。
「はい。」
「お客さま、誠に申し訳ありませんが、風呂釜の調子が悪いもので、0時をもって入浴を打ち切らせていただきますのでご了承ください。」
「0時?はい、わかりました。」
「それとですね、お客様宛にメッセージが届いておりますので、フロントまでお越しください。」
「…はい。」
…メッセージ?仕事の追加か?ま、ええ知らせではなさそうだな。
重い足を引きずりながらの、フロントまでの往復だった。
部屋に戻り、真っ白な封筒にナイフを入れる。
「・・・・。え?」
メッセージの送り主は武だった。
『兄ちゃんありがと!兄ちゃんのお陰で上手いこといったわ。このあと二人で海に行って、明日の始発で帰るわ。』
僕は大急ぎで近くの海岸を目指し、走った。
…何が上手いこといったや。何が二人で海に行くや。お前の性格やったら見せにくるやろが!上手いこといったんなら、なんで一番良くできた指輪がオレのポケットの中にあるんや?なんで始発で帰らなあかんのや?
海辺を走る僕に、一人佇む影が見えた。
「武!?」
間違いなく武だった。
「兄ちゃん…。あ、彼女はな今帰ったねん。なんか用があるのにオレと一緒に居たいからって無理しよって…。」
「無理してるのお前やろが…。」
「え?・・・・。」
「ほら、指輪や。」
「・・・・。あ、これな。これ兄ちゃんにやるわ。彼女には他のんあげたさかいに…。」
「…もうええ、ウソつくな。何があった?オレが寝てる間に何があった?」
武に歩み寄った。
「なんもあらへん。それに兄ちゃんが口出すことやないやろ。」
バチッ!
思わずひっぱたいた。
「痛っ!何すんねん、アホ!」
「ここまで話に巻き込んでおいて、挙げ句の果てに『口出しするなアホ!』か?…もうええ、勝手にせい。始発ででも何でもさっさと帰ってしまえ。で、後悔しろ。初恋の話がある度に今の気持ち思い出したらええんや。」
…オレみたいに。
「…兄ちゃん。」
武の言葉を待たず僕はホテルへ戻った。
翌朝、僕はモーニングコールに助けられて目が覚める。
真っ白なシーツが朝日を浴びて一段と美しい。
ようやく本来の目的である出張先へと向かう足取りは軽く、町の雰囲気を楽しみながらの出勤となった。
お昼休みになり、お金節約の為と予め調べておいたコンビニに寄り昼食を頂く。
さすがコンビニ世代とでも言えようか、お店に入る前に買う物が決まってある。
どれだけ種類が増えようが、結局は昔から親しみのあるおにぎりやサンドイッチを購入してしまう。
レジへ行きお金を払う。この時、一円単位までお釣りナシで払うことほど爽快なことはないっと思いつつも小銭を探す。
…1円足りない。
あと一円あればピタリ賞!しかし無ければ千円から崩してこないといけない。
…う〜ん…無いか?無いか?
お札の間からカードの隙間までくまなく探す。
…う〜ん…そうだ、ポケットは!
「あ…。」
忘れていたイヤなものに手が触れた。
「あ、千円からでお願いします。」
お釣りを貰うと、そのまま店をあとにした。
もう一度ポケットに手を入れ、手に当たる物を取り出した。
指輪だった。
…あいつ、始発で帰ったんやろか。
少し淋しげに指輪を見つめた。
太陽の光を受け、指輪は美しく輝いていた。
5月半ばとはいえ伊豆は初夏を思わせる程に暑く、出張先の冷房が愛おしくも感じてしまう程だった。
ようやく日も陰り始め、仕事も終わり、海沿いの公園へと足を運んだ。
まだ熱を帯びた芝生。赤く染まった空。潮を運ぶ風。
それがまた、情景を深く彩る。
芝生の上でゴロンっと休憩。
食事までは時間がある。
僕は浅い眠りを求めた。
「初めて好きになった人やねん。」
…ええやん、初恋!絶対モノにしろな!
「ありがとうな。始発で帰るわ」
…何言ってるねん!お前の気持ちはそんな物なんか?好きにせい!帰ったらええやん。始発ででも何でも……
「武!」
大きな寝言を上げて、目が覚めた。
…夢?
