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小ネタTOPにもどる ■いつか消える星 騎士団長の随伴として訪問した職人組合の館を辞去したのは日没後だった。日を追うように細い月も早沈み、空には星が瞬いている。 街中では雪も片付けられ歩くのに困難はないが、ここ数日は冷え込みが厳しく、夜に出歩く人は少ない。まだ冬至を過ぎたばかり。春は遠く、冷たい風が間断なく吹き付けてくる。こうなると厚手の外套も大して役には立ってくれない。 口許まで引き上げた襟巻きの隙間から白い息を漏らしながら、半歩先を行く彼が言った。 「付き合わせて悪かったな。こんなに遅くなるとは……」 「いいえ、現場からの意見を直接伝える好機でした。棟梁のお気に召したのもその点でしょうね。 それに、こうしてあなたと二人きりの時間が持てたことは嬉しく思いますよ」 「こんな寒風の中でも?」 「ええ、もちろん」 答えながら空を見上げると、燃える火の音が聞こえそうなほどに星々が輝いている。冬空は明るい星が多いから、特に好きだ。 シリウス、プロキオン、そして…… 「オリオンか。弓使いには縁深い星座だな」 ぼくの視線の先を見て、彼は言う。 「館に着くまで、何か星の話でもしてくれ」 襟巻きに隠れてその口許は見えないのに、口の片端だけを上げているのが声の調子で分かる。大好きな、いつもの笑顔。 「……オリオンは、遠い昔は異なる形だったようです。もっとも、遺跡の壁画に描かれている古代の星図と比べると、今の星座はどれもが多少は異なっているようですが……それでも、オリオンには特に大きな変化がありました。 星が、ひとつ消えたんです。 それは明るく輝く赤い星だったようです。いまも残っているあの白い星よりも」 彼は足を止めて振り返る。 「星が消えるなんてことがあるのか?」 「人の営みとはかけ離れた周期ですが、星も生まれ、やがて死ぬものなんだと学者は言っています」 「始まりと終わりは万物に訪れる……か」 始まりと終わり。 ぶるっと体の芯から震えが起こった。 「どうした?」 気づけば彼の背に縋りついていた。 「あ……」 忘れかけていた。忘れてしまおうとしていた。いつか訪れる終わりのことを。 戦いの日々から遠ざかり、それでも側にいることを許され、温かな愛を与えられて、いつの間にか安穏としている自分。 「……今日は冷えますね。暖めて頂かないと、眠れないかもしれません」 「心得た」 襟巻きを緩めた彼が、約束代わりに軽く額に口づけてくれた。 温かな感触に心が鎮まる。 見上げた空には、残された片割れの白い星が輝いている。その対角にかつて輝いていた赤い星を思い描いてしまったが、不吉な想像を断ち切るように軽く頭を振った。 空の星とは違う。 大切な人は、手の届くところにいるのだから。 この命ある限り、守ってみせる。 「好きですよ、ジョルジュさん」 伝えつづけた想いへの答えに、ふ、と彼は笑みを溢し、再び歩を進めた。
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