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■君よ知るや

「何の本だ?」
「博物誌です」

 休憩時間に談話室で本を読んでいると、不意に来室した騎士団長が、ぼくの手元を覗きこんだ。
 ちょうど開いていた頁を見て、大体のことを察したらしい。

「先日招待を受けた郷士の温室は、見事だったからな……」
「ええ、見たこともない花や鳥でいっぱいでした」

 遠い南国から取り寄せられた、珍しい生き物たち。染められたのではなく自然のままだということが信じ難いほどの、極彩色のかたまり。
 役に立つもの、利用できるもの以外に興味の薄い彼は、つまらなさそうに相槌をうつ。

「そんなものが面白いか?」
「面白いですよ。例えば鳥や虫でも、派手で特徴的な外見をしているのは大抵オスだけなんです。あの色や形も、メスの関心をひくためなんですって」
「生き物の本能なんだろう。ヒトも同じだ。番うか否かの決定権はメスの側にある」

 こんな話をこの人の口から聞くと、思わず苦笑してしまう。

「生まれつき美しい見目のあなたには、さぞや多くのご令嬢が心惹かれたでしょうね」
「他人事のように言うんだな」

 彼の手がぼくの顎を捉え、目線を合わせられた。先の言葉は、ぼくの小さな嫉妬心から出たもの。見つめ合っていることが辛くて、ぼくは視線を逸らした。

「……他人事ですよ。ぼくはあなたのように整った容姿ではありませんから」
「美醜など各々の好悪感情だろう。お前が俺の見目を好きなだけだ。俺もお前の顔かたちが好きだが」
「あいにく、ぼくはメスではありませんし」

 そう言って手を払うと、一瞬黙った彼は、すぐににやりと口の端に笑いを浮かべた。

「そうだな。溺れる俺を嬉しげに見る様は、オスの征服欲に満ちているものな」
「だ…誰が嬉しそうになんか……!」

 声を荒らげてしまってから気づく。
 ここは昼下がりの談話室。
 周囲の人がこちらを見ている。

「時間だ。じゃあな」

 薄く笑みを浮かべながら団長は退室していったが、取り残されたぼくは、居た堪れない沈黙の中どうすることもできずにいた。

「あの……」

 おずおずと声を掛けてきたのは、ぼくの隊の新入りだった。

「団長が溺れるって……英雄戦争のときの渡河作戦のことですか?」
「う…うん、そう。あの人、泳げないんだ」

 とりあえず助け船に乗ってはみたものの、これは泥舟だ。
 痛む額を押さえながら、交わした会話を思い返し──嫌疑を持っている者には怪しく受け取れるけど、何も知らない者には別段おかしな流れではなかったと結論づけた。
 こんなふうで隠しきれるとも思っていないが、何も知らない人たちにまで触れ回るつもりはない。あの人とぼくの関係を。

 本を閉じ席を立つと、新入りの彼もいっしょに部屋を出てきた。廊下を並んで歩きながら、そっと告げられる。

「俺も、あなたの顔かたちが好きですよ」

 心持ち頬を赤くして、隣を歩く青年が呟いた。

「? ……ありがとう」

 入団直後に面倒を見て以来、彼がぼくに懐いていることは知っていたけど。

「団長が羨ましいです。あなたに触れることが許されているなんて……溺れるほどに」

 ああ……そういうこと?
 周囲を窺うが、人気はない。少しきつい口調で答えた。

「ぼくは、あの人のものだからね。君はその目で見たはずだろう」
「警戒しないで下さい。俺があなたに何かできるはず無いじゃないですか」

 それは知っている。君は良識的で真面目な子だ。そんな君の為を思って言ってるんだよ、と心中で独りごちる。
 あの人はああ見えて、時々ひどく子どもっぽいところがあるんだから。

「……この話はこれで終わりにしよう。せっかく手にいれた有望な部下を、見すみす退団させたくはないからね」

 ため息と共にそう言うと、予想に反して、やたらと嬉しそうなキラキラとした表情になった。

「はい、隊長! 今後もよろしくお願いいたします!」

 一礼して駆け去る後ろ姿を、呆気にとられながら見送った。
 前向きでへこたれない楽天的な後輩。
 一昔前の我が師の苦心に、今さらながら気づかされた。



  • また出たモブくん。イメージとしては、大型犬の仔犬にじゃれつかれる豆柴の図。
    師匠の出番が少なくてスミマセン。まあそのうち…徐々に…。

20151231up


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