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小ネタTOPにもどる ■均衡 「支度はできたか?」 「ええ」 扉越しに声を掛けると、女侯爵は艶やかな笑みを浮かべて部屋から出てきた。濃紺のドレスは姿勢の良い立ち姿を引き立て、近寄り難い印象すら感じさせる。 「よく似合っている。アイリスの花のように美しい」 「心にもないお世辞が上手いのは相変わらずね」 「世辞なものか。とても戦場で馬を駆り槍を振り回す勇猛な女騎士と同一人物とは思えない……」 思い切り足を踏まれ、息を飲む。確かに見た目は美しいが、中身がこれでは惚れるはずもない。本気で見蕩れて詩人めいた麗句を並べたてる無骨な男を思い出し、なるほど恋は盲目とはよく言ったものだと嘆息する。 アカネイア自由騎士団の副団長は二人。 傭兵隊を束ねるアストリアと、騎馬隊を束ねるミディア。 式典など改まった場への招待でお声が掛かるとき、団長に随伴する者は相手によって使い分けられていた。武勇や実績を重視する場にはアストリア、格調や学識を重んじる場にはミディア。 面倒なことだと思うが、心証というものは軽視できない。最善をもってあたるべきだろう。 今日は懇親を目的とした食事会で細君の同伴も許可されており、妻帯していない者も近しい女性を伴って参加することが通例となっていた。 「正直なところ、お前がいてくれて本当に助かる」 元は武官だが、貴族の出なので作法は完璧だ。国内の領主や市民組織の力関係にも明るく、公の場でそつなく振る舞える。何よりその存在で場が華やぐ。 そのまま軽口の応酬があるかと思ったが、ミディアはこちらを見上げ、ふ、と笑みをこぼした。 「私たち四人……良い均衡よね」 「四人になる以前から良い関係だったと思うが?」 思えば女性の役割が必要な場では、いつもミディアに仲立ちを頼んでいる。出会いからそうだった。形ばかりの婚約者になってくれとこちらから話を持ち掛けた。 「そうね、あなたと出会ったとき同志だと思ったわ。アストリアは不器用だったから、はじめはお互いに反目するだけだったけど……それでも三人で過ごした時間は特別なものだった」 「ゴードンを連れてきたことが不服か?」 意外なことを耳にしたというふうにミディアは目を瞠り、やがて笑いだした。 「逆よ、あの子がいてくれて良かった、っていう話!」 「意味が分からん」 「あの子を側に置くようになって、自分がどれだけ変わったか気づいてる?」 「自覚は無いな。俺は俺だ」 「そう、本来のあなたはこういう人だったのよね……ごめんなさい」 何を謝る、と問おうとしたとき、近寄る人影に気づいた。 「迎えの馬車が着いたぞ」 「ああ、今行く」 返事をして戸口に向かおうとするが、隣を歩いていた気配がついてこない。振り返ると、急かしに来たはずのアストリアは着飾ったミディアを前に赤い顔でもじもじとしている。 まったく、お前たちだって恋仲になってどれだけ変わったか自覚はあるのか。 独りごちながら先を急いだ。 戸口で待っていたゴードンに、背筋をのばして礼装姿を見せた。 「どうだ?」 「とても……お似合いです」 頬が染まり、見上げる瞳はきらきらと輝いている。確かに悪い気がしないが、ここまであからさまでは溜め息も出る。 「お前は本当に俺の見てくれが好きだな」 手招きされ軽く屈むと、内緒話のように手のひらを添えてそっと耳打ちされた。 「ええ、大好きです。顔も声も振る舞いも、あなたのすべてが」 囁いた後、ちゅ、と唇が軽く耳に触れた。 「迎えの馬車がお待ちかねですよ」 さっと身を離すと扉を開け、従者のように畏まっている。 遅れてきたミディアに手を貸し先に乗せてから、自分も馬車に乗った。 窓から小さく手を振りながら、ミディアが呟く。 「ふふ、二人とも赤い顔をして」 「……なるほど。四人なら、つがいが二組という意味か。確かに均衡はとれているな」 つがいという言葉が気に入らなかったらしい。また足を踏まれた。
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