日記で1度や2度、もしかしたらそれ以上に同じことを書いているかもしれないけど、
節目に際して思うことを改めて書き出しておこう。
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年齢を1つずつ重ねながら、できることが少しずつ増えて行くたびに、
できないことがその2倍・3倍の速さで増えて行く。
「できたことができなくなる」だけじゃない。
「できるかできないかわからなかったことが、できないとわかる」ことも多い。
少し悔しいが、仕方のないこと。
自分のできなさにはなるべく冷静に対処して行きたい。
全てのことができるようになれば素晴らしいが、
それが不可能であることはもう知っている。
だから、できないこと1つ1つについて
「できるようにする」のか、それとも「できないとあきらめる」のか、
はっきりと選択するようにする。
それが年を取ることそのものなんじゃないかと今は思う。
冷静な取捨選択をして行きたいね。
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まぁさすがに、ひとりでいきがってばかりいる生活から
脱却したいとは思うね。
注意:べつにすぐ結婚したり誰かと生活したいってことではない。
それ以前の次元の話。
もうちょっと他人との触れ合い自体を増やさないと、まずそうだ。
本能で生きてきた俺が思うのだから間違いないだろう。
何もしなくたって、色々な誤作動を始める年齢にさしかかる。
ちょっとずつ、精神的にも肉体的にも思い通りに自分を動かせなくなって、
いろんな面で修正が必要になってくるでしょ。
ひとりでいきがっているだけでは、修正が大変、または不可能だよ。
たぶん、それほど奇をてらったこと始めなくてもいいんだろう。
まずは人ともうちょっと喋らないと。
どんどん喋り方を忘れていっているよ。
仕事の環境のせいでもあるけど、
1日に誰も他人と話さなかったってことが最近よくある。
これは危険だ。
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…で、ここまで書いて思ったこと。
いつも通りな感じで、この後こんな風に話を進めようとしたのだ。
「人と触れ合わなきゃなーと思いつつも、どうすればいいか全然対策が思いつかない。」
↓
「相手がいることだから、自分ひとりががんばって済むわけではない。」
↓
「自分ひとりだけでがんばるのはラクでいいけど、相手が必要なのは難しい。」
だが、ふと気付いたのだ。
一人だろうと相手がいようと、
まずは自分ががんばらなければならないことは変わらないだろ?って。
スタート地点は変わらない。自分だ。
スタートした後、自分だけの方向に進んでいくか、
それとも外の方向へ進んでいくか、方向性は考えていかなければならない。
だけど、まずは自分ががんばらなければ何も始まらない。
スタート地点は変わらないのだ。
変えなければならないことと、変えなくてもいいこと。
明確になった気分だな。
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なんだかんだ言っても、自然な感じで年を取れているとは思う。
過去に引きずられすぎず、未来に希望を持ちすぎず。
そして月並みではあるけど、努力を怠ってはならないと思う。
努力をすることをあきらめない。
今、特別な言葉はいらない。
できないことをできるようにするべく、努力をしていくだけ。
2008年5月5日 こどもの日 新潟市中央区にて
エス佐藤(28)
おきば