|
小ネタ2 TOPにもどる/小ネタTOPにもどる 前置き。 ご面倒でしょうが、とりあえずお読みくださいませ。 *以下の前文に少しでも引っかかった方は、お戻り下さい* 拙作『永遠の礎』の遠征から帰還後の話。 肝心のアリティア遠征の話は長くなりすぎ、まとまらなかったので割愛。 私設定満載の上、えちぃ話でもございません。 ……よござんすか? ↓ ↓ ↓ ■心残り 私室に手土産を携えた弟子の来訪があった。 この刻限にしては珍しく、表の廊下から扉を叩いて。 二つの部屋の間にある浴室には、どちらの部屋にも通じる扉があり、中庭に面した窓はあるものの、廊下側には扉はない。夜更けに互いの部屋を訪うときは、そちらの扉を使うのが十数年来の約束事になっていたのだが、今夜はそういう用向きではないらしい。 しかも、ご丁寧に扉を開いたままだ。今夜はこの階の部屋を使っている者は他にいない。余程大声を出さなければ不寝番の者にも届かないだろうに。 「遠征は疲れたか?」 ひと月に渡る遠征隊長の任を全うし、無事に帰還したのは今日の午後のこと。長椅子に着座を促しながら常と違う雰囲気を感じて訊ねると、そうかもしれません、と曖昧な答えがあった。小卓に陶瓶を置き、長椅子に腰掛けると、深い溜め息をついた。 「久々の帰郷だったろう。かつての主君、役付きとなった昔馴染みの騎士たち、実弟……こちらより余程寛げたんじゃないか?」 同じ長椅子に少し距離をあけて座りながら冗談半分に探りを入れると、慎重に言葉を選ぶときに見せる──こいつを知らぬ者なら気づかぬ程度の──間があり、薄く笑みが浮かんだ。 「私が帰るべき場所は、ここですよ」 ゆっくりと立ち上がり、慣れた所作で棚から銀杯をふたつ取り出して卓に置き、手土産の陶瓶の封を開け酒を注ぐ。遠征前にも話に上っていた、こいつの故郷の果実酒。 「お約束の品です。荷馬車いっぱいの樽でも届いておりますが、今宵は一先ずこちらで……」 杯を手にしようとすると、軽い手振りで制された。 「僭越ながら、先ずは私がお毒見を……」 そう言って、自らの杯を手にして酒の色や匂いを見てから、少量を口に含む。味と鼻に抜ける匂いとを確かめてから、一息に呷った。 「無理をするな。酒精の強い蒸留酒だろう?」 あわてて腕に手を添えて止める俺を、潤んだ目が見上げる。唇から漏れた吐息は熱く、果実の甘い匂いがした。 遠征前に共に過ごした夜以来だ。二人きりで互いの呼吸を感じる距離にいるのは。 杯を取り上げ、卓に置く。眼差しの熱に引き寄せられるように口づけようとすると、顔を背けられた。 「もう少しだけ……待ってください」 「その酒に、何かあるのか?」 「あったら……どうします?」 あの王から毒杯を賜るような不手際があったと言うのだろうか。だとしたら俺の耳に入るだろうし、無事に帰されるはずもない。 あり得ない話だが、声に潜む真剣さに、冗談ではないことが知れた。かと言って身を離す気にもなれず、その体を抱き締める。応えるように、背に手が回された。 「……これは私の夢見た最期のうちのひとつです。主に命じられれば、いつなりと従う覚悟はありました。そしてその時を、あなたの腕の中で迎えられたら、と……」 「若い時分は、とかく死を夢想するものだ。お前が騎士になったのは、戦争の最中だった。おかしい話ではない」 「王は私の希みをご存じです。戦争の折、敵軍のあなたに帰順を願いに疾ったときも、同じ覚悟でした。あなたに与えられる死ならば本望だったから……」 いつの間にか使い分けられるようになっていた一人称と口調。以前は改まった場のみの振舞いだったものが常の顔となり、いつも穏やかな笑みを湛えるようになっていた。 こうして二人きりの時でさえ、簡単には心を許そうとはしない。様々な手管を用いてその仮面を引き剥がすのも、普段は楽しみのうちなのだが。 「……王に何を命じられた?」 「あなたを亡き者にするよう仄めかされました。 