「なんて夢や。」
…武。
辺りは既に闇に包まれていた。
暗くて、そして少し肌寒い海。それは気持ちを一層物憂げにさせる。
…あいつに酷いこと言ったよなぁ。
独りになった寂しさ…孤独の戸惑いに、自暴自棄になる。
…あいつの気持ち…分かってやれなかった。考えてすらやれなかった。導いてやれなかった。
夜の海は、人を弱くさせた。
公園を後にし、海沿いを通ってホテルを目指す。
暗い海には月は無く、あるのは数えるばかりの星達。
しかしその光はここまで届かず、錆びた気持ちを照らしてはくれない。
靴が砂に絡まり、一歩一歩が悲しみの重みのように感じられてくる。
…明日で出張も終わりか…。
一層寂しさが募り、その重みに耐えられなくなった僕は砂浜に座り込んだ。
そして寝転ぶ。
「気持ちいい…。」
夕方に見た空とは同じに見えない空がそこにはある。
「ひとつ…ふたつ…」
両手の指の数で余りそうな星達を数え始める。
「…ななつ…やっつ…ここのつ……」
手の平の指はあと一つ残っている。
「・・・・。」
…ないなぁ、あと一つでちょうど10個なのに。
「・・・・。」
おもむろにポケットに手を入れる。
「…あった。10個目の星が…。」
穴のあいたその星は、どの星より美しく見えた。
6.一欠片の望み
ホテルに着いた僕は、鍵をもらおうとロビーへ向かい部屋番号を告げた。
「お客様、お部屋のキーは預かっておりませんが…。」
「…あ゛。」
…鍵かけんと一日中出てたんか?
階段を上り始めた。
…でもそれはおかしいやろ、だって掃除とかに来てるやろし…。
すでに目の前には部屋のドアがあった。
…まさかロビーに渡さずに持って出て、落として来た?
ガチャ…
「あれ?」
ドアは思いっきり開いた。
「うわ、部屋の電気まで付けっぱなしや。さては掃除に来るのを忘れやがったな!?」 そう思いながらも、ズカズカと奥へ入った。
「マジで〜?」
テレビまで付いてある。
「オレ、朝って慌ててたっけ?」
遠い記憶を探るように振り返る。
「これじゃまるで、少し前まで誰か居たような…」
…!!!
すぐに荷物を調べ始める。
その時!
ジャ〜…
水の流れる音。
…ビクッ!
振り返るとそこはトイレだった。
…誰か居る?!
ガチャ
「誰や!」
すると、トイレから出てきた目つきの悪い犯人は、僕に一言こう言った。
「兄ちゃん、お久しゅう〜。」
時が止まる。
いや、止まるどころか逆流を始める。
「誰や!」
「やっぱ兄ちゃんはサムイわ。」
目の前に居るのは武だった。
「…サムイって言うな。それよりお前、何してるねん。」
「いや、ちょっとお腹が痛かったもんやから、トイレに…」
「そっか、暑いからって冷たいもんばっかり食べてたらアカンで…。って違うやろ!始発で帰ったんと違うんかい!それに人の部屋で何やってんねん。」
「いやいや、よ〜く考えたら新幹線の切符を指定席で取ってたさかいに、もっと伊東におろうかと…。で、泊まるとこないし…つい。フロントの人も僕のことを覚えてくれてたみたいでラッキーやったわ。」
「なんやねん…なんでやねん…あ〜もう!何が何かようわからんようになってきたわ…。」
「お腹空いたやろ?これでも食べい。」
武は机の下からコンビニ弁当を取り出した。
「おお、サンキュ。でも下にメシが出来てるやろうし、オレは食いに行ってくるわ。」
すると、すかさず武の言葉が飛び出す。
「あ、アカンで。ご飯ないわ。」
「ん?こんな時間やのに、まだ出来てないんか?」
「いやいや、ご馳走さ〜ん!ってことで…。」
僕の眉間にシワが寄る。
「お前なぁ!」
「ゴメンゴメン!」
「それになぁ、この部屋は一人で泊まることになってあるねん。」
「ん〜…内緒ということで…。」
「お前なぁ…。」
もう怒る気すら出ない。
「もうええわ。好きにしろ。」
「おお、やっぱ兄ちゃん話がわかるわ。」
僕はコンビニ弁当に手を付けないまま、寝転んだ。
30分ほどたち、武もテレビに飽きてきたようで寝る準備を始めた。
