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■冬の日の約束

 いつの頃からか、互いの誕生日には物を贈るのではなく、ふたりだけの時間を過ごす約束となっていた。
 ふたりとも装飾品や調度品に興味が薄く、かと言って必需品である武具などには細かなこだわりが多いため、なんとなくそういうことに落ち着いたのだ。

 多忙を極めるなか、ふたりきりでのんびりできる機会はあまりない。それぞれの生まれ日に近く、祝祭日でもある冬至と夏至は、正にうってつけだった。
 とくに収穫も終わり休戦期でもある冬至は、前後の期間も含めて大きな仕事が入ることは稀だ。業務に支障がないように日頃は意図的に休みをずらしてとっていたので、この時季ばかりは周囲もそれとなく気遣ってくれていた。

 そんな事情で、予定が入ることはなかったけれど、つまりそれは、非番で手空きの者を必要とする火急の用が飛び込んでくる可能性がある訳で……。



「遅い」

 機嫌の悪さを隠そうともせず、険しい視線とともに短い言葉が降ってくる。
 こうなるだろうとは思っていたけど、自室の扉を開けた途端の対峙はさすがに予想外だった。廊下に会話が漏れないように慌てて閉めた扉を背に、泥や埃に汚れたままの恰好で畏まる。

「……すみません」

 言い訳は、かえって火に油を注ぐだけだろうから、頭を垂れて次の言葉を待つ。

「何故お前に呼び出しが掛かった?」
「当直が、うちの隊の新入りでした」

“冬至と夏至だけは、なるべく団長と補佐役に仕事を持ち込まないこと”
──そんな暗黙の了解が、あるには……ある。
 ただ、祝祭気分に沸く街に繰り出そうと新入りに当直を押し付けた者たちには、そんな申し送りをするだけの配慮や、不測の事態が起きる可能性を考える余地があろうはずもなく、困り果てた新入りが話し易そうな上官のところにやって来るのは当然の流れで……。

「他に誰かいなかったのか?」
「祝祭日でしたから」

 ぼくに訊ねるまでもなく理屈では分かっているはずだけど、気持ちが治まらないのだろう。こうしてひとしきり怒りを吐き出せば、後はけろりとするはずだ。
 何より、こんな拗ねた物言いをする彼は、近頃めったに見られない。手のかかる子どもみたいで可愛い、なんて内心思ってしまう。

「……すぐに戻ると言った」
「え……」

 昨夜は彼の部屋でいっしょに眠った。隣室の扉を叩く音に気付き、あわてて共同の浴室を通り抜け、自室に戻ったのは今朝のこと。
 用件を聞き、急いで身支度をしてから、出掛ける前に後ろ髪を引かれ……こっそり彼の部屋に戻り寝顔に口づけた。すぐに戻りますから、と囁きながら。
 そんな女々しい言動を知られていたのだと思うと、ばつが悪いし恥ずかしくもあった。

「人が悪いなあ、起きていらしたんですか?」
「あんなことをされたら、寝たふりをするしかないだろう」

 温かな手がぼくの頬を包む。

「……ひどい顔だ」

 報せが来たのは、やっと寝入った頃だった。非番だから昼まで寝ていられると思い、朝方まで起きていたから。きっと汚れているだけじゃなくて、目元にはクマもあるんだろう──ようやく目を合わせられた、この人と同じように。
 ずっと、待っていてくれたんだ。

「ご心配をお掛けしてしまい、申し訳ございません」
「お前のことだ。心配なんかしていない。ただ……こんなことになると知っていたら、昨日あんなに無茶をさせたりしなかった」
「今日この身に万一のことがあっても、きっとぼくは幸せでしたよ。最後の夜に、存分に愛していただけて」

 まだ硬い表情をした彼の頬に、背伸びをして口づけた。胸の内を吐露したからか、ぼくの無事を確認したからか、幾分その表情は和らいで見えた。

「減らず口をたたく余裕はあるようだな」
「それで、あの……何があったのかは、聞いていらっしゃらないんですね?」
「休みの日にわざわざ俺に会いにくる奴などいない。しかも、不機嫌だと分かりきっているときに」

 笑いを堪え、改まった顔をつくる。

「……厨房の下働きのうっかり者が、昨夜、家禽飼育場の柵を閉め忘れたんだそうです。冬至の晩餐用のガチョウたちが、これ幸いと一斉に逃亡を図りまして……大捕物を展開して参りました。
 皆の感謝は篤く、今宵の晩餐を騎士団長どのと共にその居室でとれるよう給仕も一人手配すると、料理長直々に格別の計らいをお約束いただきまして……」

 仰々しくも畏まり報告をすると、彼はぽかんとした顔でこちらを見つめた。

「つまり……お前は裏の農場で一日中ガチョウと追いかけっこをしていて、俺はそうとも知らず、ずっとやきもきしていたということか……?」

 夕闇の迫る窓の外から、ねぐらへ帰るカラスの間延びした鳴き声が聞こえた。絶妙な時宜に、ぼくは声をあげて笑ってしまった。

「本当に人手が足りなかったんですよ。当直の者以外はほとんど不在で、肝心の厨房は晩餐の準備におおわらわですから。
 でも、おかげで良い案が浮かびました。柵の出入り口を二重にするんです。両方の掛け金を閉め忘れる可能性は、ずいぶん低くなると思うんですが……」
「もういい」

 顔を赤くした彼が荷物でも担ぐようにぼくを肩に抱え上げて、つかつかと浴室に向かう。扉を蹴り開けながら荒っぽい手つきで靴だけを脱がすと、服を着たままのぼくを湯を張った浴槽に放り込んだ。髪についていたらしい白い羽根がいくつもふわふわと舞う。そのうちの一枚を手にとり、こちらの鼻先に示しながら言った。

「──それで、天よりの御使い宜しく、羽根を散らしながらのご登場という訳か」
「天より舞い降りたにしては、薄汚れてますけどね」
「まさにお誂えじゃないか。堕天の証だ」

 自らも部屋着を脱いで浴槽に入り、ゆっくりとぼくの服を脱がしながら、額に、首筋に、胸元に、彼は幾度も口づける。そうしているうちに、かけ流しにしている湯が溢れ、泥に汚れた浴槽の湯がだんだん澄んでいく。

「あなたがもういちど天国に導いてくださるんでしょう?」

 されるがままに身を委ねながら問うと、いちどだけで足りるのか、と意地の悪い笑みとともに返された。
 ぼくは少し考えて、晩餐の後に続きをお願いします、と答えた。

「今日の休暇を、明日に振り替えてくれるそうですから」

 そう言い添えると、彼は満足そうに笑って、御使いどのの仰せのままに、と呟きながら軽く唇を重ねた。



  • いつもより甘め・ヌルめ・かゆめでお送りいたします。
  • 先日小ネタ2に更新いたしました『もう少しだけ』の翌日の話だと思って読むと、残念なムードが際立ちます。
  • 「冬至を大晦日に、翌日を新年とする暦」は、現実の特定宗教およびその聖典に由ることのないようにと苦慮していた頃に定めた私設定です。最近はけっこうユルくなっておりますので、天使っぽい表現を入れてみました。ゴードンはマジ天使だから、仕方ないですよね。
  • それでもビミョーな縛りは残っていたり。七面鳥は北米大陸原産だそうなので、ガチョウとしております。決して『青い宝玉』にインスパイアされてのことでは…ちょっとあるかも…うん。

20131216up


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