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小ネタ2 TOPにもどる/小ネタTOPにもどる 前置き。 ご面倒でしょうが、とりあえずお読みくださいませ。 *以下の前文に少しでも引っかかった方は、お戻り下さい* 弟子の言動がちょっと黒いです。キャラ性格崩壊ってやつ? 弟子に憧れている設定の捏造キャラクターが出てまいります。しかもそいつの一人称。 ……よござんすか? ↓ ↓ ↓ ■君がため 夕食のときに宿舎の食堂で顔を合わせた先輩騎士に頼まれ、書類の整理を手伝うことになった。そして今は、夜の書庫にふたりきりだ。 「ごめんね、付き合わせちゃって……」 「いいえ、どうせ暇でしたから。あ、これで全部みたいです」 「ありがとう。あとは座って休んでて。毛布も持ってきてるから、寒いようなら使ってね」 示された毛布を肩に掛け、卓を挟んだ向かいに座る。火気を禁じたこの部屋には暖炉がなく他の部屋より冷えてはいるが、床の下に湯の通る管が施設されているので、寒さに震えるということもない。蝋燭の代わりに、魔道学院特製の角灯が暖かな光を放っている。なんでも炎や雷の他に、光の魔法というものがあるらしい。 書庫を使うときには最低二人で申し出る。特別な二つの鍵で扉は施錠されていて、第三者の立会のもと使用者の名前と入退出の時間が記録される。 団長の執務室の奥部屋であるここは、不正が行われないよう、厳重な規則が布かれている。 山と積まれた処分予定の分類をされている書状や紙片。先輩はそれらに目を通していく。 「あの……それって、ゴミですよね? きちんとまとめた資料が別にあるんじゃないですか?」 「うん、あるよ。うちの事務方は優秀で、とてもきれいにまとめるから……逆に見えなくなってしまうものもある。それを記憶しておきたいんだ。ぼくはあの人の手足であり、目でもあるから」 “あの人”とは、この騎士団の団長で彼の師匠でもある、大陸に名を馳せた高名な騎士のこと。団長の右腕としての彼の存在もまた、広く知られている。それだけは分かるのだが……。 自分は田舎の出で読み書きがやっと、学問の素養はない。理解しきれず首を傾げていると、先輩は二枚の紙を並べた。どちらも家具職人の工房からの明細報告書だった。 「ふたつの工房は、同じ椅子を一脚つくるのにも、材料としての木材の量がずいぶん違うよね」 数字なら分かる。確かに材料にかかる費用も、当然ながら製品に付けられた値段も違う。騎士団からは一度に何十と注文することもあるから、差は大きなものになるだろう。 「数字だけを見ると、割高な工房は使わない方が良いように思うけど、それだけでは判断できないんだ」 そう言うと先輩は手元の石板に大きな円を描き、その中にいくつかの長四角を描き足す。そこに年輪を書き込むと、それぞれの材木に表れる木目が異なることを説明してくれた。切り出す部分によって板の反り具合が変わるのだそうだ。しかも材料に挙げられている木は、あまり太くは育たない種類らしい。少しでも多くの板をとろうとすると、木目に関係なく平切りになってしまうのだ。 「材料の木材を多く使うこちらの工房には、視察に行ったことがある。昔気質の頑固な親方がいて、材料の切り出しにも拘っていた。木は切り出した後も生きていて、木目に従って反ったり縮んだりする。何十年もかかって家具は完成するのだから、って」 だから消耗品である大食堂や詰所の椅子は安い工房に、来客時に使うようなものは割高でも良い品を作る工房に任せるのだという。 作った職人のことまで考えたこともなかったが、家にも大事にされていた家具があった。母の嫁入り道具だったり、祖父の代やさらに以前から使われてきた品々が。 「たとえ無駄が多く出たとしても、長く使われるものが出来るんですね……」 「無駄にはならないよ。この村には木工の工房が沢山あって、木匙や椀のような小さな日用品を作っている。寄木細工も名産品だ」 ずいぶん詳しいんですね、と言ったら、ぼくは山村の出身だから、と先輩は笑った。そして、こちらの故郷である鉱山の村の様子を訊ねた。 促されるままに、ごくありふれた日常の話をする。一日の仕事の流れ。地脈を探る技術。落盤や出水への警戒や対応。罹りやすい病。女たちの仕事や結婚のしきたり。 