テレビの音が消えたせいか、部屋は静まり返り、僕も落ち着きを取り戻し始めた。
「なぁ…武。」
「ん…なに?」
「聞いてええか?」
「なにを?…って、あの話しかないわな…。」
今までになく、トーンを落とす武がいた。
「言いたくなかったらええわ。無理に聞くつもりないし。」
「・・・・。」
部屋は一層静まり返った。
僕は寝返りをうち、壁の方を向いて目を閉じた。
「…兄ちゃん、あの時すぐに校庭で寝たやん。あの後…30分くらいたった時かなぁ、チャイムが鳴ってみんなが帰り始めてた。」
「彼女の学年がか?」
「うん。でもあいつはウサギ当番やし、そっち行った方が会えるなって思って行ってみた。そしたらやっぱりあいつ居て、ウサギの小屋に入って行くところやった。」
武はさらにトーンを落とした。
「でもあいつは、一人やなかった。」
「そらそうやろ。普通一人でせんやん。」
「まあな。でもあいつ、相手…男やねんけど、一緒に楽しそうにやってやがって…なんかオレだけあの時の気持ちを引きずってて、あいつはすでにオレのことなんか少しも覚えてないんやわって思った。」
「・・・・。女ってなぁ…まぁ人それぞれやろうけど、すぐに『過去のことや』って割り切ってしまいよる。」
「ハハハ、兄ちゃんも経験有りってところやな。」
武は力無く笑う。
「・・・・。なぁ、そのあとはどうなったんや?」
「…ん〜…走って逃げてもた。で、あとはブラブラと…。」
苦笑気味に話す。
「なんや。それやったら振られたわけちゃうやん。まだ望みがあるやん。」
「そんなん言っても…。」
「まだ好きなんやろ?」
「…うん…まあな。」
「それなら一欠片の望みにかけてみような!」
夜は深まった。
7.初恋
グフッ!
内緒の朝は武の足蹴りで幕を開ける。
「…なんちゅう寝相の悪いヤツや。」
「う〜ん…兄ちゃん…朝かぁ?」
「おお、早く着替えろ。」
一人で二人分の手間が必要な為、いつになくバタバタしてしまう。
「兄ちゃん!顔拭くタオル、どこにあるねんや!?」
「…うっさいなぁ。二人で泊まってるのバレたらまずいやろが。ほれ、これ使え!」
…なんだかなぁ。
幸いにも、出張最終日の今日の仕事は正午まで。それから大告白イベントが始まる。
上手くチェックアウトした僕達は仕事に向かった。
その間、武は告白の練習。
いくら僕が手助けをするにしても、メインは武。それに変わりはない。
彼がどこまでやれるかで、彼女の心がどれだけ動くかが決まってくる。
…僕は僕に出来ることをしてやるだけ…。
そして、運命の午後が始まる。
僕は例の学校に一人で来ていた。
彼女の名前は武から聞き出してある。あとは放課後を待ち、彼女を誘い出すだけだ。
それまで校庭で昼寝…っといきたいところだが、今は体育の授業が行われている。
…お、ドッジボールやん。懐かし〜…って言うか、したいわ。
小学校生活が遠い昔のように感じられる。
僕は懐かしさのあまり、ボーっと見とれていた。
「フフッ、先生も一緒になってやってるやん。ってえらい若い先生やなぁ。僕と歳、近いんやろか…。」
「あ、先生当てられた。あ、あの仕草…懐かしいなぁ。」
僕は急に思い出した。
「そういやあの先生、似てる…。」
思い出したのは自分の初恋。
何か胸に込み上げてくるものがある。
…あ、こっちに気付いた…。
小学校の先生はこちらに気付くと、早足でやって来た。
「あのぉ、この学校に何かご用でしょうか?」
…あ、僕、怪しく映ってたかも。
「あ、いえ、人を待ってるもので…。あの、気になさらずに…。」
とりあえず、善人を装った。
…いやいや、善人やっちゅうねん!
「…そうですか?しきりにこちらを見てらしたものですから、つい…。」
「ああ、楽しそうだなぁっと。」
「あ、なんならご一緒にどうですか?4年生のクラスなんですけど、みんな強いですよ!」
「へ?でも、授業に割り込んじゃ、悪いですよ。」
「あ、じゃあ、みんなに聞いてきます!」
「はぁ?」
彼女はすぐに生徒の元へ戻った。
…みんなに聞いてくるって、あんたが先生やろが?
