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■星降る夜に

 寒いのは苦手だ。
 冬の、しかも夜に、わざわざ戸外で長時間過ごそうという誘いは、気軽に承服しかねる提案だった。
 このまま暖かなリビングのソファで寛いでいたいと思うが、雪の日の犬よろしく期待と信頼を込めた目で見つめられては、どうにも簡単には切り捨て難い。

「学校に天文部はないのか?」
「ありますけど、合宿以外の普段の活動が太陽の黒点観測と、天気図の作成だけですからね……」
「洋弓部と掛け持ちなら、その程度でちょうどいいんじゃないか?」
「星を見るだけなら、一人でもできますから」
「じゃあなぜ俺を誘う?」

 核心をつくと、顔を朱くしてうつむいた。

「あなたとふたりで夜空を眺めている夢を、何度も見るんです」

 これはまた夢みる少女的な…と思ったが、黙っていた。
 それでも表情には出ていたようで、ぷうと頬を膨らませ、そういうのとは違うんです、と言った。

「それは知っている星座のない空で、でもひどく目に馴染んだ懐かしい景色なんです」
「夢なんていい加減なものだからな」
「でも、方角を標す星や、季節の変化もあって、妙にリアルなんですよ」
「南半球の空なんじゃないか?」
「行ったことはありません。それに……星図だけの知識ですが、違うと思います」

 無理問答のようだ。何が言いたいのか、どういう答えを欲しがっているのかも分からない。もしかしたら本人にも分かっていないのかもしれない。
 確かなことは、ひとつだけ。
 今、俺といっしょに星空を見上げたいという、ささやかな願い。

「──それで? その夢を予知夢に仕立て上げるべく、協力しろということか?」

 適当に返した言葉に、相手は目を見開いた。

「ああ……そうかもしれません。あれは、未来の夢なのかも……」
「南十字星の見える南の島に、ハネムーンに行く夢か?」

 俺の軽口にふるふると首を振り、真剣な眼差しでこちらを見る。

「もっと先の話です。星座が形を変えるほどに遠い未来の」
「何百年も?」
「もっとずうっと先です。……例えば1万2000年先、ちょうど、こと座のベガが北極星になっている時代なのかもしれません」
「……なんかそんなCMソングがあったな」

 同じ歌を思い出したらしい。くすりと笑うと、耳許に唇を寄せてきた。

「遠い未来、ぼくはあなたに想いを伝えるんですね──1万年と2000年前から愛してます、って」

 体の奥が震える。他愛のない空想話だというのに、忘れてはならない大切な約束をしているのだという予感がする。

「1万年か……文明の衰勢には充分すぎる時間だ。荒廃した地球で、俺たちはどんなふうに出会う? それともSF映画みたいな未来都市か?」
「剣と魔法でドラゴンと戦う世界かもしれませんよ」
「剣も魔法も俺たちには無縁だな」
「弓があります──ぼくとあなたを、繋ぐものです」

 いつも明るい日差しを受けて輝く瞳は、今はすべてを見透すような深い神秘の色を湛えている。
 いつの日か別れは訪れるだろう。それでも、また出会えるのだという確信に胸が高鳴る。
 自分を抑えられず、相手を抱き寄せた。

「ジョルジュさん?」

 黙りこんだ俺を不思議そうに見つめる頬に手を添えて、軽く唇を重ねた。予期しないこちらの行動に、相手は頬を朱らめて目を瞠る。

「……ロマンチックな夢の話に免じて、今宵のお誘いに応じよう。温かい飲み物は用意してくれるんだろうな?」
「はい! コーヒーとホットワインのどちらが宜しいですか?」
「両方だ。コーヒーはお前用だから、ミルクと砂糖も入れておけ」
「今すぐ準備します!」

 嬉しそうに返事をしてキッチンに駆けていく後ろ姿を見送った。

 コートを着込み、マフラーに手袋と完全装備の出で立ちになる。似たような格好のゴードンが、いそいそとリュックに保温水筒を二つ詰め、準備完了です、と言う。

 外に出ると、冬の澄んだ空気の中、星々が瞬いていた。街灯の少ないところがいいから、と促されマンションから歩いて数分の公園まで行く。
 ベンチに断熱シートを敷いてから並んで座ったが、足元からしんしんと冷気が上ってくる。温かい飲み物を少し体に入れてから、ふたりで一枚のフリースにくるまり、空を見上げた。
 時おり、すうっと細い軌跡を描いて小さな星が流れる。
 今夜は流星群だそうだ。

「10年くらい前だったか……すごいのを見たことがあるぞ」
「ぼくも見ました! まだ小さかったけど、はっきり覚えています」

 あのときも同じ空を見上げていたんですね、と嬉しそうに呟く笑顔が可愛くてたまらず、肩を抱き寄せ、冷えた鼻先や頬に軽くキスをした。
 夜目にもわかる真っ赤な顔で、これじゃあ空が見られません、と言うから、後ろから抱き上げて膝に乗せてやった。深夜とは言え人目につくかもしれない場所での行動に、更に何か言いたそうだったが、とりあえず無視しておいた。

 目を閉じると、さらさらと風花の舞う、凍てついた夜のイメージが浮かぶ。星あかりに煌めく深い色の瞳。俺だけを映すその目は、確かにこいつのものだ。
 夜明けの空に薄く消えていく星。昼下がりの白い月。夕空の一番星。
 幾万の昼夜を越えて、俺たちは廻り合い共に歩んでいくのか。

 そうだといい。
 変わらずこの温かな気持ちがあるのなら。

 相手の胸の前で組んだ手に、小さな手が添えられた。
「これからも、ずっと、いっしょですね」

 腕の中で囁く愛しい者を、ひときわ強く抱きしめた。



20131224up

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