先輩は作業の手を休めることもなく、時おり質問も交えながら興味深げにこちらの話に耳を傾けている。 「ぼくは鉱山の知識は無いんだ。また今度、ゆっくり聞かせてね」 「はい、喜んで!」 自分が憧れの先輩の役に立てる……胸がどきどきしたその時、背後から低い声がした。 「まだ仕事中か?」 振り返ると、執務室と書庫をつなぐ戸口に騎士団長が立っていた。冷たい印象さえ与える整った顔立ちは、怖いぐらいに無表情だ。慌てて立ち上がり、礼の姿勢をとる。 「施錠には不寝番の者に立ち会ってもらいますから、先にお休みになって下さい」 椅子に座り作業を続けながらにっこりと微笑む先輩に、団長はつかつかと歩み寄り、傍らに立つ。まるで他には誰もいないかのように、先輩だけを見つめ、その頬に手を添える。 「……あまり根をつめるな。続きは明日で良いだろう」 そう言いながら、親指で、そっと先輩の唇をなぞる。その指先を、薄く開いた口から覗いた舌がちろりと舐めるのが見えた。団長の表情が微かに動く。 「あと半刻で終わります。部屋でお待ちください」 先輩がそう囁くと、団長は舌打ちをひとつしてから退室していった。最初から最後まで、こちらには一瞥もくれずに。 足音が次第に遠ざかっていき、ほっと息をつく。 ──足音? 団長がこちらに声を掛ける前に、足音がしただろうか? 夕食前に通常の業務は終わり、そのあと自分たちが来るまで執務室は施錠されていて、確かに無人だった。 どうして彼はここにいた? 遅くまで部屋に戻らない先輩を探しに、人目を忍びわざわざ階下に降りてきて、見慣れぬ新兵と楽しげに話す様子を見つけたのか? 先ほどの団長の顔が思い出される。無表情なんかじゃない。あれは心中の怒りを押し殺していたんだ。 「……今日は酷くされちゃうかも」 どこか愉しげにくすくすと笑いを溢す先輩の表情には見覚えがある。年令より幼く見える少年のような顔に浮かんだ、艷っぽい色。 いつか垣間見てしまった、団長との……。 頭の中の記憶を払うように頭を振り、はっきりした口調で言った。 「お気の毒に」 「ね?」 「団長が、ですよ」 「あれ? 君はぼくの味方じゃないの?」 「団長に心から同情します。きっと半刻が永遠のように感じられるでしょうね」 「たまにはいいでしょ? ぼくばかりが焦がれているのは不公平だもの」 「あなたは……!」 衝動的に机越しに彼の手首を握ったが、その細さと落ち着いた瞳の色に、呆気なく気勢を削がれてしまった。 ゆっくりと手を離し、力無く呟く。 「不公平は世の常ですよ……どうしたって自分は団長には敵わないんですから」 聞こえていないはずはないが、返事はなかった。ぱさり、ぱさりと作業を再開した先輩が書類を繰る音だけが響く。少しして、彼は口を開いた。 「勘違いしちゃだめだよ。きみの相手は、ぼくじゃない。 きみにもいつか現れる。身分も立場も、すべてを超えて、自分を抑えられなくなってしまうほどの存在が」 「それが、団長だったんですか?」 不躾な質問に、先輩は書類から目を離さないまま口の端を上げて──彼の想い人にどこか似た笑みで──言った。 「そう。何があっても彼から離れるつもりはないよ。そのためなら、何だってする」 ああ……狡い人だな。そんな情の深いところを見せられたら、ますます好きになってしまう。決して自分を見てはくれないと分かっていても、あの人を見つめる真っ直ぐな視線ごと、その横顔に惚れ直してしまう。 「今日は本当に悪かったね。そろそろ上がろうか」 見終えた書類をまとめて廃棄用の箱に収め、先輩が立ち上がる。ふたりで執務室まで戻ると、紐を引いて詰所の呼び出し鈴を鳴らす。やってきた不寝番の立ち会いのもとに書庫に施錠し、退出時間を記録した。廊下に出て執務室にも施錠し、すべての鍵を不寝番に渡す。 お疲れさま、と呟いて先輩は私室に戻るべく階段に向かった。その背中に声を掛ける。 「──次は鉱山の話をしましょう。私の知っている限りのことは、すべてあなたにお伝えします。視察に出向かれるなら、案内も致します」 振り返った先輩は驚いたように瞠目していたが、すぐにふわりといつもの柔らかい笑顔を浮かべた。 「……ありがとう。おやすみなさい、良い夢を」
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