っとお決まりのように心の中でつっこみを入れると、息を切らせて彼女がやって来た。
「みんな、OKだって。」
「は?」
「さぁさぁ、どうぞ!」
…『変なことに巻き込まれ病』。そう、僕はきっと、そんな病気と闘ってるんだ。
青い空が目に染みた。
で結局。
「男の子には手加減せえへんで〜!」
っとまあ、僕まで悪ノリしてしまうわけで…。
「私も男の子狙いでいくわよ〜。」
って、彼女と同類扱いになってしまう。
久しぶりの子供の遊び。
僕は童心を取り戻した。
彼女の気持ちがわかる気もする。
子供心でいたら、何をしてても楽しい。
…だとしたら、大人になるってことは…。
僕は首を軽く横に振り、考えるのを止めた。
「いっきますよ〜!」
彼女の叫ぶ声が聞こえる。
「ちょ、ちょっと…僕狙ってる?」
「それ!」
っと大きなフォームで、彼女は全力投球した。
パシッ!
「ふ、なんのこれしき。」
これでも小学校の頃は、学年で1・2を争ってた僕だ。そう簡単にやられるほど、落ちぶれてはいない。
「そ〜ら!」
今度は僕が下投げで彼女を狙った。
「あ、キャッ!…取れた。」
…当たり前や、思いっきり手加減したやん。
「やったわねぇ。もう手加減抜きですよ!」
「いやいや…子供がメインやのに僕らが勝負してどないするねん!」
っという僕の言葉は、無情にも、はやし立てる子供の声に掻き消され、彼女はさらに大きなフォームで僕を狙った。
「いくわよ〜!」
…おいおい、そんなに勢い付けたら転ぶぞ。
「キャッ!」
ドテッ。
お約束。
「勘弁してくださいよ〜。」
なかなか立ち上がらない彼女の元へと向かった。
「イタタタ…。」
「…ん?どう、立ち上がれる?」
「足を捻ったみたいです…。」
…はぁ。
ため息一つ。
「保健室どっち?」
「え?あ、あっちです。」
彼女の指さす方を確認した僕は、みんなの方へ振り返った。
「みんな、今から先生を保険室に運ぶから、みんなは教室に戻ってな。」
「は〜い!」
返事はいいようだ。
…なんか先生になった気分。
生徒が教室に帰って行くのを見届け、僕は彼女を保険室へと運んだ。
「なんで?保険の先生いんやん。」
「あ、そういえば今日はお休み…。」
「お〜い!」
「すみません…。」
「ま、ええわ。湿布貼って、固定しといたらええやろ?」
僕は適当に戸棚をあさり始めた。
「あ、はい…すみません。」
「はぁ〜、いい歳なんだから程々にしとき。」
「…やっぱり21にもなってはしゃぐのはマズイですね…。」
「そうやな…20過ぎたら…。ん?21歳?僕も21やで。」
「あ、そうなん?」
「なんでいきなり関西弁やねん!て言うか、21で先生なん?」
「あ、教育実習で…。それに私、こう見えても関西出身なんですよ!」
「え?マジで?僕も関西出身。」
「へぇ〜。偶然ってあるんですね。」
「ってちょっと待って。もしかして…」
彼女を初めて見た時からずっと心に引っ掛かっていたものが、今一つに繋がった。
僕は彼女に指をさし、そして問いかけた。
「…大木 早苗(おおき さなえ)?」
「うん。…え?なに?あなた誰?」
「…浮村 拓人。」
「…あ。」
初恋の相手だった。
8.告白
「浮村くん、変わったね。」
早苗は懐かしそうに僕の言葉を待った。
「そうか?…そうかもな。」
「かっこよくなったよ!」
「なんだよ。人のこと振っておいて…。」
「フフッ…、あ、根に持ってるんや?」
昔のように、少し意地悪に言葉を並べてくる。
「何言ってんだ?もう過去のことやろ。」
「…そうね。過去やね。」
「・・・・。」
僕から言葉は繋げられなかった。
「ねぇ、なんでこんなとこにいるん?」
「ん〜…。」
僕は事情を話した。
「そっか…その武くんって子が、亜由美ちゃんに告白したいわけね。」
亜由美…武の初恋の相手。
「…ちょうど良かった。放課後、近くの公園までその子を連れてきてもらえん?」
「…うん、そういうことなら協力しようかな。」
「ありがと。」
「…でも、一つ条件があるの。」
「ん?なに?」
「それはね…………」
彼女は周りに聞こえないようにそっと僕に囁いた。
「…ってことでどう?」
「おいおい、マジか?」
「OK?それともNG?」
「…うん、ま、それくらいええけど。」
彼女に、思いもよらぬ約束をさせられた。
学校を後にした僕は、武の待っている公園にやって来ていた。
「…兄ちゃん。亜由美は?」
武は心配そうな声で、僕に問いかけた。
「もう少ししたら来るわ。…どうや?言うこと頭の中でまとまってるか?」
「うん。」
「よっしゃ。」
僕は自分のことのようにドキドキして、彼女の来るのを待った。
そして…
「あ、来よった。」
武が言葉を漏らした。
僕は武の後ろにあるベンチに腰掛ける。
「へぇ〜、可愛いやないか。」
「え?私?」
隣にちょこんと座り、お決まりの言葉を言う早苗の姿があった。
「バ〜カ。」
息を殺して、主役の二人を見守った。
「久しぶり…。」
「うん、久しぶりだね。…どうした…の?」
「あのさぁ…、まだオレのこと好きか?」
…フッ、なんであいつ標準語やねん。
「・・・・。わかんない…。」
…あ、キツウ。…あいつ大丈夫やろか?
