22年も生きていれば、
いいかげん自分の分析くらい(無意識に)終わっているものだと思う。
思うには、
・人にいいところを見せたい
・格好良いところを見せたい
・できる自分を見せたい
・が、人一倍ドンくさい
・そのギャップにへこむ
・それでも格好良いところを見せたいから、
妙なことをして人の気を引こうとする
・人の花が赤あかと輝いて見える
・やれと言われるとやりたくない
・が、何にも言われないともっとやりたくない
・妥協せずにものを作って
自己満足レベルのものができるには〆切り+1週間が必要
さらに完璧レベルのものにするためにはもっと必要
・ひとりで黙々と我慢することが自己満足につながる
こんなところでしょうか。まだありそうか。
22年も生きていれば、
いいかげん、もうそんな自分はわかっている。
変わろうとしても変わらなかった部分がわかっている。
わかっているつもり。
けれど、その対処法は未だにできていないと思った。
思っている。
中学3年あたりで確立した部分は、高校大学を経てより強固になった。
かもしれない。
本当は、自分が一番自分を知らないんだって。
そんな自分を対処しつつうまく自分をコントロールしていくのが
どうやら大人ってやつらしい?
今のところは、そんなのムリだ。
へこんで、あきらめて、またへこんで、またあきらめて。
ひとつひとつ転んで格好つけて起きあがって、
泣いて笑って走って逃げて。
22年も生きてんのに、まだそんなことをやっている。
今日はそれでいいと思った。
今日はそれがいいと思った。
道は、長いね。