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小ネタTOPにもどる ■不足 書類仕事の合間に食堂で遅い夕食をとっていると、目の前に頼んでもいない野菜料理の皿が置かれた。 「ちゃんと野菜も食べてください。充分に休息がとれないときには、せめて栄養を摂らないと」 隣席に腰掛けた弟子の、まるで小さな子どもに言い聞かせるような口ぶりに、周囲の者の視線が集まる。 「口うるさいことを言うな。ただでさえ食欲がないのに、ますます食う気が失せるじゃないか」 「体調の維持も仕事のうち、ですよね?」 ──唇が、荒れていますよ。 声を落として添えられた一言に、今朝方の記憶が蘇る。 たまたま部屋には別の者もいた。急を要する報告を受けながらの身支度。その折の、物言いたげなこいつの様子。 そのまま内と外の仕事に別れていたので顔を合わせることもなかったが、一日中こんなことを気にしていたとは。 「お前は俺の見てくれにこだわりすぎる」 「その維持管理も仕事のうちと思っていますから」 凛と美しく居てください。 こいつが度々口にする言葉。 溜め息をひとつついて、嫌々ながら野菜料理を一口食べた。菜っ葉など鳥の餌じゃないか、と心中で毒突きながら。 ──おや? 「……旨い」 「でしょう? 体が必要としているんです」 汗をかいた後や疲れたときに塩辛いものを欲しくなるのと同じです、と得意気に続ける。その笑顔が憎たらしくて……愛しくて……声を潜めて呟いた。 「お前が欲しくなった。きっと足りていないんだろうな。俺の体調管理もお前の仕事のうち、だろう?」 そう言うと、表情も変えずに返事があった。 「食事が終わったら、書類仕事の続きはお手伝いいたしますよ。今日は早く床に入りましょう」 卓の下で、膝が触れる。 「ぼくも、足りていないと感じていましたから」 何が、と尋ねるまでもない。 穏やかな笑顔に変わりはないが、瞳の奥に熱を宿しているのが見てとれた。
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