「そ、そうか。ならええんや…。」
…ん?
そう言うと武は走り出した。
「は?待て!武!!」
「私、連れ戻して来る!」
早苗は僕の声より早く反応していた。
「おう、頼んだ。」
「武く〜ん!」
…逃げやがった。
公園には夕日が射し込み始め、僕は寂しさを覚えた。
そして呆然と立ち尽くす亜由美の元へと歩み寄る。
「ゴメンな。驚かせたかな?」
「???どうして藤本君、行ちゃったの?」
…藤本?ああ、武のことか。
「…あいつなぁ、亜由美ちゃんに大事な話があったんだ。」
「???」
…そら、何が何だかわからんよなぁ。
「あいつ、必ずここに戻って来るから…その時はあいつの気持ちについて考えてやってほしい。」
「???…う、うん。わかりました。」
「…ありがと。」
僕は微笑みを返した。
「座って待ってようか。」
さっきまで座っていたベンチにもう一度腰掛けた。
「・・・・。」
「・・・・。」
「・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・。」
無言のまま時は過ぎた。
9.約束
「マスター。水貰える?」
昔話を話すのに少し疲れた僕は、居酒屋の店主に水を催促した。
「はい、只今。」
「ねぇ、続きは?」
何かを待ち望むように、彼女は僕に話の続きをせがんだ。
「ちょっと待って。」
「はいどうぞ。」
マスターのくれた水で喉を潤した。
「ちょいトイレ行ってくるわ。」
「え〜。じゃ、早くしてきてね。」
「ああ。」
僕は席を外した。
「はぁ、その後を聞きたいのに…。」
女は言葉を零した。
一つ沈黙が間を置き、マスターが話し始めた。
「きっと上手くいったんだと思いますよ。」
「え?・・・・。なぜ?」
「その後、その子は亜由美さんに告白して…。小学生ながらに、遠距離恋愛に苦しんだんじゃないですかね…。」
「じゃ、彼…拓人は?」
「あの方は…その先生との約束を果たした…。」
「約束って何?」
「一日デートに付き合った。」
「その後は?」
「彼…武は拓人さんに指輪をプレゼントした。で、こんな約束をしたんですよ。今度会う時まで持っていてほしい…と。」
女は顔色を変えた。
「……その後は…。」
「それはあなたの方が良く知っておられるのではないですか?早苗先生。」
「まさか、あなたは…。」
そんな時、僕はトイレから帰ってきた。
「ストップ。それ以上は言わない。」
僕は彼女の唇に人差し指を当てた。
「マスター、世話になったね。お代ここに置いて行くよ。」
「ありがとうございます。」
僕はカウンターに、1万円札と指輪を置いた。
「あ、お客さん。おつりです。」
僕はマスターから、2つの銀の指輪を受け取った。
彼女は居ても立ってもいられず、僕に問いかけた。
「どういうこと?」
僕は彼女の手を引き、店を出た。
「これが僕達の結婚指輪さ!」
「その指輪は…武くんと亜由美ちゃんのじゃないの?」
僕は軽く首を振り、こう答えた。
「いいや、僕達4人の為の指輪さ。」
「やっぱり今のマスター、武くんだったんだ…。ねぇ、亜由美ちゃんとはどうなったの?」
「さぁ。でも、この店の看板を見ればわかるんじゃない?」
看板には、『imuya』と書かれてある。
「い、む、や?これがなんなの?」
「この店に来ると、昔を振り返りたくなる。だから看板も振り返らないとわからないのかもな…。」
最初は首を傾げていた彼女もその意味がわかり、安息の笑みで僕にこう言った。
「良かった。私たちと一緒で初恋を手に入れたのね。」
次の日、僕は早苗と結婚した。武と亜由美の見守る中…。