それ自体は、私の返事を見越してのことで……自由騎士団の勢力を脅威だと進言する新参の家臣たちを黙らせるための茶番でした。 それでも……試すようなことをしたお詫びにと、あなたと二人で飲むように王から手渡されたこの酒を、私は疑わずにはいられなくて……」 言葉を遮るようにその唇を口づけで塞ぎ、わずかに開かれた隙間から舌を入れる。一度は素直に迎え入れておきながら、我にかえり身を離そうとする体を押さえ込む。口腔を舐め、残る味と匂いをみてから、唇を離した。 「……安心しろ、ただの酒だ」 「ただの酒……本当に……?」 気が抜けたらしい。しばし呆けたようにこちらを見上げていたと思ったら、声を上げて笑いだした。うっすらと涙を浮かべ、痛みを堪えるような顔で。 感情が鎮まるのを待ち、問い掛けた。 「仮に俺たちがアリティアの酒で死んだら、皆はどう考えると思う?」 「情死でしょう。私があなたを道連れに心中したと……」 「そんなことはあり得ないと、身近な者なら誰もが考える。この騎士団の者も、お前の故郷の旧友たちも。直後に利を得る者が真っ先に疑われ、真相は明るみに出るだろう。 それに、今の自由騎士団の所領や財の維持管理は、アリティア一国の手に余る。俺たちだからこそ、成し得たことだ。卑劣な手段で勝手に頭を挿げ替えられては、領民も諾々と従いはしない。 友好関係にある組織をわざわざ潰し強行してまで得る必要はないと考えるのが妥当だ。 ──親切ぶった進言をした家臣とやら以外にはな」 こちらの言葉に頷きながら、それでも……と、ためらいがちに目を合わせながら呟く。 「いちど抱いてしまった疑念は拭いきれません。私が故国の王に無条件に信頼を寄せることは二度とないでしょう」 「仕方のないことだ」 「でも……あなたは……」 「俺がどうした?」 片眉を上げ、続きを促す。 「……ぼくを無垢で穢れない存在のように理想化していませんか? 疑念に凝ったぼくを、以前と同じように見ることができますか? ぼくは変わってしまった。昔のままのぼくじゃない。こんな歳にもなって、情けないと思うけど……かつての主君への信頼が失われたことよりも、そのためにあなたの気持ちがぼくから離れていく方が辛いんです」 頬を両手で包み、こぼれそうな涙をそっと舐めとる。 こちらを見上げる緑の瞳は、昔と何ら変わることない真っ直ぐな美しさ。この瞳には、半端なお為ごかしなど見透かされてしまう。偽りなく胸の内を明かさざるを得ないだろう。 「同じようなことを、俺もずっと考えていた。お前には、老成した立派な人間だと思われていると。その信頼は重圧でもあった。幻滅されないように振る舞わなければ、と。……俺が恐れていたのは、お前を失うことだけだ」 緑の瞳から溢れる涙。遠い記憶、想いを告げた日の泣き顔が、重なる。 「まだ……ぼくを傍に置きたいと思っていただけますか?」 「生涯手放すつもりはないと言ったはずだ」 何度も言わせるな、そう呟いて、軽く唇を重ねた。そして緩めた襟元から覗く赤の色に気づく。喉元に、小さいが真新しい刃物の痕。 「この傷は?」 「……」 答えを聞かずとも理解した。王命に背きながら、どうやって故国への恭順を示そうとしたのかを。 己の名誉も命も顧みずに、騎士団を守るため、俺を守るため、ただそのために。 そして、こいつの迅さを凌ぐ数少ない騎士の面影が脳裏を過ぎり、背筋に震えが走った。 ……よくぞ、防いでくれた……。 ため息をつきながら立ち上がり、部屋の扉を閉め、鍵をかけた。 「どうやら、また仕置きが必要らしいな」 「お叱りは謹んでお受けいたします……思い知りましたよ。それこそ数えきれないほど何度も伝えてきたのに、いざとなるとやっぱり心残りなんです」 ──ひと目でいいから、あなたに会いたいと思いました。そしてもう一度、あなたに伝えたかった。 囁きながら、俺の背に縋る熱い体。 「聞かせてくれ。何度でも」 微笑む口元から零れる言葉はいつも聞き慣れた、それでも決して飽くことのない、俺を温かく幸せな気持ちにさせるものだった。
|